第1話 最近の子ってわかんないわぁ
おはよう。
さて――只今、私は教壇に立たされているわけだけれど……。
非常に変な空気なのよね。私が教室に入ると昨日藤乃たちと戦っていた山田ちゃんと三節根の女の子、それと昴に捕まっていた男子生徒の一人が驚いたような表情を浮かべていたわ。
やっぱり、昨日いきなり戦闘に混じったのはまずかったかしら?
「えっと……」
ああ、胃が痛い。朝食のせいでもあるけれど、こう知らない時代の子どもたちに囲まれると緊張するわ。教育実習生もこんな気持ちなのかしら?
「昨日、見かけた人はいるかもしれないけれど、今日からこの学校に通うことになった雪原 アリスよ。趣味は魔……編み物と簡単なお菓子作り、得意教科は日本史と世界史、それと古文などなどの文系」
これくらいで良いのよね? 以前、翠泉の学校にお邪魔していた時、編入生がこのくらいの自己紹介をしていたはずだけれど。
「このくらいかしら? 他に聞きたいことは――って、別に今じゃなくても良いのよね。それじゃあ、よろしく」
やっぱり緊張しているわね。もっと可愛さアピールをするつもりだったけれど、この空気でそれをやるのはね。っと、あら? 担任らしき教師が困っているわ。何か変なことを言ったかしら。
それと、今の教師はこんなにナヨナヨしていてもなれるのね。翠泉の担任は人1人や2人を殺していそうな人相をしていたから、ちょっと拍子抜け。
「……いやぁ、編入初日でずいぶんはっきりした子だなぁ――小さいのに」
「小さいは余計よ。貴方、筋肉もないガリガリって言われたいのかしら?」
「あ、あははは……」
困らせてしまったわ。これは反省ね。教師に言って良い言葉ではなかったわ。
「失礼。悪気はないのよ」
「あ、う、うん。えっと、それじゃあちょうど雪原――藤乃さんの隣が空いてるから――」
「先生、ちょっと待ってください」
センセの言葉を遮るとは……あら、あの子は昨日の三節根の子ね。何かしら、私に質問?
「まだ大事なことを決めてません」
「え? えっと、委員会?」
「うんなもん、クソほど興味ないです」
「クソ……佐城さん、もう少し言葉に気を――」
「先生! まだ、イーケリアーでのチーム分けが出来てません」
「へ? あ、ああ、そうだったね。それも大事だね」
……ああ、なるほど、彼女――と、いうか、クラスの子たちが私に向けていた視線の意味はこれね。
どうも値踏みされているような視線を感じたけれど、この学校では大事な要素だものね。
とはいっても、私自身、空に上がるわけにもいかないし……
「……佐城、アリスのチームはもう決まっているが?」
っと、藤乃? いきなり後ろから抱き着かないでちょうだい、くすぐったいわ。
「昨日の通り、アリスにはあたしのチームに入ってもらう」
「……あんたたち、唯でさえ実力過多なのよ? 昨日は勝てると思ったのに、その子のおかげで大敗した。実力は均等に分けるべきだと俺は思うんだが――」
「昴をやろう」
「いらん」
「ひでぇ!」
流れる様に蹴落とされる昴。哀れね。
とはいえ、さすがに可哀そうね。ちょっとだけ慰めてあげましょう。さて、昴の席は――って、藤乃の目の前なのね。ほらほら、背中を撫でてあげるから元気出しなさい。
「……パンツ見せてくれたら、俺はさらに元気になるぜ?」
「蛇が盛らないの」
「俺のはそんなに長くねぇ!」
「はっ倒すわよ」
「罵ってもらえる上に押し倒されるとか――」
朝から全開ね。もう良いわ。昴は放っておきましょう。
「あんなのがいると思っているのか? 俺はいらないわよ」
「……あたしもいらない」
女子ドン引き。男子サムズアップ。
昴、男子だけだけれど、変にカリスマがあるわね。
あ~、空気がピリピリしだしたわ。唯でさえ実力が上位に位置しているだろう藤乃と昴、そこに昨日のような指示を出せる人が入ったらどうなるかわかっているようね。
とはいえ、この空気はあまりよくないわ。せっかく気持ちの良い朝で、私の初登校の日なのに、こんな空気で終われないわ。
と、いうかセンセ、貴方、教師ならこの場を収めなさいよ。いえ、あのオドオドとした感じ、期待するだけ無駄ね。しょうがない――。
「もし――」
「……うん?」
「なに?」
「貴女、今藤乃たちのことを実力過多と言ったわね? それは違うわよ」
そもそも、この子たちは魔法を勘違いしているわ。いえ、違うわね。私の加護を知らなさ過ぎ。
「良いかしら? そもそも、魔法は確かにその人の質によって色を変えるけれど、濃さまでは変わらないのよ」
「どういう意味よ?」
まぁ、そう聞かれるわよね。昨日も思ったけれど、この子――佐城さんだったかしら、この子もそうだけれど、藤乃と昴以外、みんな魔法に名前がなかったのよね。
「貴女、魔法の名前は知っていて?」
「名前?」
