Dreamf-12 この手の届く所(C)

       9



「友里ッ!? 友里!!」

 ここが群衆の中であるとしても関係が無い。円は友里の名前を呼び続けた。

 なんとなく感じる。

 先ほど身を掠めた悪意。自分が待ち合わせ場所に一歩ずつ近づいて行く毎に点となるように感じる悪意が線となって、そして塊となって円の身を打つ。

 間違いなく出現しようとしている。

 そして足を進めるごとに近づいているという事即ち――

「クソッ、下らない嘘つくなよ!!」

 これらの要素と突然の通話切りを合わせると、今境域に巻き込まれたのだ。

 すぐに辿り着かなければならない。

 円は携帯をポケットにしまった後群衆の中を走り――助走し、

「セアッ――!」

 踏み出したその足に力を込め、跳んだ。

 光と同じ速さで跳んだものなので消えたように見えたのだろう、円の周囲の人間たちに動揺が走る。まさか自分たちの傍にいたのが、光の戦士と呼ばれるものだと、思うわけも無かったのだから。

 たった一つの跳躍で仁舞駅をまたぐ円。

 瞬間、

(ここか――ッ!)

 円は力を放出する。銀色の光が纏われた瞬間――

「――ッ!」

 世界が反転した。

 境域に入った――

「あいつらか……ッ!」

 円の目に映ったビーストは二体、

 全身が黒を基調として触覚が長く、長い八本の足を持つビースト。

 ビーストコード“スパローチ”。

 その二体の特徴の違いといえば、体躯の大きさと触角の長さぐらいである。

 どうやら番のようで巣を作っている様に見える――

 イーストシティビルを使って。

「――ッ!」

 仁舞バルトがあるのはそのビルの中である、間違いなく友里も巻き込まれている。

 そんな事知ってか知らずか、嬉々とした様子で巣作りと産卵をしているようだ。

 黒い糸で覆われたビルは半ば原型を崩しているようで、おそらく糸を全て引きはがすと大きなコンクリートの塊がそこに現れる事になる。

 中の人間が生きているかどうかも、分からない。

「友里……ッ」

 そんな事、信じたくも無い。

 円は二体のスパローチの傍に降り立ち、

「ハ――ッ」

 すぐさま一体の背後に取りつき、巣から引きはがす。

 二メートルほどもある巨躯であってもスピリットの力であれば体格差など無いも同然。

 ジタバタ暴れようともそれも抑えつけ、

「ゼアッ!!」

 投げ飛ばして巣から離れさせる。

 巣作りを楽しんでいたところを邪魔されたのでイラつきを見せるように地団太を踏んで甲高い鳴き声を上げる。

 そのまま引きはがしたスパローチを倒してしまいたいが、それどころではない。

 作られた巣の中に卵を散乱しているであろう雌の個体を止めなければ――

「――ッ!」

 円の体を銀色の光が包み、

 光となって雌個体のスパローチの背後までスライド移動する。

 臀部を巣に付けているのでそこから卵を輩出しているのだろう。

「――ッ、

 ゼイ――ッ!」

 その雌のスパローチが逃げないように抑え込み、

 巣に着けている臀部を踏み潰した。

 ぐしゃりと形は潰れてスパローチ本体とちぎれ、まだ溜め込まれていたであろう手のひらほどの大きさ卵からは中身が飛び出し、腐臭が漂う。

 痛みに悲鳴を上げるスパローチ――

「ハッ!」

 円はさらにスパローチの背中を上段蹴りで蹴とばし完全に巣から離れさせる。

 だが産卵行動をそれで抑えられるわけでもない。

 円が踏み潰した臀部がぐじゅぐじゅと黒い液体を垂れ流しながら再生し始め、ものの数秒の内に完全に元通りとなった。

 だが、雌雄共に、産卵や巣作りよりも邪魔者を排除しようと――

 番、挟み撃ちで雷撃を吐き出してきた。

「――ハッ」

 その二つの雷撃が身を焼く前に飛び、躱す。

 バヂンッと雷撃は衝突、消滅――

「ハアッ!」

 飛びあがりそのまま雌個体の方へ飛び蹴りを撃つ。

