Dreamf-5 握られざる拳(avan)

 この場所に来ると、いつも小さなため息を吐いてしまう。たまに、無意識に寄ってきてはこんな事をしている気がする。

 友里がきた場所は、幼稚園の運動場ぐらいの広さがある庭が玄関先にある保育園のような建物がある施設だ。


「また来ちゃった……」

 だが、今回は無意識に来たわけではなく自意識的にきたのだから、何か違和感がある。


 中央仁舞児童施設。


 小学校に入って三年の事だろう。友里は両親を亡くした。

 父親が、出張に行くというと海外に発った飛行機が墜落した。乗務員乗客全員死亡との事であった。当然、友里の父親もその乗客の一人であったので、生きているわけがなかった。それは、友里が小学校に入学して二ヶ月後の事であった。


 友里の母親は強い女性だった。

 夫を亡くしてさえ、友里の前では泣かなかった。父親を亡くしたという事実は、かつて幼かった友里にとっては余りにも厳しすぎる現実であったと思っていたのか、友里には出張に出ていると隠し通してきていた。なので友里が、父親が死んだという事を知ったのはもっと先であった。


 友里と母親の二人の生活は、慎ましくも幸せであったと、今思い出しても、そう思うことができる。母親の作るご飯はとてもおいしかった。母親の仕事の帰りが遅くなった時に、こっそりと冷蔵庫に作りおかれていたプリンをつまみ食いをしたときにはよく叱られたものであった。いっしょにバラエティを見て笑ったり、いっしょにちょっと遠くへ出かけたりと、普通の親子がする楽しみを友里と母親でしていた。たまにその中に円が加わったりしていた。


 そんな日がきっと、絶対続くと思った矢先であった。今度は友里の母親が病に伏し、そのまま命を落とした。悪性リンパ腫であった。


 葬儀の日、もちろん親族の友里は出席した。友里に祖父母はいない。曾祖父も曾祖母も。まだ子供であった友里が葬儀を取り繕えるはずもなく、代わりに円の両親がしてくれた。


 その時であった。父親が死んだのだと思ったのは。なぜなら、父親の葬儀の時もその場にいて、母親の葬儀の場の空気が同じであったからだ。小学三年生になるとさすがに、「死ぬ」という事が何なのか分かっていた。


 だから、涙が止まらなくなった。

 自分の周りに、家族がもう居なくなってしまったのだと。

 家族を失った友里が住んでいたのが、この児童養護施設だった。


「円にとったら今の私の家ってここになるんだよね」


 友里は、この施設に中学を卒業するまでお世話になっていた。人間としての天ヶ瀬円が死んだのが、中学二年だったので、今の友里が一人暮らしをしているという事は知らないはずだ。


(入っても、大丈夫だよねきっと)

 入り口の門をあけて敷地内に一歩踏み込む。と、


「ん?」

 施設の外廊下を歩く一人の女性の姿があった。もう朝なので子供たちを起こそうとしているのだろうか。


「あの人は……」

 よく見知った人物であった。

 友里が小学五年の頃までのお手伝いの人だった気がする。


 茶色の短髪ボブの髪型で身長は友里と大差ないが数ミリほど低い。

灰色のトレーナーの上に青色のパーカーを着ており、下はホットパンツの下にパンティーストッキングを履いている。


「怜奈さん!」

 と、友里はその女性の名前を呼び、駆け寄っていった。友里に呼び掛けられ、秋庭怜奈あきばれいなはこちらに振り向き、友里の顔をしばらく眺める。おそらく、ちょっと忘れかかっていたのだろう。


 だが、友里が自分に近くにまで来ると、また、友里が自分に駆け寄ってきたときに友里が子供のころでも思い出したのか。


「もしかして友里ちゃん?」

「はい。久し振りです」

 すっと耳に入ってくるこの声、変わっていない。


「友里ちゃんだ! 久し振りい! あんなかわいかったのに、こんな大きくなってえ!」

 子供の頃してくれたように、友里の髪の毛をさらっと触り、頭をなでてきた。


「もう高校生ですよ? 私」

「そっかぁ。背も私越されちゃってるなあ」

 と、苦笑いを浮かべて友里の頭から手を離す。


「二年生?」

「四月から」

「そっかぁ。とりあえず寒いでしょ外。中入って」

「はい!」


 友里は怜奈につれられて建物の中に入っていく。

 玄関に廊下。子供たちが寝泊まりしている小部屋のドア。

 まだ一年しか離れていないと言うのに、懐かしく感じた。


(ちょっと私も歳とっちゃったのかな)

 と密かに、またほんのすこし笑みを浮かべる。


「にしても驚いたよ、私」

「ん?」

「私、保育士の免許取ってこの施設で働いてるんだけど、友里ちゃん、居なくなっててね」

「私、受験シーズン頃に一人暮らし始めてましたから」

「へぇ、その制服だと仁舞高校?」

「はい」

「そっかぁ。私といっしょだねぇ」

「あぁ……はは……」


 と苦笑いを浮かべる友里。

 そういえばそうであったと、思い出す。


(そういえば怜奈さんの制服姿、すごくかわいかったっけ)

 お手伝いに来ていた時当時の怜奈は高校生であった。学校の終わりに立ち寄ってから着替えてよく自分たちの相手をしてくれていた。

 頼れるお姉さんと言う感じで、友里は好きだった。


(なんとなくあこがれてたんだよね)

「ん、どうしたの? 友里ちゃん、私の顔見てにやにやして」

「えっ?」

 いきなり何を言われたのかと、友里は驚いてすこし変な声が出た。


「私の顔見て、なんか思い出してたの?」

「あ、いや、何でもないですよ別に」

 と、すこし不自然な笑顔を取り繕って「ははは……」と苦笑いを浮かべる。


 そんな事をしている間に職員室に着き、二人中に入った。

 室内はストーブが焚かれていたおかげで、ほんわりと暖かい。


「ふぅ……」

 友里は円のパーカーとブレザーを脱いで入り口近くにかけてあったハンガーに掛け、マフラーもそのハンガーの首に巻いて、ハンガーがかけられていた所にかける。


「じゃあゆっくりしてて。私、子供たち起こしてくるから」

「はい」

 

怜奈はそう言い残し職員室から出て行った。

 一人残された友里。

 持っていた鞄を誰かの机の上に置き、ストーブに近づき、手を当てる。


「あったかい」

 思わずぼそりと漏れる。

 しばらく、円が戻ってくるまでこうしていようと、友里は思った。

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