第5話 時代のあれこれ

 ゴロゴロぉ~。あぁ、暇……だけれど、こうしてダラダラしてるのも悪くないわね。

 藤乃と桜乃は学校に行って、お母さんは何か準備しているし――ここは神にとっての楽園よ。

 煩わしい神々の小競り合いもないし。


「アリスちゃ~ん」


「はーい。なに?」


 お母さんが手招きしている。なんだろう? 

 起き上がるのは怠いけれど、行かないという選択肢はないわよね。私、ここの居候だし。

 手に服を持っているように見えるけれど、どこか行くのかしら?


「アリスちゃん、お出かけしましょう?」


「ええ、それは構わないけれど、その服、貴女が着るの?」


 明らかに子ども服。それに、どう考えてもお母さんのサイズじゃないわね。桜乃のかしら――あら? お母さん、どうして私を引っ張るのかしら? ちょっと待って、服を脱がせないで。そのワンピース、神の魔法が掛かってて結構レアものなの――あ、洗濯籠に投げ込まないで、神の加護剥がれちゃう――。


「……梅乃、一人で着替えられるわ」


 しかし、無視。


「……お母さん、一人で着替えられるわ」


「そぅ? でも、あたしがお着替えさせたいのぉ」


 唯でさえ桜乃の下着を借りてて恥ずかしいのだけれど、お構いなしね。

 カラフルなニーハイにホットパンツ、ちょっと裾の長いシャツ……子どもっぽくないかしら? 私、可愛いのは理解しているけれど、もっとこう、大人らしい可愛さよね?


「うんうん、完璧ぃ」


「……ありがとう。それで、どこに行くのかしら?」


「市役所ぉ」


「え? なんで――」


「行ってからのお楽しみぃ」


 言うが早いか、抱き上げられて車に乗せられて――この一家は強引と名前の最後に付けるべきだと思うのよね。私の話なんて聞いちゃくれない。


 まぁ、これは諦めましょう。今さら言っても遅いし、昨日一緒に出掛けるって言ったものね。でも、車か……って、あら? 鍵を回さないのね。というか、鍵はどこ? ドアのロックも勝手に空いたように見えたんだけれど……。

 エンジン音、こんなに静かだったかしら? 100年前はもっとブロロロいっていたはずだけれど。それに、いつからこんなに丸っこくなったのかしら? もっとカクカクしていたような記憶が……。

 これが技術の進化か。


「アリスちゃ~ん?」


 お母さんがこっちを向く。止めて! 怖い! ちゃんと前を見て運転しなきゃ事故を起こしてしまうでしょ!


「前、前見て!」


「大丈夫だよぉ。この車、ブレーキないからぁ」


 大丈夫な要素が一切見つからない!

 え? 何でそんな大事な機能取っ払っちゃったの? この時代の人間、スリル求めすぎでしょ。


「……人間怖い」


「あららぁ、えっとねぇ――」


 これも技術の進化なのだろうけれど、お母さんの空気がこのドライブを一層怖くしているのよ。


「なんでもぉ、人や物を見分ける機能が向上したからぁ、車が勝手に止まってくれるようになったのよぉ」


「そこまで進化してるなら、ハンドルもアクセルも取っ払っちゃいなさいよ……」


「う~ん? ハンドルがない車もあるよぉ。でも、それだと気ままに当てもなくドライブとか出来なくなっちゃうからぁ、あたしはこっちの方が好きだよぉ」


「……さいですか」


「アクセルはねぇ、今は踏まなくても良いんだけれどぉ、最初に走り出すために踏まなくちゃならないからぁ、必要かなぁ」


 つまり、ハンドルだけ握っていれば良いのね。あら? でも、それだとどうやってバックと駐車をするのかしら? そもそも信号は?


「色々とツッコミたいことがあるんだけれど。駐車はどうするのよ?」


「勝手にやってくれるよぉ。駐車場には法律で決められた機械を置かなくちゃいけなくてぇ、それで車が自分で駐車スペースに停まってくれるよぉ」


 随分と機械任せになった人類が嫌味に思えるわね。目の前の信号――普通に停まるわね。あとでバラさせてもらっても良いかしら? 少し中が気になるわ。実は魔法が使われているんじゃないかしら?


「随分と味気ない世の中になったのね。こういう車じゃ満足できないって人もいるでしょ?」


「うん、いるよぉ。でも、ここで旧式の車に乗ったら、一発で刑務所だからねぇ」


「……なんて悲しい世の中」


 趣味に生きたって良いじゃない。どうして車を選ばせてくれないのよ。きっと、車好きは退屈で部屋の隅でミニカーか電池で動くクイックなレーサーを走らせて遊んでいるのね……可哀そうに。


「う~ん、でもぉ、別の県――静岡県、鳥取県とかとかでは、旧型の車を走らせても罪にならないんだよぉ。というか、そういう人が集まって東京とかの都市に負けないほど発展してるしぃ。静岡県に行くと旧型の車の産業が展開していて、最早一種の国みたいになってるよぉ」


 静岡県……もっと推せるものあるでしょう。富士山とか魚とかお茶とかみかんとか。観光客は電車と新幹線で行かなくちゃいけないのかしら?

 まぁ、車好きが排除されていないようで何よりだわ。


「ちなみにぃ、静岡からはぁ、みかんは消えましたぁ」


「何でよ! みかん美味しいでしょ!」


「和歌山と愛媛に全部持ってかれちゃったんだもん。みかん農家はみんなそっち行っちゃったんだってぇ」


 私がいた時とは随分と変わっているのね……人間って凄いわぁ。


「というわけでぇ、今の時代はぁ、すっごく発展してるんだよぉ」


 確かに、聞いている限りだと色々と発展しているわね……でも、それが人間の限界だと思うわ。うん、そうよ――私の方がもっと楽させられるわ……。


「……魔法の方がもっと楽できるもん」


「うん、そうかもねぇ。でもぉ、あたしは魔法があんまり広がってなくて良かったぁって――あ、着いたぁ」


 そこで区切るのは止めてくれないかしら? 理由、理由を話して――あ~、早々と車から降りないで、気になってしょうがないじゃない。

 まぁ、それは後で聞きましょう。ここが役所ね。


 大きな建物ねぇ。一体、ここで私は何をさせられるのかしら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る