Dreamf-10 皇の名を持つ金色の光(A)

       1




 スカイベース帰還後、すぐさま本木は検査され、緊急手術が行われた。

 腹腔内出血が起きており、本木自身が行った応急処置により大量出血であったが進行自体は抑えられた。

 しかし腹膜炎が見られ、内臓数か所が損傷しており、応急処置も本来は自分で行う事も出来ないものだったらしい。


――援護だッ!!


 本木はそれを知ってか知らずか分からないが、あの場面で仲間の介抱を求めず任務遂行を優先した。

 本木のあの指示のおかげで、円自身も実体ファントムヘッダーに倒される事もなかった。

 だが――

「僕のせいだ……」

 手術室の前のベンチで円は両手を組み、強く握りしめる。

「僕が、最初っからストレンジモードさえ使えたら……」

「マドカ、気に病むな。俺たちだってこうなるのは覚悟の上だ」

「でも、扱えない力なんか、無理に扱おうとなんかするから――」

「それ以上はやめろ、円」

 円の言葉を遮る雲川。

 口を開けば自虐。

 だが、その口を塞ぐことも出来ない。吐き出さないと円自身、自分をぶん殴ってしまいそうなのだ。

「あの人は、数々の死線を戦い抜いた人だ。あんな程度で死ぬものか」

「でも――ッ!」

「でも、も無い。ケイスの言う通り、キャップもいつかと覚悟していたことだ。俺たち含めてな」

「覚悟って、死ぬ覚悟ですか」

「違う。命を懸ける覚悟だ。あの人は、自分の選択に自分の命と同等の価値を見出したんだ。キャップはお前の力に自分の命を懸けた。それが結果的に死ぬことになるとしても、キャップの選択、そしてお前のおかげであの場を切り抜けられた」

「あれは……僕のおかげじゃない……」

 本木の思惑通り、円はストレンジモードへと変身できた。

 が、止めを刺し切る事は出来なかったのだ。

 結局復活され危うく円もろともここにいる全員が殺される消される所だった。

 あの場にカイトが来ていなかったら、負けていたのだ。

「僕は結局何も出来てなかった。スピリットなのに……ッ」

「……スピリットだから、それがどうした。まさかお前は、「自分が人間を超えているから」人には出来ない事が出来るとでも思っていたのか」

「そりゃそうでしょ――」

「確かに俺たちはお前達スピリットみたいに光線や能力、ましてやマッハ二〇を超える飛行なんてことも出来ないさ。だが、今までやってきたことは俺たちと何も変わらないだろ」

 雲川の言う事に返す言葉が見つからない円。

 思い返す、今までスピリットとなってから自分が出来たこと、やってきたことを。

 その時、手術室のランプが消えた。

 スライドドアが開き、手術室の中から担架に乗せられた本木が医療スタッフによって運ばれていった。

 息はあるようだ。

「ドクター……」

「内臓穿孔部の修復施術を行い、一命はとりとめました。本木隊長が御自身で止血処置を行ってくれていたおかげでしょう」

「助かるんですか?」

「助かるかは、まだ微妙です。検査の通り、大量の腹腔内出血と腹膜炎を併発していたため、これからの三六時間程、予断を許し得ない。ICUにて治療を継続していく方針です」

