Dreamf-7 5月17日の約束(A)
1
異空間となったその空間の中で異形の獣が咆哮を上げて徘徊する。
出現したビーストは、ビーストコード「ガラニマル」。
爬虫類と哺乳類の体を併せ持った様な体躯をしている。長い尾の先端は時折小刻みにマラカスを鳴らすような音を立てて触れる時がある。全身を覆う装甲のような鱗は蛇の様な艶を発している。顔もまた、爬虫類のつくりとよく似ている。
ガラニマルの発する殺意はどこにも向けられない。
向けるべきものがいないのだ。すでにその場に人間はいない。ガラニマルが出現する前にすでに避難は済んでいるからだ。
殺意を向けるべきものもいない。溜まっていくストレスにガラニマルがついに周囲の建物や木々を破壊し始めた。
口から吐く光線、
尾による一閃、
剛腕による一撃、
そのどれもが家屋、車等を一撃で破壊するに値するほどの威力を誇っていた。
壊し、潰し、焼き尽くす。ガラニマルの咆哮は周囲一帯の空気を震わせるほどに轟く。
吐き口の無い殺意を暴走させるガラニマル。その殺意が満ちる空間の中に銀色の光が上空から差し込める。
瞬間、爆発した。
光の粒子を広範囲に散らすような爆発は――
「ハアッ!!」
光の超人を出現させた。
平手を突き出して飛び出してきた光の超人はそのままガラニマルを突き飛ばし、大きく仰け反らせた。
現れた光の超人はどう見ても17歳程の少年であった。
茶色が少しかかった黒い短髪に、細身のスポーツ体系、顔立ちは穏やかそうな風貌を持つものの、強さをもった目の力を持っていた。
いつも着ているグレーのパーカーの下には黒めのシャツを着こみ、ジーパンを履いていた。
『すまんな、円。休暇や言うのに出てもらって』
「いえ、構いませんよ。犠牲が本当に出る前に間に合って良かった」
『うん、その通りやな。ありがとうな、休みの埋め合わせはまたいつかするわ」
「はい」
少年の耳につけられているインカムから聞こえる声は老人の声であった。その関西弁の老人こそが、天ヶ瀬円たち、SSC(Soul Saver Clews)の司令官、吉宗正嗣であった。
『スカイベースからはいつでも各状況はモニターしとる。他の箇所で危険が発生したらもしかしたら対処してもらうかもしれん。そん時は当たってくれや』
「了解!」
そこで通信は終わる。
ガラニマルはようやく殺意を向けるべき相手が見つかったと、咆哮を上げて円に向けて口から光線を吐き出す。
「――ッ!」
当然その光線をかわす。
かわされた光線は円の背後にあった車に直撃する。
その一撃で、車体は爆発し爆炎を上げる。
「クッ……!」
この空間は境域と呼ばれる異空間に包まれている。
ここでの物的被害は解除された後に無かったことになる。だからと言って破壊させていいという事にはつながらない。ただ、「大丈夫」なだけだ。
爆発した車の方に意識が向かっていた時、ガラニマルはさらにもう一発光線を円に向けて放つ。
「ハッ!」
今度はかわさない。
両手をつきだし、光のシールドを出現させる。
ガルニマルから発せられる光線は円が出現させたシールドを砕こうと尚も絶えない。
「クッ、ウウゥ゛ッ!」
あまり長くなると自分のほうが押し負ける。
円のエネルギーが無尽蔵であるという訳ではないのだ。
「セアアアッ!!」
円はシールドごとガラニマルの光線を押し戻す。
シールドは円の手から離れ、ガルニマルの方へと迫る。
だがガルニマルの光線は抵抗する。
「ハッ――」
シールドが破られては意味がない。円も手を打つ。
右手を目いっぱいに前に伸ばす。
その円の右手に銀色の光が集約していく。円はその光が集まっていく中、左肩の方に右手を寄せていく。
光はボヤのような尾になって、円の手の中に納まっていた。それでも、光は集約し続け、肥大化する。
そして右手に集まった右手に左手を下から添える様な体勢を取る。
「ハァァアアアッ!!」
そして右手を突き出し、銀色の光線を打ち放つ。
一連の動作から放たれた光線技、“ライトレイスマッシュ”は円の光のシールドを押す。
ガラニマルの打ち放つ光線と円の打ち放つ光線。
その綱引きは目に見える程に圧倒的な力の差があった。
「ハアアッ!」
