Dreamf-11 強者の意味-皇への試練-(B)
3
それから軽い昼食を取った後、仁舞区内の百貨店やファッションショップやモールを見て回り、
「ねえ友里、そろそろ教えてよ」
「え、何を?」
「何をって、プレゼント贈る相手よ。言いたくないにしても、せめて男か女かくらいは言ってよ」
一番言いたくない。
きっと里桜のことなので女物か男物でと言うことでプレゼントを一緒に考えようとしているのだろうが、女と言えば女物を買う方針になって円にとってはあまり必要の無いものになりそうである。男と言えばもちろん男物のプレゼントということで、円にとってはありがたい物になるだろうが、里桜の追求が怖い。
どちらを取るか――
「んん……」
少し考え、
「友里?」
「男」
「へ?」
「男だよ、相手は」
「男……。男かぁ」
やはり、誕生日プレゼントなのだ。女物渡されても円もうれしくはないだろうと、友里は正直に伝える。
戦いの始まりだ。何とかして、追及を逃れないと――
「ふぅん、じゃあ男物買わないとね」
「ん、え……?
う、うん……」
「ん、どうしたの?」
「いや……」
身構えていただけ、この里桜の反応には拍子抜けしてしまった。
「買うなら服とかアクセサリーがオーソドックスだけどさ、なんか好きなものとか分かる?」
「…………」
「友里?」
「え、あ、うん。色なら、赤がいいって」
「赤か……。燃える炎、太陽のような赤色か」
「そんな感じじゃないんだけどな……」
「え、そうなの?」
「うん。熱血タイプじゃないし、彼は」
「そっか」
「なんていうか、ほっこりする感じ」
「ほっこり?」
「温かいって言うか、安らぐって言うか……」
「愛?」
「そう、愛――」
ピシンッと割れた。
何がと聞かれれば、空気がだ。
迂闊だった。里桜が追及を止めるはずも無かった。どころか追いかけるのではなく、逃げ込んだ先に待ち伏せていたというレベルだ。これは全て諸葛里桜の罠だったのだ。
「やっぱり!?」
「いや――」
「ねえどんな殿方? 友里のハートを撃ちぬいちゃった罪深い殿方ってどんなのよ?」
足止めしたところをさらに畳み掛け、友里に抵抗も弁解の余地すらも与えない。話の主導権を完全に握られてしまっては天から蜘蛛の糸でも垂れてこない限り守りに徹するほかない。
「殿方ってさ……。愛だからって別にそういうじゃないから」
「そういうのって?」
「えと……男女の関係とか……」
「そうじゃなかったら何なのよ」
「ん……家族……?」
「それ進展してるじゃん!」
「いや、そう言う訳じゃなくって――」
と、どう自分の気持ちを伝えればいいのか。
いつもならば言葉は浮かぶだろうが里桜に追い立てられてほんの少し頭がパニックになっているのではなかなか思い浮かばない。
そんなとき、視界の端に手芸屋が映る。
一か八か、ここは強引に話を切ることにした。
「あ、手芸屋さんある!」
「いやそれはいい――」
「いこ、里桜!」
「ちょっと!? ――」
里桜がいつもしていることだ。友里もやってもいいはずだ。友里は里桜の手を引いてその手芸屋に入っていった。
「いらっしゃいませー」
と店の物静かな雰囲気を壊さない程度の店員の挨拶。展示されていた鮮やかな絹物や織物のようなものから、装飾や日常品用の糸や布までが並べられている。
もっとも、今時の若い男女では立ち寄る事もあまり無いだろう。小学生が家庭科の授業で必要になったときに立ち寄るかどうかの際はその限りではないだろうが。
「ねえ友里、ここに何の用なの?」
「え、いや……」
強引に話を切りたいからと言う理由で入った、と言うとお店から出た後恋バナが続行する羽目になるので正直に答えることが出来なかった。が、手芸屋に行って何をしようと言う事も思い浮かばない。あまり、編み物をしない――
「あ、こんなの……」
「ん?」
と、友里が手を伸ばしたのはミサンガを編む際に使う刺繍糸。『ミサンガを作るときのおすすめ』と言うスポッターもつけられている。
「友里?」
「ミサンガか……」