 被弾した部位から銀色の光が散り、後ずさる。

 銀色の光が散る――即ち体力を削るという事。

 雌のスパローチは体勢を崩し、

 しばらく立ち直れず、

「――ッ」

 間合いを詰められ円に首を掴まれ、

 ――刹那、雄のスパローチが雌を助けようとまた雷撃を吐く体勢に入り――

「ゼアッ!」

 ――円、吐かれる前に雌を雄の方に投げた。

 円の手から離れたとほぼ同時に、雄が雷撃を吐き出す。

 もちろん、その雷撃が円に届くことは無い。投げ飛ばされた雌に直撃する。

 雷撃に身を穿たれ悲鳴を上げる雌のスパローチ。

 地面に身を叩きつけられ、立ち上がろうともがく、が、一向に立ち上がれない。

 雄も円への敵意から番の聞きに動揺し、立ち上がらせようとしているようだ。

「……。

 ハアア――

 ゼアアッ!」

 躊躇う。雄が番となる雌を介抱する様を見ると、最後の一撃を加えたくなくなる。

 同情と言う感情だ。

 が、それは許されない。このまま倒してしまおう、と、自らに言い聞かせ、

 赤色の光の形態ストレンジモードへと変身モードチェンジし――

「何――ッ!?」

 円がコロナリングに触れようとした刹那、

 放たれた強力な力に引かれたのか、

 混沌の光放つ悪意の塊ファントムヘッダーが空に出現した。

 例にもれず二体のスパローチを強化しようとしているのか、光は徐々に強くなる。

 二体のファントム体のビーストなど一人で相手にしようと思えない。

 もう一人必要になる。

 そう身構え、円の胸の内から先ほど巣食いそうになっていた同情が一切無くなる。

 ファントムヘッダーから光が堕つ。

 その光を浴びたビーストはスピリットと同じ力を持って生まれ変わるのだ。

 それが二体、SSCの部隊ももうすぐ来るだろうが、戦力不足かもしれない。その分を、円一人で――

 その時、光に覆われる二体のスパローチが悲鳴のような鳴き声を上げた。

 いつもと様子が違う。

 これはまるで必殺技を受けているようで――

 瞬間、二体のスパローチが、死片も残すことなく消滅した。

「――ッ!? まさか……」

 ファントムヘッダーは強化することなく、

 否、強化してさえ円にはかなわないと判断したのか、ファントムヘッダーは自らの手でビーストを粛清したのだ。

「クッ――!」

 心を満たすは、生命を虐げる、この光へと向けられる純粋な怒り。

 


 

       10




「ん……」

 意識が戻った頃、まず認識したのは、体が動かないという事。

 そして次に、視界が所々黒くなっている。まるでズタボロの目隠しでもされたようだった。

 四肢の動きも大きく制限され、人の腕力では外れないようだ。

「ここは……」

 黒色に視界が埋め尽くされ意識を吹っ飛ばされたのが最後の記憶。

 目を覚まして、今の自分の状態がようやく認識できたとき――

「……ッ、――ッ!」

 と、うごめき、 

「なにこれ……っ、どこ……ッ!?」

 と辺りを見渡す。

 叫びたくても、恐怖で声が喉を通らない。

 蜘蛛の糸に身を巻かれ、

 そしてその糸の塊の上で転がっているようで気持ち悪い。

 先ほどの間に何があったか、友里当人分からず。

 ただ自分の身を戒める拘束から脱そうともがく。

 当然、出来ないようになっている。

 疲れて少し呼吸を整える友里。

 その時、むこうの方からオレンジ色の光が仄かに光って見える。

 それはまるで脈打つようで――

「――ッ!」

 それが何なのか分かったとき、言葉を失った。

 ――絶望で。

 それは卵。

 人の顔程もある大きな卵が、カマキリの卵の様に集まって人の身の数倍ほども或る大きさの塊となっている。

 中からはキィキィ、ビービーと今にも孵ろうとしているビーストの鳴き声が聞こえ、

「っ……!」

 見てもいられない。

 よく耳を済ませればそんな音があちこちから聞こえる。

(円……ッ!)

