魔法を与えるって言ったじゃん!もっと役立つことに使ってよね!
筆々
第1章 眠りから覚めたもの
「ふふふふ――」
私は笑わずにはいられなかった。やっと、やっと――こうしてこの世界に顕現出来るまでに身体が癒えたのよ!
思い出したくもない100年前。私は神々との戦いに敗れ、せっかく慣れてきたと思ったこの世界からいったんドロップアウト。
あ、私、神です。
「くっくっく――」
何処かから聞こえる歓声に期待が高まる。
世界にもたらした私の威光が、私を輝かせてくれるだろう未来を想えば笑わずにはいられない。どれだけこの時を待ったのかしら?
「ふははは……」
両手を広げることで、私に感謝をしているだろう人々を受け止める準備は万全!
「あーはっはっは!」
周囲に銀色に輝く光の粒子を生成することで神々しさを演出。
かんっっっぺき!
100年前に大体の時間と場所は伝えてあるはずだから、私が出現すると同時に人々が泣いて喚きながら私に抱き着いてくるに違いないわ。
当然よね。私はこの世界に名前と加護を与えたのだから。
人類が発展するように尽力し、そして最後は華々しく散ったのよ。神と理解されていなくても、救世主や英雄と語り継がれていてもおかしくないはずよね?
「………………」
そろそろ出てきても良いんですよ? 私、ここで発光してる頭おかしな人に見られるかもしれないでしょ?
いくら待っても人はおろか、猫すらも寄ってこない現状。
私は周囲を見回してみるけれど、眼前に高い塔のような壁があるだけで人なんていやしない。
よくよく耳を澄ませてみれば、壁の向こうから歓声が聞こえてきているけれど、なにかしら……? あ――。
なるほど、そういうことね。こういう時、なんて言うんだったかしら? お茶目な人類め。と、言っておけば良いのかしら。多分、私の出現位置を勘違いしているわね。
それならば合点がいくわね。あら? あそこにいるのは第一街人? ふふ~ん、驚きなさい!
「ねぇお母さん、あの人ピカピカ光って笑ってる」
「あらぁ、ほんとだぁ――可哀そうな人かしらぁ?」
私に気が付いたわね? さぁ、ちこう寄りなさい? まぁ一度言ってみたかったのよ。
って、あら? ご婦人? 何故私の足元にお金――五円玉を置いて、手を合わせているのかしら?
「頑張ってくださいねぇ」
なるほど――一つ良いかしら?
5円でどう頑張れって言うのよ!
というか、そもそも可哀そうな人だと思ったのなら、ジュース一本分のお金くらい置いてくもんでしょ! 5円って、5円って! お前私が何かわかってんだろ? 仏じゃないけれど、ご縁を与えてくれるとでも思ったのか!
って、普通に5円だけ置いて去っていこうとしないで! もっと反応して! あぁ、そんな華やか爽やか可憐さ交じりに手を振らないで――。
もう、何なのよ――うん? 何かしら。
子どもの方、何やら空を見上げて立ち止っているわね? 何か見えるのかしら。
「わ~、今日もお姉ちゃん達、飛んでるねぇ。僕もいつか
「あら、それならまず体を鍛えて、好き嫌いしないで大きくならないとねぇ」
「お母さんのごはん美味しいから、僕、好き嫌いしないも~ん」
「あらあら――」
何ともむず痒くなるような会話を……なんだ? あの他人を無視して自分の世界を形成するようなマイペース親子は。
「……なんか、既視感が」
どこかでこんな空気を味わった覚えがあるんだけれど、駄目ね、思い出せない。まぁ、思い出せないのなら考えても仕方がないわね。
それより、あの子、イカロスって言ったかしら? 憧れる。ということは職業か何かなのだろうけれど、100年前にそんなものはなかったわよね。
「イカロス……私を差し置いて、神話の人物を登場させるとは」
呆れて言葉も出ないわね。
100年前にあんなにお膳立てしたのに、どうして私の名前が出てこないのよ。これはあれかしら? 人類はどこかで道を違えてしまったようね。
「はぁぁ~――」
これはため息も出るわよ。
とにかく、歓声が上がっているこの壁の裏に行ってみましょうか。
うん。私を歓迎してくれる人がいないのはもうしょうがないわね。だって、100年も経っているもの。私がいた時にいた人はもう生きていない。
それに人というのは、忘れて、新しい記憶で生きる生物だったわね。
そう在るものにわざわざケチはつけないわ。なんて言っても、私は神だからね。
歓声が近づいてくるわ。それにしても声だけでもわかる熱気――サーカスとかでも来ているのかしら?