「ミサンガ? それが誕生日プレゼント?」
「いや、ミサンガも・だよ?」
「友里、ミサンガ編めるの?」
「うん。円に教えてもらったからさ……」
「円君ねぇ……。そういえば空手始めたのも円君がやってたからだっけ?」
「そうだね」
小学生の頃に円と友里がいつも一緒に居る事からそれに関してのトラブルで、ガキ大将との小競り合いになった際、手を上げられた。その時、円がそのガキ大将から友里を守ってくれ且つ、今まで喧嘩で一番強いと言われていた相手を返り討ちにしてしまったのだ。
結果、しばらくの間二人まとめてより一層弄られの的になり、円は空手道場の師範にこっぴどくしかられ、良い事無しに終わったが友里に喧嘩らしい喧嘩を吹っ掛ける人は誰一人いなくなっていた。
そんな強い円に憧れ、自分も円みたいに一緒に空手道場に通い始めたのだ。
「そっからだよね、唯の幼馴染から変わり始めたのは」
「ん……っ」
ぼーと顔が熱くなる。ただ「円と一緒に居たら楽しい」と思っていたところから「円みたいになりたい」と憧れに変わったのは確かだ。
「ま、まぁ……」
「で、どの色にするの?」
「んん……」
刺繍糸を手に取る。
色には意味がある。出来れば、友里自身のの気持ちを伝える色がいい。まずは円が好きな色と言った赤だろうか。後は円が好きな笑顔を意味する橙色。そしていつも命がけの場所で戦い続ける円に無事でいてほしいので、白色を。そして色を選んでいる内、もう一色を組みたいと思って円の優しい性格を意味する緑色を選ぶ。
「よし……」
と選んだ糸をカウンターへと持っていく。
「すみませーん」
その呼びかけに店の奥から「はーい」と返事が返り店員が出て来た。
「これお願いします」
カウンターに差し出された刺繍糸を手に取り会計を加算していく店員。
「ねえどこで編むのさ、それ」
「んん? 別に公園とかでも出来るよ? ソーイングセットあるし」
「そう……なの?」
どうやら里桜は編んだことが無いらしい。いつか教えてやろうかと、友里が考えている時、
「ウチでやっていきます?」
「え?」
会計を加算し終えた店員が声をかけてくれた。
「いいんですか?」
「はい。ぜひ使って行ってください。道具もお貸しするので」
「あぁ……ありがとうございます」
場所と道具を貸してくれるならばありがたい。
「あ、じゃあ友里、私にも教えてよ編み方!」
「うん、いいよ」
「よっしっ――」
と里桜も刺繍糸を選びに言った。
「あっ」
お勘定を忘れていた。レジに映し出された金額を支払う友里。
「はい、お会計とちょうどいただきます」
ジジジジという音と共にレシートが印字される。
「はい、レシートになります」
渡されたレシートを財布の中に入れ、カウンター横にあるテーブルを指さし店員に向かってほんの少し首を傾げる。と、穏やかな笑みを浮かべて頷く店員。
友里は笑顔を返して会釈して席に着き、
「里桜ー? まだー?」
「ちょっと待ってよ」
急かしてしまったか。一息入れて、
「私買ってるやつなら使ってもいいからさ」
「だからちょっと待ってって」
と言う里桜の答えからどうやら友里が買ったもの以外の色を使いそうだ。
待つのも暇なので、友里は友里でミサンガを編み始めていった。
4
「――……っ」
眠りに浸る意識を引き上げる力の流れ。
それを感じ取った円は瞼を開き、身を起こす。
「これは……」
この気配は先日も感じ取ったものだった。
「スピリット……」
だが、これは鈴果とは違う。
ただ会いに来たという目的には思えない。円がストレンジモードになる際の雰囲気と、よく似ていた――
――突然、
「ぐあっ!?」
スカイベースが大きく揺れ、部屋の電気全てが消え、
数秒後には直るが明りがすくない。明らかに非常用電源に切り替わっている。
その後で、いつもとは違う警報でようやく全ての状況が呑み込めた。
「襲撃!?」
円は部屋から飛び出していった。
甲板に出ようと思ったが廊下を駆ける人の流れはブリッジに向かっている。
「ケイスさん!」
「マドカか。早く行くぞ!」
