第2章 夢を通して過去を語って

 ふわふわふわ――浮いている。

 これは夢ね。

 大量のご飯を食べさせられて寝るための準備をしていたのは覚えているけれど、お腹が重くて苦しかったから寝た記憶がない。

 だけど、まったく見たことのない空間に浮いているということは今までが夢か、突然世界に終わりが訪れたかのどれかだと思うけれど、そんな予兆もなかったし、これは夢で間違いないわね。


「……過去を見ることが多かったからかしら?」


 目の前の景色が懐かしいような、そんな色に変わっていっているのがわかるわね。100年前、今みたいに世界が作られた光で照らされておらず、モノクロのカラーで彩られている。

 ああ、こんな世界を生きていたわね。


「……おい、小娘」


 懐かしい声――初めて人の世界に降り立って、誰でもいいから声を聞きたかった私は、喧嘩を終えた翠泉に声をかけたのよね。

 最初は中々信じてもらえなかったけれど、少し魔法を使ったら、翠泉はすんなりと信じてくれて……。


「お前が神なのはわかった。だが、むやみやたらとそんなもんを人に見せんな」


「どうしてよ?」


「人は神とは違って万能じゃない。だが、神より狡猾だ。悪いことは神の前だろうと行なうのが人間。良いな? この世界で暮らしたいのなら、それを覚えておけ」


 最初は意味がわからなかったわ。だって、例えずる賢くても、人が神に仇をなすとは、当時は思わなかったもの。


 けれど――。

 目の前の景色がまた変わる。

 傷ついた子蛇にナイフを突きつけ、翠泉と私に悪い顔を向ける男――今見てもムカつく顔をしている男ね。


「おい、お前変な術を使えんだろ? ちょっと俺のために使ってくれよ」


 まだ子蛇と親交がなかった時――けれど、最近巷で動き回っているという理由で、翠泉が危ないから。と、注意をしに行こうとした際に起こった事件だったわね。


「……その小僧は俺たちと何ら関わりはないぞ?」


「あぁそう? それならこのナイフがこいつの首を刎ねるのを黙って見てな」


 それを出来ないのをあの男は知っていたのよね。翠泉は喧嘩好きだけれど、悪人ではないわ。進んで死地に赴こうとする者がいれば、殴ってでも止める程度には勇敢だったし、目の前で危ないことをしようとしている人がいれば、理由によっては手伝える程度には優しかった。

 故に子蛇を見殺しにすることを翠泉は出来なかったのよね。


「……こむす――アリス」


「何かしら?」


 私に魔法を使うなと言った翠泉。けれど、この状況の時、翠泉は確かに私に頼ったのよね。


「……お前が魔法を使うのは反対だ。だから――」


 この時の翠泉の提案の意味は今でもよくわからないわ。けれど、翠泉が私のためを思ってくれたのは理解できた。だから、私は何も言わずに頷いたわ。


「俺にそれを使わせろ。悪意も何もかも、俺ならどうにでも出来る」

 翠泉はそれだけ言って、その男に宣言したのよね。

「おい、お前一つ間違ってるぞ」


「あん?」


「魔法が使えるのは俺だ。この小娘が使っていたのは俺がそうさせたからだ」


「はッ! どっちでも良い。とにかく俺のために――」


 この時、私は翠泉に魔法を渡した――男が驚いた顔を浮かべたけれど、すぐに嬉しそうに銀色の風を纏った翠泉を見て大声で笑って……本当、気持ち悪いわね。


 男のあまりにも醜い笑みに、私はすぐに顔を逸らして翠泉だけを見ていたのを覚えているわ。


「貴方、やっぱり変わっているわ」


「……お前がこの世界に留まっている内は、せめてまともな人間もいるってことを知っていてほしいからな」


「あら、貴方、まともだったの?」


「目の前のあれよりはマシだろう?」

 翠泉が銀色の風をどうすべきか四苦八苦しているのを見ているのも楽しかったけれど、男の顔にいら立ちが出てきたから、ついに翠泉が私に尋ねてきたのよ。

「おい……使い方がわからん」


「――それは風よ。中身はわからないけれど、バッと息を吐いて、両手で風を扇ぎなさい」


「……わかった」


 痺れを切らした男が子蛇にナイフを振り下ろそうとした瞬間――銀色の風が爆ぜて、男の腕をナイフごと吹き飛ばしたのよね。


「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「阿呆が――俺の前で、俺が気に食わないことをする奴は許さん」


 怯んだ男に蹴りや拳、それらを放った翠泉はとにかくあの男をボコボコにしていたわね。


 そんなこんなで子蛇を救出。

 翠泉が初めて魔法を使った日になったのよね。

 それと、子蛇が翠泉の舎弟になりたいって、背中をするするとついて来るようになって、結局折れた翠泉が蛇みたいだからっていう理由で子蛇って呼びだしたのよね。


「懐かしいわ……」


 ふわふわと浮いている。

 懐かしく、気持ちが良い――私、最初から最後まで、翠泉とずっと一緒だったわね。

 もっとも、付き合いが長いといえば、あの男も翠泉に執着して長い付き合いだったのがけれど……。

 最後まで、鬱陶しかったわね。


 って、あら?

 体が上昇する感覚――ああ、朝なのね。そろそろ起きろってことかしら?

 そういえば、今日から学校だったわね。


 はいはい、起きますよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る