Dreamf-11 強者の意味-皇への試練-(A)

       1





「…………」

 円はベッドの上で身を起こし、深呼吸した。

 いつもより長い時間、眠っていた。

 目覚めが悪い。

 前日の様に夢見が悪かったという理由ではない。夢よりも最悪なものを見たものなので、それ以上の悪い出来事を、頭が想像できなかったのだ。

 頭を押さえ、今自分の意識は現実にあると実感するまで三分少し。

 そして、自分の手を一点に見つめる。

 だが円が見ているのは「手」ではなく、「力」と「自分の存在」――

 円は、「未知の名を持つスピリット、天ヶ瀬円」を見るのだった。


        *     *     *     *     *


 カイトは最後の止めを刺すため、

 額の前に両腕をクロスさせエネルギーを溜める。

 クロスさせた両腕を下ろすと、両手を結ぶ金色の雷光が発生した。

「ハアァ……――」

 そして両腕の位置関係を地面と垂直にする。

 と、両手を結ぶ雷光はいつしか空に螺旋を描く光となって、中心に光の球体を作った。

「なっ――!」

 そのエネルギーの大きさを見た円――

 ようやく立ち上がることが出来た。 

 明らかに、ビースト一体を倒すには大きすぎるエネルギーだ。

「ハッ!」

 円は上空に飛び、

 地を見下ろす。

 民衆のいる場所を。

「グァアア……ッ」

 必殺技を撃ち放つよりもエネルギーを使い、

 必殺技を撃ち放つよりも強力に圧縮して溜め込み、

「ゼァァアアアッ!!」

 一気に解放する。

 先ほどの人質たちも含め、避難していく民衆たち全員を覆うのは、

 円と同じ赤色の光。

 突然自分たちを覆う光に民衆は驚き戸惑い、

 そして超人の力の片鱗に触れているという超常的な状況に、

 人間皆が立ち止まった。

 カイトは手の螺旋を描く光の中心にある球体に触れ、両手の位置を反転させ――

「ハッ!」

 球体をモルメルクにめがけて撃った。

 モルメルクに直撃するまでは、

 刹那よりも速い。

 悲鳴すらも上げられない。

 何故なら、カイトが撃ち放った技は、


 ――境域内の物全てを焼き尽くすほどものであったからだ。


 一帯が金色の光が混じる閃光に包まれる。

 爆音も、

 爆風も、

 爆炎も、

 全て人間の五感が感じられる許容範囲を超えている。

 周囲が閃光に包まれること数分。

 徐々に周囲の風景も現れ――

 ――映るのは一帯が更地となった街だった。

 カイトの放った一撃で街を焼き、

 一撃の爆風でついでに炎も町も吹き飛ばしたのだ。

 この中で無事でいられたのは、

 この爆発を起こさせた櫻満カイトと、

 円が咄嗟にシールドを展開し防護された民衆。

 モルメルクもファントムヘッダーもカイトの放った一撃で消滅していた。

「グッ、アッ――……ッ!」

 身を焼かれ、

 地面に落ちる円。

「くッ……ハァ、ハァ――ッ」

 呼吸すらもまともに出来ない

 円の体に心臓の鼓動のように走る光の波紋は徐々にその間隔を短くし、

 波紋が走る際に聞こえるドクンドクンと言う音も速くなる。

 そんな、仰向けとなって地に倒れる円の方に歩み寄るカイト。

「ハァッ……ハァッ、カイト――ッ!」

「力を有効に使えない、それがお前の弱さか」

「何ッ――!?」

「人間をそこまで守る事に、何の意味がある」

 そう言い残し、カイトは円の返答を待たずして背を向け歩みを進める。

 金色の光がカイトの身から溢れ、

 光の消失と共にカイトの姿は空の中へと消えた。

「意味……?」

 人を守る事に意味などあるものなのか。

 そもそも、円の中に守ることに理屈など無かった。

「くッ――!」

 身を転がして俯きになり、腕を突き立てゆっくりと足で地に立ち上がる。

「――ッ!」

 そして改めて見渡す――

 ――見渡すところ等無い。全てが無となっている。

 その無に、命をもって立つ人間たち。

 ビーストに傷つけられながらもかろうじて命を繋ぎ止めた人間たち。

 だが、そこに勝利の喝采も喜びも無かった。

 反し、そこに破壊に対しての批難も怒りも無かった。

