Dreamf-8 失った者達(C)
8
突然携帯からなりだす避難勧告の警報。
瞬間、突然現れる救助隊員たち。
今いる仁舞中央通りからなるべく離れるように避難誘導され、周囲は訳の分からないまま誘導されるがままに進まされている。
いつまでも急がされてはいるものの、一行に列が進まない。避難と聞いても何から逃げればいいのか分からないせいで、他の人達はするつもりだった事をまだ気にしているようで避難に従おうという気が弱かった。
友里も、その中の一人であった。未だに列の一番後ろで、前の人を急かすことも無く遅々としていた。
(ホントになに? もう……)
と、一向に進まない列と避難勧告が敷く救助隊に向かって心中で強く問いかける。
友里は呆れ、小さく溜め息を吐く。
「――ッ!?」
瞬間、世界が裏返り友里は立ちくらみを起こしたように膝に手を付く。
「くっ……」
その感覚は一瞬で取り払われ、目に映る光景は元の世界――
(違う……。これは――ッ!?)
感じた感覚を知っている。
「逃げて!!」
友里も目一杯に叫ぶ。
その友里の叫びに周囲が反応する。
まるで変わり者を見るような目で友里を見てくる。
友里の声が聴こえる全員には分からなかったのだろうか。世界が反転するような感覚を。
それでも尚、
「早く!! ここから離れて!! ――」
何を思われてもかまわない。
ここが本当の悲鳴に覆われる前に――。
瞬間、その願いすらも砕かれる。
突然地面から赤い光が突き出し、道を真っ二つに割くように倒れ――
地面が崩れ落ちた。
突然の惨事に周囲がパニックになり、陥没した地面から遠ざかっていこうと走り出す。
「落ち着いて!! 落ち着いてください!!!」
救助隊の言葉も悲鳴に掻き消され誰にも聞こえることは無かった。
突如どこからか聞こえる怪獣の咆哮。
いるのだ、間違いなく。この周囲にビーストが。
この避難勧告の意味がここにきてようやく分かる。
「うあっ!?」
人だかりに突き飛ばされうつ伏せに倒れてしまう。
地面に手を着いて体を強く打つことは無かった。
すぐに立ち上がろうと膝を立てて足に力を入れ――
「っ――!?」
その時友里と同様に人だかりに突き飛ばされたであろう五歳にも満たないぐらいの少年が、親ともはぐれ、そして勢いよく飛ばされた痛みのせいなのか座り込んだまま天を仰いで泣きじゃくっていた。
ビーストの鳴き声は徐々に近づいて来る。
考えるよりも、体が先に動く友里。群衆を横切りながら泣きじゃくる少年の方に駆け寄る。
「大丈夫!?」
友里に体をトントンと叩かれ、友里の方を向く少年。
誰かに話しかけられたのかと、嗚咽を漏らしながら涙が未だに流れて赤くはれた目を向けてくる。
「お父さんお母さんとはぐれたの?」
少年は友里の問いかけに黙って頷く。
「じゃあ、今は逃げよう? 一緒に探すから!」
と、友里は少年を抱きかかえて立たせ、手をつないで自分から足を踏み出す――
瞬間、
今度は、周囲の建物が壊れた。
突然出現した竜巻が建物を貫いたからだ。
真上から落ちて屋上を貫通するわけでもなく、斜め上から建物の側面を貫く竜巻だ。明らかに自然のものでは無い。これも、ビーストの仕業だ。
(二体も!?)
目で捉えられない上空からも耳をつんざく様なビーストの鳴き声が聞こえる。
空から、
地上から、、
完全に二体のビーストに挟まれた。
破壊されたビルの瓦礫やガラスが降り注ぎ、列も逆方向の方へと引き返し、陥没した地面の方へと群衆が寄せられて――、
「きゃっ――!?」
今度は仰向けに突き飛ばされた。
一緒に突き飛ばされた少年を庇うように倒れ際に体をひねって自分の体の陰に隠す。
「うう……」
「……ッ、大丈夫?」
「……うん」
少年は突然何が起こったのか分からなかったかのように小さく頷く。
その時、体の中にまで響く怪獣の鳴き声が聞こえる。
近い。
目に映るぐらいにまで近づいている。
その方を向くと――
「――ッ!?」
全身が鋼鉄と土塊の鎧に包まれ、両腕に巨大な爪を生やす二メートルを超える巨体を持ったビーストが、こちらに向かってきていた。
歩く速度から考えても群衆にはまだ辿り着かないだろう。だが――
「怪物――ッ! 怪獣だ!!」
それを間近で見た一人が叫ぶと、それを敵意とみなしたのかビーストが咆哮を上げる。
全身から赤いもやが溢れ出し、周囲を包む。
と、赤い光に触れた地面、建物、ガラス、車体等がヒビ割れ、潰され、破壊された。
爆音と破砕音。
爆炎と噴煙。
そして悲鳴。
音も視界も、全てが壊される。
地面が割れ、建物が崩れ、それから逃げる群衆。
パニック物の映画でしか見たことが無い光景が、今広がっている。
(皆が、死んじゃう――ッ!!)
