Dreamf-9 幻の皇(B)

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「チーム・ゴールド、帰投します」

「ん、EXキャリーⅡ収容準備」

 SSC、スカイベースのいつもの光景であった。作戦領域内のビーストの掃討を終え、任務に出ていたチーム・ゴールドが帰還する。

 ビーストの出現があっても、円自身が出ることはあまりなかった。吉宗曰く、どうやら円は「切り札」であるらしく、使いどころがあるとのことだ。それは「もはや一チームの手には負えなくなった時」であるらしい。それ以外の時は極力使わないようにしていると言う。

 故に、円はチーム・ゴールドの作戦をブリッジで見守る羽目になっていた。

 SSC“チーム・ゴールド”。

 αチーム“チーム・エイト”

 δチーム“チーム・イーグル”

 の二チームと並ぶ、SSC所属のビースト殲滅部隊の一つ。位置づけ上はEchoチームとなっている。

 チーム・ゴールドは四人全員が女性隊員で構成されており、地上に出現するビーストを得意とするチーム・エイト、空中に出現するビーストを得意とするチーム・イーグルらのような「地形による得意不得意」は存在しないチームである。だが、幻覚や深刻な状況変化を起こすビーストとの戦闘に於いてはエイト、イーグルらを凌ぐ戦闘力を発揮する。

 本来ならば、円はこのスカイベースにはいないはずだった。仁舞区に降りて、櫻満カイトの捜索を始めているころだったからだ。

 だが状況は先日で変わった。

 円は各紙各局報道によって一種のヒーローに仕立て上げられているからだ。

 つまり、言わずと知れた有名人なのだ。そんな円が任務だと言って地上に降りればどうなるか。任務どころではなくなるのは想像に難くない。

 あいにく、円の映り込んだ写真自体はしっかりとカメラが捉える事は出来なかったらしく、いわゆる「載せる」だけにとどまっている。が、目撃者自体は多いので、念には念だった。

 五月一七日――つまり明日。

 果たして友里との約束を守れるのか、微妙なところでもあった。約束がオールナイトで良かったと、今にして思う。

「チーム・ゴールド、帰還しました」

 と、ブリッジの出入口が開き、男らしさが雰囲気から感じられる女性――隊長である志吹恵美しぶきめぐみを先頭に、ブリッジに入ってくるチーム・ゴールドの四人。

 コマンダーの前に立ち、向かい合う。

 チーム・ゴールドの隊員たちは敬礼をし、返すコマンダー。

「状況はどうやった?」

「戦闘自体の影響はありませんでした。問題は戦闘前」

「モニターしとった。避難が上手く行き辛いそうやったな」

「おかげでビーストの攻撃の流れ弾が当たった人は重傷。軽傷者も多数いるかと」

「まるで物見見物でもしたかったんやろうな。それが人間やっちゅうもんや。甘く見すぎとる。それとも、円が来るや思うとったんか。こっちとしたらあの程度のビーストに出すつもりないからな」