 たったの一撃。

 その一撃が全てを消し去った。街も、人の感情も、円が守ると決めた笑顔さえも。

 円の心に暗い影が差し込む。何も守れていない、と。

 同時、これがスピリットの力なのだと、心に刻む。

「あ…………」

 そういえばと、先ほどモルメルクに強く握られ体が粉砕されそうになっていた少女がいたことを思い出す。

 モルメルクが人質として地に伏せた人間たち一団。

 その中の一人に、おぼつかない足取りで駆け寄る円。

 他の人物たちは痛みに呻くことが出来るほどには意識はある。

 が、この一人の少女だけは別だ。

「くそ……」

 しゃがみ込み、少女の体に手を当てる。

「――……」

 静かに息を吐き、

 ストレンジモードを解除しつつ、少女の体にエネルギーを流し込む。

 かつて半年前にも、友里の怪我もこうして治してやったものだった。

 だがあの時は軽い捻挫。今回は、内臓やいたるところの骨が傷ついているかもしれない。つまり瀕死なのだ。

 おそらくそれらの怪我をいまなんとかしないと助からない。

「ふぅ……」

 ゆっくりともう一度息を吐き、少女の体内に流し込んだエネルギーと自分の体内にあるエネルギー回路をつなげ、自分の自然回復力もろとも分け与える。

 円の自然回復力は人間の体内で自然治癒力へと代わり、傷を治す。

 深くゆっくりな、今にも死に絶えそうな息をしていた少女の呼吸は徐々に穏やかになっていく。

「よし……」

 それからしばらくしてから、エネルギー回路の接続を切る。

 少女の体内にある円のエネルギーは自然回復力と共に直に消える。立ち上がって、歩みを進めようと――

「ジウジウウォ……」

「――ッ」

 またほか一人が、円に呼びかける。

 さすがに何を言っているのか分からなかった。

「ジウミン……! ジウミン!」

 と、同じ言葉を繰り返す。

 その内、他の人質だったけが人達も「我也俺も」「我也私も」と、円に手を伸ばして呼ぶ。

 その時、円は何を言っているのか分かった。

 当然だ。一人やれば皆やらないといけない。助けてくれと言っているのだ。瀕死の少女を助けたのだ。自分たちだって治療してもらう権利があると言っているのだ。

 だが、今の円に一人の怪我を治してやれるほどのエネルギーは残っていない。今の円に残りの怪我人を治してやることは出来ない。むろん、それらなど知っているわけがない。「助けられない」と、伝えないといけない。だがその時に何と言えば良いのか分からない。ならば、首を横に振ればいいのだ。が、円には出来なかった。無情であるように伝わってほしくない。

 もう一人治すしかなかった。

 自分のエネルギーだけではない。

 自分そのものを使ってでも。

 と、一人に向かって足を踏み出し――

『辞めとけ円』

 突然着けていたインカムに通信が入り、吉宗の声が耳に入る。

「――ッ!? コマンダー……でも――」

『今お前が命捨てることあるか?』

「捨てるって、そんな――」

『捨てるんやろ。お前が今もう一人の怪我治せるほどのエネルギーが残ってるて思えん、やから最後の手段で自分の体を保たせる分のエネルギーも使う。違うか』

「…………」

『確かに自分の命よりも名誉が大事になる事かてあるやろ。やが、今やないんとちゃうか』

「でも、この人たちは俺のせいで――」

『そうや。その咎は後でしたる。けど、そこにいるんも速やかな避難を行わんかったからや。お前さんとビーストに見とれてた、そいつらも悪いんやで』

「…………」

『円、すぐ帰還せえ』

「でも――」

『すぐに帰ってこい、ええな。そこに長居すんな』

「…………」

 辺りを見回し、

 自分に助けを求める人たちを見渡す。

 助けたい。何とかして、守りたいと願っても――

 今なお、助けを乞う人達に向かってせめて表情で心情を見せ、

 首を横に振る。

 期に、「ゼンマ……!?」「ゼンマ……!?」と一斉に次々に喚く。恐らく「何故だ怎么」と批難しているのだろう。不公平だ、と言っているのだ。

 だが、理由を語る言葉を持ち合わせていない円は、

「――ッ!」

 スカイベースへと向かってその場から飛び去って行った。

(チクショウ……ッ)

