Dreamf-12.5 私の気持ち

「……っ」

 意識を取り戻したとき、手に温もりを感じた。

「…………?」

 見回したところ、病院のように思えたが、独特の消毒のにおいがしない。ならば保健室かと思ったが、天井のタイルの作りが全然違う。

「私……」

 意識を失う前の事を思い出す。

(確か、円と待ち合わせて……)

 そして、脳裏に浮かぶ、意識を奪い取ったもの。

 黒い糸のような物が建物全体を一瞬で覆い、友里はその糸に捕まった。

 それから――

「――ッ!」

 脳裏に次々と思い浮かぶ記憶のピースを順番に組み合わせると、一つの出来事となる。

 友里はビーストの巣に捕まり、その幼体達の獲物になるところだったのだ。

 拘束され、逃げられないと思った友里は――

 と、そこまで思い出して友里は自分の手の温もりの元をたどった。

「円……」

 自分が寝ているベッドの横にパイプ椅子を置いて座っている少年――

 自分の手を両手で離さないようにと握ったまま頭を垂れたまま寝息を立てているのは、幼馴染みの超人スピリット、天ヶ瀬円。

 また、助けられた。

 円は、友里と一緒にいない間に、どれほどの命がけの戦いを行ってきたのだろうか。すでに、円と友里のいる世界は全く違う。円はビーストから人々を守る事が仕事なのだ。もしかしたら、これからも先助けられる事しかできないのかも知れない。だからせめて――

「んん……」

「円?」

 友里が目を覚ましたことでそれに釣られるように円も眠りから覚める。

 その時わずかにぎゅっと手を握られたもので、円の手のぬくもりを一層濃く感じた。

 目を覚ました円は友里の顔の方を見、しばらく寝ぼけたような表情でじっと見つめ、その後安心できたかのように柔らかい笑みを浮かべて、

「おはよう、友里……」

「うん、おはよう……」

 互いの静かな掛け合い。

 こんな、同じ年の少年が命がけで助けてくれた。出来ることならせめて――

「ありがと……円。助けてくれて、ありがと」

 その言葉を自分の口から伝える事。

 聞いた円は答えを返すことも無く友里の手を握ったまま、また昔のような笑顔を友里の方に向けて来た。

 この円に会いたかった。

 優しさが表に溢れ出て、笑顔が光る、そんな天ヶ瀬円に。

 しばらく互いは見つめ合う。

「あっ」

「……?」

 思い出し、つい声を上げる友里。

 円は首を傾げる。

「プレゼント」

「ああ……」

「貰った?」

「いや、無かったけど」

「そっか……」

 やはりあの襲撃の最中、失くしたようだ。もう取りに行っても見つかりはしないだろう。

「何買ってくれたんだ?」

「服と――」

「うん」

「あと、ミサンガ編んだの」

「ミサンガ?」

「うん、四つ編みの赤色のやつ」

「ああ――」

 すると何かを思い出したかのように、円はポケットを探り始める。

 と、

「これか?」

 取り出したのは間違いなく円のために編んだミサンガであった。

「うん、それ」

「そっか、これ僕のために……」

「でもそれじゃ誕生日プレゼントには少し寂しいよね……」

「まあな……。でも、それはまた次の楽しみにしておくさ。今はこれで十分」

 満足そうな表情を浮かべて、またミサンガをポケットにしまう。

「円……」

 そんな優しさに、甘えたくなる。

 体全体を預けてもたれかかってしまいそうだ。


 その時、突然出入口が開き、

「オワッ! 

