Dreamf-10 皇の名を持つ金色の光(B)
3
(あの青い力……)
円が初めてストレンジモード以外の力を使った戦い。
時間が経つにつれてその際の戦いを自分の中で客観的に見ることが出来るようになってきた。
(たぶん、あんな戦い方じゃないんだ……)
光線が撃てるかどうかは試していないから、その点はわからないが、光線が撃てるにしても、パワー自体が絶望的すぎる。光線を撃つ隙を生み出す戦いも相手の行動次第では、全く使えない。
ならばテンダーモードのように相手の攻撃を受け流して体力を削ぎながら隙を生み出すと言う方法――
だが、ビーストの体力を削ぐならば直接傷つけていくか、テンダーモードの力で体力そのものを奪っていくかじゃないとほとんど効果がない。青い光ではそれが出来ないようだ。
(武器がいる……)
足りないパワーそのものを補う武器。
青い光の力のスピードを最大限に生かせる立ち回りを可能にする武器が――
――その時、本木が体を刺し貫かれる光景がフラッシュバックする。
「くそっ……」
あの時に、使い方を分かっていればこんな気持ちにもならずに済んだのだ。
武器を使えば良いという発想を何故その時に引き出せなかったのか、戦いで頭に血が上っていたとしてもそれは誰にも言える事。言い訳にすらならない。
(武器、出せるのか……?)
そうしてふと考える。
恵里衣は自分のエネルギーからスピリットの武器である霊装と呼ばれる武器を作り出す。恵里衣の場合は自分自身の身長と同程度の刀身をもつ刀を出現させているが、さすがにその大きさであると、立ち回りが上手く出来なさそうだ。あの刀は恵里衣だからこそ扱いきれているのだ。
ならば、SSCのメンバーが使うような武器。
例えば、ライフルユニットやブレードユニット。遠距離中距離からの攻撃にとむライフルユニットならば素早く回避しながらの攻撃、近接攻撃であるブレードユニットならば小回りも利いてスピードに乗せられそうだ。
「よし……」
円はベッドから立ち上がり、モードチェンジの体勢にはいる。
大きく力を放出しなければ周囲にさほどの影響はないはずだ。霊周波の形だけ、ストレンジモードに変えればいいのだ。
「……ッ
ハッ……!」
力の放出を大きく加減し、光の輪を出現させて片手で触れ、
手をおろす。
「クソッ……」
その時まとわれる赤色の光を見て舌打ちを打つ円。
すぐさまモードチェンジを解除し、
「……ッ
ハッ……!」
そしてまた同じことを繰り返す。
だが、それから何度やっても青色の光を纏うことが出来なかった。全て赤色の光。
「クソッ……何でだ?」
ストレンジモードにしか変身できなくて、円も同じことの繰り返しが続きすぎて頭がおかしくなりそうだった。これが本当のエネルギーの無駄遣い。使いたいときに使えなくなりそうだ。
再びモードチェンジを解除して、
(これが最後だな……)
と、再びモードチェンジの体勢に入る――
ところに、部屋の中でコール音が響く。
「ん?」
誰だと思って体勢を取りやめてドアを開くと、
沙希がいた。
休憩をとったのかどうかは不明だが、何故かここに、しかも少し恥ずかしそうな表情を浮かべて。
「な、なに?」
「あの……」
「……ん?」
「ん、来ちゃった……」
「……ッ!?」
その言葉と声色で円の思考は停止し、
最後に「えへ」と首を傾げて微笑んできたところで、世界が桃色になりかけた。
ケイスとの一連のやり取りを思い出す円。
――じゃ、帰った後沙希にありがとうのキスでもしてやれよ。
――そんな嫌がられるようなことを。
――そう思うか?。
「ま、マジ?」
ケイスの言う通りなのか、と、心の底から若干の期待と戸惑いが現れ、息を呑む。人に好かれるのは、悪い気はしない。
「あぁ、まあ、散らかってるけど、どうぞ――」
「じゃあ――」
円に部屋の中を指されて沙希も頭を下げながら入り――
「「おじゃましまーす!」」
沙希じゃない二人の人影――綾子とサーシャのオペレーター二人組は円の部屋に上がり込むなり、円の部屋の隅に置いてある円形の小さなテーブルを部屋の真ん中に置き始めて席を取る。
「ちょ、ちょっと!?」
部屋主の許可なしに色々と取り繕い始めたので、二人を呼び止めようと手を伸ばす――
