第7話 銀色は蛇を伴ってそらを駆ける

「………………」


 バイキングで出禁+土下座される機会って、人生で一度でもあったらいけないと思うのよ。

 いや、嫌な予感はしてたのよ?

 だって、お母さん、ふんわりとした声で「わぁ、あたしぃ、バイキングって初めてぇ、いつもは――と、いうか、お父さんから外食禁止って言われてたから律儀に守ってたんだけどぉ、今日はアリスちゃんもいるし、良いよねぇ」

 うん……止めるべきだったわ。誰だって、ダイナマイト抱えながら地雷原を突っ切りたくはないでしょう?


 ああ、店員さんの視線のせいでろくに食べられなかったわ。

 お腹空いたとは言わないけれど、何か摘まみたいわ。

 100年前は食糧探しに付き合わされたこともあるというのに、この時代、あらゆるものが溢れすぎね。手を伸ばせばすぐに届いてしまうわ。


「アリスちゃん、藤乃ちゃんと桜乃ちゃんが通っている学校はねぇ、小中高一貫でとっても大きいんだよぉ。あたしも通ってたなぁ」


「ふ~ん、なんか大きい学校って、お金持ちが通っているイメージがあるんだけれど、家って裕福なの?」


「そんなことないよぉ。いつも家計は真っ赤っかぁ」


 食事を減らせば解決するわ。


「じゃあ、翠泉たちが通ってた学校みたいにその辺り適当なのかしら?」


「そこは適当にしちゃだめだと思うよぉ?」


……お母さんにツッこまれるとは。


「えっとねぇ、そういうわけじゃないんだけどぉ――あ、見えてきたよぉ」


「どれどれ――あら?」


 お母さんが指差した方向――大きな校舎とどことなく遠目からでも学校だろうとわかるような施設の数々。ええ、とても大きな学校ね。ただ……。

 どうしてたくさん、壁が生えているのかしらね? あの壁、イーケリアーをするための壁よね? 今は三時のおやつ過ぎ、多分、まだ授業中よね? それなのに、なんであの壁から落ちている人がいるのかしらね。


「……イカロス育成学校?」


「そんなことないよぉ。ただ、盛んなだけだよぉ」


 盛んっていうのはもっとみんなで騒いでるだけのお祭り状態を指すんじゃないの? けれど、これは明らかに噴火一歩手前のグツグツしてる状態よ? 時が来たら爆発レベルの真剣さに見えるんだけれど……。

 ええ、うん――目を凝らしてみるとわかるんだけれど、落下している人たち、誰一人として笑ってないわよ? 無表情で落下してるとか怖すぎでしょ。


「……これ、授業?」


「そうだよぉ、懐かしいなぁ。あたしもふわふわと落ちてたなぁ」


 私が知ってる授業って、もっと和やかよ? そりゃあまぁ、翠泉たちが暴れることはあったけれど、センセのげんこつでみんな大笑いしていたし……こんな殺伐としていなかったような気がするわ。


「早く早くいこいこぉ――」


 もう少し呆然とさせてくれない――あ、くれないのね。ええ、もうどうにでもして頂戴。

 お母さんに引かれるままにずるずると。

 意外と力があるのはこの授業の恩恵かしらね?

 っと、そんなことを思っていたら、目の前には壁――相変わらず高い壁ねぇ。


 さて、藤乃たちはどこかしら――。

 あの子たちがいないと色々と質問が出来ないわ。って、あら?

 天を仰ぐ――見えるものは壁と降ってくる人……と、ボール? だけれど、昨日と違うわね。

 私の記憶が正しければ、昨日は誰これ構わず落としにかかっていたはずだけれど、今日は協力して一人を落としている人たちがいるわ。さらにはボールを真上に蹴り上げて――。


「……お母さん」


「なぁ~に?」


「チーム戦とかってあるの?」


「え~? あぁ、うんぅ――あ、藤乃ちゃんだぁ、藤乃ちゃ~ん!」


 だから途中で話を区切らないでください。


 まぁ良いわ。それは藤乃に聞けばいいわね。というか、今落っこちてきているのが藤乃――って、三人がかりで狙われているように見えるけれど。


「藤乃って結構狙われてる?」

 明らかに一人を狙われているし、少し離れたところでは昴が残りの人間と戦っているわね。5対2? 人数のハンデ、あり過ぎじゃない?