円の光線に押し出された光のシールドは砕け散るその前にガラニマルに直撃した。
自身の光線、そして円の打ち放つ光線。
その二つに直撃。爆音と火花が飛び散る。
ガラニマルは悲鳴のような咆哮を上げてその場で地団太を踏むように悶える。
それが大きな隙であった。
「ハアア……ッ」
円は静かに弧を描くように片手をあげる。
円の左右の地面から太陽のコロナリングのような線が伸びてちょうど円の頭上で結ばれる。
「ダアッ!!」
上げていた片手を下げると同時に力強くもう片方の手を天に突き上げる。
突き上げた手がコロナリングに触れると、コロナリングから爆炎が発生し円の体を縁取るように赤い光が現れる。
手をゆっくりと下ろす。
円の体を縁取るように現れた赤い光は円の体に吸い込まれるように消滅した。
だが、円の両目の瞳は炎の様な赤に染められ、体からは赤色のボヤが放出されていた。
天ヶ瀬円のスピリットとしての能力、“モードチェンジ”。その一種として、“ストレンジモード”と名付けられていたこの形態。
「ハッ!」
ダメージが抜けきれておらず尚も体勢が整えられずにいるガラニマルの方にめがけて駆ける
十数メートルほど離れている距離を瞬間と言えるような時間で詰め、
「ダアッ!」
そのままガラニマルの腹部にめがけて正拳突きを与えた。
深々と突き刺さる円の拳はガラニマルの頑丈な鱗を砕き、
さらには赤い光を散らすことで破壊力を増す。
悲鳴にも似たガラニマルの咆哮。
だが、円は手を休めることは無かった。
「ハアッ!」
腹部に攻撃を受けて蹲るような体勢になったガラニマルの側頭部にすかさず回し蹴りを喰らわせる。
直撃部からまた赤い光が飛び散り、ガラニマルの頭に大きな傷を負わせる。
円の蹴撃を受けたことによって大きなダメージを受けたガラニマルは間髪を入れずに剛腕を振り下ろし円の体を砕こうとしてきた。
「――ッ!」
円はその動作を見切る。
振り下ろされた腕を片手で受け流しつつ、手首の部分をつかみ取り、
「ゼァアアッ!!」
もう片方の手でガラニマルの脇を掴む。
「ハアアッ!!」
そのまま背負い投げの要領を利用し、ガラニマルを放り投げた。
宙を飛んだガラニマルの数十トンもあるであろう重さをもった体は地面に落ちると同時に大きな亀裂を生んだ。
その全体重分だけ、ガラニマルにダメージを与えた。
もはや立ち上がりそうにもない。
ガラニマルは両腕で体を支えながらも
その腕も肘から体重を支え切れず折れてしまう。
「ハァァアア……ッ」
円は両手を大きく広げ、太陽の様な光をため込む。
その光は渦を巻きながら円の両手に集約されていく。
その光をため込んだ両手を前に突き出すと両掌の間に小さな太陽を生み出す。形は揺らいでおりその力はまだ不安定。だが円が両手で楕円を描くように位置を逆にすると、小さな太陽が白いコロナを纏い、球を形どった。
球の中心で、プロミネンスが渦を巻いてその中にとどまっている。
円は大きく身を引いて力をため込んで、
「ハァアアッ!!!」
大きく踏み出し両手を広げるように突き出し、球体を爆発させた。
瞬間、
内にたまっていたプロミネンスが太陽フレアのように噴き出し、ガラニマルの方へと一直線に向かう。
光と同等の速度で行くその光線をかわす事。もはや、ガラニマルに出来るものでは無かった。
円の打ち放った光線“ストレンジブレイズウェーブ”はガラニマルに直撃すると同時に周囲に空間の歪みを生みながら大きく押し出していく。
地に足を着くとそのまま地面を滑走し、それも止まるとガラニマルはうめき声を上げてしばらくその場でばたつく。
と、爆発とともに体が頭から尾へと向かうように、ガラニマルは砕け散った。
「はあ……はあ……」
エネルギーを使ったせいか少し気だるさはある。
突き出した両手を戻しその場に立ち尽くす。
その時耳にハメているインカムから一瞬ノイズが入り、
『さすが円や。並みのビーストやったらすぐに倒してまうな』
吉宗の声が聞こえた。
「他に反応は?」
『いや、出てこうへんな。ファントムヘッダーの反応も無し』
「そうですか」
『うん、お疲れさん。休日出勤手当は別途出るさかいな』
「はい、分かりました」