 耳に入る音も、

 目に映る物も、

 全て意識から離し、ただ、彼を思い浮かべる。

 彼に伝える言葉を伝えていない。

 伝えないうちに自分が死ぬ事など、友里の中で許せる事では無かった。

「んっ……くッ――!

 はぁ……んくッ……!」

 そしてもう一度もがく、

 も、戒めは解かれずただ無駄に疲れるだけ。

「――ッ!」

 その時、限られた友里の視界の中、映ったのは黒い糸に埋もれる自身の携帯。

 何とかそこまで行こうと、

 身を折り曲げ、伸ばしを繰り返して体を地面に引きづって近づいていく。

 何とか手を携帯に近づけその手に持つ。

 一息ついている間も無い。

 何とか身を曲げて画面を視界に映し、携帯のスリープを解除する。

「電波が……」

 幸運か、

 ビーストが出現するといつも圏外になる携帯にほんのわずかに電波が通っているようだ。理由はともかく、友里は電話帳を開き、円へ通話を繋いだ。

 たった一言だけ、

 伝えたい言葉を円へと――




       11

 

 

 

 そのとき、円の携帯に着信が入る。

 そんな場合ではないと、携帯を取り出して着信を切ろうとする――

「……?」

 その表示された名前を見て熱くなる頭がスゥと少し冷める。

 どう言う訳か、電波がわずかに入っているようで――

「友里……?」

 繋げる。

『円……』

「今、映画館の中なんだな」

『そうだよ……』

「やっぱりか……。友里が何でそんな嘘をついたのかは聞かない――」

『円……』

「……?」

 友里が円の言葉を遮り、また名前を呼ぶ。

『今日が何の日か、知ってる?』

「ああ……」

 友里のそんな問いに思い浮かぶのは、誰もいない家。

 いつまで待とうとも、誰も帰ってこず、独りとなった自分自身。

 胸が締め付けられ、精神が追い詰められ、

「俺が……家族に捨てられた日――」

 と答える。

『違うよ……』

「え?」

 だが、友里はそれを否定した。もちろん、友里も知っている。五月一七日が、円が家族に捨てられた日であるという事を。それを、違うという意味が分からなかった。

「なんなんだよ」

『今日じゃなくて……明日だよ?』

「…………」

 その時、円の胸の内をざわつく。五月一七日の明日、即ち、

「一八日……」

 思い出そうとも思い出せない。一七日が来るたびに心が追い詰められ、その前後の日にちの行事が思い出せなくなる。

 確か、友里と円は一八日いつも一緒に居る事が多かった――。


『ハッピーバースデイ……円……』


「……ッ!?」

『だって…………。

 明日じゃ、言えないかもしれないから……』

 電話越しで涙を堪え、

 震える友里の声。

 電波が弱く少し小さく聞こえたが、円の心を動かすには十分だった。

「友里……」

『それでね円……私は君の事――』

 一泊置いて、まるで最期の言葉を継げようとしたのか

 瞬間、ファントムヘッダーの輝きが一層と強くなり光が再び堕ち、

 その時電波が途絶え、通話が切れる。

「…………」

 今、振り返り、友里を助けに行っても良い。

 だが、目の前に堕ちる悪意を放っておくわけにもいかない。

 友里を助けるか、

 悪意を倒すか、


――肝に銘じろ。お前が守れる守りたいもんっていうのは、その手が届くところまでやってな


 どちらかに伸ばせばどちらかには届かない。

 円の取れる手は二択の内一つ――


「いや……」


 だがもはや、どっちしかと言う選択を取るなど、円の中から消えていた。

 光を払い、現れたのはヴァンパイアのマントのような物を纏う龍の頭に人の体をした者。円には、現れた者からビーストの力を感じられない。ファントムヘッダーの力のみ――即ち、現れたのは実体ファントムヘッダー。