時には既に全ての準備は終わっていたようだ。
「なんなんですか、これは?」
「んん? これ!」
とサーシャが笑顔いっぱいで持ち上げて見せてきたのは誕生日ショートケーキであった。先ほどまでどこにあったのか。円でさえ全く気づかなかった。例によって既にローソクは歳の数刺されて火も灯されている。
「誰のです?」
「ワタシ!」
「作ったのは?」
「ワタシ!」
と手を上げるのがサーシャであった。自分で自分の誕生日ショートケーキを作る辺り、用意が良いと言える。
聞くまでも無いが――
「何で自分で自分のを?」
「だって、ワタシが自分で作ればワタシの好きな味にできるでしょ?」
「…………」
小さな溜め息を吐いて頭を抑える。
完全に独身生活が身に沁みついている。
「でも、なんで僕の部屋で」
「私と沙希とサーシャの三人じゃ、女の子ばっかりでつまんないし。こうなったらうんと若い円がいいなって思って」
もはや、年増の発想である。
「女の子かぁ……」
「んん?」
「何でも無いです」
「さ、早く食べよ」
「いや、だからなんで僕の部屋――」
ちょいちょいと手招く綾子とサーシャに抵抗の意志など無意味である。既にサーシャ誕生日パーティーは始まっている。
渋々と付きあうことにする円。
その円の態度を見て始まる、
「Happy birth day to me!」
サーシャによるサーシャのための誕生日ソング。そして、そのろうそくの火を吹き消して、「Да!」と声を上げての拍手。
ちなみにこれら全てがサーシャ一人によるもので、円含めほか三人はどこから入り込めばいいのか分からず最後のサーシャの盛り上がりにすら乗り遅れた。
少し寂しい誕生日パーティーだ。
「八個でいいかな」
それからサーシャが作ったケーキを四つの小皿に切り分ける綾子。一人二切れずつ乗せられたケーキのスポンジの間にはいちごとクリーム、そしてそのスポンジの表面をまた包むのは柔らかいホイップクリーム。乗せられたいちごに彩られ、味付けされていた。
円は小さなフォークで切り分けられた鋭角部分をフォークで切り分けて突き刺し、口に運ぶ。
「おお、うまい」
「でしょー?」
「思わぬ女子力」
「なんですってー!?」
と、がちゃんとケーキが乗った小皿をテーブルに置いたと思いきや、
「この口か! この口が悪いのか!」
「もぅもぅもぅもうっ!」
突然円の口元をつまんで塞ごうとしてくるサーシャ。
口に含んだばかりのケーキが飛び出してきそうである点と、顔をめちゃくちゃにされて抵抗できない点が重なって円の顔が色々と悲惨な状態になりつつあった。
だがその様子を見て沙希と綾子はなるべく円に聞かれないようにお互いクスクスと笑い合う。が、隠しきれていない。
「このデリカシー無い口!」
「ちょ、ちょっと!」
何とかケーキを飲み込んで自分の口元をつまむサーシャの手を離させる円。
「ホントだめだよ! 女の子にそんな事言うの!」
「んん、ごめんなさい……」
と、円は肩身狭い感じになってきたようで身を縮込ませて、ケーキを食べる手を進める。
そんな円の様子を見て、「まったくもう……」とこぼしながらサーシャもケーキを食べ続ける。
「そういえばサーシャ、宇宙探査衛星帰ってくるの、いつだっけ?」
「来月じゃない?」
と、少し険悪なムードになりかけていたところで、綾子が話を切り出す。
「宇宙探査衛星?」
円にとっては初耳だった。
「知らない?」
「はい」
と、ケーキをもう一口食べる円。
「衛星飛んだのって二年前だもんね。マドカその時まだ死んでたし、知らないよ綾子」
「そっかぁ。二年前にIAとNASAがスピリットのエネルギーを利用した深宇宙探査を目的にした衛星を打ち上げたの」
「へえ」
「それが二年前。それから半年もしたころに目標ポイントに入って、そのポイント区内にある星から遺物を採取したらしくて、それから一年半の間をかけて日本海上に向かって帰ってくるんだって」
「それを誰が取りに行くって――」
言葉をつむぐうちになんとなく察しがついてきた。
「僕たちか」
「僕たちじゃなくて、円が」
「何で?」
「円なら海の中でも平気でしょ?」
「海上じゃないんですか?」
「もしかしたら沈んでるかもしれないでしょ?」