休日出勤手当など出た覚えはないが、突っかかるのもやぶさかなのでとりあえず頷いておく円。
『もうじき境域が解除される。気持ちの準備はしとけよ』
「分かってますよ」
反応が無いならいつまでもストレンジモードである理由も無い。
意識を途切らせる。力を抜く。円の体を包んでいた赤いボヤは取り払われ、両目の瞳の色も元に戻る。
「――ッ!」
ストレンジモードが解除された瞬間、視線を感じた。
じっとこちらを見ている視線だ。
スッとそちらのほうに振り向くとそこには円よりも少し年上程の青年がいた。
茶色のセミロングの髪の毛に前髪辺りに金色のメッシュが入った髪色。円よりも少し黒い肌色に端正な日系人の顔立ち。ロング丈の黒色のスプリングコートの下に黒いシャツ、灰色のクロップドパンツを着こんでいる。
「君は……」
円はそこにいる青年に呼びかける。
呼びかけられた青年は静かにため息を吐いたあと円に背を向けて歩き去ろうとする。
「ちょっ、待っ――ッ!?」
瞬間、
「グ――ッ!?」
視界に映る色、聞こえる音、臭い。
その一瞬だけ、あらゆる感覚が反転する。
境域の解除。その時に感じる感覚だ。ガクンッと膝が一瞬折れてしまう。だが、境域解除のさいに感じる感覚が抜けると次第に元の感覚が覚める。
「くは……っ!」
大きく呼吸をして気持ちを整える。そしてあたりを見回す。
「あれ……」
別に視界を塞ぐものは無い。
境域から戻り破壊に満ちていた景色は元通りの風景に戻っている。
だがその中には先ほど見た青年はいなかった。
「まさかあれは……」
2
「てことはつまりあの場にはスピリットがもう一人おったっちゅうことか」
「はい。ガラニマルを倒した後、僕は確かに見たんです。僕より少し年上ぐらいの男の人を」
「センサーにはなんも無かったし……。逃げ遅れた奴っちゅうことは無いんか?」
「いや、そんな感じじゃなかった。まるで、僕の戦いを見ていたような……」
「んんむ……」
吉宗は唸る。
眼鏡を元の位置に戻した後、腕を組んでブリッジの辺りを少しうろつく。
「綾子、スピリットの顔写真リストをモニターに映せ。円に見てもらおうやないか」
「はい」
吉宗にそういわれ、綾子オペレーターは目の前の操作モニターにスピリットの顔写真リストを映す。
円と吉宗は綾子のモニターに顔を近づける。
そこには円や恵里衣の他にも8人ものスピリットの撮影写真が映し出され、それに付随して能力や光の色、スピリットコード、果ては本名までもが記されていた。
「僕のスピリットコード、決まってたんだ……」
「ん、ああ。つい最近や」
リストの最後に円の事が記されている。
Name:Madoka Amagase
Code:X
Sex:Male
Order:10
Ability:Mode Change
と言ったような基本事項と、備考欄には英語で「Officially belong to the current SSC《現在SSCに正式所属》」と書かれている。
「エッ……クス……?」
「ん?」
円は自分のスピリットコードを見ていぶかしめな表情を浮かべる。
「どないした」
「いや、恵里衣ちゃんとか僕の前のスピリットのコードと比べてなんか漠然的だなって……」
「まあ、それは俺も思った。名付け親やけど」
「へ?」
「うん? お前さんのスピリットコードを上に出したんは俺や。当たり前やないか」
「あ、ああ……」
当たり前と言われてなんとなく分かってくる。今思えば、吉宗は円の直属の上司に当たるのであった。そういった手続きは行っているのもうなずける。
「でもなんでこんな?」
「“X”っちゅうんは「未知」を意味するんは、知ってるな?」
「ええ、まあ」
「お前さんの能力はまさにその通りや。光のウイルス、ファントムヘッダーの力を得たビースト2体を相手にして圧倒する力。お前の能力は俺たちが知っている範疇から明らかに抜きでとる。つまり、こちらとしてもお前の力を測れんねんや」
「へえ」
「ついでに言うと、お前の苗字には「天」って文字が入ってるやろ」
「入ってますね」
「天、それは即ち10。何故なら10は英語で“ten”やからな」
「…………」
なんとなく、嫌な予感がしてきた円。
否、「なんとなく」などではない。間違いなく、円の考えている通りだろう。