 と、円は自分に毒づき暗くなりつつ空を飛ぶのだった。


        *     *     *     *     *


 そうして、拳を握る円。

 街を一撃で消し去る程のパワー。

 あの後境域解除の修正力が働いて街自体は元に戻ったらしいが、人の心の中に街を消された凄惨な光景は永遠に刻まれることになる。改めて、自分の存在、スピリットという超常的な存在であることを実感する。

 ほんのふとした事で力のリミッターを外せばこの世界に影響を及ぼしかねない爆弾を持っている――

 ――爆弾そのものであるという事を思い出させる。

 なら、その爆弾としての命を全うすればいいのか。

 ビーストをただ倒す者としてこの力を振るえば良いのか。

「ダメだろ……」

 ふと、そんな事を思い起こして消し去る。それではただ人間を殺すビーストと同じだ。そうだけはなりたくない。例えビーストの正体が何であったとしても、ビーストとスピリットは違う物だと自分の中で明確にしておきたかった。

 前に人間スピリットチンパンジービーストで例えたことがある。

 円はその中で人間でありたかったのだ。

(人間が人間を守る事に意味なんていらないだろ……)

 と心中で思っておかないと、今は気が保てていられない。

 そんなところに、携帯に着信が届く。

 デジタル音でベルを再現する様な着信音は、友里からの着信だった。

 通話タブをタップし、つなげる。

「なんだ友里」

『あ、つながった。もしもし? 円、今日の約束覚えてる?』

「え、ああ――」

 そういえば本日は土曜日、五月一七日。

 友里との約束の日であり、

 円が家族に捨てられた日である。

 わざわざそんな日を指定してきたのに他の意味があれば嬉しいのだが、どうにも「捨てられた日」と言う事があまりにも深い傷を負わせているもので思い起こすことが出来ない。

「ああ、覚えてるよ。仁舞バルトだろ? 何時頃で良いんだ?」

『へ……? えと、一〇時ごろでいいんじゃない?』

「いいんじゃないって……。友里が誘ったんだろ? そこは決めてもらわないと」

『あ、そか……。いやでも、私はもう今日と明日は開いてるからどうにでもなるし、円にあわせようかなって』

「合わせるったってなぁ……」

 実際の所、円自身でさえ決めつけることが難しい。

 自分で時間を指定しておいて突然「緊急で行けなくなった」となると、面子が立たない。それとも、こういう所は自分で言ってしっかり約束を守る所を見せないといけない所なのだろうか。

「んん……じゃあ、一〇時半ごろで。オールナイトなんだからそんな早く行っても仕方ないし」

『うん、分かった。円……』

「ん?」

『約束だよ? 絶対――』

「分かってるよ、約束する。あんまり言いすぎるとフラグになるぞ?」

 そんな、円の軽口冷やかしに電話の向こうの友里は「もう……」と膨れている。

「じゃあな、友里」

『うんまた……後でね?』

 それからしばらく、友里が通話を切るまで待ち――

『ねえ円』

「なんだ?」

 どっちも切ることも無かったので会話が続いた。

『円って何色が好きだっけ?』

「色?」

『うん』

「んん……赤だな」

『赤? 赤、か……』

 好きな色と聞かれて何故赤色となったのか。恐らく、ここ最近その色と縁があるからだろう。何分、円の戦闘状態の時は赤色の光を纏うストレンジモードになるのだから。それと赤は何よりも友里が好きな色なのだ。どうも、子供の頃に見たアニメ映画の影響らしい。ミーハーなのは昔からであった。