「襲撃ですか?」
「そうみたいだな」
「じゃあ何でみんなブリッジに――」
「襲撃は中からされてるの」
ケイスと円の会話の間に割り込むのは沙希であった。
「ホントに突然。プラスの霊周波が出た瞬間だった」
「やっぱりスピリットか……。誰か分かるかい?」
「ええ……。襲ってきたのは、カイザーよ」
「カイトか。何しに来たんだ……ッ」
「誰でもいいだろ。本当に相手がカイトだったらマドカがいる。早く急ぐぞ」
ケイスの言う通り、相手がスピリットである以上隊員たちだけでは手も足も出ない。スピリットが相手ならばファントムヘッダーと同様スピリットがいる。
三人ともにブリッジに辿り着くとその出入口付近に人が集まっている。
「チーフ!」
「来たか、沙希」
「ブリッジに入れないんですか?」
「ああ、緊急コードも通らない」
「そんな――ッ!」
沙希はブリッジの出入口につけられているパネルを操作し、隊員たちの中でも知っている者も少ないパスワードを打ち込んでコードを読み込む状態にした後、緊急コードをパネルに打ち込む。
が、ピピッという電子音と共に赤色の「ERROR」という表示が現れ、もう一度緊急コードを打ち込むがまだ同様に緊急コードが拒否された。
「……ッ」
沙希は舌打ちを打ち、今度はそのコード変更を行う際のパスワードを打ち込む。
が、それさえも同様の表示が現れた。
「コードとパスワードが書き換えられた……!?」
「そんな事、短時間で出来るものなのか?」
「普通できませんよ! 例えブリッジがスカイベースの中枢だからってセキュリティシステムの管理権限自体ははIAアジア支部にあるんですから。そのIAアジア支部にハッキングするか、IAの関係者じゃないとコードを変更するパスワードは知らないはずです!」
「そんな……。――ッ!?」
響が次の言葉を放とうとしたとき、またしてもスカイベースが大きく揺れた。廊下の明りがパチパチと明滅し、非常用の電灯の明りもさらに薄暗くなる。
「沙希、コードとパスワードを変更することは出来るか」
「ブリッジのコンピューターに外部から接続できれば……。でもブリッジのコンピューターにハッキングするんだったら時間がかかります!」
「くそ……。ブリッジにはコマンダーとオペレーターがいるって言うのに……ッ!」
「マドカ! もうドアをブチ破っちまえ!」
「ダメだ。ブリッジはスカイベースの中枢だ。中にコマンダーたちがいる中、万が一も起きてはいけない」
「しかしッ! このままではどちらにしてもスカイベースが落ちてお終いです!」
「ケイス! スカイベースのシステムがダウンしても医療区は別電源だ。本木の事で頭が一杯なのは分かるが落ち着け!」
「クッ――!」
自分たちでは手足も出ない事にいら立ちを覚え、舌打ちをするケイス。無理にでもSSCの事を最優先に考えようとしていたようだが、響にはそれが見えていたようだ。
「とりあえず、スカイベースを落とさないようにしないと。墜落した際の爆発被害だけなら核爆弾よりも最悪だ」
「ヴァルティカムリフトなら……」
と、響の現状整理と次の起こすべき行動を示す言葉に差し込むように、沙希が一言挟む。
ヴァルティカムリフトとは、このスカイベースを上空に浮かせている重力操作システムのことである。
「ヴァルティカムリフトならスカイベースの最下層に行って、直接コンパネを操作すれば時間稼ぎ出来るかもしれないです」
「なら頼めるか?」
「はい。人手を二人ください。ヴァルティカムリフトの復旧と並行してブリッジのコンピューターに入り込んで緊急コードそのものを解除しますので」
「ああ。北原、寺瀬。二人は沙希と一緒に行ってくれ」
「「了解」」
チーム・イーグル、チーム・ゴールドの情報技術担当二人は、先へと急ぐ沙希の後ろをついて行った。
「ケイス、雲川、ハークライ。お前たち三人は艦内の乗員の避難誘導準備だ」
「チーフ!」
「ケイス、分かってくれ。本木がああなっている以上、お前たちには任務を任せられないんだ。ちょっとした感情の動きが、全てを失う事になる。兵なら、それぐらい分かるだろ」
