Dreamf-7 5月17日の約束(B)

       5




 櫻満カイトの捜索命令が出て一晩経った。

 友里との約束の日である五月一七日まで、四八時間。

 それまではとにかく、吉宗に言い渡された任務を続けるしかない。出来れば任務の結果を一七日の夕方ごろまでに伝えてしまうほうが良い。

 円は仁舞区内にある住宅街に下ろされた。円がガラニマルを倒した地点である。

「櫻満カイト……。二番目のスピリットか……」

「カイトがどうかした?」

「ん、ウアッ!!」

 突然背後からしゃべりかけられ、ビクッと飛び上がってしまった。端末に送られてきた資料に集中しすぎて周りへの気配察知をおろそかにしてしまった。

「な、なによそんな驚くことないでしょ」

「あ、ああ……恵里衣ちゃんか……」

 振り返るとそこに居たのは赤いロングヘアーのツインテールに同じ色の瞳をした円よりもほんの少し年下の見た目をした少女、五番目のスピリット、桐谷恵里衣きりやえりいであった。

 今日は赤色を基調とした動きやすさも取りそろえた春物ファッションを着込んでいた。どうやら黒いトレンチコートを着るのは冬だけであるらしい。

 円は相手が恵里衣であると分かるとほっと胸を撫でおろして小さく溜め息を吐く。

「何よ、その「なんだ」みたいな態度は」

「いや、突然後ろから話しかけられたからちょっとびっくりして」

「ふーん。で、何やってんのこんな所でうろうろして」

「あ、いや――」

「櫻満カイト……。アンタ、そう言ってたわよね」

「あぁ、うん」

 やはり聞かれていたようだ。

「どこでその名前を?」

「いや、まぁ――」

 実の所、円はまだ恵里衣にSSCに入った事は言っていない。胸の内を打ち明けたいところだが、恵里衣はSSCやIAなどの対ビーストの力を持つ人間たちを毛嫌いする傾向がある。そんな恵里衣に対しSSCに入った事が知れたら、円と恵里衣の間に対立の溝が生まれてしまいかねない。同じスピリットであるというのだから、そういう対立をやたらと作ろうとするのは良くない。

「吉宗にでも吹き込まれた?」

「ん?」

「まあ、私たちのスピリットの事を知っておいても損は無いとか言われて情報を与えたんでしょう?」

「ん、あ、ああ……。まあ、そうだね」

「全く、何の魂胆があるんだか」

「あの人はあの人で、僕たちとは違う物が見えているんだ、きっと」

「違う物?」

「ああ……」

「ふぅん……」

 ジト目で疑わしい表情を浮かべて円の顔をじっと睨んでくる。

「なんだよ」

「別に? アンタ、やっぱり吉宗の肩を持つのね」

「いや、そんな訳じゃないよ」

 実際、円が吉宗になんでもかんでも頷いているわけではない。必要ならば反論も言う。さすがに独断で行動を起こすことは無いが吉宗も「やってみろ」といって円に判断を委ねる事のほうが多い。

 恵里衣は小さく溜め息を吐いた後、「どうなんだか」とつぶやいて円から視線を外し、

「で、カイトがどうかしたの?」

「え?」

「櫻満カイト。アンタが呟いてた通り、彼は二番目に目覚めたスピリットよ。強さで言うならたぶん一番最初のスピリットと並んで最強だと思うわ」

「最強……?」

「ええ、多分ビーストが相手だったら相手が例えファントムヘッダーの力を得た相手でもカイトには簡単に捻りつぶされるわね」

「ひ、捻――ッ!?」

「それこそ、光線なんてそんなもの使わないでもね」

「そんな強いのに何で消失ロストなんか……」

「え? カイトが消失?」

「うん、あの人が言ってたんだ」

「あの人って吉宗?」

「ああ……」

「カイトがよりにもよって消失なんて……。もしそれが本当なら、相手がスピリットじゃないと無理よ、そんなの」

「スピリットが?」

「他にありえない」

「いや、でもスピリット同士が戦うなんて」

「皆、アンタみたいに「皆の笑顔を守る」とか「誰かのために戦う」なんて聖人みたいな者じゃないのよ。どっちかって言うと、終わらないビーストとの戦いで心も疲弊しきって、他の事なんか一々気にしてなんかいられないのよ、私含めて皆」

