Dreamf-11 強者の意味-皇への試練-(C)
5
―スカイベース最下層―
機材を背負って梯子を何段降りたかもわからない。
ただ、降り始める前、遠いところに見えていた橋にようやく足を着けることが出来た。
「もう……」
外部からの衝撃に強い設計だとしても、やはりこれは優しくない。
沙希は溜め息を漏らして足を着いた橋を走る。
ヴァルティカムリフトのメインコア。
機関部の中心で地面と天井を繋ぐ大きな柱の様になっており、普段は排熱口から正常に起動している事を示す緑色の光が漏れ、三本のランプが青色に光っている。
が、当然のことながらブリッジにてスカイベースのシステムが乗っ取られている状況なので排熱口からはそんな光が漏れているわけもなく、三本のランプの光も赤色に点灯していた。
恐らく今現在でもスカイベースはコントロールを失って下降しており、最終的には墜落する。
その前にヴァルティカムリフトを起動させ、墜落の危機だけは免れなければならない。
メインコアの傍に辿り着き、コントロールパネルを保護するカバーを固定するボルトを電動ドライバーで取り外してカバーを外す。
「沙希、私たちは?」
「寺瀬さんはこっちと反対側のコントロールパネルをお願いします。北原さんはコンパネの間、メインコアの右側のレバー操作を」
「レバー?」
と、北原は当てられた役割に不服でも感じたのか首を傾げる。
「ヴァルティカムリフトの操作は正反対に位置する二つのコントロールパネルの操作とレバーによる送電操作でされるんですけど、それらそれぞれ三つの操作前後の受け付けは0.5秒しかないんです」
「つまり、そっちの操作を行ったあと、こちらのパネルで操作をしないといけなくなった場合、こちらのパネルとかレバーでの操作開始まで0.5秒しか猶予が無いということなのね」
「はい。操作ポイントは三つ。それにコントロールパネルの操作は二つ同時に行う所もあるので、三ポイント分の人数が必要だったんです」
「コントロールパネルの操作は配線の組み換えのようだけど、組み合わせは指示をくれるのよね」
「はい。操作するタイミングに入る手前でいいますのでその時に行ってください。最初の初動さえ0.5秒以内に行うことが出来れば後は自分のスピードで操作できますから」
「沙希はどうするの?」
「私は全部覚えてますから、今どこまで出来てるか言ってくれたら分かります」
「じゃ、俺たちは沙希の指示に従って操作すれば大丈夫なんだな」
「はい、お願いします」
そうして三人のやりとりの後、寺瀬はドライバーを受け取って反対側のコントロールパネルの方に向かい、
北原は二つの操作パネルの間にある送電レバーの方へと向かった。
二人の準備が済むまでに、沙希は自分が担当するコントロールパネルの操作を始めておく。
「沙希? カバー開いたけど、どうするの?」
「待ってください!」
沙希はコントロールパネルの操作を進めていき、
「寺瀬さん! そっちの配線のI43とL50を入れ替えてください!」
「了解」
その返事と同時、沙希は配線を組み替えた後、操作切り替えのボタンを押した。
緑色に光っていたボタンはほんの一瞬だけ赤色になった後、黄色に光る。つまり、しっかりと操作を取り次げたという事だ。
「次は?」
「じゃあ、X31をL21にして、取ったL21の配線をS29に入れてS29を最初に取ったX31に入れてください」
「――、
――、
出来たわよ」
「それじゃあ、―― 」
その後、沙希の指示に従っての作業を進めていく寺瀬。
――
「ふぅ、出来たわよ、沙希」
「それで、パネルの右上にある今黄色になってるボタンありますよね」
