Dreamf-6  強き力、優しき心(B)

      5




「ちょっと、こんな事しなくてもいいでしょ」

「なんだよ、エネルギー切れは黙ってろよ」


 調子に乗りすぎた。

 背中に背負っている恵里衣が足でふくらはぎあたりをゲシゲシと蹴ってくる。


「いてっ、いてっ」

 と言うが、実際はあまり痛いとは思わない。子供に駄々をこねられる親の気分だ。


「どこに行くのよ」

「どこって、空」

「戻ってどうするのよ」

「戻らないとやばいだろ。君を休ませないといけないんだから」

「良いわよ。寝たら治ってるし」

「寝るなら布団で、って教わらなかったか?」

「気にしないし」

「ったく……」

 と、円は溜め息をはいた。


「いいから黙って背負われてろってッ」

「ちょっと――ッ!」


 恵里衣の言葉に耳を貸していては埒があかない。

 後に続く言葉は無視し、円は足に力を入れて高く跳躍し、飛行した。


「こんな態勢じゃ、バランスとりずらいでしょうが。背負わないで抱いた方がいいわよ」

「別におなじだって。抱こうが背負おうが」

「どういう事よ」

「恵里衣ちゃん小さいし」

「どういう事よ!」

「軽いし、あんまり居ようが居なかろうが分かんないよ」

「…………」


 円的には、これは女の子相手だとほめ言葉のはずだが、とらえようによっては子供だと言うようにも思える。

 恵里衣は、そう捉えたのだ。

 今度は無言で円の頭をポカポカと叩いてくるのだった。


「いてて、痛いって」

 当然痛くない。

 だが、バランスが崩れてしまうので、円的にはやめてほしかった。

 そうしてる間に雲を抜けた頃、恵里衣のそういったような文句も無くなって――。


「円……」

「ん?」

「あいつ……」

「あいつ?」

「あのビーストを蘇らせたって言うやつ、私、知ってた」

「は? 知ってたって?」

「最初はばからしいって思ってたけど、あいつ、まだ消えてなかったなんて」

「消えてなかったって。じゃああの光――」

「ファントムヘッダー……」

「……?」

「私達は、そう呼んでる」

「ファントム……ヘッダー……」

「IAとかは光のウイルスとか言ってるらしいけど」

「じゃあ、あの人も知ってるわけだ……」

「……?」


 恵里衣はきょとんとした表情で首を傾げる。

 円の言うあの人、とは当然――――。




      6




「知ってたんですね」

「ああ、知ってたで」


 恵里衣を自分が眠っていた部屋のベッドに寝かした後、SSCの隊員たちに聞いて吉宗がどこにいるのか聞きだし、今は「コマンドルーム」と呼ばれるスカイベース内の吉宗の個室に円はいた。


 この個室はオフィスと茶室二つが分けられて設けられており、茶室の方の壁には「不撓不屈」と毛筆で書かれた掛け軸と、浮世絵で描かれた情景画が描かれている屏風絵が掛けられている。


 そんな中途半端に古風な空気があるこの部屋で、円の問いかけに神妙な顔つきで吉宗は答えた。


「正確には、あの光のウイルスが関わってるっちゅうのはお前ら二人があのビースト二匹を倒した後やったけどな。あいつの発する霊周波が、光のウイルス、つまりファントムヘッダーと合致したんや」

「それ僕だけが知らなかったんですよ」

「そうやな。お前さんが蘇ったのは三週間前。前回のファントムヘッダーの事件はもう一年前の話や」

「なぜ教えなかったんですか! 僕だけがッ――!」

「聞かれんかったからな」

「は?」

「円、そういう大事なことは、自分から聞いていったり、自分で調べに行くんが普通ちゃうか?」

「そんなのズルいですよ。聞かれなかったからなんて、言ったもん勝ちじゃないですか」

「事実や。情報は自分から得るっちゅうもんやで」

「そうですか。そう来るか、あなたは」


 このやりとり。恐らく吉宗が円から引き出そうとしている言葉。それは円自身で分かっている。

 この駆け引き、勝負はとっくについていた。


「じゃあ、なってやりますよ」

「んん?」

「この隊に入ってやるって言ったんですよ、僕は」

「おお! そうかそうか!」

 と嬉々としてデスクから立ち上がり、円の方に歩み寄ってきた。


「これはええ話やないかい」

(よく言う。そう狙ってたくせに)