 と、吉宗がこちらに一瞥して来た。事情は分かっている円は小さく頷きながら吉宗から目をそらす。

「死者は?」

「今のところは聞いとらんな、どうや?」

 と、オペレーターに問いかける吉宗。

「はい、ビーストの流れ弾に当たった住民も、幸い命に別状はないとのことです」

 答えたのはサーシャ・アリエフオペレーターであった。

「うん……。っちゅうことや。その点については心配すんな」

「了解、では」

 と志吹は吉宗にもう一度敬礼を向け、

「皆、ブリーフィング……今日の反省会を行うわよ」

 その志吹の指示に三人は「了解」と答え後ろを志吹の後をついて行き、ブリッジから出て行く。

 それからしばらくの間が空き、円は自室に戻ろうと思っていたところに、

「円」

「はい」

 吉宗が呼び止める。

「今暇やな」

「そりゃ暇ですけど……」

「昼休みして、ちょっと茶を点てんか? 俺と」

「今からですか?」

「うん」

「んん……まあ、別に構いやしませんけど……」

「おし、ほな、ちょっと開けるでお二方」

 と、吉宗は円の同意も得たところでオペレーター二人にブリッジを託し、「ほな行こか」と円に言葉をかけた後ブリッジから出て行く。

 ブリッジに二人しか残さないというのがどうも気がかりとなってしまい、オペレーター二人の方を向く円。

「行ってらっしゃい、円」

「……。はい」

 綾子が円に笑顔を向けてそう言ってきたので、円も吉宗の後をついて行くようにブリッジから出て行った。

 吉宗と茶を点てるのはしょっちゅうある事だった。

 決まってコマンドルームで行うのだが、たまにブリッジで行って円以外、オペレーターやビーストの掃討から帰還してきた隊員たちに振る舞う事もある。

 吉宗はカードキーと生体電気の認証システムでコマンドルームのロックを解除する。

 自動ドアがスライドで開閉する。

「さ、お前さんも」

「あぁ……はい」

 吉宗に導かれ、円は会釈程度に頭を下げて中に入り、吉宗はコマンドルームの電気を点ける。

「ああ、そこの座敷に座り」

「手伝いますよ?」

「ああ……ええ、ええ。俺が誘ったんやからゆっくりせえよ」

 と座敷の座布団を掌で指す吉宗。言われるがまま、円は座敷にしかれた座布団に腰を下ろす。

 座敷に茶道具を一式そろえて並べ茶の湯の用意をした後、吉宗も正座する形で座布団に腰を下ろす。円も、姿勢を正しお互いが向き合う形となった。

 吉宗は円に向けて深くお辞儀し、円も返す。

 しばらくの間の後、吉宗と円は頭を上げる。

 円はお菓子を差し出され、

「お菓子をどうぞ」

「いただきます」

 と、お菓子に手をつける。

 その間に、吉宗は茶巾で茶碗を拭き、茶杓を軽く茶巾を押し当てるように同様に拭く。

 茶の湯の行程に入ると、円も吉宗も何もしゃべらない。二人で静寂の間を作る。茶の湯の音と言えば茶筅で抹茶を点てるときに聞こえるシャッシャッと言う音である。茶の湯の席にいるとその理由が、なんとなく分かる。その音以外の音がほとんどないからなのだ。

 「の」の字に茶筅で茶を点てて泡立たせる。

 しばらくしてから茶筅の穂を上向けにして畳みの上に置き、左手で茶碗をもって右手で一回転させ、両手で茶碗を円の前に差し出した。円は静寂な空気に任せて小さく頭を下げて自分の前に置かれた茶碗を両手で持って、二度回して口を付ける部分をずらし、中に入っている抹茶に口をつける。

「ん?」

「ん? まずかったか?」

「いや……いつもと違う感じが」

「おお、分かるか。いつもは西尾茶か静岡茶を使ってるんやけどな? 今回は宇治で茶園を開いてる旧い友人が送ってくれたんや」

「宇治茶ですか、これ」

「せや。口に合わんかったか?」

「いや、これはこれで……」

 と、円は宇治茶をまた口にする。

「おいしいです」

「おお、じゃあ今度からラインナップに加えるか」

 と、吉宗は嬉しそうに言葉をほんの少し躍らせた。

 茶を飲みほした円は吉宗が出してくれた懐紙で口づけをした部分をふき取り、茶碗の絵柄を吉宗の方に向けて返す。

「これからは、ますますチームだけやと手におえんようになってくるやろうな」

 しばらくの間が開いてから、吉宗が口を開く。

「え?」

「ビーストの存在、スピリットの存在。そんな、特撮やアニメの中だけやと思うとった事が、現実に起こっとる」

「まあ、そうですね」

「そして世間に知れ渡った。現実は空想と同じようにはならんもんや。未知は恐怖から始まるもんやない、好奇心からはじまるもんや」

「はあ」

「重傷者に軽傷者多数……。この結果を、お前さんはどう受け止める?」

「人が逃げてないように思えますが」

「その通りや。俺たちはビーストが危険やと言う事を知ってるが、ビーストを知らん奴はその危険性の高さが分からん。まるでガキみたいに近くに寄ろうとするんやな。「こんぐらい遠かったら大丈夫。」、「何かあったら守ってくれる。」。それが結果、負傷者多数なんて結果が生み出される」