「10のギリシャ文字は、“
「スピリットコード……変えれないんですか?」
「無理や。もう行き渡っとる。手遅れやな」
「…………」
沈黙をもって、円は答えた。「こんなダジャレみたいに決められたのか。勘弁してくれ」と。
これ以上考えたくはない。これからこんなダジャレみたいなスピリットコードでIA全体に呼ばれるのかと思うと気が気でなかった。
「まあ、かっこいいやろ、響きは。“スピリットコードX”。ええやないか」
「…………」
考えたくないというのにまだ話を伸ばしにくる吉宗。むろん、円は相手が上司であろうとも無視してやった。
吉宗はそんな円の様子に孫に嫌われた祖父のようにもの寂しそうにうなり、円と共にまたモニターを見る。
「あ、この人」
「ん?」
円はモニターに映し出されている一人のスピリットに指をさす。
綾子オペレーターはそのリストを拡大し、顔が良く見えるようにした。
「こいつか」
「はい、間違いないです」
ガラニマルを倒した後に見た青年。
茶髪のセミロングに前髪辺りに入った金色のメッシュ。服装は違っているが、間違いなかった。
Name:Kaito Ouma
Code:Kaiser
Sex:Mail
Order:2
Ability:Bound Domination
「おうま……かいと……」
「お前が見たんはこいつか」
「はい、間違いないです」
「
「え?」
「備考欄見てみ」
「備考欄?」
リストにはスピリットの写真、基本概要、備考欄がある。
「なっ!?」
備考欄には「Missing after the war with phantom header. Currently, certification to Lost《ファントムヘッダーとの戦争の後に行方不明。現在、消失に認定》」と記されている。つまり、櫻満カイトと言うスピリットはすでに存在していないことになっている。
「そんなバカな。僕は見たんだ、確かに――ッ」
「まあまあ、落ち着けや。誰もお前が嘘言うとるなんて言ってへんやろ。むしろお前さんを信じとる方やで俺は」
「…………」
釈然としない。
センサーに引っかからない。データでは消失したことになっている。円自身しっかりと見たのかどうかすら定かではない。
「おし、天ヶ瀬円隊員」
「――っ、はい」
「お前さんが見たこの事象を調査しろ。状況は逐一報告せえよ。ええな」
「――ッ、了解ッ」
「おっしゃ」
吉宗は円の肩をパンッと叩き「頼りにしている」と言うメッセージを込める。
「まあ、今日はお前さんは休みやからな。情報収集は絶えずこっちでやっとくから、今日のところはゆっくり休め」
「はい、じゃあお言葉に甘えて」
円は笑みを浮かべながら小さく頭を下げる。
「チームエイト、帰投しました」
「うん」
ブリッジの出入り口からチームエイトのメンバーである
「全員帰ってきたな、よしよし」
「被害者数は0。境域による位相変化も問題なく行われ、損壊した器物は全て元通りになったようです」
「うん、よっしゃ。問題ないようでなによりや。各自休息をとりつつ次の戦闘に備ええよ」
「了解!」
響の報告の後の吉宗の指示にチームエイトと響は吉宗に向けて姿勢を正し敬礼をする。
こうして考えると、やはり人間とスピリットの間には決定的な力の差があるのだろうと思ってしまう。
ビーストを相手にする分には円にとってはたやすい。だが、人間であるならばそのビーストを倒すにもチームでなければならない。
「もっと頑張らないとな、僕が……」
「おお、何だって? マドカ」
「え?」
独り言がつい漏れてしまった。その際の声が漏れていたのだろうか、ケイスが円の肩を抱き、
「聞いたぜ? 俺らが出払ってる間にビースト相手して速攻で倒したんだってな」
「いや、別にそんな一瞬でもないんですけど」
「でも、俺たちが倒しちまうよりも早く片づけた」
「まあ、らしいですね」
「くそぉ、さすがスピリットだぜ! レベルが違う!」
「いや、僕だってスピリットにしてはまだルーキーですし」
「もうすぐ半年だろ? お前がスピリットになって」
「そういえばそうですね」
「そろそろその体にも慣れただろ」