「ええ、さっき緑だったやつね」
「それを押すと操作を次の段階に取り次ぐことができます。
北原さん!」
「ああ!」
「寺瀬さんがボタン押したらツマミで電力を七六ワットに調節して送電レバーを二回倒してください!」
「了解!」
「北原? 0.5秒しか猶予無いのよ。ほぼ同時に」
「分かってるよ」
その後、
「「一、二、三――ッ」」
三つのカウント後に、寺瀬はボタンを押し――北原は電流を調節するツマミを回した。
「沙希? ボタンが青色になったけど?」
「それだったら取り次げてます」
「そうなの」
この寺瀬と沙希の会話は当然北原にも聞こえているだろう。
しばらくしてから、
「レバー倒すぞ」
「はい!」
北原のその言葉を聞いて、少し離れたところからヴァルティカムリフトのメインコアを見上げる沙希。
ガチャン、ガチャンと二回レバーを倒す音。
瞬間、メインコアから重い音が鳴り排熱口から緑色の光が仄かに漏れ出し、三本のランプの内一本が赤から青に点灯した。
「やったか?」
「はい! これを後二回――ッ」
その時、
スカイベースが激しく揺れた。
「――ッ」
「うあッ」
「クッ――!」
それぞれ三人は掴める物に掴んで持ちこたえる――
6
スカイベースを突然大きく揺らがせる衝撃。
「うあっ、グア――ッ!」
ブリッジ前で突入待機していた響ら一同もその衝撃の揺れに持ちこたえるべく反射的に身をかがませたり壁に体を付けて体勢を持ちこたえさせる。
「何今のは!?」
「こんな衝撃、どこから――!?」
志吹と鷹居の言葉からまさかと、
「天ヶ瀬、戦ってるのか」
円の事なので自分から戦いを挑むことは無いだろう。
だが、交戦状態になったのは確かである限り、且つ、相手はカイザー。同じスピリットでも今までの交戦記録を知っているからこそ考えられる――
『チーフ!』
突然無線に通信が入った。
無線から聞こえる声は沙希である。
『今の揺れってまさか――!?』
「ああ、円とカイザーが戦っている。沙希、今ヴァルティカムリフトの制御はどこまで進んでるんだ」
『今第一段階が終了したところです』
「急いでくれ。こちらもすぐに援護に入りたい」
『了解!』
通信終了――
自分の口から出た、「援護しなければならない」という言葉。
その言葉通り、
――円一人では倒される
7
ダンッと爆音にも似た音――
カイトは円へ一歩で間合いを詰め、
「ハッ――!」
全体重を乗せたであろう、重心を低くして撃ち込まれる正拳突きは、
円がビーストへと撃ち出すそれと同じであった。
「クッ……!?」
この攻撃を受けてはいけないと、躱す――
「――ッ!」
「グッ――!」
身を動かしたところへ、カイトの回し蹴りが来た。
とっさに腕で直撃を防ぐが、完全に態勢を崩した。
「ハッ――
ゼアッ!」
飛んできたブロー、
繋ぐチョッピングの二撃を防ぐことが出来なかった。
「ゥアッ……! クハッ……」
デスクが割れる程に身を叩きつけられ、
ほんの一瞬だけ意識が飛ぶ。
立ち上がろうと手を着く――
「フン……」
カイトが片手にエネルギーを溜め、まさに光弾を放とうとしている。
「――――ッ!?」
かわすことも受ける事も出来ない。
撃たれる前に止めなければ。
間合いは十分に詰まっている。
「ハッ!」
円は咄嗟に後ろ蹴りでカイトの手を弾き飛ばし、
突然の反撃にカイトが態勢を崩した隙に、
「――ッ、ハッ!」
後ろ蹴りした足を軸にして立ち上がり、
掌底を撃ち込む――
「ゼアッ!」
崩されてさえ、カイトは正拳突きを撃ち込む。
「ウグッ――!」
「ク――ッ!」
同時に一撃を受ける両者。
だが決定的なダメージを受けたのは円であった。