『よし、赤だね。分かった』

「何が分かったんだ……」

『じゃあね、円。後でね?』

「ああ」

 と、今度はプツッと通話が切れる。

 さっきはどっちも切らなかったものなので今度は気を利かせて向こうから通話を切ってくれたのだろう。

 そうして、ようやく気が抜けた。

 昨日何があり、何に立ち会ったと言っても、友里には関係は無い。何か異変を感じられても後で掘り下げれてしまいそうなのでいつもの天ヶ瀬円を作らなければならない。心配をかける事になる。

「はぁ……」

 溜め息を吐き、携帯をベッドに放り投げる。

「しっかりしろよ、俺……」

 頭を押さえベッドに寝転がる円は、また目を閉じた。




       2




「…………」

「友里?」

 電話を切ってしばらく黙り込む友里。

 さすがに様子がおかしいと思ったのか、顔を覗き込んで来る里桜に少し目を見開いて、

「な、なに?」

「いや、なんか浮かないなぁって」

「うん……」

「思いふける事でもあった?」

「んん……ううん」

 と少し考えた後、首を横に振る。

「別に? ちょっと緊張してるのかな」

「何よ。お昼ご飯前にもうそんな状態じゃ、どうやってハッピーバースデイなんてするのさ。せっかく友里のデコレートも考えて上げたってのに」

 と言う、野外カフェラウンジでの会話。

 いつも服装に無頓着――と言う訳でもないが、里桜程ファッションに気を遣っている同年代の少女はなかなか見ない。

 曰く、「友里は姉と言うより妹キャラ」であるらしいので、そのイメージに乗ってのコーディネーションであった。だからと言って幼さ全開と言う訳でもなく、コンセプトは「お姉ちゃんごっこをする妹」らしい。

 さすがにそれを聞いた時は服を脱ぎすてようと思ったが、実際姿鏡で見てみるとこれが友里の性に似合っており、自分のプライドよりも好みが優先された。

 春物のファッションである。

 刺繍入りのブラウスに赤カーディガンを合わせてキュートにコーデ。カーディガンの前は閉めて清楚な雰囲気に仕立て上げている。

 ほんの少し黒に寄った灰色のミニスカートに黒のニーソックス、

 足は黒のショートブーツで決めた。

「それは……うん、ありがとう」

「上手くやらないと。せっかくのおしゃれも無駄になるわよ。シャってしないと」

「うん……。ごめん、ちょっとだけ席外す」

 と、気を取り直すため手洗い場へと向かう。

 ついでに用を足し、手を洗ってから洗面台の鏡をしばらく見つめる友里。

 さっきの電話、

(円……無理してた……。分かるよさすがに)

 電話越しでも伝わる。円は「園宮友里が知っている天ヶ瀬円」を作ろうとしていたことを。自分の心中にある傷をひた隠しにして心配を駆けさせまいとするその姿勢がむしろ気になってしまう。

 手が届かないだけでなく、円の心にすら寄り添えない。

「あ……」

 つー、と、頬を伝う涙。

 無意識に目元から流れ落つそれを指で払い、もう一度鏡の向こうの自分を眺める。

「大丈夫……。私は、大丈夫だから……」

 洗面台の縁を強く握り、

 瞼を閉じて心に念じる。

 何があっても円の前だけでは、「彼の好きな笑顔で、強い自分で」、と。

 そして、鏡を覗き込む。

 涙は止まっている。そして友里は片方の口元を指で吊り上げ、表情を笑顔の形に変えてみる、

「はぁ……」

 むろんそんなもので表情が変わるわけもない。依然、暗い顔のままだ。

 どんな顔で円と向かい合えばいいのか。思いつかない。

「――ッ!?」

 鏡を覗き込む中、

 突然背後に黒のワンピースドレスを着た金髪の少女が――

「――ッ!」

 ふと、振り返る。

 だが背後には誰もいない。手洗いには友里一人しかいない。

 よほど、昨日の事が記憶奥深いところまでに残っているのだろう。恵里衣はもう大丈夫だと言っていたが、幻覚を見せられなくとも脳裏に焼き付いているのでは、それは幻覚よりもタチが悪い。

「円……。約束……したよね」

 そうつぶやいた友里はほんの少し目を伏せて考え耽り、手洗い場から出て行った。

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