「ええ、慣れは前からありますが……」
と、円は握り拳をつくってそれを見つめる。
円自身、覚悟は決している。が、この感覚と相成れる事は出来そうにない。
「マドカ?」
「いや、なんでもないです」
「……? まあ、いっか。どうだ、一杯やるか?」
「一杯やるかって、何をです?」
「もちろん、酒だろ!」
「いや、僕一七なんですけど?」
「構うもんか! 俺なんか一五から飲んでたぜ?」
まるで意味が分からない。たしかに肝機能が一番強い歳が実は一五であると聞いたことはあるが、だからと言って別に飲みたいと思っているわけではない。
「日本じゃ未成年の飲酒は禁止されてるんですけど」
「バレなきゃファールじゃないんだよ」
「サッカーじゃないんですよ、法律は」
「くそ、ノリが悪いなお前」
ガックリと頭を垂れて溜め息を吐き、円の肩を離す。
「まあ、いい! 今日は俺と一杯! いいか?」
「おお、お前ら一杯すんのか」
突然吉宗が会話に入り込む。
「コマンダー!?」
「一杯するんやったら俺も入れてもらおうやないか」
「あなたもですか?」
「おお。もちろん。一杯や遠慮せんと飲み比べや」
「マドカ、今日は辞めよう!」
「遠慮はすんなや。最後の一人になるまで酒を飲み続ける。簡単なやつやろ」
「マドカ、辞めよう! 超辞めよう!!」
円の両肩を掴んでガクガクと揺らしてくる。
吉宗がいう事も恐ろしいが、それ以上にケイスの焦り様にはリアクションが困る円は「はあ……」と頷くことしか出来なかった。
「ケイス! 何をやってる行くぞ!」
「あ、はい!」
本木に呼ばれケイスは本木の方へ駆けていく。
ようやく息が着く。が、
「ん?」
その時ポケットにしまっていた携帯が着信音を鳴らす。
円はブリッジの出入口付近にまで行き携帯のスクリーンを引き出して応答し、耳に受話スピーカーを当てる。
「もしもし」
『あ、円?』
「どうした? 友里」
3
授業が終わった後の教室。もうすぐ部活が始まる頃の時間帯。
日本人にしては珍しいストロベリーブラウンがかかった色でセミロングの髪の毛、その髪型はハーフアップでありよく似合っている。出るところは出て、引っ込むところは引っ込む体型は身長を除けばモデルにも見劣りしないほどにまで成長している。
つい半年程前まではこのことすら叶わなかった。
天ヶ瀬円は三年前から半年前の間、死んでいた。だがこうして声を聞くことが出来るのは円が甦ったからだ。しかも、人間とはまた違った者となって。
最初は当然信じることが出来なかったが、二週間ほどは治ることが無かったであろう捻挫を治して見せたところで、ようやく信じることが出来た。
『どうした? 友里』
「うん、ちょっと、ね……?」
『なんだよ、そんな改まる関係でもないだろ?』
「うん、そりゃそうだけど……」
違っていた。何故かこうして電話を長引かせたかった。続けたかった。こうしておけば、声だけでも円を感じられる。
『まさか、声だけでも聞きたいから電話した、じゃないのか?』
「バ――ッ! そんなんじゃないわよ!」
幼馴染だからと言ってこうも心を見透かされるような物なのか。恥ずかしくなってつい突っかかってしまう。
『じゃあ何ですか』
「いや、その約束事がしたくて……」
『約束?』
「うん、一七日なんだけどオールナイトの映画一緒に見ない?」
『ああ、別にいいけど……って、オールナイト?』
「うん」
『何でわざわざ。土日だろ? 一七日は』
「まあ、私が部活だし」
『だったら別の日にすればいいんじゃないか?』
「ううん、私は一七日がいいの」
『んん、まあそこまで言うなら』
「それにオールナイトなら、円もスケジュールとか気にしなくて済むでしょ?」
『いや、そんなことは無いんだけど――』
「え?」
『いや、出来るだけ善処するよ』
「うん、じゃあ一七日ね。仁舞バルトでいいよね、待ち合わせ」
『いいんじゃないか』
「うん。じゃあ、またね……」
円との通話を切る友里。
口元が妙にこそばゆい。思えば、円と通話して声を聞くことは円と出会ってからは幾度もあった。が、実際に会ったのは、スピリットとなった円が目の前に現れてからの4日間と、その一ヵ月後にまたビーストに襲われた時。四ヵ月少しの間、二回しか会えていなかったのだ。