「そうですか……」

「普通ならば、ショックで一人で処置なんて事、出来るはずもありません。彼のとてつもなく強力な精神力だからこそ為せる業だったんでしょう。それでは……」

 運ばれていく本木を追うように、執刀医はその場を後にする。

 一応今は助かった。それだけで、心に余裕が持てた。

 しばらくの沈黙の後、ケイスが口を開く。

「マドカ、ブリッジに行ってコマンダーたちにキャップの現状を伝えに行ってくれないか。俺たちは、あの人について行く」

「……分かりました」

 頷き、円もその場を後にする。

 廊下を抜けて行き、ブリッジへとたどり着くと先ほどの戦闘のデータと各チームからの報告書の整理と処理が一段落し、一息ついているようである。

 ブリッジに円が入ってきたことにいち早く気づいたのは吉宗であった。

「おお、円。本木はどうや」

「一命は取り止めました」

「助かるってか?」

「いえ、まだ微妙らしいです。今日の夜から三六時間が山場。今はICUに入れられてます」

「そうか……。本木の生命力やから助かるんやろうが、もしもの時の事も考えなあかんな」

「…………」

 もしもの時。

 それはつまり、「本木が死ぬ」という事だろう。そうなった場合、チーム・エイトの隊長がいなくなる。その場合も考えないといけないという事だろう。新たな隊長を指名するのか、他のIAアジア支部対敵勢力防衛部隊からリーダーとなる人員を引っ張ってくるか。

 まるで本木が助からない前提の考えだが吉宗はコマンダーとして、可能性がある限り考えておかなければいけない事なのだろう。

「まあ、円は深く考える必要はない。そういうの考えるんは、俺の仕事や」

「…………」

「それよりも、や」

「はい?」

「カイザー……」

「……ッ」

 カイザー。

 それは、円が探していた二人目のスピリット、櫻満カイトのスピリットコードであった。消失したと思われていたカイトが生きていた。

「お前、あいつになんか言われたんか」

「なんかって?」

「なんかって言うのはなんかや」

 カイトに何を言われたと聞かれても――。

 それはたった一言のみ。

 カイトの姿が豪雨の中、不鮮明になりつつあるなか発せられた、


――愚かしいな……


 と言う言葉のみ。もちろん、それが円に向けられているものだとしたら「何が?」となるのだが、今それを問いただすことは出来ない。

 もう一度、会うしかない。

「円? なんか言われたんか?」

「いえ、特には」

「ホンマか?」

「ええ、何も」

「そうか……。それやったら、これ以上は追わんわ」

「…………」

「円……」

「はい」

「今日の朝も言うたことやけど、おまえが救えるのは、その手に届くところまでや」

「この手……」

 円は自分の手を見る。

 この手につかめるその命、一体どれだけだったのだろうか。あのあたりの住民はきっと救えた。だがたった一人、本木だけはーー

「その手に取りこぼしたもんだけはお前じゃどうにもならん。やから、本木のことは気にすんな」

「コマンダー……」

「ただ、お前は本木が帰ってくることを信じるだけでええんや。生きる死ぬは、気にすんな」

「……はい」

 うなずく円の横を通り過ぎ様に、吉宗は円の肩を叩く。

「お疲れさん。俺は本木の様子を見てくる。お前は、もう休めや」

 そうして吉宗はブリッジから立ち去り、その背中を見送る円。

 休めと言われて、いつもならば自分の部屋に戻るところだが、円はブリッジに立ち尽くしたまま動くこともなく、メインモニターに映された映像を見つめていた。

 どうやら、カイトの反応はもう消えているようだ。




       2




 部活を休んだ。

 考えれば、部活を休むような事になるのは久しぶりである。友里が部活を最後に休んだのは、中学二年。円が人間として死んでからの二ヵ月ほどであった。円の死によっての精神的なショックから立ち直るまでの期間である。

 当時はまだ施設で暮らしていたので、衣食住は何とかなっていた。が、夏休みが終わってからの一ヵ月も、ずっと自分の部屋に籠もりっぱなしで当時のルームメイトには大分迷惑をかけたものだった。相手も事情を知っている分、不満を言う事も出来なかったのだろう。

 だがそれからは色々な人に支えられつつもショックを乗り越えることが出来て今に至っていた。

 部活を休んだ程度で、三年前を思い出すのは友里自身でも馬鹿らしいことだと思ってはいたが、精神的な面が原因と言う共通点がある以上思い出さざるを得ない。

 異常なほどに強い眠気に見舞われ、友里はベッドに身を伏す。

 目を瞑れば眠れるだろう。

 だが、それが出来ない。瞼の裏に映る、「円が離れていく情景」を見たくない。円があの赤い光を纏う。そうなったとき、円がまた一歩、また一歩と離れていくような気がした。

「円……」

 昨日と、四ヵ月前。出会ったと言っても、ほんの数分会話を交えて連絡先を交換しただけ。昨日はほんの少し目を合わせた程度。声は電話越し且つタイミングもほとんど限られている。これで会っているとは言いづらい。

