第2話 招かれてはみたものの
「………………」
タクシーに乗せられ、終始無言の藤乃さん――本当に、これから売られてしまうのではないかしら? 優しそうなタクシーの運転手であるおじさんまでもが悪人に見えてきたわ……ヤバい、吐きそう。
い、いざとなれば神通力でも使って――あ、だめだ。起きたばかりで力がほとんど使えない。
「……どうした? 随分具合が悪そう?」
誰のせいよ! もうこっち見ないで! 目だけで殺される。
それと、何故笑うのよ? 突然口角を吊り上げ、心配しているのか、蔑んでいるのか、それとも愉悦を感じているのかどれかにしてほしいわ。多分、あの笑い方は私を憐れんで笑いを堪えている顔だと思う。
怖い怖い。
「……藤乃だ」
だからニヤって笑うのを止めて! 自己紹介をするタイミングもおかしければ、言い終わった後に口を逆への字に曲げて笑うのがさらに恐怖を煽っているのに気が付いていないのかしら?
「アリス……」
「知ってる」
なんで、知られているのかしら。と、思ったけれど、もしかしなくても、やっぱり、現在で私は有名人なんじゃないかしら?
なら、この藤乃という女性は私を神と理解した上で、もしかしたら歓迎会なんかを催して――。
「……あんたのことを知っている人は少ない。今では見る影もないからね」
「え、待って、どういうことよ」
藤乃が薄い板――機械らしいのだけれど、それを操作し、画面を見せてくるわね。
「これがあんた」
えっと……画面の中には、褌を締めたポニーテールのマッチョのお兄さんがボロボロの翼を生やして、アヒル口で投げキスをしている絵が映っているんだけど?
「誰これ!」
「あんた」
共通点は銀色の髪とポニーテールしかないじゃない! 私は女神のはずなのに、その中間――男性寄りの中間に位置する物体へと変わっているのは何故かしら。
「アリスちゃん――ちゃんまでが名前」
「どこのゲイバーよ! 人の名前を源氏名みたいによ~ぶ~な~!」
「……
「もっと可愛いでしょ! ほら! 私の顔を見て!」
世界とか悪の件はまだ我慢できるわ。事実だし。それよりも、何故こんな怪物が、しかも夜に降りてくるとか言われているのかが解せないわね。
もう少し、伝えようがあったでしょう?
これは最初で最後の奇跡を託した人間を恨まずにはいられないわ。だって、どこをどう伝えたらこうなるのよ? 伝言ゲームをしたとしてもひど過ぎる……バナナと言ったらおっさん。とかいう暴挙を働いたとしか思えない。クソ! 下ネタかよ!
む~。窓から見える外に向かって、いっぱいに頬を膨らまし、口をわなわなと震わせながら、涙目という可愛い不貞腐れ顔で通りすがる人々を八つ当たりに睨んでやるわ。
あら? 先ほど立っていた大きな壁がある方向……。
あれ、どう考えても魔法よね。しかも、私が制約を持たせることで魔法を使えるように起こした奇跡――人々が制限を持たせることで、神より弱いが魔法を使えるように出来る加護と同じものをあの壁から感じたわ。
そして、案の定壁は消えており、時間経過による制約なのだと理解できた。しかし、何故?
「……着いた」
藤乃がタクシーの運転手に止まるように言い、お金を払うとまたしても手を引っ張ってくるのだけれど。
だから、痛いってば。
「じ、自分で降りられるわ――」
「……そう」
タクシーを降りると、普通の一軒家。特に綺麗というわけではなく、そこまでボロボロではない。と、思うわ。
例えるなら、100年前に見た、日曜夜6時枠に入っていた国民的日常アニメの家のような家らしい家ね。私は好きよ
「……まぁ、ゆっくりしていって」
「こ、殺さない?」
「なんで?」
心底わからないというような顔をしているけれど、先ほどから向けていた、とんでもなく怖い顔と物騒な言葉の数々と鎖男の犠牲――殺されると思うのが当然だと思うのよ。
「……母さんと妹がいるけれど、多分大丈夫だと思う」
「そ、そうなの……みゅ?」
あら? この表札。
雪原――どこかで聞き覚えがあるわね。ちょっと藤乃に尋ねてみましょう。
「ねぇ、なんで私をここに連れてきたのよ?」
「それは――」
っと、ちょっとストップ。
藤乃が引き戸の玄関に手を掛けると、反対側で待っていた人影が藤乃が開くよりも先に扉を開け放つ。
「おかえりぃ」
一瞬にして雰囲気がふわふわしていると察することが出来るほど、柔らかい笑みを浮かべる女性がいるけれど……あれ? どこかで見覚えがあるわね? あれれぇ~?
「……ただいま」
「おかえりなさ~い。アリスちゃんもこんにちはぁ」
「って! さっきのお母さん! やっぱり私のこと知っているんじゃないの!」
現代に降臨して最初に出会った第一街人――あの時の親子の母親が変わらず自分の世界を形成しながらそこにいるわね。
「あ、藤乃ちゃ~ん、あたしぃ、さっきアリスちゃんに会ったのよぉ。だからぁ、連れてきてもらおうと思ってたんだけどぉ……えへへぇ、以心伝心」
背景に花すら見える女性の言葉を流し、藤乃が袖を引っ張ってくる。
「母さんに会ったの?」
「5円玉くれたわ」
「ご縁があれば~って思ってぇ」
「私は神社に納められていません……」
頭までとろけそうな声に私は首を振る。そして、藤乃に視線を投げ、どうすれば良いのかを尋ねようと思うけれど、母親の方に腕を掴まれてしまい、そのまま家に引きずり込まれた。
「ちょ、待ちなさい! わ、私はまだ聞きたいことが――」
「今日はごちそうなのよぉ。アリスちゃんが来たからぁ、お母さん、頑張っちゃったぁ」
「え、えっと……」
「ご飯食べながらでも良いんじゃない? 聞きたいことは何となくわかるし」
確かに――私は藤乃の言葉に従い、家の中に入るわ。
家の中には先ほど母親と一緒にいた少女が首を傾げて見つめてきており、私は負けじと可愛く首をコテんと傾げてみる。
勝った。と言いたいけれど、リアル幼女の首傾げは破壊力があり、すぐに頭を撫でに足が動いてしまう。ええ、これはしょうがないわ。ニュートンには感謝ね。
「……これが幼女の力なのね」
「えっと、お姉ちゃん、神様のお姉ちゃん?」
「ええ、そうよ。私、アリスと言うの」
すでに母親から聞いていたのね。少女が嬉しそうに周りを飛び跳ねているわ。
ヤバい、抱っこして畳の上でずっと座っていたいわ。
聞きたいことは山ほどあるけれど、とりあえず今は言われた通りに過ごそうと思うわ。せっかくまた世界に降臨できたのよ。急いだら損のような気もするし、この少女を抱き撫でながら待つことを決めた。
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