第2話


 荒野を駆ける一陣の風。

 その風は、発動機エンジンの獰猛なうなり声をまき散らしながら駆ける鉄の獣だった。真っ直ぐに伸びている超電磁土瀝青アスファルトの道を旧時代のゴム車輪のかぎ爪で削り、疾駆している。排気管からは時折、乱れた呼気のような爆発音が鳴り響いていた。何も無い荒野では、その音が何処までも響き渡り、反射もせずに消え去っていく。

 もはや誰もが忘れかけている前時代の旧式自動二輪。無駄な贅肉を削ぎ落とし、ただ獲物を狩るためだけに生まれた黒獅子のごとき鋼の筋肉を纏う黒い骨格フレーム。その骨格フレームに埋まっているのは獅子の心臓。血の猛りを燃やし、唸りを上げている旧式発動機。それは緋色をした複雑な機械組織構造だった。

 その黒獅子に乗り込んでいるのは一人の男。

 白い髪を靡かせ、飛び行く景色を悠然と楽しんでいる。変色式眼鏡携帯端末サングラスを顔にかけて表情は見えないが凶悪な顔つき。軍隊コートのような黒い長上衣をはためかせ、中には合成超硬化革の黒いボディアーマーを着込んでいた。

 不意に、ハンドルから左手を離し、眼鏡携帯端末の左フレームに触れる。

「なんだよ?」

 男は、先ほどまでの雰囲気から一変して不機嫌そうに携帯端末の向こう側にいる人物に声をかける。

『現場にはどれぐらいで到着しますか?』

 携帯端末の向こう側から年若い女性の不機嫌そうな声がそう尋ねた。

「そんなもん俺の位置情報と速度が分かってれば算出できるだろ?」

『それができないから聞いているんです!こんな気まぐれな速度の出し方で予定時間が計算できるわけないじゃないですか!都市規定速度は時速100kmです。都市規定に従ってください』

「うるせぇなぁ。んな、くそまじめにしてたら耄碌爺もうろくじじいになっちまう」

 男が不満気に声を上げる。

 男が出していた速度は時速200km。時折背後の甲殻式貨物車両ダンゴムシの様子をうかがうために気まぐれに速度を落としていた。それに彼を管理する女性が悲鳴をあげていたのだ。だが、男はそんなことはお構いなしに速度を緩めずに突っ走る。

 携帯端末の向こう側の女性はその言葉に一瞬怒りを示して、言葉を失うがなおも叫んだ。

『いいから遵守してください!あと、目標地点の位置情報が更新しました』

「おい・・・先にそれを言えよ」

 女性は男の言葉を無視して続ける。

『第五エデン都市最外縁南部グリッドEOS―34.12.34です。観測航空機の動体反応から野生化した自律生物兵器キメラの密集度が上がっています』

「いや・・・こんな無線通信じゃなくて魔核接続ダイレクトで情報を送ってほしいんだが。位置だけじゃなくて詳細なデータをな。中継機は機能してるだろ?」

『貴方のような悪魔と直接接続ダイレクトはお断りします。できることなら通信も原始的電気信号モールス通信で行いたいのですからこれで精一杯です』

 そう言って爽快な音ともに通信信号が途絶える。

 男はそれに苛立ったのか、少し乱暴に携帯端末の操作をして、別の通信形式に切り替えた。光子神経が励起し、うなじの外部接続端子アンビリカルターミナルから眼鏡携帯端末を媒介に無数の光子電気信号が大容量無線通信を媒体に遙か後方へと飛んでいく。


―――アドカフリャ、獲物の位置が変わった。とりあえず位置情報を送る。

マイクロ秒単位での通信回線が開き、もはや0秒以下のやり取りが行われる。

―――お、さすがは攻性魔銃士様だ。都市観測機のデータなんか俺らじゃ、どんだけ空を崇めたって手に入らねぇからな。・・・了解した。きっちり後ろに付いて行くからご馳走を頼むぜ。

―――好きでしてるわけじゃねぇよ。てめぇらアウターの子守なんざな。だが、報酬さえありゃ別だ。

―――分かってるよ。その旧式の発電機油エンジンオイルと燃料は任せておけ。そんな旧式を使っているのはお前さんぐらいだしな。こっちもサルベージした物の使い所ができて儲かってる。

―――まあ、なんでもいい。とりあえず先を越されないよう飛ばすぜ。

―――了解。


 通信時間28マイクロ秒の高速通信が終わり男は荒野の先を見つめて更にアクセルを回して、黒獅子の心臓が燃え上がった。

 時速280km。景色が視界を狭窄させて目まぐるしく変わる。

 男は獰猛な顔つきに笑みを浮かべて、その向こうに潜む獲物を見据えていた。

「さあ、楽しませてくれよ。死ぬぐらいにな」

 猛然とした風の抵抗を受けて、男の言葉は滴のように消える。

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