「まあ、確かに……。
そっか、僕が行くのか……」
思わず大きく溜め息をはいて頭を押さえる円。
そんな自分がいない間に打ち上げられていた身に覚えのない衛星を拾いに行く事になるとは思わず、気が沈みそうになる。
「あ、そういえばさ円?」
「はい?」
そんな円の様子を察した綾子が話を変えようと呼びかけて来た。
「さっきスカイベースの中で霊周波が出たり消えたり出たり消えたりしてたけど、あれって円?」
「霊周波?」
「なんだかね、『変身! やっぱりやめる。変身! やっぱりやめる』って感じの」
「ああ……」
やはり、力を抑え込んでいたとはいえセンサーには引っかかるらしい。
「まあ、やってましたよ? モードチェンジ」
「やっぱり? でもなんで? ってか、そんな立て続けに出来るもんなの?」
「戦闘では役立たない程度にエネルギーを使っての変身してたんですよ。理由は、まぁ……青色なれるかなって……」
「青色って、さっき戦った時に出た奴?」
「ええ」
「出来たの?」
「出来ませんでした。どうやっても全部赤色で……」
「そういえばさワタシ」
綾子と円の会話の間に入り込むサーシャ。
「円のモードチェンジって間近で見たことなかったかも」
「そりゃ、私たちっていつもスカイベースのブリッジにいるんだし仕方ないでしょ?」
「そうだよねぇ。でも、沙希は見たことあるんでしょ?」
「え、私ですか? ま、まぁ……」
突然話を振られた沙希はすこし戸惑いながらもうなずく。
確かに、一度だけその機会はあった。円がSSCに入ってから二ヵ月経とうとする頃だっただろうか。
ビースト出現現場に偶然居合わせていた沙希を助けるために円が出たのだ。
そのビーストとの戦闘の際、沙希の前でストレンジモードへと変身した。
「どうだったの? 間近で見た感じ」
「間近って言っても、大分離れてからですよ? モードチェンジする際とんでもないエネルギーが放出されて、殲滅チームが張るような防護フィールドが無いと危ないですし」
「もう、そういう前置きは良いからっ」
「んん……」
沙希は円の方を一瞥し、
「凄く……キレイでした。山に登った後に見える絶景を見てるようで」
「羨ましい……」
「そんな神秘的なんだ」
と、沙希の抽象的な感想だがどうやらそれでいいものが見れたのだと察するオペレーターコンビ。そして展開は案の定、
「ねえ見せて円」
「やっぱりか」
綾子の言葉でこうなる事は分かっていた。
「力抑えて出来るんでしょ?」
「出来ますよ、そりゃ。さっきまでやってましたし」
「それだったらそんなに危なくないんでしょ?」
「それは分からないですけど、この部屋内だと一パーセントぐらいの力じゃないとどっちにしろ色んなもの吹き飛ばしそうですからいつものよりも大分迫力不足だって思ってくれたら――」
「それでもいいから見せて!」
「……全く仕方ないな」
とフォークと皿を置いて少し三人から身を離す。
それでもまだ離れ切れていないような感じがして、円は手の甲を振って遠ざかるように指示する。
むろん、それが安全を考慮しての事だと察してくれたので、三人はテーブルごと円から距離を離す。
「ふぅ……」
少し溜め息混じりに息を抜き、
そして力を溜め、
「……ッ、
ハッ……!」
一連の動作からストレンジモードへとモードチェンジする。
それは確かに、戦闘時よりも一パーセント程度でのエネルギーでの変身であるが部屋中を赤い光で満たすには十分な光量であった。
「「おお……っ!」」
初めて間近で見るモードチェンジに、綾子とサーシャは感嘆の声を上げる。
赤い光が纏われ、円の瞳も炎の様に赤色となる。
「ホント綺麗……」
と、脱帽した様に綾子は言葉を漏らす。
「もういいですか」
と言う円の問いに綾子もサーシャも小さく頷く。何かの神秘を間近で見る事が出来たといったかの様に完全に骨抜きとなっていた。
円は小さく息を抜いてモードチェンジを解除する。
「そういえば円って、モードチェンジ解く時って、どんな風にしてるの?」
モードチェンジを解いたところに、質問を入れてくる沙希。内容自体は素朴のようっだが――
「え? どんな風って?」
「例えば力の流れを切って、とか、エネルギーを放出して、とか」
「いや、そんなんじゃないよ?」
