Dreamf-9 幻の皇(C)

       4




 空の上に居たので分からなかったが、境域出現地点は大雨が降っているようだった。

「下の特捜チームによると、避難活動は昨日の仁舞中央通りよりかは迅速らしい。だが、いつもみたいに境域外にしっかり脱出させる事は、おそらく出来ないとのことだ」

「なるほど、万が一、円が住民たちを庇いながら戦うような事が起きた時のサポートが俺たちか」

「すまない。朝早くの出動もあったのに、負担をかける」

「別に構わない、俺たちも慣れてることだ」

 そんな本木と響の会話。

 昨日のことがあったからだろうか。スピリットであってもビースト相手にてこずることもあると知ったもので、今回は万全を喫してチームをサポートにいれることになったのだろう。

「相手はファントムヘッダーだ。円が主軸としても何が起きるか分からないからな。万全を喫するのは当然だ」

「そう言ってくれると助かる。まもなく境域範囲に入る、準備しろ」

「了解。チーム・エイト、スタンバイ」

 EXキャリー内が騒がしくなる。

 チーム四人が武器と防具を装備し、ユニットの動作確認を行い始めた。

「円、ここからなら近い。もう出るか?」

「はいっ」

 EXキャリーの待機席から立ち上がる円。

 上部ハッチのロックがはずれ、これで円の意志でいつでも出撃する事が出きるようになった。

「すぐ俺たちも追いつく。円、頼んだぞ」

「ええ、分かりました」

 本木に笑顔とサムズアップを向けた後、円はEXキャリーの上部ハッチを開放する。

 降り注ぐ雨が機内に大量に入り込む前に、円はEXキャリーの機体上部に出て上部ハッチをすぐさま閉める。

 濃い灰色の暑い雲に日は遮られ、無数の大粒の雨が降り注ぎ身を穿つ。

 そんな所に、強大な悪意ファントムヘッダーが近くに存在する事が感じられた。下に広がる住宅地はいつもの様相を見せる。つまり、ここはまだ境域の外に存在しているのだ。

 深呼吸を一つ――そして、

「――ッ」

 円はEXキャリーから飛び降りた。

 空気に乗る。ほんのしばらくの自由落下の後、円の体から銀色の光が飛び散る。

 瞬間、円の体はスピリットの放つエネルギーによって浮力を得た。向かいたい方向、行きたい方向に自由に飛べる。

 そして、マッハ二〇を優に超える円の飛行はEXキャリーすらもすぐに追い越し、境域の中に入る。

 境域と元の世界の境目を通り抜けたとき、

「……ッ」

 一瞬、世界が反転した。

 そして世界の反転が解けた後、先ほどまでの閑静さと打って変わり、避難活動で騒がしい景色がそこにあった。

(やっぱり間に合わなかったのか)

 パニックになっている。

 避難訓練のように事をスムーズに進める事はできないようだ。ビーストの存在が知れ、「怪獣に対する好奇心」がそうさせているのだ。

(どこにいる……ッ)