 円にとっても、ここにいる方が得は多そうだ。吉宗の言う通り、円自身、いまだスピリットやビースト、ファントムヘッダーの知識が圧倒的に足りない。


 そういう知識を自分から得るということから考えればここに入っていれば自然とそういう情報も取り入れられる。


「まぁ、これはおめでたいことやと、とりあえず握手、と」

「…………」


 差し伸べられた手をしばらく見つめ、考える。

 この手を握ったとき、円と吉宗は部下と上司と言う関係になる。

 後戻りは許されなくなる。


(望むところだ……!)

 円は、差し伸べられた手を握った。




      7




 

――――恵里衣ちゃん……ありがとう。


 そう円に言われた。

 円の命を救ってやった。


 間接的ではない。あの攻撃の直撃から庇うという直接的に、円の命を救ってやったのだ。円はいつもこれをしていたのかと思うと、なぜかこそばゆくなって自分でも笑ってしまう。悪くない気分だった。誰かを助けるというのも。

 また、それよりも――。


「ん、円」

「あぁ、起きてたのか」

 部屋のドアが開いて、円が入ってくるのに気付いた。


「なんだ、もう大丈夫みたいだな」

「アンタの時とは違って私の場合はエネルギー切れは起こしてなかったからね。ギリギリ、持ち直せた、って感じかしら」

「そっか。それは良かった」

 パイプ椅子を開いて恵里衣の寝転がっているベッドの傍らに座る円。


「エネルギー切れとか嫌だぞ?」

「そうね。エネルギー切れした時は普通にエネルギーそそぐじゃダメだし」

「……?」

「円に噛みつかれたりチューされたり――」

「え? 何言ってんの?」

「え?」


 円は恵里衣の言っている意味が分かっていないようだ。

 その時、恵里衣自身何言っているのだと、そう思うと顔の辺りが熱くなってきた。


「ひっ……あッ……!」

 ガバッと体を起こし、


「全部忘れろ!」

「はっ――ッ!?」

 恵里衣の拳が、円の顔面に突き刺さった。




      8




――――数時間前――――

「私のせいで――ッ!」

 スカイベースの甲板に足をつかせると不意に漏れ出した言葉。それは、罪悪感。すぐに戻っていれば良かった。


「私が――ッ!」

 声がひきつってしまう。気をゆるんでしまった瞬間、目の前にいる吉宗のメモくれず泣き出してしまう。それはダメだ、と。

 言い聞かせているのに……。


「まさか」

 吉宗の声が震えていた。スピリットがビーストに負けた。スピリットが勝てないビーストにどうして人間が勝てるか。ビーストの力もついにそこまで来てしまったのかと、恐れを抱いているのだろう。


 だが、恵里衣にとって重要な事はそこではなかった。もはや気にしてすらいない。


「また、円を殺す!!」

「またやと?」


 天ヶ瀬円と言う少年が、自分のせいでその光を散らせてしまうという事のほうが恐れであった。どう顔向けすればいいか分からない。


「場所を貸して!」

「おお、おお。分かったとりあえずそいつかつぐから入れや」

「いい! ここで何とか出来るから!円を匿う場所貸して!」

「ここでって。なんや、一体!」


 吉宗の言葉など、恵里衣の耳には入っていない。

 急を要するのだ。

 数秒が惜しいこの状況、すべての質問に答えられない。


「円、今すぐ何とかするから」

 と、つれてきた円を甲板に仰向けに寝かせ、恵里衣はその円の上に乗る。


「おい、恵里衣。何する気や」

「あんまじろじろ見ないで」


 それは、心の底からの言葉だった。

 なぜなら今から恵里衣がすることは、人に見られたくはない、恥ずかしいことであるからだ。


「円……」

 円の頬をなでるようにさわった後、目を閉じて――

 それは一瞬であった。


 恵里衣の唇と円の唇が触れ合った。


「おお……。偉い大胆な」

 と、言う吉宗の声も、耳に入らない。

「ん……」


 恵里衣にとってはこれが至って真面目なのである。

 円は当然、恵里衣にキスされていることなど気づいているわけがない。


 十秒少しすぎた頃に円の唇から自分の唇を離し、円の顔をまた見つめる。


(今こいつに……)