 円の頭をよぎる、昨日の戦い。

 だがその恐怖など、今の円を慄かせる程には物足りない。

 恐れよりも、強さが働く。

「全て……守ってやる――ッ!」

 円は再びモードチェンジの態勢に入る――

 コロナリングを呼び出し、赤き光を纏うストレンジモードとなる

 そして円が構えると実体ファントムヘッダーは咆哮を上げ――

「――ッ!?」

 影となり消え、

 背後に出現――

「くッ!」

 速い――ッ

 咄嗟に突き出してきたドリルのような片腕を捌く円。

「はッ――」

 反撃に正拳を穿つ、

 が撃ち放った正拳は空を穿った。

 先ほどの様にまた影となって消えたためだ、

 今度は正拳を撃ち放った腕の方に現れ、

 先ほどまでドリルであった片腕をクナイのような形状にし、斬撃を加えてくる。

「――ッ!」

 今度は防御に入れない円の肩から腰を一閃。

「ぐあッ……!」

 斬撃が皮膚を割くことは無かったが、

 火花が散り、攻撃の衝撃で体勢が崩され、

 そしてもう一撃――

 もう片方の腕をハンマーに変形させ振り回し円の体を殴る。

「うおあァッ!!」

 ハンマーに打たれ、吹っ飛ばされる。

 ほんのコンマ数秒浮遊し、

 地に叩きつけられる。

「ぐッ――、がは……ッ!」

 ダメージに呻く、

 間もなく、実体ファントムヘッダーは空中から跳びかかり、

 ドリルに変形した腕を円に突き立て――

「クッ!」

 身を転がしその一撃を避ける。

 実体ファントムヘッダーの一撃は地面を深く穿つだけでなく、

 周囲に大きなヒビを生む程の衝撃が発生した。

「――ッ! チッ……」

 その衝撃に身を打たれながらも立ち上がり、構え――

「なッ――!?」

 その時、実体ファントムヘッダーが鳴く。と、

 先ほどいたはずの位置から、

 円を挟んで一八〇度の位置に瞬間移動して見せ、

 さらに、斬撃を繰り出す。

「――ぐアッ!」

 一撃で仰け反らせ、

 もう一撃で突く。

 どの攻撃も円に傷を負わせることは無いが、

 先ほど受けた斬撃と同様、一撃目はだた衝撃を受けて火花が散るだけ。

 二撃目は、突き穿った。

「グあッ、ァアアッがッ――!」

 穿たれた傷口から血しぶきの様に光が漏れ出す。

 早く脱さなければエネルギー限界になるまではすぐだ。

 だが、何とか脱走しようとしても剣が体から抜けられない。

 まるで傷が釣り針に引っかかったような感じだ。

「ウァアアアッ!!」

 実体ファントムヘッダーはさらに刺し込もうと力を込め――

 瞬間、円の脇を銃弾が通り抜け実体ファントムヘッダーに被弾した。

 円に突き刺している剣が実体ファントムヘッダーから離れ、

 瞬間、剣が消滅――実体ファントムヘッダーの失った腕が再生した。

「うあっ……クッ……」

 今のは間違いなく援護射撃。

 ようやく、SSCの部隊が来たところなのだろう。

「志吹隊長……っ」

 来たのは志吹が隊長務める、チーム・ゴールド。

「待たせたわね、天ヶ瀬君」

「はは……」

 志吹らがまるで救世主に思えて苦笑いを浮かべる。

 そんな事をしている間に実体ファントムヘッダーがよくも邪魔してくれたと言わんばかりに吠え、また円を突き刺そうとしてくる。

「――ッ!」

 そこを狙撃手である小緑が頭部に向けて三発。

 一発目で動きを止め、

 二発目で後ずさらせ、

 三発目で完全に体勢を崩した。

 波のある鳴き声を上げていた身に呻く実体ファントムヘッダー。

 その隙に円は大きく距離を離す。

「天ヶ瀬君、大丈夫なの!?」

「ええ……大丈夫です……」

 傷口に触れ、エネルギーを流し込む。

 ふわりと赤い光が傷口と手の間から漏れると先ほど突き立てられた箇所がふさがっていた。

「援護するわ、天ヶ瀬君」

 と、銃口を実体ファントムヘッダーに向けるチーム・ゴールドの四人。

「今、特捜チームと救助隊があのビルの中に取り残された人たちの救助に入ってる」

「その後は?」

「EXキャリーがあのビルごと、ネオナパーム弾で巣を燃やすわ」

「……」

 やはりそうなったかと、円は考え込む。

 ビル一件分の大きさもあるビーストの巣窟内にいるビーストの雛を処理するならば一気に燃やしたほうが良い。

 響なら当然その考えに行きつくはずだ。

 ならば、

「じゃあ、援護は良いです」

「え?」

 と、円の返答。当然、志吹は疑問を呈する。

「どうして? 相手、昨日負けかけた奴と同じタイプでしょ」

「だからですよ。本来あなたたちが相手にするのは特殊なタイプのビースト。こいつは本来、チーム・エイトが相手にするタイプ。それをもっと強くしたやつです。貴方たちじゃ分が悪すぎる」