「…………」

「ま、目覚めてまだ半年足らずしかたっていないアンタじゃまだその自覚が無いんでしょうけど……」

 半年足らずしか経っていない。その半年足らずですら、円が倒してきたビーストの数は数十体。そのたびに、円はビーストたちの殺意を一身に受けてきた。極限の緊張、そしてその殺意を受けながらもビーストを倒し、終わった後は「今回も生きられた」と安堵する。例え、戦おうと思った理由がそこに、他人を守りたいという感情が介在する隙なんてものはどこにはありはしなかった。

 そんな事を繰り返していくうちに円自身も疲れてきているのは分かっていた。

 こういう事があとどれぐらい続く。

 恵里衣の言う通り、「疲弊しきる」と言うのは自分自身でも分からない。そもそも想像したくも無かった。

 考えたくも無いから、別の事を考える。

「そうだな。その時にならないと分からないな……きっと」

「その時って……」

「櫻満カイトって言う人は、他のスピリットと対立を生む様な人だったの?」

「……まあ、お世辞にもカイトが協調的だったとは言えないわね」

 恵里衣は思い返すように目を伏せる。

「唯一カイトが心の底から許してた士道もいないんじゃ、例え生きていても私やあなたの話しをまともに聞くかどうか……」

「士道……」

 十人のスピリットたちのリストを見た時、櫻満カイトの一つ前の項目にも同じ名前があった。つまり、この世界に現れた一番最初のスピリット。一応目を通していたので覚えてはいる。


Name:Sido Kamisiro

Code:Disaster

Sex:Mail

Order:1

Ability:unclassifiabl


神代士道かみしろしどう……)

 一人目のスピリット、神代士道の能力は「分類不能」とされていた。つまり、IAは今でも神代士道の力の正体も能力もつかめずにいるのである。

「じゃあ、そのスピリットってどんな人だった?」

「アンタみたいだった」

「は?」

 聞いてすぐ帰ってきた回答に呆気を取られる円。

「は? って何よアンタみたいって答えただけじゃない」

「いや、ちょっと呆気を取られて……。で、どういう意味だ? 僕みたいって言うのは」

「どこにとられるところがあるのよ。そのまんまの意味よ。アンタみたいな奴だったの。士道も、皆を守りたいとか、誰かを守りたいっていう理由で戦ってたの」

「今はどうしてるんだ?」

「何で?」

「カイトと仲良かったんだろ。もしかしたら連絡を取り合ってる――」

「それは無いわ、絶対」

「何で?」

「士道は、間違いなく消失したのよ」

「……ッ!?」

 危うく、円の口から「そんなバカな」という言葉が漏れるところであった。

 リストの備考欄には消失したことなどの記述は何も無かったのだ。

「そうか……」

「でも、なんでカイトに用が?」

「いや、それが――」

 その櫻満カイトを見たから。そう言おうとした瞬間だった――。

「グァ――ッ!」

「ツ――ッ!」

 ほんの一瞬全ての感覚が裏返る。

「こんな突然にか!?」

 円と、おそらく恵里衣も感じ取れなかった。ビースト出現の予兆を。

 その時、端末が特殊回線の無線を受信する。

 円はディスプレイを立ち上げて、無線をつないだ。ディスプレイに映し出されたのは吉宗であった。

『円、今どこにおる!』

「ビーストですか!」

『そうや。境域の発生が突然やった。こっちにもその発現前の反応は見られんかった』

「てことはッ――」

『ああ。周辺住民の避難なんかやっとらんっちゅうわけや』

「じゃあ早く皆を!」

『もちろんや、もう各住宅の電話、テレビ、携帯、ラジオ、あらゆるメディアを通して避難勧告が流れとる筈や。円、お前さんはその避難が終わるまでビーストを抑ええよ。いや、もういっその事倒してまえ!』