そういえば、さっきから気になっていたんだけれど、この壁、なにか覚えがあるわね? 見覚えはないんだけれど、在り方やその内に秘めてるものというか。
可愛らしく見られるだろう最高の角度で、首を傾げてみて思い出そうとしているけれど……駄目ね、思い出せない。
歳かしら? さっきから思い出せないことが多くて、何だかむずむずするわ。
壁の裏側まで到着――というか、私がいた方が裏だったかしらね? わざわざ裏側に集まる人は稀だもの。
さて、どうしてここに集まっている人たちは空を見上げて叫んでいるのかしら?
誰か自殺でもしようとしている? それなら止めなさいよ。趣味が悪いわ――って、言いながら、私も気にならないわけじゃないから、視線を追ってみるけれどね――。
「は?」
いや、え? 私は冗談を言ったつもりなのよ? 言霊を操ることも出来なければ、想像と運命を操ることも出来ない。
どうして、10人ほどの人間があの壁のてっぺんから飛び降りてるのよ!
開いた口が塞がらない。この光景はあまりにも異常だわ。
いやいや、おかしいでしょ。なんであんな集団自殺を人々は楽しんで見てるのよ。ここはコロッセオ?
あ~、もうしょうがないわね。私の目の前で自殺は許せないわ。まだ本調子じゃないけれど、あの程度の人数なら受け止めることは出来るわ。
って、退きなさい。人波が鬱陶しいわね。
「――ちょっと待ちなさい」
落ちている。あの人間たちが落ちているのは確かに見える。だけれど――。
「あいつら……何やってんのよ」
どうして落ちながらあんな槍を振り回しているのよ! って、待て待て待て――あの男、その槍をどうするつもりよ。
長髪! 避けなさい! 槍持った男が――。
「――ッ!」目を背けてしまった。いや、だって、壁を駆けながら穂で人を叩きつけるとか。
長髪の男……壁に頭から埋まってる。
今度は女の子! 待ちなさい。貴女の持ってる短い剣じゃ――って、槍は投擲武器じゃないわよ! あの槍男、女の子に向かって槍を投げるとか、最低ね。
嗚呼、あれは気を失っているわね。女の子がそのまま落下――ちょっと、観客、退きなさい! あのままだと、あの女の子が。
……あの槍男、笑ったわね? どう考えても殺人よ。
お? 別の男の人――大きい身体だけれど、槍男に向かって行ってるわね。あの男の人、あれは鎖……かしら?
鎖を落ちながら回すとか意味わからないけれど、良いわよ! そのままその槍男を鎖で縛り付けちゃいなさい。
わ、わ、やったわ! 足に鎖が絡みついた。そのまま、捕縛――。
って、ちょいちょいちょい――捕縛しないの! え? そのままどうするつもり? あ~、あの構えは……。
思い切り地面に向かって投げるわよねぇ!
「「うをぉぉぉ!」」
男が槍男を地面に向かって投げた瞬間、歓声が響き、鎖の男を賛美する声が人々の口から放たれているけれど、どういうことなのよ。まさに咆哮、熱く狂ったように叫んで、ここはいつから無法地帯になったのよ!
あの男も歓声に応える様に手を上げないの!
あら? どうして壁に手を押し当てながら下って――。
っと、よく見たら、会場に大きなテレビがあるわね。目を凝らしてたから疲れちゃったわ。って、言っている場合じゃないわね。
「っしゃぁぁぁ! フィニッシュだ! いくぜ俺の奥の手――」
男の声? あのテレビ、音声も拾っているのね。
壁に両腕を滑らせながら叫んで、どうし――待って、どこか見覚えのある魔法陣が見えるのだけれど?
「は? ちょ、あれって――」
「
あれって魔法? どうして?
ううん、今その疑問は無意味ね。
とにかく情報収集――壁から幾つもの太い鎖が生えてきているってことは生成系の魔法ね。その鎖が……そうよね、他の落下している人に向かって放つわよね。どう考えても攻撃するための魔法だもの。
……さらには魔力の変換? あの鎖、どんどん龍のような形の魔力を作ってるけれど、中々出来る魔法じゃないわよ!
魔力が人に影響を与えられるほど濃くなったわね。つまり、あの魔力で――そうよね! わかってたわよ! 落とすためよね!
龍の形を模した魔力が人々を壁に叩きつけ、埋め込み、地面に向かって叩きつける。いつからこの世界は世紀末になったのよ!
「今回は俺の勝ちだぜぇ――お?」
鎖男がテレビ越しに叫んでいるわ……頭痛くなってきた。って、違う違う。まだなんとかなるわ。それより、早く止めさせなきゃ――。
「おう! やっぱお前が残ったか!」
「………………」
あの鎖男も天罰の対象に――にゃ! 女の子残っているじゃない! 無茶よ無茶。あの手の魔法は大体追尾機能がついてるのが定石。
「今日は俺が勝たせてもらうぜ! さっさと落ちな!」
「――! ん……」
……あら? 思ったより上手く避けてるわね。あの鎖の魔力に自分の魔力を上手く対応させて鎖自体を足場にしている? 器用なことをしているわね。これなら、あの子は助かりそうね――っと、これは息を呑む闘いって言うのかしら?
