第2話 どう足掻いても大人

「……疲れた」


「おぅおぅ、部屋に来て早々、なにダラけてんだオイ」


「今の子たち、元気在り過ぎでしょ。あっちこっちから声が聞こえてきて頭が痛いわ」


 お昼休み……1限目から4限目まで延々と質問されたのだけれど、もう駄目ね、全部答えるつもりだったけれど、彼女たち、際限ないんですもの。ジュニアのところでちょっと休憩。


「今の子たちエネルギッシュ過ぎない? 翠泉が通っていた学校ではみんなもっと静かだったわよ」


「そりゃあおめぇ、俺らがガキの時は――特に翠泉と蛇の兄さんが通ってた学校はワルばかりだったからなオイ。俺が通いだした時にも色々伝説が残ってたぜオイ」

 ジュニアが机から煙管――金剛が使っていたものを今でも使っているのね。と、いうか、生徒の前で吸って良いものなのかしら。

「目が合えば喧嘩上等、盛ってる奴の機嫌を騒いで損ねちまえば即タイマン――そもそも、馬鹿みたいに騒ぐ連中っつうのは少なかったからなオイ」


 わかりやすく反抗的な態度を取れた時代だものね。今でこそ、表面的には出せないようだけれど、昔の方がそういう意味では可愛げがあったわね。

 今の子は好奇心を隠しはしないけれど、少し感情の移り変わりが乏しいように感じたわ。

 嫌なら嫌、怠いなら怠い。と、学校を抜け出してしまえば良いのよ。

まぁ、それが出来ないから、どこか仲良しこよしな空気が出来上がっているのね。それが悪いとは思わないけれど、人間はもっと感情豊かなはずでしょ?


「……今の時代っつうのは、どう足掻いてもレールに乗らなきゃいけねぇからなオイ――翠泉や蛇の兄さん、親父のように好き勝手に生きられるのは一握りだけなんだよ」


「――そう」

 何となく寂しいわね。神にとって人の世は楽園よ。足を延ばせば退屈なんてないし、神を縛れるものはなにもない。それに、人は面白いもの。

「そう考えると、翠泉たちは随分愉快な催しを考えたのね」


「おぅおぅ、俺も貢献してんだぜオイ」


「はいはい、わかっているわよ――っと」

 って、昔の癖でついジュニアの頭に手を伸ばしてしまったわ。随分大きくなったわね。

「……デカいわ。もう少し縮みなさい」


「無茶を言うなよオイ」

 相変わらず、幼い笑顔を向けてくれるのね。人は年を取ると幼くなるのかしら?

「しっかし、懐かしいなオイ。翠泉や蛇の兄さん、親父や嬢ちゃんに撫でられたのを今でも夢に見るぜオイ。俺も年を取ったなオイ」


「本当よ」

 けれど、そのおかげでこうして話し合えているのよね。

「私を知っている人なんて一人もいないと思っていたけれど、貴方が生きていてくれて助かったわ」


「おぅおぅ、そりゃあこっちのセリフだ。嬢ちゃんが復活するのを待っていてよかったぜオイ。これでもう思い残すことはねぇなオイ」


「縁起でも悪いこと言うんじゃないわよ。金剛の子なら、あと100年は生きなさい」


「……それを目指してみるのも悪くねぇなオイ」


「神である私がサポートするわよ。光栄に思いなさいな」


「――おぅおぅ、期待してるぜオイ」


 ちょっとした口約束――。

 っと、ノック?


「おぅおぅ、どうぞ」


「失礼します――おや?」

 小太りのおじさん? ジュニアに用かしら――って、このおじさん、何だか妙な感じが。

「貴女は……もしや、アリス殿?」


「え、ええ……でも、ごめんなさい。私は貴方のことを知らないわ」


「いえいえ、知らなくても当然ですよ。私の父は一度か二度、貴女を見かけたことがあるだけでしたから」


「あら、そうなの? でも、何だか――」


「おぅおぅ、やっぱ気づくかオイ」

 それは気が付くわよ。このおじさん、魔法を発動しているわね。しかも、魔力の量が神並に圧倒的――並の人間じゃないわよ。

「こいつはあれだ。嬢ちゃんが去って、翠泉が計画を立ててる時に翠泉に弟子入りしに来た奴でよオイ」


 計画っていうのはこのイーケリアーのことよね。それをしている時に弟子入りしてきたっていうのはどういうことかしら?


