Dreamf-8 失った者達(A)

 そして、皆居なくなった。分かったのは至る所を探し回ったときであった。庭も、個室も和室も、全部探した。からかっているのではないのかと居もしないはずのクローゼットや衣装棚の中も、全部全部。

 間違いなく、皆居なくなったのだ。

 少年の心にはその現実はあまりにも深く突き刺さるものであった。

 突然、孤独の中に身を置かれるというこの事実。悲しみなど、とうに通り越している。

 その日少年は、感情を捨てた――。




       1




 円は今、スカイベースの医務室のベッドに寝かしている。

 そして恵里衣は、スカイベースのブリーフィングルームで吉宗やオペレーター、チーム・エイト、チーム・イーグル、チーム・ゴールドの戦闘チームのリーダーたちと共にファントム体のアンソーギラスとの戦闘、それと平行して行われていたチーム・ゴールドとビーストの戦闘映像とアドバイザーの意見を元に、今後の作戦の決定方針と対策がなされようとしていた。

 今回について論がなされたのは三つ。

 一つは、境域の発生の事前予測が不可能になりつつあるという点。

 実際、円と恵里衣が戦ったファントム体のビーストが二体出現する際に発生した境域も、突然発生したものである。SSCを含むIA全体としては境域の発生を事前に把握し、その発生地域の住民を避難させることが優先である。だが事前予測が出来ないとなると、それもほぼ不可能に近い。何とか戦闘地域からだけでも脱出させるしかない。

「もしあの場に円と恵里衣が居いひんかったら、あのあたりの住民、全員殺されてたやろうな」

 と吉宗が言う通り、円や恵里衣では自覚は無いがビーストの動きは実際人間の目で見た場合、全てが一瞬であるかのように映っている。腕を振り上げたと思った頃にはすでに振り下ろされているといった状況だ。

 鈍重な見た目に反して本当は俊敏性も脚力もパワーも、全てにおいてけた違い。且つ、スピリットの力を除けば、対ビーストの用の特殊兵装でなければ核弾頭であろうがなんであろうが対抗が不可能なため、もはや打つ手はない。

 過去に、その日その時間にバチカン市国に居たと思われる人間たち全員が消失したという事件が起きたことがある。

 当然報道各局、調査機関諸々真相に辿り着いた者はいない。IAによる国家レベルを超越した情報規制が張られたからだ。しかし事件自体は大きくしばらくの間は世間に騒がれ、ネット上では「秘密組織の陰謀によって拉致された」やら、「むしろその場にいた人たちが何かしらヤバいところに属していた」など、色々憶測が飛び交ってはいた。むろんどれも当たっているはずがない。ビーストが全員殺したのだ。バチカン市国内に出現したビーストを掃討するために駆け付けた部隊曰く、「死臭に満ちていた」らしい。

 円と恵里衣がいなければそれと同じことが今度は日本で起きそうであったのだ。

 もう一つは、今回の事件を機に円や恵里衣らスピリットの存在、ビーストの存在が一般の目に触れたと言う事実。

 今までであってもそういう事はよく起こっていた。

 だがそれは一、二世帯程度の目撃者であった。こちらから赴いて事情を説明したうえで長期間の監視を付けることで事なきを得ていた。が、今回はそんな範疇は超えている。市内規模となると監視を付けようにも付けきれない。

 いつかはこうなるとは分かっていたものの、いざなってみると手を尽くしようがないものである。恐らく今はIAの特捜チームによる説明と今回の出来事を周囲には漏らさないよう厳重注意を及ぼしている頃だろうが、それで抑えきれるかと問われ、吉宗は「無理やろうな」と答えた。

 今回の事件を機に、スピリットとビースト、IAが隠し通してきた真実などが世間に明るみになってくる。相応に報道機関の取材を受ける事や、一般生活内での隊員やスピリットたちの社会的立場も変化することがあると言う事が予測されるのでその対策は打たなければならない。