「了解!」

 端末の無線通信が途切れる。

 その時、ハッとする円。

「何、今のは……」

「恵里衣ちゃん……」

「まさかアンタ――」

 きっと気づいた。円が恵里衣に知られたくはない事を。その考えに至ったとき、円たち前方の上空に混沌としたどの色とも取れない光が銀河を形成して現れた。

「な――ッ!?」

「ファントムヘッダー!」

 目の前に現れたのは全ての元凶。この世界に、ビーストを放つ混沌の光。

 さすがにこの眩い光には近隣住民も気づいたようで――

 ベランダから見上げる者、

 玄関を開けて見上げる者

 既に外に出ていてその場で立ち止まって見上げる者、

 そのどれも、突然現れた光を呆然と見上げ、犬は吠え、猫は威嚇する。

 ファントムヘッダーの中心部に光が集約しはじめた。

 瞬間――

 円と恵里衣の眼前に光の中心から光の柱が振り落ちた。

 爆音とともに光の粒子が飛び散る。柱の中には異形の影が二つ。その二つの影が呻き声を上げると、光の柱が取り払われる。取り払われ、咆哮を上げる二体のビースト。空気を震わし、窓ガラスにすらヒビを入れた。

 その様相はやはり従来のビーストよりも狂暴な風貌になっている。

 ビースト出現と同時、周囲の家々、街中から悲鳴が上がりパニックに陥る。

 外にいる者達は円と恵里衣、二体のビーストの周囲から離れていくように逃げ出していく。

 家にいる者達は慌てて全ての窓もカーテンもしめて外との空間を遮断する。

「ガラニマルとウォーリスト……ッ!」

 ビーストコード、ガラニマル。

 ビーストコード、ウォーリスト。

 ガラニマルは先日戦ったばかりのビーストである。先日倒したはずだが、別個体を使ったのかもしくは先日の個体を蘇生強化したのか。それをしる手立てはない。

 艶のある鱗は血に染め上げられたかのように黒々しく染まり光沢は失われ、触れるもの全てを拒絶するかのように鱗全体が逆立っている。尾の先端は刀身を作り、地面に触れた瞬間、深く傷を付けている。

 ウォーリストは半年前、寿荘園墓地にて友里を襲撃したビーストと同じ種類のものだ。

 逆鱗のような赤い鱗に覆われた全身と、ゆらゆらと残光を残す赤い眼。大剣のような形をした片手が特徴のビーストである。

 元々ファントムヘッダーの力を得たビーストのような様相をしていたもので、それが本当にファントムヘッダーの力を得てさらに凶悪なものと化していた。

 逆鱗の様な赤い鱗は肥大化し、まるで剣山を思わせる。大剣のようになっている腕は黒く染まり、鋸の歯の様にギザギザとした形となっていた。それ以上に凶暴に見えるのは全身、鱗の隙間から漏れ出す血の様な赤い光だ。それが返り血を滴らせているように見えて狂気を感じる。

