贋作天球儀の可能性

深夜太陽男【シンヤラーメン】

第1話

 この世界は誰かの夢の中だとかゲームだとかコンピュータ上の仮想のものだとか実は人間の脳みそで起こる化学反応でしかないだとか、様々な推論は遥か昔からあった。しかし誰もそれを証明できずにいた。僕の友人である彼は大学でこの分野を研究していた。

 彼の研究室には重々しい機械の箱が所狭しと並んでおり、その隙間を縫うように机や書類が錯乱していた。研究員はそこに無理矢理体を押し込み、何個も連なる液晶画面を覗き込んでいた。そんな研究室には似つかわしくないモノが一つ、彼が大事にしている天球儀だ。星星の連なりを模した骨董品、古代人はこうやって宇宙を想像していたという。

「僕たちが今やっている研究もこの天球儀の創造と同じことさ。本物を模すことで手がかりを見つけて、本物の謎を知ることができるかもしれない。神様になる気はないけど、神様と会話はしてみたいな」

 彼の研究は完成に近づいていた。箱の中の宇宙は広がり続けていると言う。やがて彼は『ちょっと見てくる』と言い残し、自身の脳髄を機械と繋ぎ贋作の天球儀へと旅立ってしまった。

 私は横たわっている彼の生命維持装置の電源に手を伸ばした。少し躊躇していると、私の隣に男が立っていた。同業者だ。

「結局人類の行き着くところは一緒なわけだ」

「可能性がないと思うか?」

「知らん、俺はただの観測者で結果を報告するだけ。専門分野なのはお前だから判断もお前に任せる」

 私とこの男は違う世界で、世界の行先に絶望して、箱の中に宇宙を作り出し、そこに繁殖性のウイルスをばらまいた。構築されたデータを蝕み自分たちに都合がいいように改変していく悪魔たち。そこに未来はあるのか。直接潜って覗きにやってきてみたら、彼らもまた箱に宇宙を閉じ込めてそこに逃げ込んでいたというわけだ。偽物を模した偽物の世界。そうやって宇宙は広がり続けている。

「未来への希望とやらは見つけられそうか?」

「わからない。ただ、宇宙の旅を終えた彼ともう一度会話をしてみたい。そのとき彼と本当に友達になれそうなんだ」

「もう少し待ってみるってか。勝手にしろ。俺は一度戻るぞ」

 男は消えていった。

「君の天球儀は本物だったかい? 帰ってきたら話を聞かせてくれ」

 深くダイブしている彼に語りかけてももちろん反応はない。彼にとって私は神様足りえないが、同じく宇宙を作り宇宙を旅した者同士だ。彼は人間の偽物でただの情報の集合体、もちろん私も実はそうだったなんて可能性も十分ありある。それでも、偽物同士であってもこの友情は本物だと思いたい。これは贋作天球儀で起こり得る夢の話の一つだ。

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贋作天球儀の可能性 深夜太陽男【シンヤラーメン】 @anroku

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