「へえ」
「なんか、完全に気を抜けきったときとか『終わったぁ』って思ったら解けるよ。気持ち次第なんだ。結構分かりやすいよ」
「じゃあ、何か意識して解除してるわけじゃないんだ。もうほぼ無意識で?」
「まあ、そうなる」
「変身するときも?」
「まぁ、『変わるぞ!』って思ったら別にいつもの動きやらなくても出来るんだろうけど――」
「じゃあ、変身ポーズ変えたら?」
「はい?」
沙希の突然発した言葉に頓狂な声を出す円。
話がつながらない。この会話の流れからいきなり「変身ポーズ」という単語が出たのだ。理解できるならば、モードチェンジを行う動作を変えたらいいとなるが、それが何故なのか理解できない。
「変身ポーズ変えるって?」
「いつもの動きだと、ストレンジモードになっちゃうんでしょ? じゃあ、青色になりたいときはいっそのこと変身ポーズ変えればいいのよ」
「変えるって、どんなのに」
「円、ストレンジモード初めてなったとき何で決まったの?」
「そりゃ、まぁ……勢いで?」
「じゃあ、勢いで決めたら?」
「はあ?」
「ほら、そういうの才能だし」
「…………」
当然、円に振り付け師の才能などない。勢いでやれと言われても思いつくはずも無いのだ。
「ほら、赤だから太陽で、強いってイメージがあるからストレンジモードって名前になったでしょ?」
「いや、太陽から何で強いってイメージになるのさ。いろいろ飛んでるって」
ストレンジモード。
円がモードチェンジする赤い光を纏うこの形態の名称を決めたのは例に漏れず吉宗だ。吉宗曰く、
――円が自分の強さを見せてくれた。やからこの赤い光の形態の名前は「強さ」からとって「ストレンジモード」にしようや。
と言う、他のやりとりをさせる暇も許さないままそのまま決まった。今ではSSC、果てはIA全体に円のこの赤い光の形態は「ストレンジモード」と言う名前で通っているだろう。青い光の形態もきっと吉宗が決める。
「変身ポーズ変えるってなぁ……」
と、ばつの悪い表情を浮かべて頭をさするように掻く円。変身ポーズを付けるならば、やはり簡単なものがいい。ストレンジモードは片手でコロナを作り、もう片方の手を突き上げて光にふれて変身する。
青い光の時は頭上に現れる、水面を模した青い光に触れて変身したはずだ。ならばコロナを作るように、円の頭上に水面を作るイメージを持てばいいのか。
変身ポーズを変えると言うことは意識を変え、
イメージを変える。
自分の力を表現する光を纏い、青い光を纏う自分をイメージを、自分の体に表出させる。
「……ッ――」
円は左肩の前で、
左手首と右手首を合わせ――
「……ッ!?」
その時、円の中に流れ入る力の流れ――
これは自分の中にあるものではない。外部から影響を受け、自分の中の力の流れを乱されている――
「ビースト……? いや違う……」
ビーストならばこの流れの中に悪意にも似た黒い感情も流れてくるはず。だが、円が感じ取るものとは違っている。むしろ、自分の物と似ていた。
「スピリットか……?」
「円? どうしたの?」
「スカイベースに……誰が……?」
「ちょっと? 円!」
沙希の問いも呼び止めも耳に入らない。
円は部屋から飛び出し、女子衆三人は部屋の中に取り残された。
「トイレかな?」
「トイレ行くんですか? スピリットって」
サーシャはお惚け発言と共に円の皿からケーキを一切れ、奪い取った。
4
今では円の専用の出撃口となりつつあるスカイベースの甲板へ出るハッチが開かれる。
「……ッ!?」
そのスカイベースの甲板に降り立ったのは黒のワンピースドレスを着る金髪翠眼の人形のような美少女。円と年はさほど変わらないはずだ。
「君は……」
「初めまして……」
「……ッ!?」
その意味含み気な語調を含む少女の挨拶。
トンと彼女の足が甲板に着く――
瞬間、スカイベース全体を包むように異様な空間が発生した。見た目や景色こそは変わらないが、この周囲に謎のエネルギーが満たされている。
「僕は四人目……」
四人目のスピリット。
スピリットコード――
「メフィスト……」
「やめてよ、その名前は……。僕にはね、鈴果って名前があるんだ。香々美鈴果っていう名前が」
「鈴果?」