 ファントムヘッダーの力を得てファントム個体となったガラニマルとウォーリスト。

 二体の殺意は、間違いなく周囲の人間たちよりもさらに強い存在を放つスピリット二人へと向けられ、

 ウォーリストが先制攻撃の光弾を撃つ――

「ハッ!」

 同時、円は手の平を地面と水平に振り払い、光刃を撃ち放つ。

 衝突する光弾と光刃。

 バシャンッという爆音を立たせて塵になる。

 それが戦いの合図であった。

 塵のせいで少々視界が悪くなったところから、ウォーリストとガラニマルが円と恵里衣の方に襲い掛かってきた。

「グアッ!」

 円がウォーリストを、

「クッ――!」

 恵里衣がガラニマルを抑え込む。

「クッ、オオォッ……!」

 円は抑え込んだウォーリストを押し戻す。

 ウォーリストの地を穿つ地面がガリガリと掘られていく。

 ほんの少し、円が恵里衣よりも前に出る。

 徐々にガラニマルと離れていきそうになるウォーリストは大剣のような片手で円の体を切り裂こうと振り払い、

「ハッ!」

 円はウォーリストの体を自分の体でブロックしつつ、振り払われた片手の肘を抑え込んで攻撃を防ぐ。

「――ッ!」

 その時、背中を切られた。

 背後にはガラニマルがいる。

 視線を今のウォーリストから離すことは出来ない。恵里衣が相手しているガラニマルを一々相手にしてはいられない。

「円!」

「恵里衣ちゃん! 切り離すぞ!!」

「うん!!」

 ガラニマルの尻尾の動きだけは今の恵里衣では防げない。このまま円とガラニマルが背中合わせになるとあまり有利とはいえない。

 だが、円もいまウォーリストの体のブロックを外すと今度は反撃される。つまり動けない。

 ガラニマルも、自らの体を抑え込む恵里衣に対して顔を突きだして噛みつこうとしていた。

 その牙には毒がある。噛まれたらスピリットでも一たまりも無いだろう。

 恵里衣はガラニマルと戦ったことがあるようだ。噛みつきを確実にかわす。

 だがかわせるのは首筋にくる噛みつきだけ。

 遂にガラニマルは恵里衣の肩に向かって噛みつこうとしてきた――

「クッ――」

 瞬間、恵里衣の手元から炎が上がり、恵里衣の体よりも長い刀身をもつ刀、“ウリエル”が突然ガラニマルを突き刺す。

 だが、ガキンッという金属音と共に刃が身を貫く前に弾き飛ばされる。

 それでもガラニマルをひるませるには十分な威力。

 突き刺すのではなく、突き飛ばす。

 ビーストは悲鳴を上げ、恵里衣から後ずさりしようと――

「ダッ!」

 円は近づいてきたガラニマルに後ろ蹴りを喰らわせる。

 ガラニマルの背中に蹴撃が炸裂した瞬間、ガラニマルの体から銀色の光が散った。

 この光はビーストの気力を削り取る。

 現にガラニマルの体勢が大きく崩れる。

 その隙を見て、恵里衣はガラニマルの懐を潜り抜け背後に入り込み、

「ハアッ!」

 さらに背後をウリエルで斬りつけて蹴撃を加えてウォーリストとの距離を離した。

「クッ!」

 円も、そろそろ抑え込み続ける力が限界。

「ハッ……!」

 だがもう大丈夫である。恵里衣とガラニマルとの距離は十分離れている。

 円は力を抜くと同時に一歩後ろへ退いた。

 ガクンッと体勢が前のめりになるも、それでは十分に体勢が崩れることは無くすぐに立て直し、

「――ッ!」

 大剣ではないほうの剛腕を振り下ろし円を叩き潰そうとし、