 これが恵里衣にとってのファーストキスである。

 そう自分で思うと胸のあたりがぎゅっと締め付けられるように苦しくなって顔のあたりが熱くなってほんのり頬が赤くなっていく。

 自分の呼吸も少しおおきくなってきている。


「……ッ……」

 と、今度は円の首も取に顔を埋め、口をつけ――

 そして噛みついた。

 恵里衣の犬歯は円の首もとの皮膚を貫いて深々と刺さる。


「んぐ、んっ……」

 呼吸が一瞬しづらくなって小さくうめき声を漏らすも、すぐにまた落ち着いてくる。

 それもまたしばらくして、


「くは……っ」

 口を首もとから離して一息つく。

 この胸のドキドキは何なのか。当然恵里衣は理解している。


「円……」

 死体のように眠る円の顔をしばらく見つめ、恵里衣は円の体からどいてやった。

 その後すぐに円は隊員たちによって医務室に運ばれたのだった。




      9




「エネルギー切れっていうのは人で言う心肺停止状態なの。普通にエネルギー入れても意味ないのよ。直接エネルギーの流れをつなげないと助けられないのよ」

「だから意識のない僕にキスしたり噛みついたりしたのか」

「ストレートに言うな!!」


 恵里衣がバシンッと枕で思いっきり叩いてきた。

 あまりの強さに円にぶつかった瞬間、枕が破裂して中の羽毛がブワッと飛び出してきた。


 恵里衣がこうしてくるのを見るとやはりおもしろく、かわいげがある。

 この恵里衣の様子をみて確かに元気になってきているなと、安心していた。


「恥ずかしいかったのよ。おかげでしばらくエネルギーの使用できなかったんだから」

「そうか。それは危なかったな。ビーストが来たとき、大変だ」

「他人事みたいに……」


 とぶつぶつ呟き、恵里衣は破裂してペシャンコになった枕に顔をうずめて、しばらく呻き始めた。


(恵里衣ちゃん……)

 この少女にだけは言わないでおこう。

 恵里衣は人間との共闘を嫌っている。

 円がその人間たちと共に行くという事を知れば嫌われるかもしれない。それは円自身嫌であった。


「よいしょ……」

 円は恵里衣の頭をほんの少し撫でてやってそれを誤魔化すように、立ち上がった。


「うぁっ。何すんのよ」

「いやちょっと支えに」

 突然頭を触られたので恵里衣は何だというように頭を押さえてこちらを睨んでくる。


「じゃ、僕は友里迎えに行ってくるよ」

「あ、私もこっから――」

「エネルギー切れはしばらく寝てろって」


 立ち上がろうとする恵里衣の額に四本指でデコピンをしてベッドに寝かしつける。


「後で僕があの人に恵里衣ちゃんがいつでも出られるように頼んでおくからさ」

 先ほどから頬をほんの少し膨らませて睨んでくる恵里衣を傍目に円は医務室から出て行った。




      10




 甲板から飛び降りてから、仁舞区内の人目に付かないところにゆっくりと足をつけて、そのまま友里がいるであろう、養護施設へと足を運んでいた。


「大丈夫かな、寄っても」

 円は死んだ人間であるという事を知っている人物は多い。

 当然、養護施設に住んでいる友里を含め子供たちもそうだ。そこに突然円が立ち寄ったら何が起こるか、予想は出来る。


(大騒ぎになるよな、絶対……)

 色々な意味で大騒ぎになる。間違いない。

 だいたいは不思議がって喜ぶか怖がるかの、どちらかだろうが。


「ん?」

 その養護施設へと着こうとした頃だろうか。

 その正門前に友里がその正門から出てきて歩き出していた。

 そこでおーいと呼ぼうかと思ったが声に気づいて誰かが施設の中から出てくるかもしれない。


 万に一つだが、そのリスクも負わなくてもよいなら出来るだけ負わないようにする。

 友里は円の向いている方向に向かって歩いているようだ。


「よし……」

 円はその友里の歩くスピードよりも少し速い感じで歩いてついて行くようにして、養護施設の正門を通りすぎた辺りからほんの少し駆け足で友里に迫った。


「おいっ」

「……ッ!?」


 突然背後から肩を掴まれビクリッと硬直した。

 硬直して、


「ハァアッ!!」

「――ッ!? ヤベ――ッ!」

 当然、痴漢だと思われてしまい、

 友里の突然の上段回し蹴りに咄嗟に防御態勢に入る円。


「えっ?」

 だがその上段蹴りを食らわせようとした相手が円だと知るやいなや、ピタリとその攻撃を止めた。

 円の防御の為に交差させた腕にぶちかますほんの寸での所であった。

 ブワッと風圧が円の髪の毛を揺らす。


(い、痛そー……) 