「いやはや、私は父から皆さんの活躍を聞き、子ども心に翠泉先生や仁龍寺先生、そしてこちらにいらっしゃる豪樹先生とお父様に憧れていまして、何かお手伝いしたいと思い、弟子入りしたのです」


「物好きねぇ」

 ああ、それで合点が行ったわ。このおじさん、私の加護持ちね。多分、魔力の多さから翠泉に直接魔法を貰ったと思うのだけれど……。

「貴方、イカロスとは関係のない魔法使い? 多分、壁の制約がないのだと思うのだけれど」


「ええ、その通りです――」


「おぅおぅ嬢ちゃん、顔見知りと言っても客人なんだ、立たせたままは悪いだろオイ」


「おっと失礼。色々聞きたいから座ってちょうだい」


「いやはや、お構いなく――」


 少し寂しくなった額の汗を拭うおじさん――イメージ通りのサラリーマンって感じね。


「で、話の続きなんだけれど、良いかしら?」


「はい――スリーサイズ以外なら答えられますよ!」


 あ、オヤジだわこの人。


「それはまたの機会に無理矢理聞かせてもらうわ」

 こういう対応は嫌いではないわね。けれど、今はもっと聞きたいことがあるのよ。

「貴方の役割は何かしら?」


「それを説明するにはですね――おっと、来たようです」

 来た? 一体何が――って、窓? 外を見ろってことかしら? そういうことなら、従うけれど。

 あら、着ぐるみ? 校庭に着ぐるみが立っていて手を振って――って、コラ! 着ぐるみ界のタブーに触れるようなことをするんじゃ――首は取っちゃ駄目!

 いや、え?

 ちょっと待ちなさい。頭を整頓するわ……目の前にこのおじさんはいるわよね? けれど、何故あの着ぐるみもおじさんと同じ顔をしているのかしら?

「……分身?」


「ええ、その通りです。私の莫大な魔力を使って、世界中に私を配置しているのです」


「なんでまた――」

 戦闘能力はないように見える。けれど、このおじさんは世界中にいるらしい……どういうことかしら?

 いえ、ちょっと待ちなさい。そういえば、昴が――。

「……壁?」


「おぅおぅ、正解だぜ。この小僧――とどろき つばさは世界で壁を作る役割を担ってんだぜオイ」

 少し考えたら罪を犯せそうな魔法を使うようだけれど……なるほど、翠泉の人選ってことね。

 不思議ね。そう聞くと何故か安心できるわ。

「見ての通り、悪いことは出来ねぇ人間だぜオイ」


「反対に、良いこともしませんがね。私はヒーローではないですから」


「……なるほど。それは良い平等だわ。私は悪いことをしないと誓う。その代り、悪事からは目を背ける――嫌いではないわ」


「恐れ入ります」


 どこか狸を彷彿とさせるわね。翠泉の周りにはいなかった人間――多分だけれど、子蛇が重宝していそうな気がするわ。


「嬢ちゃんの勘通り、若い頃、蛇の兄さんの秘書をしていたぜオイ」


「……さっきから思っていたのだけれど、貴方もナチュラルに私の心を読むのは止めなさい」


「翠泉から嬢ちゃんの扱いは聞いてっからな。翠泉の嬢ちゃんも読んでくるだろうオイ」


「そんなにわかりやすい顔しているかしら、私?」


「いえいえ、とても可愛らしいお顔ですよ」

 わざとらしい甘言。もっとも、これが素なのかしらね? 悪意をまったく感じないわ。


「ありがとう。それは自覚しているから、強く褒めなくても良いわよ? それとも、もっと私について知りたい?」


「おやおや、これは失礼――そういうつもりではないのですが、つい豪樹先生や翠泉先生たち以外ですとこういう癖が出てしまいますね」


「悪意がないのはわかっていたし、気になさらないでちょうだい」


「まっ、職業病ってやつだオイ、あんまり強く言ってやんなよオイ。それで昔親父に痛い目を見せられたこともあんからな」


「……そ、その話は――」


「あら、気になるわね。残りの休み時間、翼についてもっとよく知りたいから話してちょうだい」


「おぅおぅ、この時間だけじゃ語れねぇぞオイ」


「時間はたっぷりあるわ。気長にいきましょう?」


「……勘弁してください」


 翼のおじさんが脂汗を流し始めたけれど、相当金剛にしごかれたようね。

 休み時間はあと少しだけれど、まだまだ楽しみが増えるばかりだわ。 


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