「そう。お願いだから、君には名前で呼んでほしいな」
鈴果の声が耳に入るたびに身の毛が弥立つ。心の中をざわつかせる、自分の心の中を見せてはいけないという、恐怖心とは違った警戒心が起きる。
「何で、君がここに?」
「ちょっとね? 君に謝りたいことがあってね?」
「何……?」
「実は君を地上に引きづり下ろしたのは、僕なんだ」
「引きづり下ろした?」
「君が見たって言う、カイトはね――」
「――ッ!?」
その時、視線を感じ円はそちらに振り向く。
「カイト……」
彼の名を口にする。
と、鈴果は手をひらりと一振りした。すると、円を見るカイトの姿は黒色の粒子となって空の中に散って溶け消えた。
「あっ」
「僕の幻なんだ」
「幻?」
「そう」
「何のために?」
「さっき言っただろ? 君を地上に引きづり下ろすためだよ。本当に途中まで思い通りだったんだけど、本物が出てきちゃもうこの方法も使い物にならないよ」
「僕を地上に引きづり下ろして、どうしようっていうんだ」
「それは、もう結果として現れてるだろ? 光の戦士さん?」
「…………。そういう事か」
「君には少し必死になってもらおうって思ってね。
――
君にも、君の上司にも」
「……ッ!?」
それは、まるで時間が切り取られたかのようで――
鈴果は円のすぐ背後に立っていた。
「ねえ円」
そして円の首筋を撫でるように触りながら耳元に口を近づけてくる。
鈴果に体を触れられ、息が詰まる。
官能な息遣い、妖艶な肌の匂いが円の肌に触れる。
人間の持つぬくもりも生気も、その手から感じられない。まるでそこにはいない、幽霊にでも触れられているようでもあった。
「まさか君も……?」
「早く来てよ、僕のところまで。君を……ずっと待ってる」
その鈴果の声色はどこか寂し気であり、まるで遠くにいる恋人を重い焦がれている心を表している様に思えた。
「円……」
そして瞼を閉じてぎゅっと後ろから抱き着く鈴果の唇が円の首筋に触れるか否かのところまで近づいてくる。
首筋へのキス。それは執着を意味する。
このキスを受け入れる事即ち、その執着を受け入れる――円自身が自分の身を鈴果に捧げる事になるようで、円は近づけてくる鈴果の顔を押さえて離させる。
顔を押し戻され、鈴果は円から身を離す。
そして円は鈴果の顔を見る。
円の自分を突き放すような行動に、鈴果の表情は一瞬絶望したと言うような表情を見せ、
「やっぱりか……」
「……?」
と口元に笑みを浮かべて呟く。
「じゃあね、円。せいぜい、皆と仲良くやるんだ」
瞬間、鈴果の足元から黒い波がスカイベースを一瞬覆う。
「――ッ!?」
突然視界が黒に染められ、目をそらす円。
一瞬にして視界が戻る。と、鈴果の姿はもうどこにも無かった。
――ファントムヘッダーが来るよ。さあ、君の出番じゃないのか?
「何……ッ、
――ッ!?」
鈴果の声が最後に絶対の悪意の来訪を告げる。
と、今度は大きな悪意を持った自分たちとは相反の力を感じ取った。本当に来るのだ。どこかに、ファントムヘッダーが。
守れなかろうが、
助けられなかろうが――時は訪れる。
ファントムヘッダーは襲い来る。生命に対して、そしてスピリットたちに対して明確な敵意と悪意を持ちながら。
本木を守れなかった先の戦い。そんな自分のこの手が、本当に誰かを救えるのかと、不安になる――怖くなる。だがその怖さを押し殺さなければ、きっと戦えない。何も守る事も出来ない。
「大丈夫だ……今度は絶対に、大丈夫だ……」
『円、何しとるんや』
自分の口から自分の心の中に巣食う恐怖を紛らわす言葉を何度もつぶやいている時、甲板にあるスピーカーから吉宗の声が聞こえた。ならば教える必要がある。
「コマンダー、ファントムヘッダーが来ます」
『なんやと? 本当の話か?』
「僕は出ます」
『大丈夫か、昨日今日で戦いすぎや』
「僕が行かないといけない」
『おし、分かった。後で援護を送るさかい、無茶はすなや』
円は息を大きく吸って吐き、「了解」と返した。
これで、もう後戻りは許されない。
「――ッ!」
足を踏み出して駆け、
そして、飛んだ。
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