 ぐふぅ……ッ」

「うぐぇ……」


 と総勢一四人ほどの人達が出入口から倒れ込みながら病室に入ってきた。

「「……ッ!?」」

 当然、円と友里の両人は突然何事かとビクリッと身を強張らせる。

 そして円は部屋の出入口に倒れ込む人たちを呆れたような表情、ジト目で眺めながら、

「アンタら何やってんだ……」

「い、よー、マドカ。楽しんでるかぁ?」

 問うた事に答えたのは円や友里とさほど歳が変らなさそうなアメリカ人の青年。一昨日見た日にはいなかったが、その時とはまた別のメンバーなのだろうか。一番下に下敷きにされているせいか、発する声は少し苦しそうだ。

「何やってんですか?」

「いやな? 話せば長くなるんだ。長く」

「…………」

 さすがに、今の円に「やめて上げて」は言えない。

 そんな円の不機嫌を一身に受けているであろうアメリカ人の青年は苦笑いを浮かべて、「あはは……」と恐怖で引きつった笑い声をあげている。

 そんな彼の様子に大きく溜め息を吐き、頭を押さえる。

「おおっ!? お前らなにやっとんや!」

 と、そんなところへと通りかかったのはベースボールキャップをかぶって老眼鏡を付けている糸目の老人。

「コマンダー、この人たちはあなたの差し金ですか」

「いや? こんな無粋な指示するかいな俺が、ええ大人がなにやってんねん」

 と、コマンダーと呼ばれた老人は「ほれ、ほれ」と人山に軽く蹴りを入れる。

「円、こん中にエイトのメンバーはおるか?」

「いますよ。一番下の奴二人です」

「そうか。ならどけ上の奴ら。どけどけ」

 顎で降りろと示す辺り、やはりあの老人が円の上司の中で一番の上役に当たるのだろう。その老人の命令に素直に従ってようやく人山が崩れ、一番下で苦しそうにしていた二人が開放された。

「くはぁ……コマンダー……」

「ったくなぁ、お前ら何歳や。中坊のまねごとしようてなぁ。

 まあええわ。今すぐICU行って来い」

「え?」

 その老人の言葉に下敷きになっていた二人はスイッチが切り替わったかのようにすぐさま立ち上がり、

「キャップに何かあったんですか!?」

 と、老人の肩を掴むアメリカ人の青年。

 その青年に、老人は「ふふん」と笑顔を向け、

「本木が目え覚ましよった。お帰り言うて来い」

「……ッ!

 了解!」

 その老人の言葉を聞いてパッと明るい表情を浮かべ、アメリカ人の青年は颯爽と部屋から駆け去って行った。

「おい、ケイス! ったく……」

「お前も抑える必要ないやろ、雲川」

 立ち上がった下敷きになっていたもう一人の人物。先ほどの青年よりも年は離れているようだ。

「いえ、ここは年上として毅然とした態度で――」

「ここにおる時点で年上の面目は丸つぶれや思うんやけどな」

「……。

 では……」

 と、返す言葉が見つからなかったのか、そのまま逃げるように立ち去って行った。

 そうして老人は今なお立ち去ろうとしない人達に、

「ほら、お前らも散れ」

 と一言。

 抵抗する気も見せることなくそのまま素直に部屋からいなくなっていく残ったのは円と友里、そしてその老人の三人のみとなった。

「すまんなぁ、うちのクルーがあんなガキみたいな集団で。円もいつも苦労させられとるんやわ」

「はあ……」

 先ほどとは変わりにこやかな表情で話しかけてくる老人。表情がよく変わる人だ。

「おお、紹介遅れた。この艦の司令官してる吉宗っちゅうんや。よろしくな」

「ああ、はい……」

「お前さんの事は円本人からいくらか聞いとる。赤ん坊のころからの幼馴染らしいな」

「付きあいだけなら、長いかと……」

「んん、円が話したがらん円の事も知ってそうやし今聞くのもええんやけど……」

 そんな事を言う吉宗の横顔を困り顔で眺めて「勘弁してくれ」と呟く円。何か隠し事でもしていたのだろうかと、少し疑う。

「まあええわ。それはまたいつかの機会でっちゅうわけで。あんな感じにこの艦は騒がしいなるけど、ゆっくりしてってくれや。まあ機密だらけやからこの用意した個室以外行ける場所は少ないけどな。あとはラウンジぐらいや」

