Ⅱ
Dreamf-7 5月17日の約束(avan)
この部屋の臭いはいつも虚無だ。無臭とは違う。
それは、来ればいつもここに居座っている男そのものを象っているのだろう。
「珍しいな、鈴果。こちらの呼びかけに答えてくれるとは。手厚く歓迎しよう」
「嬉しいね。IAの総主任である君に、また僕も珍しく歓迎されたよ」
その部屋にあるのは窓とカーテンと大きなデスク、そして来客者のために置かれているソファとテーブルだけだ。その他全く無駄なものが置かれていない、シンプルで大きな部屋だ。
窓の外から見える景色は米粒よりも小さく見える、時と共に人と物と車が動いているニューヨークの景色が広がっている。夜ならば絶景スポットとなりうるだろうが、今は朝時なのでただ人が忙しそうに辺りを歩き回っている様にしか見えない。世界経済の中心と言うべきか、日本の東京都とはその人口密度は比べようもない。
大きなデスクを挟んで一人の男と、一人の少女が面を向け合っている。
男は椅子に座り、少女は男の前に立ちはだかるように立っている。
男の名は
全身黒ずくめの服を着ており、髪型は特徴の無い茶髪。わずかに見開かれているその目に宿るのは底の見えない闇。だが表情が無いわけではなく、少女の顔を見た時薄らと口元で暗い笑みを浮かべた。
少女の名は
見た目と身長からして年齢は一七歳程。真黒なワンピースドレスを着ている長い金髪で、翡翠色の瞳をした美少女だ。その風貌は人間と言うより人形のようだ。ミステリアスな雰囲気を醸し出しており、入る隙がどこにもないように見える。
「事実は確認してきたのか」
「ああ、もちろん。しっかりとこの目で見て来たよ。監視衛星で検測した通り、やっぱり一〇人目が現れたみたいだね」
「ふん……。一〇人目のスピリット。真実に最も近い存在……か」
「だが、ずいぶん手荒いじゃないかい? 現界して物の数秒後にビーストと戦わせるなんて。その時は、五番目の彼女がいたから何とかなったけど、あの時に倒されて
来客用のソファに腰かけた鈴果のその問いかけに京一郎は静かに鼻で笑った。
「別にどうしようとも思わなかったさ。あんなところで脱落するようでは居てもこちらも世界も困るからな。スピリットは人間のヒーローだ。弱いヒーローは待たずとも消えゆくものだ」
「へぇ……。君の口からは初めて聞いたな」
じっくりと見据えるように京一郎の顔を眺める鈴果は静かに口を開いた。
「失礼、知っているものと思っていたんでな。私自身の考えだ」
「そんな考えがあるなんて残念だよ。でも危なかったんだよ、本当に」
「ん?」
「奴らがまた甦った」
「ああ、知ってるとも。君たちスピリットたちと光のウイルス、ファントムヘッダーとの戦い。そのおかげで我々IAからも多くの人員を失った。むろん、君たちスピリットも大事な者達が消えた。事の重大さは分かっているつもりだ」
「ふん、どうなんだか……」
「ファントムヘッダーが復活したことはすぐさまIA全支部へと伝わるだろう。こちらは人間と、数少ないスピリット。消耗しきっているこちらに対し、ファントムヘッダーはまだビーストをスピリットと同等の力にまで引き上げることが出来る力を持っている。明らかにこちらが不利」
言葉にする内容は明らかにこちらの危険性が高い事を示しているものだった。だが、当の松崎本人の表情はどこか不気味な笑みを浮かべているように見える。
「だが、私は信じよう。君たちと、我々の勝利を」
「望みがないわけじゃないからね。十番目のスピリットである彼の力、思っている以上に強大だ」
「ほう……。何を、見たんだ?」
「君だって見ていたんだろ。映像越しで」
「フン……」
松崎と鈴果の両者の脳裏には同じ情景が映し出される。
十番目のスピリットが天に手を掲げる。
赤いコロナリングが現れそれに手を触れた瞬間に、十番目のスピリットは変わった。
それまで、ファントムヘッダーの力を得た二体のビーストを――今ではビーストコードが付き、二足歩行であった方が「デビレゴート」、四足の方は「ライノスクス」となっている――圧倒して見せた。
そして、最後の一撃で放った、空間を歪めるほどの威力を持った光線。
十番目のスピリットが力を放った後から戦いの最後まで、両者の脳裏から離れることは無かった。
「私が見たのは事実だけだ。君はその目で見ていたんだろ?」
「うん、見てたよ、確かに。手を貸すことは簡単だったけど、恵里衣と彼の間に割り込むのは難しそうだったし」
「私はそういう君の意見を聞きたいんだ」
「なに、難しくもないさ」
「ん?」
鈴果は松崎の目を見つめながらも微笑む――不敵に、そして不気味に。
「いつもの円と変わらなかった」
「ふん、そうか……」
松崎もこれ以上は聞くまいと鼻で笑う。
「じゃあ……僕はそろそろ行くとするよ」
鈴果は立ち上がって身をひるがえし、松崎に背を向けた。その時に目に残るような妖艶な笑みを垣間見せた。
「どこへ行く、鈴果」
「僕は君に協力している立場だけど、言いなりじゃない。僕は僕のやりたいようにやりたいことをやるよ」
「と言うと?」
「十番目に会いに行くとするよ」
「そうか、私は君とまた会える日を楽しみにしているよ」
「ああ……会えたら、ね」
鈴果は体から黒い光を発しその場から塵の様に消える。
今まで松崎が話していたのは幻が現実か。見分ける手段は無い。それが、加々美鈴果の能力だからだ。
椅子から立ち上がり、松崎は窓から外を眺める。そして外のどこを見ていることでもなく、ただ口元に暗く、不敵な笑みを浮かべた。
「君は世界に迎えられた。その理に従い歓迎しよう、十番目……
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