 そして三つめがこれらすべての要因となっているファントムヘッダーの活動の再活性化。

 今回の急な境域の出現は明らかにファントムヘッダーが原因であることはもはや明白だ。ファントムヘッダーの活動さえなければこれらの問題が発生する事は無かった。それ以前にも、ファントムヘッダーが再活性化した半年ほど前からファントム体のビーストの出現報告も多くなり、ここ最近ではビースト出現報告の約四十パーセントはファントム体のビーストだ。出現理由も、明確な目的も今も尚不明。ファントムヘッダーについて分かっているという事と言えば、ビーストを生み出し、且つ凶暴化させ強化する力を持っていると言うことぐらいだろうか。一年半前の戦いにてファントムヘッダーは間違いなく消滅したはずだが何故か甦ってきた。IA側の戦力が一年前と比べて万全とはいいがたいにもかかわらず、ファントムヘッダーはすでに以前と同じ力を付けてきている。

 円が現れてスピリットの人数が増えた分大幅な戦力増強は出来たが、相手は無限にビーストを生み出し、凶暴化させ、強化して戦力を増やしてくる敵。戦力そのものはさらに補強しなければならない。

「今回出された三つの案件は、IAの上層部に報告したのち行動を起こす。SSC単体としては、今後地元の救助隊と連携しつつ犠牲者が無いよう、こちらも務めるつもりや」

「今更俺たちが連携なんて求めたところで、応じてくれますかね」

「どういう事や? 鷹居」

 吉宗の言葉に反論するのは、チーム・イーグルのリーダー鷹居一晴たかいいっせいである。円とよく似た細身の体型で見たところ歳はまだ三十代にまでは行っていないように見える。円とはまた違った方向で端正な顔立ちをしている。

「今まで俺たち組織は厳重に情報統制をしてきました。しかも人命にかかわる重要な情報を。そんな情報を規制してきた組織の言う事を、今更聞こうなんて思わないでしょ。まるで尻拭いされているようで、従う気にはなってくれないでしょ」

「従いたい従いたくないっちゅう話をしてる訳やないし、やりたいやりたくないっちゅう話でもないやろ。やるしかないはずや。お前の言う通り、事情はどうあれ人命には間違いなく関わっとるんやからな。相手かて無視は出来ん要請やろ」

「しかし相手だって組織。上が拒否すれば当然――」

「組織やったらこっちはIA、国家レベルの要求や。どっちが強いかはもはや明確やろ」

「国家レベルだから、むしろ怪しまれるかもしれませんがね。そうなった場合陰で何やらかしてくれるやら。人間、損得だけで動く生き者じゃありませんよ」

「じゃあ、信念っちゅうもんに訴えたらどうや」

「コマンダーの手腕ですね、そこは」

「任せとけや」

「ええ、もちろん頼りにしてます。街が滅んでからじゃなにもかも手遅れですからね」

 最後の一言は余計だったのではないのかと、恵里衣でも思った。冗談にしては本当に笑えない。吉宗に余計な重圧を与えるだけだ。だが、吉宗は相変わらずいつもの様な笑みを浮かべて「心配すなや」と自身満々に答えてみせた。

「ファントムビーストと戦うために一々SSCの戦力を全て注いでいるのでは、割に合わないな。円と俺たち三チーム、一気に相手できるのはせいぜい二体。こうもファントムビーストの出現率が多くってくると、管轄内に一気に三体以上出る日も必ずくる」

「それについては私が」

 本木の指摘に手を上げたのはSSCのアドバイザー兼科学者である沙希さき・エマーソン。歳は円よりも少々年上ほどだろうか。翠色の瞳に何故か似合うピンク色の髪の毛。ウェーブのかかったようなくせ毛のあるセミロングの髪の毛を後ろで束ねている

 沙希はライトでブリーフィングルームのデスクを照らす。と、デスク上に何かの武器の設計図が映し出されるた。

「新しいユニットか」

「はい。ファントムヘッダーの出現自体はすでに半年前からでしたから、開発はすでに行ってます。このヴァルティカムユニットは今までの「メフィスト」の霊装をモデルにした既存のヴァルティカムユニットとは違って、今度は円の使用するストレンジブレイズウェーブの光線を参考にして作られる換装型兵装です」