この腕の中にいる少年も自分も、この突然の災いに巻き込まれた人間も。
(円――)
この状況を覆せるであろう彼の名を――
(速くッ――!!)
叫ぶ。
「円ァァアアアアアッ!!」
その友里の叫びに割って入るようにビーストが咆哮を上げ、力を蓄える。
叫びすらも届かせないと――。
体全体から出る赤いもやがビースト一点に集まり、解き放たれようとしていた。
周囲を土塊に返そうと、
その瞬間が目の当たりにされる――。
「オリャァアッ!!」
刹那、ビーストが銀色の光を纏う少年に飛び蹴りを受けた。
集束していた赤いもやは散り、代わりに体中から銀色の光が飛び散る。
吹っ飛ばされ、地に伏せるビースト。
突然の襲撃にビースト自身が理解出来ていないようだ。
そのうめき声は何があったのかと戸惑っているように聞こえる。
ビーストに蹴撃を与えた少年が地に降り立つ。
「円っ!」
纏われた銀色の光を払い、十人目のスピリットである天ヶ瀬円はビーストと対峙した。
9
人が多い。
これで本当に自分たちの存在が知れ渡る事になるだろう。
が、それが命に代えられる事では無いはずだ。
円は、超高度からの勢いをつけた跳び蹴りでグランゼルを真っ直ぐに見すえる。
思った以上の量の銀色の光が放出された。あれだけの量ならば大きな隙が出来るはずだ。その内に――
「ハアァ……
セァアッ!!」
自分の左右の地面からコロナリングを出現させ、
そのコロナリングに触れる。
赤い光が自分の体に纏われるとゆっくりと手を下ろし、一連の動作を踏まえてストレンジモードへとモードチェンジした。
その頃にはようやく体勢を整えることができたであろう、グランゼルと呼ばれるビーストは明確に敵意を示してきた円に向かって吠える。
それで良かった。
今は自分だけを見てくれれば。
光線の類を撃ってくると普段はかわせるのならばかわすが、人を巻き込むわけには行かない。受けられるならば全て防がなければならない。
「――ッ!!」
そもそも、撃たせなければ問題は無い。
足から赤い光が地面に放出され、
放出された赤い光は円の右足に取り込まれる。
「ハッ――」
グランゼルが次なる攻撃を構えた時には円は駆け、
跳び蹴りの体勢に入り、
「デァアアッ!」
グランゼルの頭部にめがけてストレンジブラストが撃ち込まれた。
間違いなく手ごたえはあった。
だが、当のグランゼルはただ怯んで後ずさるだけで装甲にはヒビ一つも入っていない。
(チャージが足りなかった――ッ!?)
