第4話 壁空士

「………………」


 私は夢でも見ているのかしら? 目の前に掃除機が三人――人間は人間でしかないと思っていたけれど、まるで掃除機のように物を吸収することが出来るのかと素直に関心……を、通り越して恐怖すら覚える。


「……あれがこの家のデフォルトだ。藤乃は成長期で片づけられる。だが、桜乃ちゃんと梅乃うめのさんはどう考えてもあの食事量を消費しきってるとは思えねぇんだよな」


 お母さんは梅乃という名前なのね。

 って、それどころじゃないわよね。藤乃、桜乃、お母さんの三人が物凄い勢いでパエリアを平らげていく。見ているだけで胃から逆流してきそうな胃液――ヤバい、ちょっと吐きたい。


「……吐くなよ? 梅乃さんがとんでもなく悲しそうな顔をすっぞ」


 小声でアドバイスをくれる昴だけれど、この男は一度吐いたことがあるってことよね。


「じゃんじゃん作っちゃうねぇ……って、ありゃあ? アリスちゃん、美味しくなぁ~い?」


 ふわふわ雰囲気で悪魔の宣告――と、思ったが、すぐに泣きそうな顔で見つめてくる。私は首を振り、食べられることをアピールするために、パエリアにがっつく。

 ヒツジの頭をした悪魔は結構いたはずだけれど、それらはもっと狡猾であった。しかし、あのお母さん悪魔はそれらより性質が悪いと思うの。


「えへへぇ、まだまだあるからたくさん食べてねぇ」


「はひ……って、みゅ?」


 お腹が破裂する。と思った時、昴が袖を引っ張ってきていた。

 何事かと思うけれど、すぐに理解できた。昴も限界みたい。脂汗を流し、腹を押え、顔を背けているのが見える。


「な、なぁ、それより、こっちの小さいのがアリスなんだろ? その辺のこと、教えてくれよ」


「……ん? あんたには何度も話しただろう? その度に否定されたと記憶しているけれど、何を聞きたいんだ?」


「そりゃおめぇ、実物が目の前に現れたら信じないわけにもいかねぇだろ? それに、さっきの話だとイカロスのことも知らないみてぇだし、食事はこの辺にして説明してやったらどうだ?」


 ナイスよ変態!


「う~ん? 別にご飯食べながらでもぉ――」


「お、お腹いっぱいになって集中出来なかったら悪いし、私的には大事なことだから、余裕をもって聞きたいわねぇ……なんて」


「梅乃さん、アリスもこう言ってるし。な?」


「え~、でもぉ――」


 ええい、こうなったら――。

 私は椅子から立ち上がり、お母さんの手を握る。

 こういうのは得意じゃないけれど、多分効果抜群よね。


「……ママぁ、お願いぃ」


 秘技頬染め――さらに涙目で威力を上乗せ、可愛い声も乗せての……これが私の最大火力よ!


「あらあらぁ、アリスちゃん可愛い。うん、そうねぇ、まだこっちに来たばかりだしぃ、余裕をもって行動することは良いと思うよぉ」


 よし来た! お母さんが鼻歌交じりで食器類を片づけ始めたわ。我々は勝ったのよ!

 不本意だけれど、昴と頷き合い、この勝利の余韻を味わいましょう。


「あ、余っちゃったから明日の朝ごはんでいいかぁ。昴ちゃん、学校行く前に家に寄ってねぇ」


 同じタイミングで昴と顔を伏せる。

 お母様、朝からから揚げとパエリアとアヒージョのコンボはキツいです。せめてアヒージョだけは止めてください。朝からニンニク臭できっと死にます。


「アリスお姉ちゃんと昴にぃ、さっきから百面相してておもしろ~い」


 さすが藤乃の妹。微妙に毒を吐いてきたわね。


「……母さん、ニンニクは朝からキツい」


 ここでまさかのファインプレー。ナイスよ藤乃。

 リビングと繋がっている和室まで歩いていき、手招きしてくる。私は重いお腹をさすってそれに従うけれど、どうにも、膝に乗れと藤乃が目で言っていて私は相変わらず完璧な角度で首を傾げる。

 けれど、藤乃がどこか不機嫌になったから、従ってみると、満足そうに息を吐いた。

 乙女がニンニクの匂いをまき散らすのはどうかと思うのよ。


「……さて、それで、何から聞く?」


「その前に歯を磨かせてくれない?」


「ガムとミントタブレット、どっちが良い? 今はこれで我慢しろ」


 手渡されたガム。私、ミント系って苦手なのよね。100年前はあんまり効かなかったし……。

 って、なにこれ凄い! ミント強い。


「す~す~する」


「……そろそろ話していい?」


 どこか呆れたような声の藤乃。しょうがないじゃない。技術面でもそうだけれど、今の時代は見慣れないものが多すぎるわ。

 とはいえ、いつまでもダラダラとしているわけにもいかないわよね。


「ええ、貴方たちの言うイカロス。それについて教えてちょうだい。多分、私の魔法がかけられてると思うんだけれど」


「あたしも何でアリスの魔法でああなったかは知らない。多分、母さんの方が詳しいと思うから、それは後で」


 お母さんの方に目を向けてみると笑顔で手を振っており、これは後で聞いてみましょう。そもそも、私はイカロスについてまったく知らないわ。あれが何のために在るのか、それを聞いてからでも翠泉をいくらでも罵倒できるわ。