 だからだろう――

「会いたい……」

 毛布に顔をうずめ、ぎゅっと抱きしめる。

 円の顔を見ると独りになる事が辛くなる。今まで一人になっても平気だった。円を失ってからの立ち直りで孤独に対する耐性を持った。

 そのつもりだったのだ。

 だが、身に着けた耐性は円が蘇った時を境に脆くなっていたのだ。

 円が他の人の事を気にする。

 円が自分が伸ばした手を取らない。

 円が今の仲間たちの方へと向かって行く。

 円が、戦う。

 ――――円が、自分から離れていく。

「会いたいよ……」

 せっかく触れられるのに、円が触れられるところに居てくれない。

 自分の体が壊れてしまうぐらいに強く抱きしめてほしい。

 円に自分の全てを奪われてもかまわない。と、全身が疼く。

「円……」

 自分勝手なのは分かっている。これでは円が自分の思い通りになってくれないから不満になっているようである。こんな自分の側面を円に知られたら、きっと嫌われる。

 この気持ちは、円のために抑えなければならない。

 天ヶ瀬円にとっての園宮友里を作らなければ――

「円が欲しいかい?」

「……ッ!?」

 その少女の声は突然――

 そして友里の心を透かしたかの様な言葉を告げた。

 この部屋には一人しかいないはずだった。

 身を起こしてそちらのほうを見る。

「ねえ?」

 廊下の出入口にもたれかかる声の主である少女。

 黒いワンピースドレスを身に着け、ウェーブのかかった長い金髪と翡翠色の瞳をした、人形のような美少女であった。歳も、円や友里とほとんど変わらないだろう。

 町中に居れば誰しも視線を集めるであろう美しさを持った魅力があった。

 が、今の友里にとってその少女が恐ろしく思えた。

「あなた……ッ、誰?」

「円と同じさ」

「スピリット……」

「そして、君と同じ……」

「私と……?」

「そう……」

 と、スピリットの少女がこちらへと歩み寄る――一歩を出す。

「……ッ!?」

 反射的に離れようと動く――

 だが動けない。

 まるで全身の関節が針金で縛られたように動かせないのだ。

「君と同じ、僕の中にいる彼を追いかけてる」

「彼……?」

 心臓の音すらも明確に聞こえる程の恐怖。

 土砂降りの雨の音も、雷の音も聞こえない。

 目の前にいる彼女の声と、彼女の足音、彼女の服がすれる音、

 そして彼女の妖艶とも言うべき姿にのみ、友里の意識が向けられていた。

「円の……こと?」

「ああ、そうだよ」

 スピリットの少女が友里の体に指でトンと触れる。

 ほんのそれだけで、友里の体はベッドに倒れた。

 そして仰向けに倒れた友里にのしかかるようにスピリットの少女がベッドに乗り上げた。

 スピリットの少女の鼻の中を撫でるような匂いを直に感じる。

 今、友里はスピリットの少女から発せられる自分の五感で感じられるほとんど全てを覚えることが出来る。

 それが、むしろ怖い。

「あ……あなたと、円って――」

「恋人だよ」

「――――ッ!?」

「もっともそれはもう遠い過去の話さ」

「遠い……?」

「彼は、もう僕のことなんか覚えてないだろうね」

「…………?」

 このスピリットの少女の言っていることは変だ。

 円に、遠い過去などない。円は三年前から半年前までの間、死んでいたのだから。円が人間として死ぬその日まで、円と友里はほとんどの時間を共に過ごしたのだ。円に彼女がいたという事実は、一度だって無い。あれば、間違いなく気づく。