「でもッ――」

「いいからッ――」

「――ッ!」

「速さなら、僕だって負けてない……」

 虚栄心。

 円の言葉を、捉えるならそう感じるだろう。そこでまた反抗でもされるのかと思ったら、志吹は呆れたように溜め息を吐くだけ。

「全く……」

「……?」

「そういう所、まるで昔の大吾そっくり」

「本木キャップ?」

「分かったわ。なら、あいつはあなたに託す。けど危なくなったら絶対に呼びなさい。いいわね」

「……。

 はい」

 頷き、そして志吹らチーム・ゴールドは顔をあわせて頷きあった後ビーストの巣となったビルの方に駆ける。

 それを許さない、と、実体ファントムヘッダーは口にエネルギーを溜める事コンマ数秒、光弾を吐き出してチーム・ゴールドを止めようとする――

「ハッ!」

 その光弾に向けて手を地面と水平に切り、光刃を放つ円。

 二つの光が激突し、

 火花が散って消滅。

 その隙に、四人はビルの中へと突入していった。

 イラつくように鳴き声を発する実体ファントムヘッダー。

 これで間違いなく、

 そして変わる事のない、円との一対一。

 それがどうしたと、心に喝を入れる。

「この手に届く物しか守れなくても、皆がいる……」

 キン……と、青い光が円の左手に現る。

 誰かが死ぬことなど、恐れない。

 恐れる必要もない。

「皆がいるから、俺の守りたいものへと手は、どこへだって届く!!