「……まず、イカロスについて話すなら知っておかなきゃいけないもの。それがあの壁」


「あれも魔法よね? 私の魔力――と、いうより、翠泉に渡した加護が感じられたわ」


「うん、あれがないとあたしたちは魔法が使えない」


「つまり、媒体よね。あれが今の人間が持っていない魔力を補ってくれてるってところかしら? でも、それにしたって、藤乃もそうだけれど、昴も高レベルっぽい魔法を使っていたわよね。空間転移なんて、魔法のあった時代の人間が喉から手が出るほど欲しがった魔法よ」


「その辺りはまったくわからない。あたしたちは、これを通して魔法を知ったから――」


 藤乃が腕についてるブレスレットと昴の指輪を指差す。

 それからも私の加護が感じられるけれど、少し混乱してきたわね。どうしてこんなにも私の加護がばらまかれているのかしら?


「これはイカロスになりたい人が最初に行なうことなんだけれど、ひいおじいちゃんが作った――って言われてる壺に手を通すと、魔法とそれぞれ身に着けるものが現れる」


「……う~ん、多分制約よね」


「だからわからないって。それで――あたしの場合だとブレスレットだけれど、落ちた時に発動する翼が使える」


 これも制約よね。やっぱり、いまいち合点がいかないのよね。制約が多すぎるし、明らかにこのイカロスのためだけに魔法が設定されているわ。


「て~か、さっきから思ってたんだが、その制約って何だ?」


「……あたしも気になる」


「そうね。まず、私がどんな奇跡を翠泉に渡したかの話になるんだけれど――」


 お母さんが持って来てくれたお茶を一口――藤乃の膝の上で伸びをしながら、頭の中をちょっと整理整頓。


「う~んと、私は翠泉に渡したのは、魔法という奇跡じゃなくて、魔法を使えるように出来る加護なのよ。つまり、翠泉が望めば、誰にでも魔法が使えるように出来る加護ね」


「なにそのチート能力」


「って、思うだろうけれど、これには様々な制約を規定しなければならないのよ」


「……その制約って?」


「私は決めてないわ。これも翠泉任せよ。翠泉が決めた制約の上で魔法が使えるようになるのよ。制約の重さによっては強力な魔法が使えるようになるんだけれど、人が秤に乗せられる代償なんて高が知れてるわ。だから、神である私目線の脅威になる魔法は作れない」


 つまり、人が人同士で使える程度の威力設定をした魔法を私はこの世界に残した。

 それによって、バベルの塔を作らせないという私なりの気遣いだったのだけれど、それが余計に今の状況をややこしくしているわね。


「私が思うに、壁とブレスレットは制約ね。あんなに脆い翼だけれど、あの競技中はおよそ人が死なないっていう魔法を壁があるならという制約で成り立っているんじゃないかしら?」


「……ああ、今まで死人が出たことは一度もないね。けれど、それって、結構重くない?」


「そんなことないわ。何も不老不死になるってわけじゃないんでしょ? 競技をするには壁が必要で、いつでもどこでも競技を始められるわけじゃない。限定的過ぎて日常ではまったく使えないわよ」


 そういえば、壁が時間経過で消えていたけれど、あれは誰がどうやって出しているのかしら?


「ねぇ、あの壁は誰が出しているの?」


「あ? ああ、あれな。あれは人が集まるとどこからともなくオッサンがやってきて、壁作ってくんだよ」


「なんて曖昧な……」


「この辺りは母さんに聞いて」


 というか、初めからお母さんに聞いた方が早かったんじゃないかしら――と、思うけれど、まったくこっちに興味を示してないわね。桜乃を膝に乗せてテレビ見てらぁ。


「と、まぁこんな感じ――」


「大事なことを聞けてないわ。そもそも、何であんなことしてるのよ?」


「……お金」


「スリル!」


「……なるほど」


 もっと何かしらの特典があると思っていたけれど、人間は好奇心と金には勝てなかったわね。


「中身はこんな感じ――あとはルールなんだけれど」


「それは実際に見てもらった方が早えだろ。明日、多分どっかでやるだろうし――つうか、学校に来てもらった方が早いか」


「ん――そうだな。アリス、明日時間ある?」


「悠久の時があるわよ」


「そ――なら、明日母さんに案内してもらって、放課後になったら学校に来い」


「わかったわ。ところで、魔法はみんな違うものなの?」


「ああ、今まで一緒の魔法を使ってる奴は見たことねぇな。武器が違ったり、見た目が違ったりとたくさんあるぜ」


 多分、素質を抽出してるのよね。けれど、それはその壺を見てみないとわからない。か。明日お母さんに案内してもらいましょ。


「終わったぁ?」


「ええ、まだわからないことが多いけれど、今はとりあえずその競技を見てみることにするわ」


「そっかぁ。じゃあ、藤乃ちゃんの放課後まで、明日はあたしとお出かけしようねぇ?」


「うん。お願い」


 そんなことを話していると、そろそろ良い時間――桜乃が頭を揺らしながら船を漕いでおり、あんまり遅くまで話し込んでいても悪いわね。この話はお終いにしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る