「……」

「円、これからは救えん命が多くなるやろうな」

「え?」

「それこそ、お前でもな」

「そんな、縁起でもない事を。やめてくださいよ」

「縁起とかそんな甘いもんやないぞ、間違いなく起こる事や」

「……。で、なんで僕にその事を?」

「お前が人の死に対してあまりにも敏感で、共感し過ぎるからや」

「共感し過ぎる?」

「そうや。現に、お前はたった二人が殺されて――」

「たった二人って、何言ってるんですかあなたは!」

「そうや、たった二人や」

「二人でもッ、あの子は――ッ」

「ああ、家族を失った。お前と一緒やな」

「だったらッ――」

「だったらなんや。それがこれから何回でも起きるんやぞ。お前の目の前でな」

「……ッ」

「そのたびに、お前は昨日みたいに塞ぎ込むんか」

「いや……」

「そうやろ。もう昨日みたいな事は一度だって起こせん。無くなったもんはもう無いんや、命も、家族も。死に共感するんは構わん。やけど、これからはそれを堪えろ。無くしたもんを数えんな。守れるもん、守りたいのを数えるんや」

「守りたいもの……」

 円自身が守りたいもの。


――皆には笑顔でいてほしいから――ッ!

――そのためなら、僕は戦える!

――これが、俺の強さだ!! 


 思い起こされるのは、円が初めてストレンジモードを発動させた戦い。

 拳を握る事を嫌い、迷いながら戦い続けていた自分自身を乗り越えた日であった。

 「皆の笑顔を守る」。それが円の強さストレンジであった。守りたいものはその日に決まっているのだ。その笑顔をどれだけ守れるのか、守れなかったものを数えて絶望するのではなく、守れる笑顔を数えて心身を震わせる。

 自分の手で握り拳を作って見つめる。

 この拳でそれだけの笑顔を守れるのかを考える。

「肝に銘じろ。お前が守れる守りたいもんっていうのは、その手が届くところまでやってな」

「この手に、届くところ……」

 握った拳を広げ、考える。この手がどこまで届くかを。

 その時、スカイベース全体に境域が出現することを知らせる警報が鳴りだした。

「これは……」

「片づけは後や。円、ブリッジ行くぞ」

「はい!」

 座敷から降り、円と吉宗両者はコマンドルームから走り去っていった。

 ブリッジに辿り着くとあわただしい空気に満ちていた。各チームへの避難指令と、避難活動による人為的被害やビースト出現エリアの現状報告、避難状況、などあらゆる通信が入り込んできていた。

「境域発現時間は」

「三分後に発現します!」

「ビーストの出現地点は?」

「仁舞区、錦鍼通り北方面――」

 その時、円の頭にある場所が浮かび上がる。

「内藤町です」

「まさか仁舞高校に!?」

「いえ? そこは境域外よ」

「そうですか……」

 とりあえず友里の高校は襲われないようで一安心して胸をなでおろす円。

「ビーストコードは」

「ビーストじゃありません、コマンダー」

「何やと?」

「ファントムヘッダーです!」

「――ッ!? 反応はそれだけか?」

「はい」

「ビーストは!」

「一定したマイナスの霊周波は検知されません」

「なんのつもりや、奴は……」

 ファントムヘッダーは通常、出現したビーストにさらなる力を与えるために出現する。つまり、ファントムヘッダーがいる場所、ビーストが存在する場所と言うことになる。だが、そのファントムヘッダーがビーストを率いずに出現するのはおそらく円が現界してからはおろか、吉宗の様子から察するに今までで初めての事なのだろう。最悪、IAが把握している範囲ならばの話だが。

「ファントムヘッダーが相手なら、僕が出ます……」

「円……」

「切り札は、今が使い時でしょ、コマンダー」

「……、その通りや。ファントムヘッダー、ファントム体のビーストを相手にするんやったら、三チーム全部を出さなあかんしな。お前に任せるわ、円」

「了解!」

「響、EXキャリー発艦準備」

 と、ブリッジ内に居た響へと指示を出す吉宗。響はうなずきながら「了解」と答える。

「え、いや、EXキャリー使わなくても――」

「飛んだ方が速いか?」

「そりゃそうでしょ。いつもそうなんですから」

「今回は特別なパターンやろ。無駄な体力は使うな。出現地点上空までは送ってやる」

「はい……」

 無駄な体力と言われても、飛行する程度、体力自体はたいして使うことは無い。念には念を入れての指示なのだろう。

「天ヶ瀬、行こう」

「はい!」

「綾子、チーム・エイトをスタンバらせろ」

 響は綾子へと指示を送った後、円を一瞥した後、EXキャリーの搭乗口へと向かってブリッジから出て行く。その彼を追うように円もブリッジを立ち去っていった。

 自分の握る拳がどこまで届くのか。

 答えはこの戦いの中に見つかるかもしれない。

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