 ――ッ!」

 青い光が纏われた左手と右手を左肩の前で交差させる、

 と、右手にもその青い光が伝わり――

「ハアアァァ……」

 体をひねりながら地面と水平に右手を大きく回し、

 右手に引かれるように左手も右肩付近まで移動させる。

 水泡擁する青い光の筋が空に描かれ、まるで水面を模しており――

 円が目一杯まで右手と左手を移動させると、描かれた水面が円の頭上に昇る。

「ハッ!」

 そして右手で頭上に昇った水面に触れた。

 水面が揺れる。

 その瞬間、青い光は眩く輝きを発しそして――

 円が手を下ろすとその身に青い光が纏われた。

 炎の様に赤かった円の瞳も、澄んだ水のような青色に変わり、

 威圧感よりも、ただ純粋さが円のみから醸し出されていた。

 新たな力を発言し、実体ファントムヘッダーはまた吠え、

 消えた――

「ッ――!」

 その速さ、

 だが今度は捉え、

「――ッ、

 ハッ!」

 死角から放たれた一撃をかわし、無防備となったところへ蹴りを一撃喰らわせ、

「ゼアッ!」

 もう一撃二撃と、連続で蹴撃を喰らわせ、

「オォリャッ!」

 最後に一撃、ミドルキックを喰らわせ間合いを取る。

 ここまで攻撃を加えていればいつもならば必殺技を撃つ程に隙が出来る、

 が、四撃加えてようやくストレンジモードのパンチ一撃分を加えれたという事か、ほんの少し体勢を崩す程度。

 だが先ほどとは違い、実体ファントムヘッダーが躱す前に攻撃を加えることが出来ている。

 躱す暇は与えない。

 そんな暇も無い程連撃を加えて倒す。

 この形態の足りないパワーを補うなら手数で勝負するしかない。

「――ッ」

 間髪入れず、円は間合いを詰め、

「ハッ!」

 初撃――正拳を穿つ。

 だが相手は実体ファントムヘッダー。しかも速さを重きに於いた個体だ。

 円の攻撃は捌かれる。

「くッ――」

 だが分かっていたことだ。

 捌かれ、体勢を崩す――ならば完全に崩し切る。

 相手が第二撃を加えることが出来なくなるほどに。

 そして、

「デアッ!」

 体勢が完全に崩れ、実体ファントムヘッダーの第二撃を躱した頃、

 地に手を着いてそれを軸にして回転蹴りを交互二撃、喰らわせる。

 二撃とも顔面を撃ち、実体ファントムヘッダーは体勢を崩す。

 ようやくこちらから生み出せた隙、

「ハッ――

 ゼアッ!!」

 跳びあがり、

 青い光を右足に纏わせミドルキックを放つ。

 ドゴッと言う固形物を打つ鈍い音と共に、円の攻撃は実体ファントムヘッダーの腹部に直撃――

 悲鳴を上げながら大きく後方へと後ずさる。

 だが、円は攻撃の手を休めない。

 間合いを詰め――

 抵抗に片腕を剣に変形させ振り回す実体ファントムヘッダー、

「――ッ!」

 その攻撃を円運動でかわし、

 際に二発、蹴撃をお見舞いする。

 少し仰け反り、体勢を崩す実体ファントムヘッダー。

 先に地面に着いた足に青い光を纏わせ、

 二撃喰らわせた刹那に跳び、

「オォ、シャッ!」

 ボレーキックを放つ。

 だが、その一撃は放つにはほんの少し遅すぎた。

「――ッ!」

 ボレーキックを放つ片足を掴まれ、

 もう片方の腕をハンマーに変形させ、

 殴撃された。

「グアッ! ガアハッ――!」

 大振りの一撃は円を大きく吹っ飛ばし、生えていた街路樹へし折る。

「クッ……!」

 立ち上がろうにも、青色の形態ではいつもより体感するダメージ量が大きい為中々立ち上がれず、

 そのたった一撃を受けただけでエネルギー限界――光の波紋が体中に走り始めた。

 そして休んでいる間もなく、

 実体ファントムヘッダーは瞬身、

 からのドリルでの刺突。

 この形態で受けると、間違いなくエネルギーが完全に切れる。

 抵抗しなければと――

「ウアアッ!!」

 手に当たった太めの木の枝を手にとり、実体ファントムヘッダーを殴った。

 当然折れるものだと、円はそう思っていたが、

 その一撃は何と、実体ファントムヘッダーを大きく仰け反らすほどにまでなったのだ。

 バゴンッと言う衝撃と共に水面に一滴垂らしたかのような波紋が被弾部に広がる。

「――ッ、

 変わった!?」

 その現象に、円は目を疑う。

 自分の手に持っていたはずの木の枝は姿を変え、

 青色の小ぶりの棒へと変わっていた。

 半ばより少し手前の所に取っ手がある。

「トンファー……」

 これは、自分の武器だ。

 何故こうなったのか、考えるのは止め、トンファーならばもう一個必要だ。

 円は適当にもう一本太めの枝を手に持つ、

 と、その持った枝も円の持っているトンファーと同じものとなった。

 速さに乗せられる武器だ。

「これなら――ッ」

 体勢を整えようとし、吠える実体ファントムヘッダー。

 円はその実体ファントムヘッダーへと間合いを詰め、

「ハッ!」

 回避の暇すら与えず刺突の一撃を加える。

 先ほどとは打って変わって、一撃で仰け反らせることが出来る。

 間髪入れずもう一撃突く――

 攻撃を入れるごとに被弾部から青い光が波紋の様になって拡がる。

「ハッ――!