「――ッ、Dam it!」
ケイスは壁を思いっきり壁を殴りつけ悔恨に地団太を踏んだ。だがコマンダー、司令官による総指揮が機能しなくなった場合、総指揮権は副司令官を兼任している響へと一時的に藉される。つまり今、作戦状況のなか連絡の取れないコマンダーに変わって総指揮権を持つ響の命令はコマンダーからの命令と同じなのである。
「頼む」
「了解」
最後に念を押すように響が告げた一言に、雲川が返す。
「行こう。副隊長だろ、お前は」
「――ッ、分かってる……ッ」
ハークライにポンと肩を叩かれ、気持ちの切り替えがある程度働いたのか大股であるにしてもその場から立ち去っていき、乗員たちの避難誘導準備へと向かって行った。
円は、今自分に出来る事は何かと考える。
そして答えはすぐに出る。
「チーフ、僕はカイトを止めてきます」
「何?」
「ヴァルティカムリフトが戻っても、中のブリッジが破壊されたらもうお終いでしょう」
「相手はスピリットだぞ――」
「僕もスピリットです! だから僕が行かないと……」
円はブリッジのドアに触れ、力を放出する。
「おい天ヶ瀬――ッ!」
響が引き止めようと円の肩を掴もうと手を伸ばす、
頃には廊下を銀色の光が満たし、瞬間、円の体は廊下から消え――
――円は単身、ブリッジへと突入した。
「カイト……」
ほぼすべての明りが落ち、そのブリッジの中一人立つ櫻満カイトの名を呼んだ。
沙希がコードとパスワードともに変えられたと言っていた通り、カイトは先ほどまでブリッジ内にあるパネルを操作していたようだ。
そのカイトも円の存在に気付いてこちらに振り向き、円と対峙する。
「来たか……」
「なんてことを……」
周囲を見渡す。
ブリッジ内にいたという吉宗とオペレーターである綾子とサーシャは、カイトの襲撃に際し、壁際へと吹っ飛ばされて気を失わされていたようだ。普段様々なデータを受信するはずのモニターは暗く、その様子からして完全にスカイベースのシステムをダウンさせた事を示す。
「どうして……ッ」
「…………」
「こんな無駄に人間との対立を煽るような真似を――」
「お前を見極めるためだ、天ヶ瀬円」
「なっ……!? なんで僕の名前を……」
「その程度、IAのデータベースを見れば分かる事だ」
やはり、カイトはIAアジア支部のコンピューターへとハッキングを仕掛けていたのだ。それはもやは、人間たちに対する宣戦布告にも等しい。そんな人間との対立を煽るような真似をするほどなのかと、
「僕を見極めるって、どういうことなんだ」
「お前が何のために戦っているかだ」
「何のため……?」
それは、もうすでに自分の中で決まってることだった。
皆の笑顔を守る。
それが円自身の戦う理由であり、円自身の強さだと。
「昨日、お前があれほどの事をしてまで人間を守ろうとする理由を見極めに来た」
「…………」
「答えは得た……」
そしてカイトは何がおかしいのか、鼻で笑う。
「お前は、ただ単に弱い物好きなだけなんだな」
「なんだと……?」
カイトのいう「弱い物」とは即ち、人間たちの事だろう。その事に円の頭に血が上りそうになる。
「俺を止めたいなら有無言わさずそこのドアを破壊すればよかっただろ。どうせ、そこらあたりに転がってるやつら、そしてこの船の中枢を傷つけまいとしたんだろ。この規模の船なら、落ちれば半島や大陸は無くなるだろうからな」
「それはチーフが――」
「ならなおさらだ。おとなしく言う事を聞いた時点で、お前は弱い者どもの味方になったんだ」
「それがいけないことなのか。弱い人たちを守りたいって、助けたいって思う事が!」
「強き者が弱き者を支配するのがこの世界だ」
言葉など不要であると、カイトは構える。
「天ヶ瀬、お前と俺じゃ、敵同士になるしかないか」
「くッ……」
カイトは本気だ。
戦うつもりなのだと、ゆっくりと円も構えをとった。
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