円の攻撃も深いところに入ることも出来ず、
カイトはほんの少し呻くのみですぐに立ち上がる。
「フン……」
「グッ……アッ――!」
鳩尾に撃ち込まれたためしばらく息も出来なくなった。
スカイベースが落ちない程度に力を抑え込んでの戦い。
それでさえ、お互いの力の差は既にあった。間違いなくこの状態であると円自身が捻り潰されてしまいかねない。
幸いか、カイトは円が体勢を立て直すまで待っているようだった。
飽く迄、真っ向からの戦いを望んでいるようである。
だがその真向勝負ですら歯が立たない、
そんなカイトと対等に渡り合う方法とは――
「話にならないな」
「クッ……なに……ッ」
「赤色になれ、天ヶ瀬」
「……ッ」
「それともスピリット相手には使えないか?」
赤色になる。それは即ち、拳を向けろと言うこと。殺すつもりで戦えと言う事。分かってはいるが出来ない。
人々の笑顔を守るために、ファントムヘッダーに向ける拳を、同じスピリットに対して向けることが出来ない。
円は立ち上がり、変身することもなくまた構え――
「誰がなるか……ッ」
「なら――」
「――ッ!」
カイトが円の前に立つ。
その鋭い眼光は、円の心すらも圧す。
「お前はここで終わりだな」
8
ヴァルティカムリフトの制御が第二段階まで済んだところで、再び大きく揺れるスカイベース。
また大きな衝突があったようだ。
「円……」
一体どれだけの猶予があるのだろうか。
スカイベースが落ちるまで、
円が倒れるまで、
一体、どれだけの猶予が――
「沙希、急がないと!」
「え……はい」
「次はどこ触ればいいの?」
「…………」
「沙希?」
円と、
スカイベース――
二つを天秤にかけ、
「――ッ」
すぐさま機材の入ったバッグから端末とキーボードを取り出した。
「ちょっと沙希!」
「待ってください! ブリッジのセキュリティ破りますから!」
「なっ――!?」
沙希の取った行動――選択に寺瀬は言葉を失い、
「バカはよせ沙希! この艦が落ちたらどんな被害が出るか知ってるだろ!」
北原が沙希を制す。
「でもどっちにしても円が倒れたらこの艦は落とされます! 今すぐ助けないと……ッ!」
「スピリット同士だぞ、考えろ!」
「だからって円を放っておくなんて出来ません!」
「沙希!!」
もはや、会話を交わす事もしていられない。後一段階なのだ。セキュリティを破った後に始めれば問題は無い。
深呼吸し、
「円……助けるから……」
眼は端末の画面に、
指はキーボードに、
意識は電子の中に――
沙希はスカイベースの中枢への侵入を始めた。
高度に組まれたプログラムを切り崩し、
少しずつ中への道を構成していく。
端末に表示されるウィンドウに映される複数の文字列の中に、侵入者を迎撃するプログラムが働いた事を知らせる文字列が現れる。放っておくと迎撃プログラムがせっかく作った道を破壊して新たにセキュリティを組みなおしてしまう仕組みだ。
しかもセキュリティそのもののつくりも少し変えられているようだ。あろうことスカイベースのセキュリティシステム、艦の設計にかかわった沙希の事を赤の他人として扱っている。
修復されてしまったら今度こそ侵入などもっての他。侵入する前に弾き飛ばされてしまう。
「――ッ」
だからその迎撃プログラムその物の働きをブロックし、
且つセキュリティの切り崩しと道の形成を行う。
後、何分猶予があるだろう。
この艦が落ちるまで、
円が倒れるまで。
スカイベースのセキュリティを丸ごと短時間で変えてしまったカイザーに、打ち勝てるのかと、不安になる。
だが――
(ここは私の領地……)
だからこそ、
(不可能は……無い……ッ!)