 ビーストの姿は見えない。

 だがこの近くに、ファントムヘッダーはいる。

 下に広がる景色を見渡す――

「――ッ!? ファントムヘッダー……ッ」

 突然円の前方上空に巨大な混沌の色をした光ファントムヘッダーが現れた。

 力を与えるべきビーストはいない。だが、ファントムヘッダーはいつものようにその形を銀河の渦のように変え、その中心が強く光り出した。

「まずいッ――」

 何かをするにしても地上には人間がいる。このまま放っておくわけにも行かない。

 すぐにライトレイスマッシュの体勢に入る――が、遅かったようだ。

 エネルギーをチャージしようとした瞬間、銀河の中心から光の柱が降り落ちる。

「クソッ――!」

 光が落ちる場所はちょうど人間たちの避難進路の先。傍から見れば、通せんぼしている様だ。

 すぐさま円は光の柱を追いかける。

 突然上空から柱が振り落ちてきたもので避難の群衆は立ち止まる。

 と、光の柱が取り払われ、姿を現すのは――

「なんだ……ッ、あれは」

 ビーストでは無かった。

 今まで相対した、怪獣のような姿をしていない、

 そしてビーストのエネルギーがやはり感知できない。

 現れたのは、

 全身が歪な紋様が刻まれた灰色の金属で作られ、般若の面の様な悲しみと怒りが入り混じったような面容をしていた。

 刻まれた紋様からはファントムヘッダーの光の色の粒子が散っている。

 間違いなく、現れたのは実体をもったファントムヘッダーそのもののようであった。

 ギリリリと、喉を潰した人間の発するような声で鳴き声発し、両腕を広げて通せんぼするかのようにして群衆へと迫る。

 この中には怪獣と聞いて興味を抱いた者もいるだろう。

 だが、目の前に実際に現れると、発する敵意と殺意と殺気に好奇心すらも失い、感情全てが恐怖で埋め尽くされてしまう。

 それがパニックを起こさせるという、ご覧のありさまだ。

 実体ファントムヘッダーに迫られ群衆はパニックに陥りながら逃げ出す。

 狭い道に一〇〇数人の人間が一点に集まる。その様子では逃げ出す事もままならないはずだ。

 実体ファントムヘッダーはそんな人間たちを追い回す事に快感を覚えているようで、鳴き声も心なしか笑い声に聞こえて来た。

 そして、片手を銃口の形に変え、群衆に向ける。

 ここにいる人間を殺せばどれだけの恐怖を集められるのか、それに対する興味。

 ――凶弾が撃ち放たれる。

 オレンジ色の炎を模したような凶弾は群衆へと向かって行く。

 二、三人ですむはずがない何十人単位でこの一撃で死ぬ。

「うああああああああああああっ!!!!!」

 その凶弾の直撃を受けるであろう一人が悲鳴を上げる。

 被弾するまで、あと数メートル――

「ゼァアッ!!」

 そのギリギリで間に合った。

 降り立ち様、撃ち放たれた凶弾を弾き、霧散させた。

 纏われた銀色の光は輪を描くように取り払われ、実体ファントムヘッダーと円は相対する。

「光の戦士! 本物だ!!」

 光を纏う姿から、新聞の記事に書かれていた「光の戦士」が現れたと、群衆が騒がしくなってきた。だが、それも耳にも入らない。意識にも上がらない。

 真の敵を見つけた実体ファントムヘッダーは今まで人間たちに向けて来た殺意を円にのみ向けてくる。その殺意を向けられ、他に意識を回している気の暇はないのだ。

「ファントム、ヘッダー……ッ!!」

 何故このような形で現れたのか。どうも答えてくれそうもない。

 だが全ての元凶であり、悲しみと恐怖を生み出す、絶対的な敵。倒さなければならない。

 実体ファントムヘッダーは、

 円は、

 お互いが戦闘の構えを取り――

「――ッ!」

 瞬間、片手を前に突き出すような態勢を取ったまま、実体ファントムヘッダーは円の方に駆け寄り、襲い来る。

 だが、構えから見ても戦闘向けではない。簡単に見切れる。

「――ッ、

 ハアッ!」

 円は突き出されていた片手を弾き飛ばして体勢を崩させ、

 その隙、掌底を深いところへと打ち込む。

 強力な一撃を撃ち込まれ、実体ファントムヘッダーは大きく仰け反り、被弾部を抑える。

 被弾部にはわずかに銀色の光が撃ち込まれているように見えた。

 すぐさま体勢を整えた実体ファントムヘッダーはまたもや得策も無く円の方に突っこんでくる。

「――ッ、

 ――ッ!」

 その腕での攻撃をを二つ、

 円は捌き、

「――ッ、

 ハアッ!

 ダアッ……!

