ビーストガンナー
三叉霧流
第1話 プロローグあるいは原罪の告白
心をよみがえらす泉は自分の胸中からわいてこねば、
心身をよみがえらすことはできない。
――― ゲーテ著「ファウスト」第一部
人は心を失った。
今はもう不完全な心しかなく、泉を探しに行っても人類の九割は見つけられずに帰ってくるだろう。失うのではなく、欠損と言い換えたほうがいいかもしれない。誰もが生まれたときに奪われ、心の一部が壊れている。そこに意志はなくただ生まれた場所によって欠損していく心。両親は笑顔で自らの子供の心を奪い、欠損させていく。その行為が神の加護と言わんばかりに嬉しそうに、自分の子供を透明の保育器に入れ、たくさんのチューブにつなげ、目も見えない新生児の頭を切り分け、頭蓋をレーザーで焼き切り、多くの医療器具で丁寧に脳みそをかき分けて、小脳の近くに硝子のような欠片を突き刺す。奪われた子供達は、自分がまだ羊水に使っていると勘違いして、それを穏やかに受け入れる。
残された都市のあらゆる病院で産声を上げるよりも先に彼らは心を奪われていた。
その硝子のような欠片は小児の成長と共に脳髄の中で複雑化していく。
それは、人の感情を奪うモノ。人から罪を取り除くモノ。それは人が幸せになるためのモノ。黙示録を回避するための人類至上最高の発明。
『
略称
人の欲望を象徴する悪魔の元であり、人の原罪の根源であるために人は侮蔑を含んでこう呼ぶ ――魔核と。
ECOPCCシステムは、西暦2102年の第五次世界大戦後に発明された。すでに第三次世界大戦の最中にはシステムの草案自体は提唱されていたが、まだ食料も弾薬も各国が保持していたためにどの国も無視し放置されていた。しかし、国際状況は刻々と泥沼化していく。一時休戦協定が結ばれてはいたが、敵国を攻撃できる武器をもった国の軍人の権力が増し、世界中に軍事国家の思想が蔓延った中でそのような休戦協定はただの時間稼ぎでしかない。一旦小国で火がつくと大国はそれに雪崩れ込むように第四次世界大戦が勃発。世界中が困窮するほどまでの大戦に発展し、各国は息継ぎのできなくなった魚のように大地に横たわっていく。次々と国の内部で波紋が広がり、国の大小関係なくあらゆる国が自国の民と戦争を開始。
もはや、国という存在は瓦解していた。
だが、あの悲劇の第五次世界大戦が始まる。今度は、それは国の戦いではなく、ホッブスが提唱した『万人の万人に対する闘争状態』。人が人を食料のために殺し合うただの殺し合いになっていた。そしてついに暴走状態に陥った一部の軍事小国の独裁者が自らの命が尽きる前に押したボタン。それは核ミサイルの発射ボタンだった。
比較的残っていたあらゆる国は疑心暗鬼に陥り、互いに互いを核と化学兵器、生物兵器で攻撃し合う。
血はほとんど流れなかった。
核では血を流す前に熱で蒸発し、化学兵器や生物兵器は死体だけが残される。
焼き尽くされた焦土、生物が生存できない不毛の大地、致死率が異常に高い細菌が支配する熱帯雨林。人々の目の前には、ただの死の大地だけが広がっていた。
それでも人々は生き残った。それは優秀な霊長類だからではない。他の生物よりも数が多かっただけだ。それは単純な数の問題。人類は八割の人間の命と引き替えに死の大地を手に入れたのだ。
そんな死の大地の底、冥府より一人の学者が現れた。
自らを『ノア』と呼び、彼はシェルターに残しておいた
『ノア』が提唱したのは、もはや人々の記憶から消えた
人々は付き従った。自らの原罪を洗い流せるのなら、自らの心を失ってもいいと。
それから200年余り、西暦2352年――救済暦200年。
人類は
この物語は、『第五エデン都市ジャパン』を舞台にし、その罪を許された罪人達の喜劇。心を失い、罪を購われた者達の戯れ言集。
読むのであれば、とくと罪を忘れ、戯れ言に耳を傾けるのをお勧めする。
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