第8話 どう考えてもレディー

「お疲れ様」


「……ん。ありがとう、助かった」


 藤乃と昴、それに涙目の山田ちゃんたちが下りてきたのだけれど。ええ、昴に捕まっていた男の子たちは三節根の子に説教されているわ。当然ね。


「いきなりお前さんの声が聞こえてきたからビビったぜ」


「そちらのウサギさんが困っていたようだったからね。つい手を貸してしまったわ」


「……宇佐見はあたしたちと同じで空が戦場だから」


「でしょうね」

 そもそも他のチームは6人いるのに、何故ここは3人だけなのかしら?

「というか、人数足りなくない?」


「ああ、誰もこのチームに入ってくれないからね」


「て~か、藤乃が学校全体で怖がられてっからな」


「いやいやぁ、昴先輩がいるッスから女子が入ってこないッスよ?」


「あんだとコラ――」


「い~た~い~ッスぅ」


 昴がウサギさんに技を極めているけれど、ちょっとそちらのウサギさんを紹介してもらいたいわね。突然役割を取っちゃって謝罪もしたいし。


「昴、そのへんにしておきなさい。私はそちらのウサギさんを知らないのだから、対応に困っちゃうわ」


「おっと、悪い――ほれウサギ、自己紹介」


「ういッス。自分、宇佐見うさみ 美兎みうって名前ッス。よろしくッス!」


「ウサ耳ウサギ――見ての通り、俺らはウサギって呼んでるぜ」


「そう。よろしく、ウサギさん。私はアリ――」

 藤乃が何か言いたそうにこっちを見ているわね。ええ、あの眼はあれかしら? 何か納得いっていないって顔だけれど。

「……雪原 アリスよ」

 これで正解みたいね。藤乃が相変わらずのニヤり。を浮かべたわ。


「雪原? えっと、藤乃先輩の親戚か何かッスか?」


「まぁ、そんなところよ」


 まぁ本当は違うけれど、藤乃が満足しているし、居候するからこう名乗ってしまった方が都合が良いのは確かね。


「ふわぁ~、どうりで藤乃先輩と連携が取れてたッスねぇ。凄かったッス! 自分、サポートの方はてんで駄目で」


「あら、空なら大丈夫って聞こえるわね?」


「それはもう! ぴょんぴょん飛び跳ねるのは得意ッスから!」


 なるほど――なんとも威勢の良いウサギさんね。


「……ところで、母さんは?」


「さぁ、見上げていたらいつの間にか消えてしまったわ」


「……そう」


 いつも通りであるから娘がこんな反応なのか、藤乃だからこんな反応なのか判断に困るわね。


 さて、それより今日はルールについて聞きに来たのよね。昨日は味方がいなかったようだけれど、今やっていたのはチーム戦。

 ルールがたくさんあるのね。


「イーケリアーってチーム戦もあるのね」


「……ああ、今日やったのはとにかくボールを持って下まで行けば勝ち。ボールを持って逃げるのも良いけれど、ボールを上に蹴ったり投げたりして時間を稼ぐのも可能」


「へぇ~、ほかにも基本的なルールってあるのかしら?」


「基本は止まったら失格ってくらいだな。例えば、壁を殴って無理矢理止まるとか、あとは壁から壁を出してそこで一休みなんかも失格だったな」


「……うん。特に難しいルールはないけれど落ちる競技だから、止まったら駄目っていうのだけ。守ればあとは何でも」


 結構簡単なのね。少しやってみたくはあるけれど、私だと魔法の数が多いから負ける気はしないのよねぇ。


「え? アリスさん、ルール知らずに指示を出していたッスか?」


「基本的なことを知らなかっただけよ。空中ってだけで、あとは普通の戦闘と同じでしょ?」


「……凄いッスねぇ――けど、最近はイーケリアーって全国でも知られるようになってるッスけれど、もしかして海外にいたとかッスか?」


「まぁそんな感じよ。外にいたのは確かだし」


「――?」


「まっ、何より助かったぜ。一応、これで連戦記録が途切れることもないしな」


「……あたしは別に勝ち続けなくても良いんだけれど」


「良いじゃねぇかよ。授業中でも勝ち続けてるのは俺らくらいだぜ? これで今季の授業料もゲットだぜ」


 何かひどい言葉が聞こえてきた気がするのだけれど? 授業料ゲット? どういうことかしら。


「勝つと授業料が免除になるのかしら?」


「っと、そうだったな。この学校では定期的に他校や地域と試合すんだがな。それに勝つと学費を払わなくて良いんだよ。藤乃は高校に入ってからまだ一度も学費を払ってねぇんじゃねぇか?」


 ああ、そういうこと。だから、家計が火の車でも大丈夫なのね。でも、中々太っ腹過ぎる気もしなくはないわね。どこか支援でもしてくれる団体でもあるのかしら?