そう思っている矢先グランゼルは両腕の太い腕を振り下ろし、
太く大きく、鋭いその爪で円を切り裂こうとして来ていた。
「――ッ!」
いくらスピリットでも切断されかねない。
円はグランゼルの懐にもぐりこんで腕の攻撃を潜り抜け、
「デアッ!!」
両手突きを腹部に撃つ。
ノーガードの腹部への攻撃だ。
が、突き飛ばす事は出来てもこの攻撃すらグランゼルに効果があるようには見えない。
「クッ――!」
次なる攻撃が来る前に、追撃の一手を打たねばならない。
そうして、円はストレンジブレイズウェーブの体勢に入る。
自分の背後にまでは熱線は行き届かないレベルには抑え込まなければならない。
「ハアアッ!!」
自分の前に出現させた小さな太陽を押し出し、
太陽からプロミネンスが光線となってグランゼルに撃ち放たれる。
熱線は間違いなく、グランゼルの装甲を焼き尽くしている。
赤熱し、溶解する――
「何ッ――!?」
円の目前に出現させた太陽がプロミネンスを撃ち尽くしたことで完全に消滅。
それほどの長時間の光線ですらも、グランゼルの装甲を砕くことは出来なかった。
「クソッ――」
威力を抑え過ぎたのか。
だがこれ以上の抑えを外すと周囲に被害が及ぶ可能性がある。
直接打撃を加えて、砕くしかない。
ならばと、円はストレンジブラストの体勢を取る。
溢れ出す光の量は先ほど放った量よりも倍近く。
これほどの威力を込めれば、あのグランゼルの装甲を砕けるはず。
「――ッ!」
地面に広がる赤い光が右足に収束し駆ける。
そして飛び上がり、右足を突き出し――
「グアッ!!」
その時、一迅の竜巻が槍の様に円の背中を切り裂いた。
地面に撃ち落とされた円。
右足に収束していたエネルギーも散ってしまった。
それを隙と見たグランゼルは鈍足ながらも円に襲い来る。
地面に叩きつけられ、円が立ち上がった頃にはグランゼルは既に目前。
攻撃の体勢にも入っている。
回避する手立ては無い。
防御するしかない。
グランゼルの両腕の爪が円を引き裂こうとする。
その両腕を抑え込み、爪の攻撃を止める円。
それがいけなかった。
「なっ――!?」
グランゼルの体に赤い光が集まる。
円の物とは違って血の様に黒みを帯びている光だ。
集束された光は丁度円の目前に現れる。
「クッ!」
離れなければいけない。
何をするにしてもこの状態では防御もままならない。
だが、今腕の力を抜けば今度はグランゼルの爪の餌食になる。
怯ませる以外に逃れる術はない。
出来るだけ早く、足にエネルギーを集める。
赤い光は地面に広がって、円の足に集約する。
フルチャージする必要はない。
グランゼルを怯ませ、回避することが出来ればいい。
「ハアッ――!」
簡易的なストレンジブラストを鎧の腹部の土塊の部分に撃ち込む。
赤い光は土塊にしみこみ、ビシリッとヒビを入れる。
怯ませる事は出来ず――
グランゼルの攻撃が炸裂する。
溜め込まれた赤い光は極太の光線となって――
「――ッグアアァアッ!! ――ッ」
その光線に身を穿たれ、身を焼かれる。
拍子で立ち退くことが出来たが、逃れられない。
いつまで続くのかと思わせる様な光線もようやく立たれると、
チリッと言う音ともにほんの少しの煙が円の体から立った。
グランゼルの拘束からは逃れたがダメージが大きすぎて円が立ち直れない。
それを隙と見て、グランゼルは立て続けに光弾を撃ち放つ。
一発一発の速度は遅いものの立て続けに撃ち放たれた光弾。
初弾をかわせなければ全て被弾する。
その初弾をかわす体勢も整えられていない。
「グアッ!
ガッ――
ウアアッ――!
――ッ」
必然、全ての光弾が円の身を穿つ。
光弾が身を穿つ中防御の手立てを許さぬよう、上空八方からの竜巻による辻斬りが円の身を切り裂く。
「グァッ――
アアアッ!!