「え、えっとぉ! 藤乃先輩! 昴先輩がヤバいッス!」


 っと、下で叫んでいる人たちがいるわね。

 壁から視線を下げてみると、そこには耳にヘッドホンマイクを付けた子たちが頻りに叫んでいるのが見えるけれど、これもイーケリアーのルールなのかしら?


 というか、藤乃たち、大分押されているわね。ぶっちゃけ、足場の安定していない空中戦じゃ、数は重要だものね。さらに陣形を整えられたら面倒極まりないわ。

 さて、私が思うに、あの下で叫んでるたれ耳のついた帽子をかぶった坊や――あの子が藤乃と昴の味方だと思うのだけれど……。


「あ! えっと――あ、右っす! ああ、そっちじゃない! あー、えっと――」


 まったく駄目駄目ね。多分、元々下で指示を出す子じゃないのね。


「ふむ――ねぇ、お母さん……って、あら?」

 いつの間にかお母さんの姿がない。無理やり引っ張るだけ引っ張って、あとは投げっぱなしとか、散々振りに振っておいて一切ツッこまない芸人みたいね。


 まぁ良いわ。このまま藤乃がやられるのは居候として見逃せないわ。昨日、アヒージョの危機から救ってもらったしね。ここは恩返しをするべきよね。


「もし? ちょっとそちらの小さなウサギの坊ちゃん」


「へぅ! って! サポーターの妨害は禁止ッスよ――」


「良いからそのヘッドフォンマイクを貸しなさい」


「へ? へ? な、なんッス――」


「ああもうじれったい! 借りるわよ」


 頭に乗っけて、このマイクっぽいのに向かって話せばいいのね?