「ふふ……」
「何? 友里、笑っちゃって」
「――ッ!? 里桜っ!?」
突然友里の後ろから抱き着いてきたのは天然の金髪で、ポニーテールの髪型をした少女であった。
「もしかして彼氏?」
「違うってば!」
「じゃあ、プロポーズか!」
「進展しないで!」
この、
むろん、円の事は話したことがあるのでも知っている。彼氏云々が無くとも円が生き返っているなど、話さないほうが良いに決まっていた。
「別に、私の前からの知り合いを映画に誘っただけよ」
「オールナイト? やっぱりデートじゃん」
「だから違うって! オールナイトのほうがお互い都合が付けやすいじゃん」
「ふーん、そんなもんかな」
里桜は首を傾げて考える。疑われているのは間違いない。
「ほら、里桜は準備してきてよ。私も後で行くからさ」
「ふーん」
「な、なによ……」
「別にぃ? じゃ、私は格技場行ってるからね、園宮師範代?」
「やめてよ、そのへんな呼び方」
里桜は友里の両肩を支えにして立ち上がって教室から出て行こうとする。
「あ、友里?」
「ん?」
「ちょっと大きくなった?」
「――ッ!? セクハラ娘!」
友里はつい自分の胸を覆い隠し叫ぶ。里桜の言う通り、今日すこし下着がきついとは感じていた。また大きくなったのかと思って自分で計ってみれば進級当時よりも二センチほどバストが大きくなっていた。
こんな人が多い中で何を言っているのか。それを込めての言葉だ。友里のその大声に教室にいた生徒たちが一斉に友里の方を振り向く。
そして「いつものか」という空気になるのであった。
4
友里が通話を切ったようなので円も耳元から携帯を離す。
そしてため息を吐き、
「なにやってるんですか」
「ん?」
友里と通話している中、円の電話に耳を当てて通話を盗み聞きしようとしているケイスをジト目でにらみつける。
だが、ケイスだけではなかった。
「それにコマンダーまでなんなんですか!」
「なんや、部下の動向が気になって悪いんか」
「いや、そんなことじゃないんですが――」
「おお。ほんで、デートか?」
「…………」
うんとも違うとも答えようがない。飽く迄円は違うと思ってはいる。だが、友里が「デートだ」と言ったらそれは間違いなくデートになるのだ。
「さあ、ただオールナイトの映画には誘われました」
「オールナイト?」
「ええ」
オールナイトと言う単語に反応したケイスは表情を歪め首を横に振る。
「はあ……。良い年した若い男と女がオールナイトの映画かよ。もしかしてマドカ、彼女か?」
「違いますよ、ただの幼馴染ですよ」
「女のか?」
「まあ」
「お前、間違いなくプロポーズされるな」
「へ?」
つい変な声が出る。
友里がプロポーズしてくる。そう思うと思考が止まってしまう。友里なら顔を赤くしながらするのは間違いないだろう。
――あのね、円……。んん、えっと……好きです……
照れながら告白されるか、
――円。私、あなたの事が好きです。大好きです。
笑みを浮かべながらしかも顔を近づけて積極的な態度を見せながらなのか、
「…………」
どっちにしてもかわいすぎた。想像なので多少の脚色はされているだろうが、友里のヴィジュアルから考えてもかわいいのは、間違いない。
「マドカ?」
「あ、いや……」
ケイスに呼びかけられ、現実に意識が戻る。
「お前まさか妄想してたか?」
「まあ、友里が本当に告白してきたらって」
「へえ、ユリって名前か相手は」
「相手って言い方は――」
まるでもうすでに友里と円の男女の付きあいが始まっているかのような言い方である。
「で、いつ会いに行くんやそいつに」
「五月一七日ですが」
「夜か」
「多分」
「ケイス」
吉宗はすぐさまケイスの名を呼ぶ。
「はいっ」
「一七日、円について行って円の動向調査しろ」
「了解ッ!」
何が動向調査なのだろうか。気の休まる所が無い。
「ホント勘弁してくれ」
「冗談や、一七日やな。分かった、ええ時間過ごして来いよ?」
冗談でも勘弁してほしかった。円は大きく溜め息を吐き、頭をガシガシと掻いた。
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