「あの技を参考に?」

「ええ……。威力だけなら、円の必殺技と同等の威力を出せるはずです。けど、威力を抑え込んでギリギリ体が持つぐらい……」

「それじゃ使い物にならない。フルパワーで撃ったらどうなる」

「恐らく、強い熱線と威力の反動で、例えヴァルティカムユニットで耐性を高めても使った本人が無事に済む確率は、二割あるかないか……」

「半年で二割か。単純に計算しても、出現するビーストが全てファントムビーストになる方が先になるな」

「ええ。今はIAの研究開発室と協力して急いでますが、それでも進みはあまり順調とは――」

「後四か月でどこまで仕上げられる」

「反動なら何とかなるかもしれません。けど、熱線の方は四か月だけじゃどうにも……。ストレンジブレイズウェーブ自体、太陽と同じ性質があるので――」

「人間の体なんて、一瞬で蒸発するな。手持ち核爆弾って所か」

 本木の言う通り、円は確かに戦いの時チャージが完了していたにも関わらず発動を中断していた。それは、犠牲となった家族らが射程のすぐ近くを通っていたからだ。どちらにしてもあのまま円がファントムヘッダーを追い払うために光線を放っていれば家族もろとも、まず助からなかっただろう。

「なら、その反動だけでもどうにかしてくれ。使って腕が木っ端みじんになるんじゃ熱線を無事にやり過ごしてもどうも出来ないだろうからな」

「熱線を無事にって――ッ!」

「ヴァルティカムユニットで多少の耐性はあるんだろ、生身じゃない。最大限に出来る事をやってくれ」

「……、はいッ」

 こうして、人間たちはどんどんスピリットに追い付いて行くのだろう。

 いつ終わるとも知れない戦いの中、強くなってくる敵に対抗してさらに強い武器を開発していく。全てはファントムヘッダーに打ち勝つため。

「…………っ」

 しかし、ファントムヘッダーは際限なく強くなる。そしてまたそれを超えようと、新しい兵器が生まれる。使うたびに傷つきながら。

 強い意志が自分たちの心身を徐々にボロボロにしていく。それでは、スピリットたちが行ってきていることと同じ、血を吐きながらも続いていくスパイラルである。自分たちだけじゃない。傷ついているのは人間たちもだという事を思うと、何故か恵里衣も胸が痛くなってきた。

 話が一段落ついたところで、吉宗が小さく息を吐き、

「円の倒れた原因、分かったんか恵里衣」

「――ッ」

 突然話しを振られ、恵里衣は突然の事で息を詰まらせた。参加している以上振られる事は分かっていたが。

「恵里衣、どないした?」

「いえ……。私は単純にエネルギー限界が原因だって思ってる」

「エネルギー限界やったら、今までかてなってきたやろ」

「確かに、スピリットが戦いを長時間続けた結果そうなることは多い……。けど、気を失ったエネルギー限界が原因だって言うなら、そのエネルギー限界になった原因に問題があるのよ」

「というと」

「円はあの時、必殺技をノーチャージで且つフルパワーで放ってた。それはつまりどの攻撃を行った際でも最大限のダメージが与えられるように、いつもエネルギーチャージを行っていたと言う事。形態変化をを行うと常時わずかずつだけど、エネルギーを使い続けているのが分かったわ。あの時、その消費をさらに促進するような事をしていたのよ。私もスピリットになってばかりの頃はよく空間切断を多用して起こしていたから分かる。けどそれも、「何回も使った結果無理がたたって」と言う事だった。つまり私が言いたい事、分かるわよね」

「あれか。俺らがアイツをこき使いまわしてたっちゅう事を言いたい訳か」

「もしそうだったら、私はここにいる全員を絶対に許さない。こんな船、すぐに落としてやる」

「んだと――ッ!」

「待てや」

 恵里衣の怒気がこもった言葉に、鷹居が今にも殴りかかってきそうに踏み出してくる所、吉宗が一言で制した。

「確かに、円がウチに入ってから無茶するような戦い方をしたんは何回かはあった。一日五、六体のビーストを相手にするんは、ままある話。やけど、それ以上の休息は与えて来たはずや。この半年でアイツが倒してきたビーストは何体やった、綾子」