 ゼアアッ!!」

 また先ほどと同じように体勢を完全に崩し、

 右掌底、

 左掌底、

 と二撃を続けざまに放って大きく仰け反ったところを大きく一歩を踏み出して、両手で掌底を撃ち込んだ。

 一撃一撃が実体ファントムヘッダーのダメージが通りやすい部位に撃ち込まれたことで、敵の体力自体を奪い取る銀色の光が大量に撃ち込まれる。

 見るからに、実体ファントムヘッダーの疲労は溜まっている様に見える。体勢が整えられ無いようだ。大きな隙が生まれた。

 円はすぐさま追撃する。

 ストレンジブラストの様に銀色の光が地面に広がり、

 広がった光は渦を巻きながら集約されていき、

「――――ッ

 オリャアッ!!」

 一歩踏み出して跳びあがり、

 そのままミドルキックで実体ファントムヘッダーを穿つ。

 大量の銀色の光が撃ち込まれ、実体ファントムヘッダーの体の中に入り込む。

 体力を根こそぎ奪い、ついには立ち上がれないほどにまでにダメージを与える。

 あの様子ならばライトレイスマッシュでも止めが刺せるか。それでなしにも致命的なダメージを与えることができそうだ。

(なんだ、こいつ……。弱すぎる……)

 それがむしろ違和感で仕方ない。

 このありさまではビースト以下だ。もしかすると、SSCの隊員一人でも太刀打ち可能かもしれない。ならば何故わざわざビーストでは無くてファントムヘッダーが自らが出て来たのか。理由が知れない事が不気味であった。

 最後の一撃を加える。

 どうもそれを誘っている様にしか見えなかった。

 だが、だからと言ってこのまま放っておくわけにもいかない。

 罠であると思わせるブラフなのかもしれない。

 今は、その方に賭けるしかなかった。

「ハア――ッ」

 右手を目いっぱいに前に伸ばす。

 その円の右手に銀色の光が集約していく。円はその光が集まっていく中、左肩の方に右手を寄せていく。

 実体ファントムヘッダーがよろめきながらも立ち上がった頃には、円の手に集約仕切っており、

「ゼアアッ!!」

 右手を突き出し、ライトレイスマッシュを撃ち放った。

 光線は実体ファントムヘッダーの顔面に被弾し、大きな火花と大量の銀色の光を散らせる。

 実体ファントムヘッダーの甲高い悲鳴が響き、

 手にため込まれたエネルギーが全て撃ち放たれた後、実体ファントムヘッダーはうめき声を上げながら仰向きに倒れる。

 普通ならば爆散するのだが、どうにもそれは無いようだ。

 それを倒し切れていないと判断すべきか、そもそも倒しても爆散しないのか。もちろんその判断も出来ない。

 円は実体ファントムヘッダーから注意をそらさずじっと様子を見詰めていた。

 実体ファントムヘッダーはうめき声を上げながら立ち上がろうと手を地に着き、膝を曲げて足を地に着けて立ち上がろうとする。

 が、のちにがくりと全身が完全に地に倒れ、うめき声も聞こえなくなった。

 本当に倒したのか、円は倒れる実体ファントムヘッダーの方へ歩み寄る。

 近づくたびに、全くの反応なしの様相に徐々に円の警戒もちょっとずつ薄くなってくる。

 そしてあと一歩で触れる事も出来る所まで来た頃、

「――ッ!?」

 突然実体ファントムヘッダーの腹部がぐじゅりと歪む。

「なッ――!?

 ぐあッ――」

 気づいたころには遅かった。

 腹部から円ですら防御不可能な速度で触手のような形状をした流体金属が伸び、円の首を掴む。

 首を掴まれそれを外そうとする者の、あまりにも物が物なだけにビーストが伸ばす触手の様に引きちぎることも出来ない。

 地に倒れる実体ファントムヘッダーの体も流動金属の様に溶け円の首を掴む触手の形も手の形に変わり、気づけば円は実体ファントムヘッダーに首を掴まれている状態になっていた。

「グッ――!」

 自分の首を掴む実体ファントムヘッダーの手を外そうと指先を広げさせようとするが、首を絞められてまともに力が入らない上、実体ファントムヘッダー自身の握力も強い。

 外せない。

 実体ファントムヘッダーは円の顔に自分の顔を近づけてきた。

「ッ――!?」

 すると、口を開けたかのように顔の下部分に穴が現れ、

「アッ……くッ、はッ――!