「……普通の学校と大して授業料変わらないのに、ちょっと申し訳ないけれどね」


「ここの学校、どこかに支援でもされてるのかしら?」


「さぁな? 俺んところの爺さんと仲良いみたいだが、この手の話はあんまりしねぇからな」


「お爺さん?」


「……昴の苗字。仁龍寺」


「子蛇のひ孫だったのね。というか、どうして子蛇のところの人間なのに私のことを知らないのよ」


「へ? 子蛇? なんだそれ」


 まさかのひいおじいちゃんを知らない世代――いや、そうじゃないわね。多分、意図的にあの市長が言わなかっただけのような気もするわ。


「翠泉にくっついていた蛇よ。全然似てないからちょっと驚いたわ」


「うん? 何で藤乃んところのひい爺さんが――」


「おぅおぅ、随分懐かしい話をしてんな」


 ひしゃげた声――けれど、聞いたことのある声色。

 いやいや、あり得ないわよ。いくら技術が進化しているからって、100年も前よ。

……いや、あの一族なら常識が効かなそうね。うん、諦めて声の主を――。


「あら、ジュニ――って、ふわぁ!」


「おぅおぅ、なに驚いてんだよ」


「……理事長」


 アカン。え? 生に執着し過ぎでしょ。死神と閻魔に怒られるわよ。

 私の目の前――そこにはマッチョの老人……体中にチューブを刺し、背中のタンクから何かを体に入れている老人がお母さんを背後に侍らせてそこにいるのよ。

 これ、見たことあるわ。SF映画のラスボスだこれ。


「……あんなにコロコロしていたジュニアがただの化け物に」


「相変わらず失敬な嬢ちゃんだなオイ。親父がやってたように高い高いしてやろかオイ」


「……遠慮しておくわ。貴方、幾つになったのよ」


「今年で110歳だぜオイ」


 呆れた……昔、翠泉と一緒につるんでいた。というより、翠泉をライバル視していた男がいたのだけれど。

 初めて会った時は翠泉と10も年齢が離れていることもあって、大人げないと思ったものだけれど、いざ付き合ってみると意外に面白く、めちゃくちゃだったのよねぇ。

 そして、その男には子どもがいて、みんなでジュニアと呼んで可愛がっていたはずなのだけれど……どうしよう、もう可愛がれないわ。


「……アリス。知り合い?」


「いやまぁ、理事長のおっさん、100年前から生きてるからそうじゃねぇとは思ってたけどよぉ」


「ええ、昔、私たちはジュニアと呼んでいたわ」


 見る影もないけれど。


豪樹ごうきおじいちゃん、アリスちゃんに会いたくて今日はそわそわしてたのよぉ」


「おぅおぅ、それは言うなって言っただろうがオイ」


 ガハハ。と、豪快に笑っているジュニア――そこはお父さんにそっくりね。というか、あいつらの一族は一々私を驚かせなくてはいけないっていう縛りでもあるのかしら?


「あ、えっと、さっきから100年前とかよくわからない話をしてるッスね?」


「あ~、まぁ気にしないでちょうだい」


 ウサギさんがいるのを忘れていたわ。ここであんまり大きな声で話すこともないわね。少し、場所を変えようかしら。


「色々聞きたいことがあるけれど、ここではあれね。ジュニア、どこか話せる場所は?」


「おぅおぅ、ちょうど嬢ちゃんを連れてこようとしてたんだよオイ。仁龍寺の小僧、翠泉の嬢ちゃん、お前らもついでだから来い」


「だねぇ。アリスちゃんの編入手続きもしなくちゃだしぃ」


 うん? 今お母さんはなんと言ったのかしら? 編入? 誰が? え、私――ちょっと待ちなさい。私、学生って名乗るには途方もない時間を生きているのだけれど、ちょっと恥ずかしいと思うのよ。


「……お母さん? 私、高校生?」


「うん! だって、その方が面白いでしょぉ?」


「いやいや! 無理よ! だって、私学生と名乗るには大人っぽ過ぎる――」


「大丈夫大丈夫ぅ。アリスちゃん、見た目も中身も桜乃ちゃんとあんまり変わらないからぁ」


「立派なレディよ!」


「おぅおぅ、嬢ちゃんがガキっぽいのは今に始まったことじゃねぇだろぉ。んなことは良いからさっさと行くぜオイ」


「待って! そこだけは認められ――あ、ちょ、藤乃、昴、腕を引っ張るのは止めなさい!」


 雰囲気からでもわかる大人の貫録――しかし、年を感じさせない可憐さは人間には理解出来ないようね! クソぅ……。どいつもこいつも私のことを子ども子どもって――大声で泣いてやろうかしら?

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