 円、その剛腕をまた片手で弾く。

 ウォーリストはそのまますかさず大剣の方の腕で切り裂こうとし、

 円はその攻撃も弾き、

「ッ! ――

 ハッ! ――

 ゼアッ!」

 右、左、両手と三発連続で掌底を炸裂させる。

 一撃が加わるごとに銀色の光がウォーリストの体から散り、そして気力を削り、

「ハアッ!」

 ウォーリストが体勢を再び崩したところに全体重を乗せた掌底を叩き込んだ、

 今までにない程の量の光が散り、ウォーリストは前のめりに倒れかける。

「フッ――!」

 前のめりになったところですかさず円はウォーリストの後頭部をつかみ取って体を抑え込む。

 直立できないようになったところでウォーリストの足を払って宙に浮かせ、

 後頭部を抑えていた手を下に滑り込ませ、もう片方の手も使って下から支える。

「グァアッ……!!」

 自分よりも二回りも大きい巨体を誇るウォーリストを持ち上げる円。

「ハアアッ!!」

 そしてガラニマルからの距離を離すように遠くへ投げ飛ばした。

 地を揺らして割り、その身を地に着かせたウォーリストはしばらく地面の上を転がる。

 その隙に、

「オオォッ……ッ」

 片手を天に突きあげコロナリングを出現させ、

「セアアッ!」

 もう片方の手を突き出してコロナリングに触れた。

 爆炎が広がり、赤い光が円の体を縁取る。

 突き上げた手を下げてその赤い光を見に取り込み、ストレンジモードへと変化した円。

 ウォーリストはまだ立ち上がれずにいるようだ。

 ならばと、円は自分の足元に赤い光を広げさせる。

 足元に広がった赤い光は瞬く間に円の右足に収束し取り込まれていく。

「ハァァア……ッ」

 構えを取り力を溜め込む。

 そして赤い光も完全に円の右足に溜め込まれ――

「――ッ!」

 ウォーリストの方へと駆ける。

 だが、敵も棒ではない。体勢が整わなくとも、抵抗はしてくる。

 ウォーリストは口から赤い光線を円の足元にめがけて吐き出してきた。

「――ッ!」

 足止めに入るのは分かっていた。

 自分に着弾する前に高く飛び上がる円。

 ウォーリストの放つ光線は地面を穿ち、溶かす。

「ハアアッ!」

 飛び上がった円はそのままウォーリストに目がけて蹴撃を繰り出した。

 円の蹴撃、“ストレンジブラスト”は見上げたウォーリストの胸元に直撃する。

 大きな爆音と破砕音と共に大量の赤い光が飛び散り、ウォーリストの巨体を吹っ飛ばした。

 吹っ飛ばされ、地に仰向けで倒れたウォーリストは身を起こし――

 刹那、胸元に残っていた赤い光が爆発した。

 甲高いウォーリストの悲鳴が響き、ウォーリストはまたしても地面に伏す。

 ウォーリストの頑強な胸元の装甲は爆発で砕け散り、内部の肉体が露わになる。




       6




 ガラニマルが恵里衣に目がけて尾を振り払う――

「チッ!」

 振り払われた尾をウリエルで切り払いう恵里衣。

 先ほどから何度もガラニマルの尾とは刃を触れ合っている。

 この刃、超高周的な振動を起こしている。切れ味を強くしているのだ。

 円を見た通り、見た目以上にダメージは高い上に操作性もある。

 切り払われた尾はまたしても恵里衣を切り裂こうと振り上げられる。

「――ッ、ハッ!」

 今度の攻撃は縦の攻撃。

 横に身を移すだけで攻撃はかわせ、