 つッ、が、はッ――」

 その口に意識が吸い込まれていく。

 実際傍から見ても、円の顔がその口に吸い込まれていくように見えていた。

 苦しむうめき声が漏れだし、円も抵抗する力も奪われていく。

 その内、円のエネルギーが限界に陥る。体に光の波紋が走り始めた。

 エネルギーの減りようが尋常ではない。これではあっさりエネルギー切れを起こしてしまう。

「円!!!」

 上空から自分の名を叫ぶ声が響き、

 瞬間、実体ファントムヘッダーに弾幕が雨あられと降り注ぐ。

 その突然の襲撃に実体ファントムヘッダーは驚愕の悲鳴を上げて円の首を離し、大きく後ずさる。

「くはッ――!」

 地に膝を付き自分の首元をさする。

 大分きつく締められていたようで少し痕が残っているようだ。

 上空からの弾幕の援護をしたのは、

「大丈夫か、円」

 チーム・エイトであった。

 本木ら三人はユニットでフロート機能を使いながらゆっくりと、

 円の壁になるように地に降り立つ。

「マドカ、じっとしてろ」

 と、三人とは違って円の横に降り立ったケイスが膝を付く円の服の首の襟をめくり、

「えっ……!?

 うぐッ」

 首元に何かを刺された。

 どうやら注射か何かのようだ。

 そもそもスピリットに刺さる注射などいつ開発されたのだろうか。

「くはっ……」

 注射の針を抜かれると、エネルギー限界を示す光の波紋も消えた。

「これは、昨日の?」

「みたいだ」

 ケイスの手にはペン型注射器があった。

「注射って……」

「撃たれるより、

 打たれるほうがマシだろ?」

 ジェスチャーで銃の形から、

 注射を持つ手の形に変え示してくるケイス。

 円は小さく溜め息を吐きながら「確かに」と答えた。

「沙希に感謝しとけよ」

「これも、「こんなこともあろうかと思って」ですか?」

「そういう事」

「尊敬するよ」

 こうなっては延々といい方向に想像することができそうだ。注射の次は錠剤で、最後はスプレーもしくはレーションにでもなるのではないのかと思ってしまう。

「大丈夫か、円」

「ええ……」

 本木に声をかけられ、うなずく。だが、どうも口元に違和感を感じ、

「悪魔にキスされた感じがします」

「じゃ、帰った後沙希にありがとうのキスでもしてやれよ」

「そんな嫌がられるようなことを」

「そう思うか?」

「……?」

 ケイスは「沙希は円に気がある」とでも言いたいようだ。だが、そんなそぶりは見せた覚えはない上、そんなきっかけもあった覚えもない。最低恵里衣ぐらいに分かりやすくなければそもそも気づかない。

「二人とも、戦闘中だ。集中しろ」

「はいっ」

 と円は返し「お前のせいで怒られた」と、ケイスを小突いてやりケイスと共にチーム・エイトの隊列に入った。

「見ろ、もう奴は本気らしい」

「みたいですね」

 実体ファントムヘッダーは全身から混沌の色をした光の粒子を散らせ身に力を蓄えていた。やはり、先ほどまでは本気では無かった。ワザとやられたフリをして、円のエネルギーを根こそぎ奪おうという策だったのだろう。

「恐らく、俺たちじゃ止めを刺すことは出来ない。お前も、テンダーモードモードチェンジ前では出来ないだろ」

「たぶん」

「俺たちとお前で隙を作るぞ。作ったら、変身するんだ」

「了解」

 円とチーム・エイト――

 実体ファントムヘッダー――

 お互いは身構え、

「掃討せよ!」

 チーム・エイト四人が一斉に引き金を引き、銃弾の中を円は駆ける。

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