「そうか……君が、円の中にいる……」

「――――ッ」

 スピリットの少女はそんな事をいいながら友里の顔に自分の顔を近づけてくる。

 体を密着させてくる。

 友里の匂い、

 友里の体温、

 友里の鼓動、

 友里の目の色、

 友里の肌の色、

 友里の表情を――

「今の君の全てを奪ったら、どんな顔するのかなぁ、円……」

「――ッ!?」

「君の心も、

 体も……

 その命も、全てを奪った時の円の顔……」

「イヤ――ッ」

 反射的に顔を逸らす友里。

 このスピリットの少女は危険だ。

 本当に友里の全てを奪いかねない。

 抵抗しなければならない。

 思いっきり突き飛ばして部屋を飛び出さなければならない。

 と言うのに、友里の体は依然、金縛りにあったまま。まるで、ベッドの上で磔にされているようであった。

 スピリットの少女は友里の顎を持ち、自分の顔と真っ正面に向け、

「見てみたいと思うだろ? 君も……」

「――ッ!」

 そんな顔、見たことがない。

 そもそも、そんな円の顔見たくない。

「だめーー」

 そんな友里のか細い抵抗の声も、スピリットの少女には届かない。

 ゆっくりと顔が近づけられ、

 心が奪われ――

「やめ……て……ッ」

 全て夢だ幻だ、と、友里は瞼を堅く閉ざす。

 目尻から垂れる涙が頬を伝う。

 唇が触れる――

「――ぐあっ」

「……?」

 そうなろうとした時、突然バチンッという火花が散る音と衝撃、

 そしてスピリットの少女の嘆声。

 友里は何が起きたのかと目を開ける。

「鈴果、あんたにそんな気質があったなんて、知らなかったわ」

「つけてたのかい? ストーカーは感心しないな、恵里衣」

「あんたが言うセリフじゃないわね、それ」

 鈴果を止めたのは、桐谷恵里衣。

 五人目のスピリットであり、友里が二番目に出会ったスピリットでもあった。

「恵里衣……ちゃん……」

「…………」

 その焔のような赤い瞳は、宝石の輝きすらも霞むほどのきれいな色であった。

 恵里衣は自分の名前を呼ぶ友里を一瞥した後、また鈴果と呼ばれたスピリットの少女を見る。

「裏でコソコソ立ち回ってるようね。円にカイトの幻を見せるだけじゃなくて、友里にまで幻術をかけるなんて……。ますます分からなくなってくるわね、アンタの事が」

「僕もだよ、恵里衣……。君のことが、今この瞬間に分からなくなった」

「は?」

「人間の命そのものには何の関心を示さないはずの君が、何で今になってそうなったのか……。彼女を守らないといけない理由が、君にあるのかい?」

「…………」

「それとも、負い目……かな?」

「――――ッ!」

 刹那――

 恵里衣が鈴果の首根をつかみ、壁に鈴果の体をたたきつけた。

 ガンッ! と言う大きな音が室内で響き、壁にはヒビが入る。

 その後、鈴果が身動きをとることができないように壁に押さえつける恵里衣。

 険相を浮かべる恵里衣に対し、鈴果はふふと笑って見せ、

「どうしたんだい、恵里衣。そんな必死になって」

「ホントに殺すわよ、アンタッ」

「元々死んだ身だろ、僕たちスピリットは。どうやって殺すんだい――」

「――ッ!!」

 鈴果の言葉の終わり際、恵里衣は首根を掴む手をさらに強め――

 瞬間であった。


 ごきっ


 鈴果の表情は尚妖艶な笑みを浮かべたまま、その頸は折れた。

「――ッ!?」

 その音が聞こえ友里は反射的に立ち上がって恵里衣から一歩離れる。

 目の前に二人のスピリット。

 そしてスピリットがスピリットを殺す現場に居合わせ。

 明らかにこれはこんな現実はおかしい。知り合いが実際に誰かを殺すところなど、見たくもない。

 鈴果をその手に殺めた恵里衣は鈴果の首を持つ手を離す。

「恵里衣……ちゃん――」

「物騒だな、君は」

「――ッ!?」

 その時視界の外から鈴果の声が聞こえ、そちらのほうに振り向くーー