 同時に斬撃を――今度は刃になっていない部分を切り裂く。

 ウリエルの刀身が炎のように赤く染まり、

 ブツッという音を立て、ガラニマルの尾が切断された。

 ガラニマルの悲鳴のような鳴き声。

 その場で地団太を踏むように暴れ恵里衣から離れる。

 恵里衣の方を振り向き、怒ったかのように吠える。

 すると切断された尾が再生されすぐに硬質化した。

「チッ……」

 恵里衣は思わず舌打ちを打つ。

 予想はしていたが、やはり再生能力があったようだ。

 見た目にトカゲのような部分も見られるのでまさかとは思っていた。

 切断しても再生するなら、あの尾と刃を触れ合わせるのは無駄だ。

 恵里衣はガラニマルの尾が届かない範囲まで飛びのく。

 すると今度は口から光弾無数にはいて来た。

 それも、よく見たら毒液もその光弾の中にある。

 むやみに弾いたり防いだりすると、その毒液を受けることになる。

 ビーストの生成する毒だ。スピリットにも通用してしまう可能性のほうが高い。

「クッ!」

 恵里衣は刀身に炎が立つウリエルを斜め一閃に切り払う。

 空間を焼くように残留する炎。

 その炎の中に空間の裂け目があった。

 その裂け目はガラニマルが打ち出した光弾を吸いだし空間の狭間の彼方まで飛ばしていく。

 恵里衣のスピリットとしての固有能力であった。

 斬っても防いでもダメならば、どこかに飛ばしてしまえばいい。

 だが、この能力はエネルギーの使用量が尋常ではない。

 あらゆる攻撃よりも、防御よりも高い能力を持つが、エネルギーの使用量から考えて多用するという事に関しては割に合わない。普通に斬って光線で決める方が良い。

「クハッ……!」

 後もう一回、空間切断をしたら今度こそ恵里衣のエネルギーが底を尽きる。

 だが、ガラニマルに蓄積されたダメージから見れば後一撃、大きなものを叩き込めば倒せる。

 同時、円が相手している方もどうやらそうなっているらしい。




       7




 二人のスピリットが必殺技を撃つ構えを取り始める。

「ハァァアア……ッ」

 円は両腕を広げ、ストレンジブレイズウェーブの体勢を、


「――ッ!」

 恵里衣は、ウリエルの刀身の峰に手を添えて、ゆっくりと切っ先に近づけていく。

 すると、恵里衣の持つ刀からプロミネンスの様なものが発生し、刀身に赤熱を纏わせていく。

 たちまちに、刀身は紅色に染め上がり恵里衣の力が無くとも自立して小さな火柱を立ち昇らせはじめた。

 恵里衣の手が切っ先に届くと、その手を振り払った後ウリエルを天に突き上げる。


「ゼァアアッ!!」

 円は自身の前に作り出した小さな太陽を爆発させ、光線をウォーリストに向けて撃ち放ち、


「ハアッ!!」

 恵里衣は天に突きあげたウリエルを地面に突き刺した。

 赤熱したようであった刀身が赤い光を発し、

 そしてガラニマルに向けて光線が撃ち放たれた。

 空気を焼き尽くす音と、

 辺りを赤く染める光と、

 肌を焼くような熱線。

 恵里衣の撃ち放った“クリムゾンフォトンレイ”が炸裂する。


 二つの赤い光線はそれぞれ相手にしていたビーストへと放たれそして、焼き尽くす。

 ストレンジブレイズウェーブはウォーリストに直撃した瞬間、その衝撃で空間を歪め、

 クリムゾンフォトンレイはガラニマルに直撃した瞬間、赤い熱線を周囲へと散らせる。