「あの――」

「ん?」

「ここって……? 病院じゃないんですか? 艦って……」

「そのリアクションは円が初めてここに来た時と同じやな」

「え?」

「そうや、病院やない。ましてや病室でもない。スカイベース。名前ぐらいは聞いたことはあるやろ」

「…………」

「お前さんが気絶してる時に、ここに運び出されたんや。空の上にな」

「はあ……」

 円もこんな感じだったのかと、友里は頭を押さえて自分が意識を失っている間に自分の状況があまりにも変わりすぎていて整理まで少し時間がいりそうだ。

「咄嗟やったしな。そのまま病院運ぶんのも時間いるし、休ませるぐらいやったら入れても大丈夫やろってな。それに――」

「……?」

「病院やと円とは二人きりになれんやろ中々」

「…………」

「これは、お前さんの幸運への御褒美や。せっかく円が還って来たんや。ゆっくり語り合う時間ぐらいあげようっちゅう……うちのクルー一名の希望や」

「はあ……」

「ほな、円。後は監視頼むわ。明日しっかり家まで送ったれや彼女を」

「分かりました」

 ぽんっと円の肩を叩いた後、吉宗も部屋から出て行く。

 まるでこの二人は部下と上司ではなくて祖父と孫のような関係に見えてしまう。他のクルーたちは家族か同級生だろうか。

「はあ……」

 と、気疲れした様に大きく溜め息を吐く円。

「苦労してるんだね、円」

「ああいう人たちだからなぁ、ここは……」

 そんな円を見てクスリと笑みがこぼれてしまう友里。

「なんだよ……」

「ううん。どこ行っても変わんないなって」

「心はまだ一四歳だよ」

「体は一七歳だけどね」

 しかし、円が心はまだ一四歳と言うのは何か違う様な気がしてしまう。しっかり一七歳辺りになっていると思ってしまうのは、友里だけではないはずだ。

「何も変わりはしないさ。結局、君の知っている僕自身さ、ここにいるのは」

「ううん、私にも、君の分からないことがある」

「え?」

「…………」

 しばらく考える。

 今の円を受け入れる心があるという気持ちを伝える方法を。

 目を閉じて三秒。

 そして思いついて、少し笑みを浮かべ――

「円、さっきのミサンガ、つけて上げよっか」

「え?」

「ほら」

 友里は手を差し伸べる。

 円はポケットからミサンガを取り出して友里に渡しそのまま手を伸ばしておく。その差し伸べられた右手の手首にミサンガを取り付けて結び――

「円……」

 そしてその手首を掴んでスッと引き込む。

「え――」

 本当に少しの力で前のめりに倒れ――


 目を閉じて円の頬に口づけした。


「な、ぁっ……」

 答える口も持てず、

 抗う事も無く、傍から見ればただ友里の接吻を受け入れている様に見えた。

 口づけの位置は頬と言えども後少しずれたら唇に触れかねないギリギリの位置。

「んっ……」

 その位置へのキスは一〇秒と少し続き、ようやく友里は円の頬から唇を離す。

 初めて、人の顔に口づけした。

 自分でしておいてドキドキしすぎて息がしづらい。

 赤らめて惚けた表情の友里の顔とあ然とした表情の円の顔、その間は数センチしかない。

「円……」

 顔がぼぅと熱いのは、友里が円に向ける気持ちが本物であるという証。

 友里は円から顔を離し、微笑みを向ける。

「私は、今の君を知らない……。だからこれから教えて」

「今の……俺?」

 今なお握る円のミサンガを付けた方の手を、離さないように両手で握る。。

「私も、今の私を教えるから」

 友里は一点に、自分を見つめる円の眼を見つめ返し微笑みかける。


「今の私の事……。全部、教えるから……」


Going to next episode――

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