――――」
そして、光弾による攻撃がようやく止まり、
少し遅れて上空からの襲撃も止まった。
「ガ――ッ、ハァッ……」
遂にその場で膝を着き、手を着き――
円の体にエネルギーの限界を迎えたことを示す光の波紋が走り始めた。
その時、耳をつんざくような鳴き声を上げながら、上空から鳥獣型のビースト“マグリドラ”が降り立つ。
全身が冷え固まったかのような熔岩と同色の羽毛に覆われ、両翼の風切り羽一枚一枚がクナイの様になっており、触れれば身が切られそうであった。
風貌は鳥類であるが、二足で立ち、強靭な両腕がある、ドラゴンを思わせる体のつくりであった。竜巻だけでなく風切り羽による斬撃、強靭な腕や爪などによる攻撃で接近戦も出来るようだ。
「クッ……はぁ、はぁ……」
この時、円の脳裏に半年前の事が思い浮かぶ。
半年前、初めてファントム体となったビーストと戦った日。
あらゆる攻撃は通用しなかった。
圧倒的な力の差に円はエネルギー切れを起こし、倒れた。
このままだと、間違いなくそうなる。
そうなったら円だけではない。今この場のどこかにいる友里も含め、境域に閉じ込められた人間全員が殺される。
「くッ――!」
それだけは許されない。
一番最悪の悲劇だけは、避けなければならない。
力は入りきらない。そこを尽きかけている力を振り絞り、円はもう一度両足で地に立った。
膝の力をほんの少しでも抜いてしまったら、また跪いて今度こそ立ち上がれないだろう。
もう、膝を着かない。
「ハアッ――!」
気合いの声と共に構え、
同時――
グランゼルとマグリドラが吠える。
一番最初に動き始めたのは、マグリドラ。
翼を広げ、身を浮かせて滑空しながら円の方に迫ってくる。
その後ろではグランゼルは先ほどと同じ光線を放とうとエネルギーを溜め始めていた。
マグリドラを円の足止めに使いつつ、そのマグリドラごと円に止めの一撃を加えようという物だろう。
ファントム体でないにも関わらず、チームワークで挑んできている。
この場合では例えスピリットであっても分が悪い。しかも、今回はストレンジモードでさえ歯が立っていないのだ。
もう一人スピリットが必要だった。
恵里衣はマウンタークとの戦いの後どこかへと行ってしまった。
この期に都合よく現れてくれるわけがなかった。
マグリドラが円のすぐ目前まで来る――
グランゼルが光線を放つ前にマグリドラを振り払って防御の体勢に入らなければならない。
取りつかれる前に弾き飛ばす。
ストレンジブレイズウェーブならば怯ませることはおろか、倒してしまうことさえ出来るだろうが、エネルギーがもたない。
円の拳にエネルギーがため込まれる。
怯ませるだけでいいのだ。
マグリドラが攻撃範囲に入ってきた瞬間、叩き落す。
「――ッ!?」
だが、円が握った拳を撃つ前にマグリドラは撃ち落とされた。
それだけではなく上空から無数の弾幕が降り注ぎマグリドラとグランゼルの二体がその弾幕に晒された。
グランゼルは溜めていたエネルギーを散らし突如の光線と弾丸の雨に身を固める。
「うちの切り札がなんて様だよ、天ヶ瀬!」
「鷹居リーダー!!」
上空からの弾幕の正体は、SSC『チーム・イーグル』の援護射撃であった。
フライングユニットによる浮力を効かせながら、チームの四人はゆっくりと地に降り立つ――
「ま、よく一人で頑張ったなって言ってやるよ」
「遅すぎるんですよ」
「こっち向け、天ヶ瀬!」
「へ?」
前に、チーム・イーグルの狙撃手であるクリス
体ごと鷹居の方に向いた――
「――ッ!?」
時、吉野の持つライフルの銃口が円の方に向かれていた。
「ナニをッ――!?」
戸惑っている間にトリガーが引かれ、
銃口から光線が撃ち放たれる。
「グァッ――! ウアアアアアアアッ!!!」
全くの無防備の胸部に光線が撃ち放たれ、その衝撃で後ずさる。
突然の出来事に防御もできない。
裏切られたのか。だが裏切られる理由が無い。
喝をでもいれるつもりなのか。だが、今じゃなくても良い。
この理由のない攻撃に、円の身が焼かれる。
「ウァッ……、グッ――!」
光線がようやく途切れ、円はその場で跪いてしまった。
「くはっ……はぁ……はぁ……」
力が入らない。
膝はついてはいけないと、思った先からこれでは格好がつかない。
立ち上がれない――
「――ッ!? エネルギーが……」
はずだったが、先ほどまで消耗していたはずの力が戻っていた。
いつの間にか体を走る波紋も消えエネルギーも完全に回復しているようだ。
「鷹居リーダー、これは?」
「沙希がこんなこともあろうかと思って開発してたらしいぞ!」
「もっと前から言ってくださいよ」
「俺に言うな!」
ゆっくりと地に立つチーム・イーグルの四人。
「マグリドラは俺たちがやる。厄介なほうは頼んだぜ?」
「……っ、はい」
立ち上がり、円は二体のビーストの方を向く。
思えば、SSCのチームと肩を並べて戦うのは今回が初めてであった。
人間も、頼もしいものだった。
円とチーム・イーグル、ともに戦闘態勢に入る。
「――ハッ……!」
グランゼルが完全に態勢を整えてしまう前に、円が動く。
足を踏み出し、駆ける。
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