 それぞれのビーストの悲鳴すらも光線の音によってかき消される。

 その悲鳴すら、ビーストから遂に発せられなくなった。

 瞬間、二体ともその身を粉々に爆散させながら消滅していった。




       8




「ふぅ……」

 ビーストの反応はもう無いようだ。

 円は一息ついた後、恵里衣の方を振り返る。

 恵里衣は地面に突き刺したウリエルを抜き出し、ブンッと強く一振りする。

 瞬間、恵里衣の体を赤い光の波紋が走り始めた。

 どうやら先ほどの一撃でエネルギーが限界になりかけているようだ。それでも恵里衣は膝を崩すことなく、円の方に振り返る。

「恵里衣ちゃん……」

 だが、恵里衣の表情を見た時円はその顔を見ていられなかった。

 先ほどの話の続きがしたいという風に円の方に歩み寄ってくる。

「円、アンタに――」

 だが、それもまた途切れる。

 恵里衣が口を開いた瞬間またしても上空にファントムヘッダーの光が出現したからだ。

「こいつら――ッ!」

「こいつら?」

 円が思わず口を開いた言葉に、恵里衣は問いただす。

「こいつらって?」

「え? いや、なんでもないよ」

 円自身、何故ファントムヘッダーを「こいつら」「奴ら」と呼ぶようになっているのかは分からない。だが、そう呼んでしまうのだ。

 ファントムヘッダーの光の中心がまたしてもさらに強い光を発する。

 ビーストがまた出現する予兆。

「クソッ!」

 その前にファントムヘッダーを追い払う。

 円は両手を広げてストレンジブレイズウェーブの体勢に入る。

 半年前の様にエネルギーが限界でもう一撃放てば消えかねない、

 と言う程エネルギーは消耗していない。

 出来るはずだ。

 そう思っていた矢先である。


「よし、逃げるぞ」


 一軒の家屋から家族一団が外に出てきた。

 父親と母親、そして小学生ぐらいの娘一人であった。

「なっ――!?」

 こればかりは予想外であった。

 ストレンジブレイズウェーブの発射体勢はも出来ている。だが、撃てば熱線に当てられて生身の人間では到底耐えきれない。

 止む負えず中断するしかなかった。

「待て――ッ!」

 中断して咄嗟に逃げようとする家族たちを止めようとする円。

 瞬間、混沌の色をした光の柱が落ちる。

「グアッ――」

 その眩い光に円も恵里衣も、そしてその光に一番近いところにいた家族らも咄嗟に目を背け、

 

 ビーストの鳴き声と同時に、

 グシャリと言う骨と肉が潰れ、

 砕ける音が聞こえた。


「――ッ!?」

 光の柱から突き出される大きな爪が二つ。

 それらの爪は両親の体を無残に貫き地から足を浮かせていた。

 悲鳴を上げる暇も無かったのだろう。

 心臓も一撃で潰され、痛みを感じる間もなく死んだはずだ。

「あっ……! クッ……ッ!!」

 感情が黒に染め上げられそう。

 あのビーストだけは許されない。

 光の柱から現れたビーストは“アンソーギラス”と呼ばれるビーストであった。

 鋭い爪と強靭な手足、尖端に棍棒のような物が付いた長い尾、そして高周波を放つ大きな耳が特徴であった。

 ファントム体であるためその見た目も例に漏れず変わる。

 全体的な装甲は赤色を帯びて大きな耳はまるでエリマキトカゲの襟のように首全体を覆う程のサイズになっている。尾の先端の棍棒からはトゲが生え、生身で触れる事は許さないという事を示していた。