 大抵の一撃ならかゆい程度ですむのがスピリットだが、友里の全力の蹴りだけは、絶対食らいたくない。

 円は素直にそう思った。


「なんだ、円か……」

 なぜかツンとしたような態度をとられた。

「なんだってなんだよ、なんだって」

 と、円は防御態勢を解く。

「ふん……っ」


 ふいとそっぽを向いて円などいなかったかのようにスタスタと歩みを進めていく。

幼なじみだから分かる。友里は怒っている。久しぶりに見るような感じで。


「おい、なんだよ。そんなイライラして」

「別に」

「理由もないのにそんなの当てられてんじゃ、僕も怒るぞ」

「理由……?」

 その場でピタと立ち止まり若干肩をふるわせる友里。


(え、これって……)

 友里がイライラしている事に円自信もいらつき始めていたが、その友里の様子を見て一瞬で冷めた。


「別に……無いけど……」

 此方に振り向いてきた友里の顔は笑っていた。

 眉はヒクヒクと動いているが、笑っている。それがいっそう恐怖心をかき立てた。


(ブチ切れてる……!?)

 理由はあるのだ。

 円が見ていない間に何かがあったに違いない。子供たちに何かされたのか。と聞きたいところだが、今は聞けるような雰囲気じゃない。

「あ、そういえば……」

 と、ふと思い出す。


「なあ、友里」

「…………」

「おばさんとおじさんのお墓、どこにあるか知ってるか?」

「は? 何聞いてんの」

「いや、久しぶりに寄ろうかって……」

「…………」

 相変わらずツンとしてほとんど相手にしてくれない。


(これじゃ、恵里衣ちゃんと変わんないな。いや、恵里衣ちゃんはすぐ行動にでるからいいけど、友里の場合、これは長いぞ)

 これは参ったと頭を押さえてため息をはく円は、次は何を言えばいいのかを考えながら未だ友里の後ろをついていた。


「今度……」

「ん?」

 突然友里が言葉を発したので何を言ったのか聞き取れなかった円。


「今度、来るの遅かったら許さないから」

「あ……うん」

「……ふぅ」

 と、細いため息を一つ吐いた後、友里はクスリと笑ってみせた。


「じゃあ、いいよ。今回は許してあげる」

「あ……あはは……」

 どうやら友里の機嫌はなおったようだ。

 今度というのは、友里の両親のお墓参りの日のことだろう。どうかその日にビーストが出現しない日であってほしいものだと、円は願うばかりであった。


「とりあえず、はいこれ」

 と、友里が鞄の中から取り出して渡してきたのはずっと借りっぱなしの円のパーカーであった。


「あぁ、忘れてた」

「え。じゃあこれもらってもいいの?」

「いや、ないと肌寒いって」

「肌寒いって何よ」


 円は友里に差し出されたパーカーを着込み体躯になじませる。

 秋と春を行き来しているように、人間よりも寒さ暑さには強いのは分かるが、冬真っ只中の今、スピリットである円でも上に何も着なければ、当然寒いと感じるわけである。


「変なにおいあったから洗濯しといたよ、むこうで」

「そうか。それはありがとう。どうりでいい匂いがするわけだよ」

「服、買おっか」

「え、いや、お金は――」

「私が出すから。ちょうどほしいものあるし――」

 と、友里は円の手を掴んだ。


「遅かったお詫びに、付き合ってよね」

「あ、ああ……」

 了承も拒否もする暇もなく、友里は円の手を引いて走り出した。


(ああ……やっと会えたな)

 三週間があまりにも長かった日に思えた。

 今こうして掴まれた手を、円は求めていた。

                     Going to next episode――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る