 デアッ!」

 今度の二撃は斜めに空を切るように実体ファントムヘッダーの頭、体と殴り、

「ゼァアッ!」

 ひるんだところに強力な一撃――

 右手トンファー引き寄せてパワーを溜め、

 一気に解き放つ。

 大きく踏み出し、

 円の全体重を乗せた一撃は、

 爆音と共に空間にゆがみを見せる程の衝撃を発し、

 実体ファントムヘッダーの体を大きく吹っ飛ばして見せる程であった。

 悲鳴を上げ、空を浮遊した後地面に体を叩きつけられた実体ファントムヘッダー。

 立ち上がり、反撃の機会を得ようとする――

 が、その時すでに、円は実体ファントムヘッダーの懐へと潜り込み、

「ハッ!」

 アッパーカットの様にトンファーを実体ファントムヘッダーの顎下を突き上げた。

 大きく仰け反る実体ファントムヘッダー。

 しかし、体勢を立て直すのも早く、

 剣に形を変えた片腕を振り、円の体を切り裂こうとしてくる。

「――ッ!」

 その攻撃をトンファーとぶつけることで防ぐ。

 次のハンマーでの大振りの一撃――

 これは受けず、ひらりと躱し、実体ファントムヘッダーと背中合わせになったところ、

「ハッ!」

 背面にエルボーを撃つ。

 刹那、エルボーを放った方で持っているトンファーがピストンの動きをして、前方に長かった形状が後方に長い形状へと変化、

 トンファーによる重い一撃が、実体ファントムヘッダーの後頭部に直撃した。

 さすがにその一撃には実体ファントムヘッダーと言えど、

 大きな隙をさらすほどに体勢を崩してしまう。

「――ッ、

 ハアアァァ……ッ!」

 両手に持つトンファーにエネルギーを溜め込み、

 そして自身の力を溜め込み、

「――ッ」

 刹那の間に間合いを詰める。

 こちらにふり向く実体ファントムヘッダー――

「ハッ――

 ゼアッ、

 ハァアッ! ――」

 そこに数多な連撃を加える。

 一秒の内に十数発。

 超速で放たれる連撃を防ぐ術は無い――

「ゼァアアッ!!」

 最後の一撃の殴突と共に放たれた一撃――

 ストレンジブレイズウェーブとほぼ同等の威力で撃ち放たれたそれは、

 実体ファントムヘッダーの体内にまで穿たれ、波紋を走らせる。

「ハアッ!」

 さらに一撃、

 今度は居合切りのように大振りに殴り、

 実体ファントムヘッダーと円、互いに背中合わせとなった。

「フゥ……ッ」

 武器に着いた体液を払うかのように両手のトンファーを強く一振り。

 数秒の間にも及ぶ超速の連撃を受けてなお立つ実体ファントムヘッダーこちらに振り向こうとし――

 瞬間、円が穿ち込んだ連撃分、

 実体ファントムヘッダーの身に衝撃波が発生し、身を削らせ、

 最後は空間を歪めるほどの衝撃が発生して、実体ファントムヘッダーの戦う体力全てを奪い取る。

 ただ、悲鳴を上げるしかできない。

 円は両手にもつトンファーを手放し、ストレンジモードへと変身する。

 最後の一撃、

 それは、最強の一撃。

「ハァァ――ッ」

 両拳を握って両腕を大きく広げる。

 体全体にため込まれる強大なエネルギー

 広げた両拳を縦に、前に突き出し、その両手に宿るは二つの太陽。

 両手を大きく回しながら両手の上下の位置を逆にし、

「――ッ」

 右手の拳を目いっぱいに引き込んで力を溜め込み―― 

 そして左手にあった光も右手に引き込まれ、集められ――

 右手に光が集中するとその右手を中心に巨大なコロナリングが現れる。

 コロナリングの中にある光は左手に集まっていたエネルギーそのもの。

 リングが小さくなるにつれ、右手に光が集まっていく。

 そしてコロナリングのが円の手の中に――

 そしてエネルギーが完全に溜め込まれ、

「ゼァァアアッ!!」

 引き込んだ拳を真っ直ぐに突き出す。

 突き出した拳から放たれる、紅蓮色の光線は空を焼き刹那の内に実体ファントムヘッダーへと直撃する。

 ジジジジッと熱で焼き尽くされる音と、

 キィイイッと言う金属を焼き切る音、

 それら二つの音の中に混じる実体ファントムヘッダーの悲鳴。

 円の拳にため込まれていたエネルギー全てが撃ち尽くされるまで十数秒。

 エネルギーが撃ち尽くされ、

 実体ファントムヘッダーは断末魔の鳴き声を上げて倒れ――

 爆砕した。

 巨大な爆炎と爆音。

 その中に死片等無い。

 爆砕したその身は光となって空を舞い、消滅した。

「はぁ……」

 ようやく一息つける――。

「友里……」

 訳も無く、円はも一つやるべき事を果たしに、駆けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る