「パパ……ママ……?」

 無残に事切らされた自分の両親の姿を見て声を震わせる少女。

 アンソーギラスはそんな両親の体をそこらあたりに放り投げ、うめき声を上げる。

 人間の体では普段加えられない衝撃のためか、

 二人の体は地面や塀に激突するや否や、両腕両足、首や腰や背中など、全身いたるところが異様な曲がり方をした。

 その変わり果てた両親を姿を見て現実か否かを見定められない目で両者を見る。

 アンソーギラスの金属を交えたような咆哮。

 それで気づく。目の前の怪物がやったことだと。

 フッと脱力したように崩れ落ち、少女の目元からは涙が流れる。泣き声はあげない。悲しみなど小さな体の中にある感情に入る事が出来ないのだ。

 もはや逃げることもないその少女を見下げ、アンソーギラスはその腕を振り上げ――

「ウァァァアアアアアアッ――――!!!」

 これ以上の悲劇を生み出すあのビーストだけは許されない。

 円の怒りの咆哮が響く、

 刹那、円はアンソーギラスのところまで飛びかかり拳撃を顔面にめがけて突き刺した。

 当然、人間の目には何も映ることは無かった。

 突然怪物が攻撃され、少年が一人その場に現れたように映る。

 だが、

「円――ッ!?」

 恵里衣のその反応から、おそらくスピリットの目でも追い付けなかったようだ。

 パンチの音なんてものではない。普段円が打ち込む拳の音なんてものでは無い。

 その一撃の放つ拳の音はもはや爆音に近い。

 突然顔面を穿たれたアンソーギラスは吹っ飛ばされ、数歩ほど退く。

 円は少女とビーストの間に立つように地に足を着け、構える。

 アンソーギラスは立ち上がり、吠える。

 先ほどの一撃のお返しをしてやろうと円の方に迫ってきた。

 だが、今の円への接近戦はむしろ自らの首を絞める事になるとは気づいていなかったようだ。

 円の方へ迫り一歩を踏み出した矢先、

「オリャァアッ!!」

 突然としてストレンジブラストをその身に受けた。

 円もいつ力を溜めていたのか分かっていなかった。

 もしかすると、力自体はずっと体全体にため込まれていたのかもしれない。

 円の蹴撃に直撃したアンソーギラスの装甲には当然、赤い光が貼りつく。

 そして貼りついた赤い光は、爆発する。

 アンソーギラスの悲鳴も、円の耳には届かない。

 ひるんで後ずさったアンソーギラスの懐にもぐりこむ円。

 握り込まれた拳には赤い光が宿っていた。

「ゼァアアッ!!」

 装甲が砕けて柔くなった部位にその拳を突き刺す。

 またしても赤い光がアンソーギラスに貼りつく。

 今度は破壊する装甲は無い。

 なので、破壊されるのは肉であった。

 爆発が炸裂し、アンソーギラスがまた大きく退く。

 肉がつぶれ、中からファントムヘッダーと同じ色の光が吹く出すように漏れ始めた。

 スピリットとビーストの戦いと言う物ではなかった。

 一方的な蹂躙。

 それはかつて、円が初めてファントム体のビーストを倒したその時になった状態と似ている。

 だが今度は、円は力をコントロールしている。あの日とそれだけがたった一つだけ違っていた。

 アンソーギラスの悲鳴が悲痛さが増す一方、

 円は両手の拳を握ったまま両腕を大きく広げる。

 ストレンジブレイズウェーブとは違った構えだ。

 広げた両腕を前に突き出すと、両拳に太陽にも似た光が宿る。

 その二つの拳の位置を楕円を描くように移動させて位置を逆にする。

「ハアアァッ……!」

 右手の拳を目一杯に引き込んで力を溜め込み、

「ゼァァアアッ!!」

 引き込んだ拳を空を穿つようにアンソーギラスに向かって突き出す同時、

 左手の拳を右手首後ろに添え、

 溜め込まれていた光は右手に移る。

 移され、ともに光線として打ち出された。

 アンソーギラスには悲鳴を上げる暇もない。

 肉を焼き、

 装甲を砕く一撃。

 直撃した瞬間、コロナリングが一瞬だけ広がった。

 円の撃ち放った光線はアンソーギラスの体を貫き、彼方まで伸びて行く――

 アンソーギラスの体は瞬く間にその身を爆散させ、粉々に砕け散る。

 頭に血が上り、未だに円の興奮は冷めないままであった。

 今も尚、円はアンソーギラスが消えた先を見ている。

 この戦い、円はファントム体となったビーストを相手にして一切の反撃の猶予を与えないまま倒して見せた。

「円……」

 自分を呼ぶ、恵里衣の声も当然耳に入らない。

 円が自分の表情を後ろにいた少女と、恵里衣に見せぬまま、境域が解除された。

 境域が解け、世界の反転から解放されその場にいたのは円と恵里衣、そしてビーストに両親を殺された少女の、三人であった。

 二人の遺体は、反転した世界の先にある境域に取り残されたのだ。

 当然、戻ってくることは二度と無い。

 その事にも気づく事もない少女はただ涙だけを流して魂が無い人形のように俯いたまま――


だが咽び泣いているのだけは分かった。

                        to be continued...

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