「いきなり首をへし折るなんて」

 そのへし折られた首をさも痛そうにさすりながらどこからともなくまた鈴果があらわれた。

 恵里衣はすぐさま友里と鈴果の間に割ってはいるように立つ。

 首をへし折られたはずの鈴果の姿はいつの間にか消えていた。

「あれが本物だったらどうするんだい」

「それなら、うれしかったわね。そもそも本当のアンタなんているのかしら」

「君なら、探せるだろ」

「どうせ見つけても幻でしょう? 困った物ね、そんなご都合主義能力持ってるんだから」

「君だって、それと同じスピリットだ……」

 一歩踏み出す鈴果。

 恵里衣はその鈴果をにらみつけたまま身構える。

 そんな恵里衣の様子を見て、鈴果は口元をほんの少しゆがめて笑みを浮かべ首を傾げる。

「まあ、いいや。今回はほんのご挨拶のつもりだったからね」

 そうして鈴果は首を傾げながら恵里衣から友里へと視線を移し、

「じゃあ……また会おうどこかで。今度は円がそばにいてくれるといいね、友里」

 と告げ、ひらりと服を回せて後ろへと振り返る。

 瞬間、鈴果の体は無数の黒い炎球になってその場から消えた。

「…………」

 ようやく息が落ち着く。全身の力が抜け、またベッドに腰をおろす。

 目の前で起こっていた出来事に頭の整理がおいつかず、また立ち上がることができない。

 そんな友里を、恵里衣は見下ろす。

「恵里衣……ちゃん」

「油断しないで。この前も言ったわよ、アンタは関わりすぎたって。いつどこでビーストが出現するかも、スピリットが現れるかも分からない」

「何で……」

「……ん?」

「何で、同じスピリットなのに君たちは……」

「それ、円にも同じ事聞かれたわね」

「…………ッ!」

 円と恵里衣。

 この二人がスピリットである事は半年前からすでに知っている。互い、戦っているものは同じである以上、どこかで接点があるのだ。

 それはきっと、電話やメールなんかよりも強い。命がけの戦いの中でしか作られない、絆のような物なのだろう。

 きっと、何度も出会っているはずだ。友里では立ち寄ることすら出来ないところで、何度も顔を合わせている。

「けど、あなたには関係のない話よ。これは、スピリットの間で解決するしかないの」

 そのスピリットの間にすら――

 円の傍にいることすら出来ない。

「恵里衣ちゃん……」

「…………じゃあね、友里。もうたぶん、鈴果の幻術は見えないだろうから、眠れるはずよ」

「まッ、待って、――ッ!?」

 背を向け立ち去ろうとする恵里衣を追いかけようとして初めて、友里の腰が上がった。

 が、立ち上がれたと同時に、部屋が一瞬赤い光に満ちる。

「恵里衣……ちゃん……? どこ?」

 光が消え、目を開けるとその部屋には友里一人となっていた。

 先ほどヒビの入っていた壁も元通りとなっており、この部屋には友里以外誰もいなかったものだと思える。

 全ては夢だったのか。

 突然現れた鈴果と呼ばれたスピリットの少女も、

 友里を助けに来てくれた恵里衣も、

 それら全ては幻だと。

 友里はベッドに座り込み、全身の力が抜け横たわる。

 あれら全てが夢、幻であったとしても、友里にとって胸に残るものがあった。

「円……。私、君に何が出来るのかな……。教えてよ、円……」

 この場に今、彼はいない。

 それでもその問いかけを口にしたのは、自分の中にいる円に聞きたかったから。自分の中に本当に円がいるなら答えを得られるはずなのだ、と、その答えを待つうち、友里は瞼を閉じ、意識が眠りの中に沈んでいった。

 瞼の裏にはもう、傷だらけの円の姿も、その戦いの中に身を投じて離れていく円の姿は無かった。

 


 ただ、彼は自分の手が届かないところで立ち止まっていた。

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