「えと――」

 と、綾子オペレーターは端末で調べる。

「四二体です」

「うん、半年が一二〇日ぐらいとするとアイツはここに来てから三分の二の日数はお休みの日や。まあ、アイツがスカイベース内の仕事の手伝いをしてる日もあるから実質は半分ぐらいやろ。そもそもアイツを出すんはビーストの出現頻度が高くなって対処しきれなかったときとか、ファントム体のが出た時だけや。入ったからには仕事はしてもらうけど、アイツの仕事量自体ははっきり言うてここに参加しとるメンバーよりかは断トツで低いはずや。無茶した分以上に息はつかせとる。慢性的な疲労っちゅうのは無いはずや」

「じゃあ……他の理由って言ったら、精神的なものか」

「んん……」

 円が精神的に抱えているトラウマを抉られた。円が怒りを爆発させた理由はあの場に居た家族の両親を殺されたからだと分かる。だが怒りを爆発させる理由になるとしてもそれが精神的なダメージを与えるものだとは到底思えない。


「コマンダー……」


 その時突然、ブリーフィングルームのドアが開き、

「円!」

「はは……」

 恵里衣に名前を呼ばれ、苦笑いを浮かべて見せた円が部屋に入ってきた。

「おお、おはようさん」

「どれぐらい眠ってました?」

「そんな長うなかった。二時間ぐらいやな」

「二時間か……。早く進めないと……」

 言っているのはおそらく櫻満カイトの調査のことだろう。気を失う程のダメージを受けたのによく動こうと思える。

 恵里衣でも、この円の精神的なタフさは見習いたいものだった

「円」

「……?」

 ブリーフィングルームから立ち去ろうとする円を呼び止める吉宗は円をじっと見据える。

「櫻満カイトの件はこっちで進めとく。お前はそれよりもやっとくことがあるんとちゃうか」

「…………すいませ――」

「俺ちゃうやろ、謝んのは」

「……ッ!」

「俺は人が死んだところで失うんは名誉ぐらいや。こんなもん、失ったとこで痛くもかゆうもないわ。お前が人をの命を守れんで一番苦しんどるんは誰や。それは、お前が一番よく分かるやろ」

「……ッ、はい。じゃあ、行ってきます」

 と円は自分たちに背を向けてブリーフィングルームからそそくさと出て行った。

「……ッ! 円!」

 そんな状態の円を当然放っておけるわけがない。

 恵里衣は立ち上がり追いかけて行った。そんな恵里衣を誰も制止しない辺り、吉宗らもそうさせるつもりだったのだろう。そのまま恵里衣は円の後を追って、ブリーフィングルームから出て行った。




       2




 恵里衣がブリーフィングルームから出て行き、ドアが閉まる。

「コマンダー」

「ん?」

 吉宗は自分を呼んだ本木の声に反応する。

「コマンダーは、円の何を知ってるんですか」

 その本木の言葉は、ブリーフィングの事には関係ない。だが、ここにいる全員が気になっていることだった。

 円がSSCに入ってからもう半年。実の所、円は自分の事を多く語ろうとしないため、隊員たちにとっては気になって仕方のないことだったのだ。特に過去の事に関しては話を聞こうとすると誤魔化されて、そそくさと逃げられてしまう。

 だが、吉宗の円に対してかけた言葉で、確信した。

 吉宗正嗣と言うこの男は、すでに天ヶ瀬円について何かを掴んでいるのではないのか。と。

 吉宗は本木の問いに対して唸り声を漏らしてしばらく閉口する、が、

「まあ、黙っとくことでもないし、俺もあんま多くは知らんが――」

 吉宗に、ブリーフィングルーム内にいる隊員たちの視線があつまる。


「あいつはガキのころ、家族を失っとるんや」

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