『おい! 、どうし――』


「藤乃、昴、よく聞きなさい」


『……アリス?』


 ちゃんと聞こえているようね。


「まずは藤乃、貴女、その魔法の本質は風よ? 貴女の手に届くところだけではなく、もっと吹かせなさい」


『……どういう――』


「そのままの意味よ。せっかくの空間転移、人数のハンデなんてないに等しいわ」


 銀色の風――藤乃はまだ置いているだけだけれど、あの魔法はそもそも風の資質から生まれる魔法。この協議にはぴったりなのよね。それに――これも血かしらね。


「その銀色は始まりよ。貴女が原初になりなさい。風は世界を歩く唯一無二――風を吹かすは貴女という可能態よ」


『……難しい』


「なら、魔法の言葉よ。誰かさんはこれで理解していたし――」


 懐かしいわね。今日みたいにちょっと危なかった時だったわね。翠泉が私に魔法をねだったのは――。


「バッと息を吐いて、両手で風を扇いでみなさい!」


『ちょ、そんな曖昧なアドバイスがあるかよ――』


『……わかった』


『わかんのかよ!』


 大きなテレビから見える藤乃の姿――大きく息を吸って、まるで羽ばたき始めた雛のように両手を大きく振っている。


「……やっぱり血よねぇ」


 途端――暴風。

 風は藤乃のいる場所から昴のいる場所まで吹く咆哮。

 銀色の風はさらさらと昴の傍まで流れて――。まだ風が大きすぎるけれど、あんなに遮蔽物もない場所ならいくらでも風は通るのよね。


『……零番目の銀色アリスザフール


 銀色の風に乗りながら、藤乃がどんどん昴の傍まで近づいているわね。これで、あとはよほどのことがない限り、負けることはないと思うけれど……最後まで面倒見るわよ。


「昴、貴方はそのデカイ図体を使って藤乃の壁になりなさい。魔法は出来るだけ温存」


『あいよ! 藤乃、俺が守ってやっからなぁ!』


『……クソが』


 悪態吐く割に言うことを素直に聞くのも翠泉にそっくりよねぇ。


「まずは藤乃のところにいた人たちが来る前に周りを落としなさい。私、まだルールがよくわかっていないけれど、多分今相手にとられたボールが関係しているわよね?」


 私、話しながらでも周りを見渡せるのよ? 藤乃がいなくなった途端、ボールを急いで取りに行ったのも丸見えなんだから。


『……ああ、チーム戦はボールを持って着地した方が勝ち』


「わかったわ――昴! 周りの人を鎖で縛っちゃいなさい」


 今さら落ちる速度を上げようとしても無駄だわ。


「藤乃はその銀色を周囲にセット! 出来るだけボールを持っている人を追いかけなさい。昴、邪魔だろうけれど、鎖で縛ったのなら倒さずに引きずりながら連れ回してあげなさい!」


 さて、相手側で動いているメンバーは残り3人。1人はボールを死守するために逃げ回るだろうから、残り2人は昴にお任せね。


 ちょっとだけ神様アイ――見た感じ、武器は二人とも近距離。武器が手甲、空気中の水を集める魔法の子と武器が三節根に火が出ているような……。


「昴! 三節根の子の攻撃は出来るだけ躱しなさい。威力が高そうよ!」


『おう! まずは山田ちゃんからだなぁ――ひゃっはぁぁぁぁぁぁ! パンツよこせぇ!』


 大きなテレビに映っている前髪で顔が隠れている女の子――山田ちゃんが青い顔をして、壁を駆けて行っているわね……あの男、一度完膚なきまでにボコボコにされるべきだわ。


 とはいえ、昴に引きずられている男の子たちも戦闘不能というわけじゃないから……。


『後ろのお前ら! 山田ちゃんはいつも図書室にいて、植物や花の本を見ている大人しい女の子だが! どんなに暑かろうと毎日レギンス! 同じチームなのに、生のパンツ見たいと思わねぇのか! 俺は知っているぜ! あの前髪の下の可愛い顔をよぉ!』


 あとで藤乃にぶっ殺してもらいましょう。

 って、後ろの男子生徒が抵抗を止めて気絶したフリをしているわね。

 うん……好機、なんだけれど、あの子らの高校生活はただいま終了したわね。


 さて、逃げる山田ちゃんとそれを追う昴――を追う三節根の女の子。

 良い感じね。


 特に言及しなくても藤乃が動いてくれるから楽だわ。

 逃げ回っているボールを持った女の子、足を覆っている金属のブーツが武器。あの子、迂闊ね――相手に魔法を簡単に見せちゃうのはいけないわよ。

 見た感じ、あれも風の魔法。空気を踏むことが出来る魔法かしら? 何度か壁ではなく空を駆けているのが見え見え。


「藤乃――」


『わかってる。昴! そろそろ』


『OK! そのままごっつんこだぜ!』


 ボールの子は逃げ回っている内に自分の位置を見失ったのね。その先、昴に追われている山田ちゃんがいるわよ。

 そろそろ、相手のサポートも気が付くかしら?


「――って、やばいやば~い! 佐藤ストップ!」


 もう遅いわ。


「昴! そのままぶっぱなしなさい!」


『おっしゃぁ! 俺の出番――行くぜ意思を持つ八首卍ヤマタノオロチ! 纏めて喰われちまいな!』


 昴って、この場面で一切パンツのことに触れない辺り、中々の道化よね。


 壁に触れ、一斉に現れる鎖の龍――。

 藤乃から逃げていたボールの子は、落ちているから急に止まることは出来ず、山田ちゃんを避けたと同時に眼前に迫る龍に反応できるわけもなく、鎖にがんじがらめにされて捕らえられ、ボールを落とした。


「藤乃!」


『……任せろ』


 三節根の女の子がボールに向かって三節根から炎を噴出させながら突っ込んでいくけれど、残念。移動性能なら藤乃の方が上よ。


 藤乃がボールをキャッチすると同時にあらかじめ上にセットしていた銀色に転移――戦線を離脱。


 すでに勝敗は決したわ。

 あとは残りの高さを下りるだけ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る