ENTERキーを打つ。
そして画像にシークバーが映し出され、左から右へと黒色から緑が変わっていく。その間にでもウィンドウに映し出された文字列は勝手に動く。
シークバーは、沙希が送り込んだクラッキングプログラムの進行。
文字列はセキュリティプログラムの進行。
送り込んだクラッキングプログラムが追い付かれるか、
先にセキュリティを破るか――
早く早くと、気は急かされる。
その気に応えるかのように、シークバーは完全い緑色へと変わり、
今度は形成した道を消去して完全に痕跡を無くしてセキュリティプログラムの動きを止める。
「――ッ、ハァ……」
道を消去できるとセキュリティプログラムの進行を表す文字列の動きが止まった。
見たところ、あと六行。
時間にして0.0三秒。
あとそれだけ遅かったら何もかもが無駄になる所であった。
これで、間違いなくスカイベース全体のセキュリティは解除された。
「チーフ! スカイベース内のセキュリティを全部解除しました」
『そうか、よくやった』
とインカムでの響との通信。その後、無線の奥で「よし、突入準備」と言う響の指令、
からの「了解!」と言う突入待機していたチーム・ゴールドとチーム・イーグルの返事が聞こえた。
9
「この艦ごと鎮め、天ヶ瀬」
と、カイトはモルメルクに放った必殺技と同じ構えを取る。
「――ッ!?」
だが今回は一目瞭然明らかに、街一つを吹き飛ばした時よりもまたパワーを強くしている。撃たれたら終わる。本当に一撃で勝負が終わる。スピリットの放つ物と同じエネルギーで飛んでいるこのスカイベースの爆発と、カイトの撃ち放つ攻撃。この二つを受ければさすがに円でさえ消えてしまう。
迎え撃つしかないのかと――
その時突然、
「――ッ!?」
それはカイトでさえ予想できなかったようだ。思わず技を中断してしまった。
ブリッジ内に催涙弾が投げ込まれ、一気に視界が閉ざされた。
「チッ、破ったか……」
状況が一変し――
「なッ――!?」
「――ッ」
カイトは何のためらいも見せず手を地面と水平に切り、ブリッジの壁に小さな光弾を撃ち放つ。
当然、壁には穴が開き、気圧の変化でその穴に空気が吸い込まれていく。
「うあっ――!」
ブリッジのドアが開き、突入しようとした矢先壁の穴に吸い込まれそうになった鷹居は反射的にドアの縁掴まり、
「カイザー!!」
彼の名を叫ぶ。
そんなカイトは突入部隊らを一瞥した後自らが空けた穴から飛び出、
「カイト!」
同様に、円もカイトを追うように壁の穴から飛ぶ出て行った。
10
「クッ――!」
円とカイトは出て行った。
後はこちらを何とかしなければならない。
何とか物につかまっている響らは良い。だがブリッジ内で気を失っている吉宗と綾子とサーシャが無事では済まない。
「――ッ!」
意を決し、
響はブリッジ内に入り込み、自分の身が外に放り出されないうちにブリッジのコンピューターに駆け寄り、
そこに辿り着いたころには自身も壁の穴に吸い込まれていく。
際に、非常用シャッターのスイッチを押した。
ビーッと言う音が響き、壁の周囲に取り付けているシャッターが下り、
「ぐあっ――!」
響の体はその壁の穴があったところを塞ぐシャッターに叩きつけられた。
「チーフ!」
「ぐっ……」
すぐに立ち上がり、響は吉宗の介抱に向かう。
鷹居らもブリッジ内に取り残されていた他二人の介抱をした。
「コマンダー! しっかりしてください、コマンダー!」
「ぐっ……んんッ!」
身を揺すられて名を呼ばれてようやく意識を取り戻した吉宗はうめき声を出して頭を打ったのか手で頭を押さえた。
「ッつ……。カイザーはどないした……ッ」
「逃げました。今、天ヶ瀬が追ってます」
「そうか……」
「何でカイザーがスカイベースを……」
「……是非も無し……か」
「え?」
吉宗は何か知っているのか。
だが、それを聞いたところで教えてくれるとは思えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます