Dreamf-12 この手の届く所(D)

       12




 人の半身程の大きさもあるスパローチの幼体を撃ちながら取り残された人たちの救助を行う特捜チームと救助隊、さらにそこに加わったSSCのチーム・ゴールド。

 救助された人たちは巣から大きく放たれた辺りに設けられた救助テントの方に集められ応急処置を行っていた。念のため、体内に卵を産まれていないかと言う検査も兼ねている。

「これで全員?」

「ええ、おそらく」

 志吹と特捜チームリーダーの杉森両者は救助された人たちを一望し、そんなやり取りをする。

「全フロア総勢七十人態勢での捜索でしたから――」

「これ以上探し回っても時間がもったいないわね。中でビーストが孵りでもしたらもう絶望的」

「その通りです」

「……。

 了解。チーフ、ネオナパーム弾の使用お願いします」

 EXキャリーで上空待機している響への無線。

『避難民は十分離れているな』

「ええ、今いる地点なら、届きはしないでしょう」

『了解。三〇〇秒後に発射する。それまでビーストを一体も外に出すな』

「了解」

 通信終了。

 志吹はチーム・ゴールドの他の隊員達と目を合わせて頷きあい、現場へと駆ける――

「志吹隊長!」

「――ッ、天ヶ瀬君」

 そこへ、円が向こうから駆け寄ってくる。

 どうやら、円の方も実体化したファントムヘッダーを倒せたらしい。

 つくづく、この少年のスピリットの力の恐ろしさにはもはや恐れを覚えてしまいそうで、頼もしく感じてしまう。 

「今からどこへ?」

「五分後にネオナパーム弾で巣を焼き払うわ。その間、ビーストを出さないようにしないと」

「そうなんですか……」

 と答える円の視線は避難民の中に向けられている。恐らく、待ち合わせていた幼馴染でも探しているのだろう。

 いつかは見つかるだろうと、志吹らは現場へと向かい――

「これで全員ですか?」

「……? ええ、そうみたいね」

 そう答えた志吹の言葉を聞いた円は信じられないと首を振る。


「友里がいない……」


「え?」

 その円の言う友里とは、待ち合わせ相手の名前。

 思わず足を止めてしまう。

「いないの? あなたの待ち合わせ相手が」

「はい! どこにもいない!」

「チーフ! トラブルです。天ヶ瀬君の待ち合わせ相手が避難民の中にいないようです」

『なんだって!?』

「ネオナパーム弾使用中止を!」

『ダメだ! 巣の中の卵全部が孵ったら本当に取り返しがつかなくなる! 孵る前にネオナパームで焼かないと行けない!』

「チーフ! 私たちはどれだけだって持ちます!」

『ダメだ。そのためにお前たちが犠牲になったらそこで助かっている人達全員が犠牲になるんだぞ! 志吹、天ヶ瀬に繋ぐ。伝えてくれ』

「しかし――!」

『志吹!』

「――ッ……。

 天ヶ瀬君……」

「……?」

「チーフがあなたにつなげるって。通信機は持ってる?」

「ええ――」

 円は自分が背負っているボディバッグからSSCの端末と無線のインカムを取り出し、インカムを耳に、端末の無線機能をONにした。




       13




 巣の中は腐臭が漂う。

 いくらかのビーストは孵り、この巣の中でさまよっている頃だろう。

「友里……。どこにいる……!」

 だが、円の頭の中に浮かぶのはおびただしい数のビーストでもおぞましい姿のビーストでもない。ただ一人の幼馴染の少女である友里。ただその一つ――その一人。


――いいか天ヶ瀬。五後にネオナパーム弾で巣を焼く。

――それは志吹隊長から聞いてます。

――そうか。なら天ヶ瀬、お前が探せ、その探している相手を。お前なら、ネオナパーム弾が撃たれたそのギリギリの時間まで探せるだろ


 という響からの指示。

 基、見つけ出せなかった特捜チームと救助隊の責任だろうが、今はそんな事で言い争っている暇はない。

(五分だと……。三分で見つけてやる――!)

 響へは届かない心の声。

 円の口から吐き出されたのは、

「どこだ!! 友里ィ!!!」

 巣内に響く円の叫び声。

 コンクリートならば反響するだろうが、包むのは無数の糸。

 円の叫びはその中に吸われ、消える。

 円の声も、届いているか……。

 届いていないのなら、届くところまで近づくまで――ッ。

「――ッ!」

 と、円の叫び声に呼ばれたのか、現れたのは三匹のスパローチの幼体。

「――ッ! 

 ハッ!」

 そのスパローチが動きだす前に、円は光刃を撃ち放ち、一撃で三匹を一掃する。

 そして考える。友里がいるであろう場所を。

(そういえば、映画館のロビーにいるって言ってたな)

 円は巣で作られた天井を見上げる。

 映画館――仁舞バルトはビルの九階。

 エレベーターや階段で昇っているなど、悠長なことはしない――

「ゼアッ!」

 一気に跳ぶ。

 光を纏い、天井を破りながら一気に九階までたどり着く。

「――ッ」

 床に足を着き辺りを見回す。

 だが、辺りを見回しても同じように見えるのは建物の中全体がスパローチの糸に覆われているためであろう。

 また所々でドクンドクンと言う脈拍の音が聞こえる。

 間違いなく、それら全て卵の音。

 それが数千、数万と言う音が所々から聞こえるのだ。

 これが全部孵ったら、円でもどうにもできない。

「友里……どこだ……! 友里!!!」

 その円の叫びも巣の壁に吸われる。

 壁内、床、ところどころ窪みや盛り上がりがある。人間が隠れていそうな所はそのあたりだろう。

 だが、どれを探せばいいか……。

 時間を考えたら全部を探せない。

 手掛かりは無いか、

「そうだ……携帯……!」

 考えれば、先ほどは繋がっていた。

 電波がまた生き返ってくれているのならば、希望はある。友里は円に電話をかけて来た近くにいるに違いない。

 円は携帯を取り出し、電波状況を見る。

「圏外かよ――ッ!」

 だが、やはりあれはただの奇跡。電波は届いていない。

 舌打ちを打ち、この役立たずと投げ捨てる。

 携帯は砕け散った。

(友里……友里……ッ!)

