第1話 銀色の少女

 痛い痛い、頭痛い――私、わりと能天気に生きていたつもりだけれど、本当に呆れた時って、頭を抱えるのね。漫画の中だけだと思っていたわ。

 というか、なんで平和のために与えた魔法が、こんなスポーツみたいなことに使われているのよ? スポーツよね? プロレスとかと同じ感じよね。


 どうりで私の顔など知られていないはずよ。こんなことに使われているのだから、信仰なんてあるわけないわ。


「あ~……」

 頭を切り替えましょう。これはいったん諦めるわ。


 情報が少なすぎるわ。まずはこれについて説明してくれる人を捜さなくちゃ――。


「今日はこのスポーツ――太陽から最も遠いイーケリアー。そして、俺たち壁空士イカロスの生みの親であるアリスさんの復活する日だと言われてるぜ! そして、そんな日に優勝してしまったアリスさんと同じ髪を持つ彼女は生まれ変わりか!」


 さっきの大きなテレビからマイクを持ったお兄さんが叫んでいるけれど……色々聞きたいことがあるわ。

 まず1つ――わたしの名前にさん付けするのは止めろ!

 その2――と、いうか、誰がこのスポーツを作ったって? 私の名前は確かにアリスだけれど、こんなスポーツを作った記憶もないわよ。

 それと私は死んでない!


「さてさて! それじゃあ今日のヒーローの登場だ!」

 男がさっきの女の子を手招いて……これ、インタビューってやつね。銀色の髪の女の子が画面に映ってるわ。

 何を言うのかしら? やっぱり、今のことよね? こんな量の人の前に立たされて夕飯の献立を話す人はいないと思うし。


「お前ら五月蠅い」


 マイクを渡された女の子の第一声。

 観客がシンと静まり返り、画面から消える彼女を見送っているのが切ないわ。

 って、あら? 隣の貴方、どうして嬉しそうに体を震わせて……よくよく見てみれば、周りの男ども、やけに嬉しそうに顔を赤らめているわね。


「……銀ちゃんパネぇ、俺のこと殴ってくんねぇかな」


「ば~か、お前なんか殴ってもらえるわけねぇだろ。明日、楽しみにしてな。俺は殴られるぜ!」


 もうヤダ……魔法が思ったことに使われなかっただけでなく、変なスポーツの祖とされ、人類は発展どころか変態を生み、私の頑張りは何だったのよ。

 もうここで本当の私を知る者はいないのかしら? せっかく、目覚めてこの世界を堪能しようと思ったけれど、私が望んだ世界はどこにもないみたい……。


「………………」


 うん、不貞腐れよう。どうせ誰にも見られていないわ。美少女が拗ねているだけよ。

 なんか、一気にやる気がなくなったわね。雨風凌げるところ、どこかないかしら? 暫くはここにいなければならないし……昔の仲間の家、誰か住んでるかな?ちょっと曖昧だけれど、探してみようかしら――。


「おい、あれ――」

 

 っと、何かしら? どうして周りからこんなに視線が……可愛いのはわかるけれど、じろじろ見るのはマナー違反。


「――?」


 私は先ほどのように完璧な角度で首を傾げ、さらには瞳に涙を貯めるという高等技術を駆使しながらちょっと様子見。別に可愛さアピールしてるわけではないわ。


「みゅ――ありゃ?」

 いざ、振り返ってみると目の前に壁――じゃなくて、これは誰かの胸かしら?

一拍の柔らかさを感じたけれど、暖かいし、多分胸よね?

「う~ん?」


「……ちょっと来い」


「へ? ちょ――」


 突然手を引っ張られ、困惑する。え? なんで私、引っ張られているのよ? 

 それと、一体誰が――あら、貴女、さっきの銀髪さん。って、冷静に顔を見ている場合じゃないわね。

 む~、そんなに強く引っ張ると腕に跡が出来るわ。くらいなさい! 私の膨れ顔――ミス! 女の子は止まらないわね!

 もうちょっと抵抗してみようかしら……。


「……大人しくついて来い。殺すぞ」


 めちゃくちゃ怖い! 何その眼力。私、睨まれて体が竦んじゃったわよ!


 これは抵抗するのは無駄ね。大人しくついていくのが吉――っと、あれは。


「おう、藤乃、これから打ち上げでもしねぇか? おごるぜ」


 鎖男が女の子に手を上げて話しかけに……知り合いだったのね。それと、彼女、藤乃って名前なのかしら?


「今日は忙しい。とりあえずピザ買って家に来い――あと、あんたが盗んだあたしのパンツとブラ、それと耳かき返せ」


「ことわ――グフっ」


 藤乃……さんが鎖の男の股間に蹴りを放ったのだけれど、うん、しょうがないわね。下着泥は死ぬべきよ。

 とは言ったけれど、藤乃さん……蹲った男の顔面を何度もつま先で蹴り上げるのは些かやりすぎかと。


 うん。ヤバい、この女正気じゃないわ。

 体が震えてきたわよ。見たくもないけれど、目の前で起きてるこの惨状をただただ見つめ――絶対夢に出る。


「ちょ、やめ、ま――痛い痛い痛い! 待て、待て、シャレにならん――ぎゃぁぁぁ!」


「ピザとフライドチキンも買って来い。あと寿司。買ってこなかったら……わかってるな?」


 彼が頷き、藤乃さんが冷たい目をして鼻を鳴らす。あの眼のことは神をも凍らせる目と名付けましょう。


 どうしよう? このまま連れて行かれたら、きっと可愛い私を売りに出すのではないかという悪人面――このままついて行っても良いのかしら? 私、神様なのに人間の子を孕まされちゃう! そんなわけにいくか!

 とりあえず、う~う~可愛く声を発しながら、再度抵抗しましょう。


「……一度シメとくか」


「ごめんなさい!」


 謝ってしまった……神なのに。


 これからどうなってしまうのかしら?

 私はこの後の悲劇を想わずにいられず、出荷されるブタの気持ちになって、歩みを進めるわ。

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