第3話 太陽から背く悪しき御霊

「――それくらいで勘弁していただけると助かります」


「おぅおぅ、悪い悪い」


「金剛も容赦ないわねぇ」


 お茶をいただきながら他人の不幸――ではないわね。教育された話というのは楽しいわね。

 翼のおじさんが肩を落としているし、これくらいで勘弁しましょう。


「――っと、そうでした。豪樹先生に他の話もあったのでした」


「おぅ? 珍しいなオイ。何か問題でもあったのかオイ」


「はい、実は――」

 いきなりシリアスな雰囲気になられると対応に困るわね。ここは素直に聞いておきましょう。

「ここ最近、妙なイカロスがいまして」


「妙っつうと?」


「いえ、ただ見ているだけならば、多少やりすぎな実力者なのですが……」


「貴方はそう思わなかった?」


「ええ、何かこう、どことなく嫌な感じが……。なんと言いますか、他のイカロスに対して悪意が見え隠れしていると言いますか」


 要領を得ない言葉ばかりね。つまり、なんとなくそう思えるというだけなのかしら。それでは対処の仕様がないと思うのだけれど、ジュニアは、たくさんの人を見ているだろう翼の言葉を無碍にも出来ないんじゃないかしら。


「……また面倒なことを言ってきやがったなオイ」


「すみません」


「まぁ良いぜオイ。それはこっちでも調べておく。だが、おめぇの方で見かけたらすぐに俺を呼べよオイ」


「ええ、そうさせてもらいます」

 翼が安心したように一服――しかし、ジュニアの淹れるお茶は美味しいわね。そういえば、金剛も料理上手だったり、お菓子作りが趣味だったりと家庭的な面を持っていたけれど、ジュニアもそうなのかしら?

 って、あら? 翼が思い出したかのように手を叩いて――。

「そういえばこれは未確認なのですが、ここ最近、壁が私以外から現れるそうな」


「……そっちの方が大問題じゃねぇかオイ」


「いえ、そうですが、それはあり得ません。そうですよね? アリス殿」


 突然こちらに振られても困ってしまうのだけれど。けれど……ええ、そうね。

「私が渡した加護でイーケリアーは成り立っているのでしょう? 私の加護のある壁で、私の加護がある魔法を行使出来る――これは人には覆せないわ。私と同じ神が関わっているというのならその限りではないけれど、同じ土俵に立つ意味がわからないわ」


「同じ土俵っつうと……ああ、イカロスである必要っつうことかオイ」


「その通り。神であるのなら、わざわざこんな面倒な理を作らないわよ」

 唯でさえ制約が多すぎて使いにくいのに、それに合わせるような律儀な神なんて存在しないわ。魔法だって単体で使えるし、壁を出してイカロスとして参加するのはおかしいわ。

「――翼の言う通り、あり得ないと思うわ。変な神がいたら別だけれど、神はそこまで馬鹿じゃない」


「……ん。嬢ちゃんがそう言うんならそうなんだろうな。だが、まっ、一応調べとくかオイ」


「お願いします。さて――」


 翼が立ち上がり――あら、帰るのかしら?

 トントントン……またノック、今日は来客が多いわね。って、藤乃?


「……失礼します」


「あら藤乃、どうかした?」


「おぅおぅ、翠泉の嬢ちゃんも茶でも飲みに来たかオイ」


「……アリスを捜しに」


「私?」


「……ん、捜した」

 それは申し訳ないことをしたわね。昼休み中も質問攻めにあうのが嫌で、そそくさと教室から出てきちゃったから、藤乃とまったく会話をしていなかったわ。

「……大した用じゃないけれど、アリスが疲れてそうだったから一緒にって思って」


「ああ、そういう――ありがとう」

 先に藤乃のところに逃げ込むべきだったわね。そうすれば、藤乃に翠泉の話もしてあげられたかもだし……。


「……それは、いつでも良い。どうせ長くいるんだし、ゆっくり聞くよ」


「そう――それじゃあ、ちょっとずつ話すわね」


「……ああ」

 また心を読まれているけれど、もうツッコまないわよ。


「おぅおぅ、そこはツッコんどいた方が良いぜオイ」


「……うん、アリスの反応を見る楽しみが減る」


「貴方たち……」


 どう足掻いても二人の前では優位に立てないらしいわね。


「――ふふふ」

 あら、翼に笑われてしまったわ。

「失敬――翠泉先生、仁龍寺先生、豪樹先生たちに聞いていた通りのやり取りをこの目で見ることができ、つい笑ってしまいましたよ」


「少し恥ずかしいわね」


「いえいえ、とても良い空気でしたよ。さて、私はそろそろお暇させてもらいます」


「おぅおぅ、もう帰んのか?」


「はい。見ての通り、頭が寂しくなる程度には忙しい毎日を送っていますからね。そろそろ仕事に戻りますよ」


「そう、またここに来たら私にも知らせてちょうだい。昔話でもしましょう?」


「……ハハハ、お手柔らかに」

 一礼し、扉から出ていく背中を眺める。と、いうか、頭のことは弄っても良かったのね。


「さて、それじゃあ私たちも戻りましょうか。ジュニア、ちゃんと仕事しなさいよ」


「おぅおぅ、誰に言ってんだオイ」

 まぁ、確かに仕事はちゃんとやっているようね。これをあまり強く言うのは野暮ね。


「それじゃあまたね」

 理事長室から外に出る私と藤乃……よく考えなくても理事長室に出入りしている生徒ってどうなのよ? 一般の生徒ではありえないわよね。


「……ねぇ」

 藤乃、話しかけたいのはわかるけれど、服の裾を掴まれるとくすぐったいわ。

「……ごめん。けれど、あのハゲ、誰?」


「……貴女はもう少し、言葉をオブラートに包むことを覚えなさい」

 腕を伸ばし、藤乃の額に、くらえデコピン!

……避けられてしまったわ。

「あの人は轟 翼。貴女もお世話になっている人だから、あまり無碍にしないの」


「……見たことあるけれど――ああ、壁の人」


 まぁ、そういう認識よね。

 多分、お母さんは知っているわよね。


 さて、お話はこのくらいにしておきましょうか。そろそろ教室に戻らないと遅刻してしまうわ。ちょこっと早足――こういう時、すぐに汲んでくれる藤乃は本当に楽ね。

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