 目を閉じて考える。他に手は無いかと。

 瞼の裏に映る友里の色々な表情。

 過ごしてきた時間。

 肌のぬくもり。

 声。

 円の知る友里の姿が映される。

(なんでもいい、何かないのか――ッ!)

 友里の息遣い。

 友里の匂い。

 友里の体温。

 友里の鼓動。

 友里の声。

 円がその身で感じて来たもの。なんでもよかった。それを感じ取ることが出来るのなら、と。それら全てを覚えられるぐらい、円と友里は一緒だったのだ。手がかりなるものをこの身に感じることが出来れば――。

 それ以外の物はいらない。

 それ以外は静寂でいればいい。

「――ッ」

 友里を見つける。

 ただそれだけの事に心を向ける。

 それ以外の雑念を消し、ただ一つの身に心を向ける――

「――ッ!」

 その時、五感に入る。

 何度も肌を撫でられたことがある息遣い。

 何度も感じたことがある匂い。

 何度も肌を包んだこともあるあるぬくもり。

 何度も感じたことがある鼓動。

 そして、何度も聞いたことがある声。

 どれもこの中では貧弱極まりない物だが、その感覚を確かに感じた。

「友里――ッ!」

 その感覚を発する方へと駆ける。

 と、一つの巣内の凸部へとたどり着いた。そこにあったのは四つ編みされたミサンガ。袋か、ポケットから飛び出してきたものだろうか。

 それを拾い上げて自分のポケットにしまうと、円はその凸部を掴む。

 ビーストの糸一本一本はまるでミシン糸の様で丈夫で、なかなか引きちぎれない。

「クッ、うらぁあっ!!」

 それを強引に引きちぎる。

 腕にエネルギーを集中させ、腕力を強化する――

 ただでさえ先ほどまで限界であったエネルギーを使用して。

 たった身体の強化だけでエネルギー限界に陥ったために光の波紋が走り始める。

 しかし手を止めない。

「くっ、友里……友里……ッ!!」

 ただ、彼女の名前を呼びながら糸を引きはがす――

「――ッ! 友里!」

 眠れる彼女を、見つけた。




       14




 

 時間だ。

「ネオナパーム弾投下」

 イーストシティビルの上空から無数に爆弾を落とす。

 落とした爆弾は数十発。

 ヒューと言う音と共に空を落ち、

 ビルに直撃する。

 爆発し、

 爆音を上げ、

 大きな爆炎が立つ。

 その爆炎の大きさは本来の爆弾から発せられる炎とは大きさも威力も違う。ビル一件焼き尽くすまでそう長い時間を要することは無かった。

 ビルは破壊され、炎に巣と卵とビーストは焼かれる。

 この、爆弾を落とす指。

「天ヶ瀬、逃げてるよな……」

 この指を止める事など、許されない。

 響は尚、任務の義務感で爆弾を落とすスイッチから指を離さない。

 完全に破壊しきるまで、止めてはならない。

 数分の内にイーストシティビル――基、ビーストの巣は完全に消滅。更地となっていた。

「天ヶ瀬……」

 その中に、円の姿が見えない。

 響は背筋に悪寒を覚えすぐさま無線で円につなぐ。

「天ヶ瀬、天ヶ瀬! 聞こえているか! 返事をしろ、天ヶ瀬!」

 だが、その無線から聞こえるのはノイズとキィーと言う音。繋がらない。

「天ヶ瀬……お前は……ッ」

 五分で投下するという事を聞いて尚、最後の瞬間まで一人の命を救う事をあきらめなかった。任務を優先させたがためにとんでもない者を失う羽目になった。

「クソッ……」

 せめてこれから、自分がとった判断を間違いで無いようにしたい。

 後悔の念を押さえ深呼吸――

 その時、ドンッとEXキャリーの上に何か落ちたような音が聞こえた。

「ん?」

 ここはイーストシティビル上空。

 何かが落ちてくるなど、ありえない事だった。EXキャリーの衝撃センサーを確認する。やはり、何かがいる。

 EXキャリーをオートパイロットに切り替え、響はEXキャリーの機体上部を確認しに行く。

 ハッチのロックを解除、開けて顔を出すと強い風がもろに顔面にあたる。

 目もまともに開けられない。

「――ッ!」

 半開きで視界がまともに取れない中でさえ確認できた。

 EXキャリーの上に乗っているのは、人間。

 一七歳位の少年――

 天ヶ瀬円を確認できた時の安心は物例えようも無い。

 円はその腕に同じ年程の少女を抱き、その少女の顔をじっと見つめていた。

「天ヶ瀬……」

「……?」

 響に名を呼ばれ、円がこちらに振り向き、顔を合わせる。

 と、円はしてやったぞと笑顔を見せる。

 そんな、たまに見せる年相応の表情を見ると、もしかするとこれが本来の円なのかもしれないと思う響。

「全く……」

 心配をかけさせてくれると、溜め息とともにに苦笑いを浮かべる。

「早く入れ。その抱いてる女の子の体が冷えるぞ」

「はい」

 笑顔で返す円の表情を見ると自分の判断が間違いでないことに安堵するのであった。


To be continued...

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