「銀ちゃんだぁぁぁぁ!」
うわ! びっくりした。観客だろうから、叫ぶのは当然だと思うけれど、せめて宣言してよね。
銀ちゃん? ああ、なるほど、腰まで伸びた私と同じような綺麗な銀髪ね。って、あの子も魔法を――。
「……
え? 銀の粒子?
……これも後回し。鎖男の四方を囲む銀色。私の予想が正しければ、この魔法はちょっと厄介よね。あの子の特性によるけれど。
少しわくわくしている自分がいるのが嫌になるわね。
銀色を設置した女の子。そして、銀色の粒子に向かって体を潜らせて――なるほど、そういう魔法ね。
思った通り。すぐ後、別の粒子から女の子が現れ、鎖男に蹴りを放っては別の粒子に入って――を繰り返す。
あの粒子は一種の空間転移ね。うん、あの子はそういう特性なのね。そもそも、あの魔法は――。
わ、わ――あの鎖男、まだやる気ね。攻撃をくらっているけれど、ウェート差でほとんどダメージを受けていないわ。
さらに仕掛ける気ね。周りに投げていた鎖を自分のところに戻して、体を覆う……か。
そうね、その選択は悪くないと思うわよ? あの量の鎖を戻せば攻守ともに役に立つ。けれど、あの女の子が使っている魔法は空間転移なのよね。
次の鎖男の行動――簡単に予想できるわね。きっと、その纏った鎖を一斉に放つんでしょ?
「うぉぉぉぉぉ! さっさと食われちまえ!」
「残念――貴方はずっと身を守っておくべきだったのよ」
鎖男の背中でキラキラ光る銀色――さっき蹴った時に背中に設置していたのね。
「――しゃぁ! ってぇ?」
鎖を全方向に放った鎖男――けれど、もう体を守る鎖はない。そして、慢心。打撃が効かないのなら、他にいくらでもやりようがあるものね。
「ふわぁ! ちょ、おま――」
鎖男の背中に移動した女の子が彼の両腕を掴み、背中に足を乗せ、思い切り腕を引っ張っているように見え――ああ、貴女も落とす側よね……。
「……このまま叩きつけてやる。それと、あたしのパンツ返せ」
「何故ばれてる!」
しょうもない会話が聞こえてきたのだけれど、このおかしな競技も佳境ね。高さは残り僅かしかなく、脱落しただろう人々が一斉に落ちてくる。
あれではミンチになってしまう。と、何か、情報を得るために分析していたけれど、人命優先よね。
「あら?」
「………………ふ」
あの女の子、笑った?
「……え? なに――」
女の子が確かに笑みを浮かべていた。って、マズ――つい見とれてしまったわ! あ、落ちたぁ!
わ、わ、どうしよう。落ちる瞬間、また目を瞑っちゃったわ。あ、やばい、砂煙で視界が通ってないけれど、間違いなくミンチだわ。人間はあの高さから落下して形が残るほど丈夫に出来ていないはずだし……。
「「うをぉぉぉぉ!」」
何で歓声が上がるのよ! 駄目だ、人類は狂ってしまったのね。そうとしか考えられない――。
「……あら?」
待って、どうしよう。凄く混乱しているわ。
「翼?」
落ちてきた人間の背中から翼が生えてきた。
これも、魔法よね? 待って待って――ああ、駄目、頭痛い。ちょっと落ち着かせて。
えっと、まずは人間が壁から飛び降りて、落ちながら魔法を使う。
さらにその魔法で落ちている人を壁に叩きつけたり、地面に投げたり、気絶させたり……。
最後に落下する瞬間、翼を持つはずのない人から翼が生え、落下の衝撃を殺しながら見事に着地。そして、その翼は人々を着地させると粉々に砕けた――なにこれ?
「……あ~、考えたくはなかったけれど、そういうことよね」
やっと合点がいった。
というか、これだけ異様な光景を長く見ていれば、嫌でも気が付くわ。
先ほどから覚えていた感覚、人々が放っていた魔法、大きく高い壁、人々を守る翼――このどれも、私の魔力を感じるわね。
ああ、なるほど。
100年前、一人の人間に魔法を使えるようになる術を教えたのだけれど……理由は人類が発展するように、人々が平和に暮らせるために。って授けたはずなんだけどなぁ。
私はこのどうしようもない人類にうな垂れた。
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