「ええ、名前。貴女、藤乃と昴が自分で魔法に名前を付けたんだと思っているんだろうけれど、それは違うわよ。藤乃、そうよね?」
「……ああ、使っていたら自然と」
私の加護ならそうなるわよね。人の間で格差を出さないためにそう調整したんですもの、当然よ。
「最初の魔法に差異なんてほとんどないわ。だけれど、その色は使わないと褪せるし、付け足さないとなくなってしまう。色を足すのも本人次第なのだけれど……貴女、その子を呼んだことはあるの?」
「……そんなの、知らない――」
「ええ、知らない。その通りよ。だから貴女は藤乃に勝てないの。ただ知らないだけ――けれど、逆に言えば知らないだけで負けているだけなの。私が何を言いたいか、わかる?」
「知っていたら俺でも勝てる?」
「作戦を立てられるだけの頭は持っているようだから、そんなに難しくはないと思うわよ。藤乃にだって昴にだって弱点はあるもの。魔法って言うのは、完璧ではないわ」
「……え?」
「え?」
藤乃、昴、貴方たち、自分の弱点を理解していないのかしら? 藤乃はまだなんとかなるけれど、昴は決定的な弱点があるじゃないの。
「まぁ、私はサポートに徹するつもりだし、藤乃のチームの方が都合が良いのよ。それに、今の貴女じゃサポートが優れていようがいなかろうがあまり関係ないわよ」
「……中々言ってくれるわね」
「事実だもの。勝ちたいのなら、もっと魔法を自分の色に近づけなさい。今の状態でも威力があるように見えたんですもの、昴なんて一撃よ」
「どうして俺が倒されること前提で話が進んでんのかねぇ」
「今までの発言を振り返りなさいな」
この佐城さん、私が好きなタイプだわ。藤乃とは違うはっきりとした人だし、ちょっと老婆心のおせっかい――。
「ねぇ、火は盛るのが常よ。押さえつけちゃうなんてもったいないわ」
「やっぱ欲しいわね。藤乃、今は良いけれど、今度、この子を賭けて俺と勝負しましょう?」
「……考えとく」
これが女子高生同士の会話……思っていたのと随分違うわね。こういう話、翠泉と金剛がしていたような気がするわ。
っと、あら? 藤乃、あまり背中からギュッとされると痛いのだけれど。というか、藤乃ったら、随分と甘えん坊ね。
「藤乃、貴女そんなキャラだったかしら?」
「……何が?」
「あ~、藤乃は小さい子が好きだからなぁ。俺と同じ――」
「……一緒にするな」
なるほど。そういう趣向の癖に、ファーストコンタクトが上手く出来ないから、懐いてくれるのが桜乃しかいなかったってわけね。
藤乃はまず、笑顔の練習とむやみやたらと怖い言葉を使わない練習ね。
「……それが出来たら苦労していない」
「翠泉も人に好かれないと悩んでいたわね。それと、ナチュラルに心を読まないでちょうだい」
「……わかりやすいのが悪い」
「わかりにくい顔を貴女から学びたいわ」
「止めてくれ。無表情の銀髪が並んでたら、俺がおかしな奴だと思われちまうよ」
自然と常に一緒だと宣言する昴は、普通にしていたら結構モテると思うのだけれど……駄目ね、藤乃にしか興味なさそうだわ。
「はいは~い。それじゃあもう決まったかな? そろそろホームルームを終わらせたいんだけれど……」
おっと、そういえば今はホームルームの時間――って、あら?
「……僕の授業、30分は過ぎてるけれど、うん、いいよいいよ、編入生と仲良くするのは大事だからね、うん――今日は自習!」
諦めたわね。センセが手を叩いて、教室から出て行ってしまったわ。
それで良いのか教師よ。と、思わなくはないけれど、私的には好都合ね。この時間で多少周りの空気に馴染んでおきましょう。
「だ、そうよ――私も早く馴染みたいし、良かったら皆さん仲良くしましょう」
立ち上がってスカートの裾を軽く上げてお辞儀――完璧。
女の子には精いっぱいの笑顔、男の子にはウインクのおまけ。
「「おお――ぐぇ!」」
って、あら? 男の子たちが立ち上がってこっちに来ようとしたけれど、女の子たちに押しのけられ、踏みつけられ……え、ちょ、ま――。
「ねぇねぇ、アリスちゃんって外国の人?」
「え、でも雪原ってことは藤乃ちゃんの親戚?」
「その髪綺麗だよね! 雪原さんのだとなんか触りにくいから触っても良い?」
「昨日見てたよ! サポート上手だよね! ねえそのコツあたしにも教えてよぉ!」
「……料理研究部に、興味、ない?」
「うわぁ、アリスちゃんってちっちゃくて可愛いよねぇ、ねぇねぇ、抱っこ抱っこ抱っこさせて」
「あららぁ、肌プニップニぃ、可愛ぃ」
只今、女子生徒による質問の波状攻撃を受けているわ。待って待って、聞き取れない。まずは誰が何を顔を見せて言ってちょうだい!
こ、こんなに質問されると目が――。
ああもう! しょうがないわね! 残りすべての時間! 全部の質問に答えてあげるわよ!
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