Dreamf-4 SSCの戦士(A)
1
覚醒したとき、ピンッピンッと言う心電図のような音が聞こえた。
聴覚が戻ったのだ。
「……ッ、ハァッ……」
自分の息が妙にこもったように聞こえる。マスクでもつけられているのだろうか。
円は目をあけ、光りが入ることがわかり、
(あぁ、生きてる……)
エネルギー切れを起こして倒れてそれから先は完全に記憶がない。
円は自分の体が動くことがわかり、手を上にかざす。
エネルギーの限界を知らせる光はもう円の体に走っていない。思いの外ダメージが残っているようだが、エネルギーが戻っているというのなら、回復もすぐだろう。
「はぁ……」
自分の顔に当てられているマスクがうっとうしくなったので外し、ついでに服の下に潜り込まされている心電図のパッドも外す。
そのとき、円のベッドの脇にある心電図のモニターがやかましく鳴り出した。
「あ、くぅう……」
何とかモニターを切ろうと手を伸ばすも、ギリギリで届きそうにない。
「はあぁ……」
円は片手をベッドに突き、身を乗り出して手を伸ばし――
「円ッ!」
「うあっ!」
突然呼ばれて驚いてビリビリッと電撃が体中を走るような感覚を味わった。何も悪いことをした覚えはないが。
自動のスライドドアが開き、入り口から飛び入るように現れたのは、恵里衣だった。
「え、恵里衣ちゃん……?」
「円……」
「……?」
「円……円……」
意識を取り戻した円を見て呆けたようにフラフラと近づいて、すぐ目前に来るとしゃがんで円の手を触る。ぎゅっと力なく、いつも円が見る恵里衣とは思えない。いつもの恵里衣なら、「ヒック……ッ」と泣きそうにしゃくりあげる事も――
「って、何で泣きそうになってるの!?」
「別に泣きそうに――ッ!」
と、言われて自覚した恵里衣は目元をゴシゴシと拭い、
「なってないわよ!」
ムキになって噛みついてきた。素直じゃないなと、円は苦笑いを浮かべる。
そんな円の態度がほんのすこし癪に触ったのか。うなり声をあげてジト目で円の顔を睨む。
だが、しばらくしてため息を吐いた。
「円は自分がどんな状態だったのか、分かってたの?」
「……うん……」
突然、シリアスな話になり円の気持ちも少し下がる。
「死にかけた……」
「死にかけた!?」
思わず身を乗り出して顔を近づかせて剣幕な表情で円の目を睨む。
「かけてないのよ!死んでたのよ、アンタ!エネルギー限界でビーストニ体を相手にするなんて正気!?スピリットとビーストの力の差が広がってるからって、そんな体の状態でニ体も相手してたら、エネルギーが切れるに決まってるでしょ!」
「いや、でもあのビーストは――」
「知ってるわよ!普通じゃなかったって言いたかったんでしょ」
「知ってるなら、仕方なし――」
「んなわけないでしょ。危ないって思ったら、すぐ逃げなさいよ!初めて会ったとき、そう言ったでしょ!」
「ごめんなさい」
「ったく、謝るときだけ素直なのね」
「でも、僕――」
「んん?」
「ウッ!?」
口答えは許してくれないらしい。鬼のような顔で円の顔をにらみつけてくる。円はまたビーストと戦うときとは別の意味で命の危険を感じた。何とか話を、ほんの少しそらさなければいけない。
「そういえば、ビーストはどうなったんだ?」
「それは……えぇ、それは……」
まずい事でも聞いたのか、恵里衣の表情がコマ送りみたいに変わってワナワナとし始め、答えを渋り始めた。
「……」
円は黙った。もはやそれが答えであると、察したからだ。
「それは――」
「心配はいらんで」
と、部屋の出入り口からまた一人現れる。ツバの付いた帽子をかぶり、老眼鏡をかけた細目をした老人である。
「……?」
「パラドックスキーパーっちゅうもんを使って、境域の発生の維持を長引かせとる。一日ぐらいやったら、大丈夫や」
初めて見る顔である。
(スピリット……じゃない、か……)
スピリットがスピリットを感知するのが苦手だとしても、これだけ近くだとさすがに分かる。
(けど、だとしたら……IAの関係者……ッ!?)
恵里衣からは話を聞いたことがある。スピリットとビーストがこの世界に生まれ戦っている。だが人間の中でスピリットとビーストの力を解析、実験し、対ビーストの戦力を持つ組織がある、と。
「…………」
「確か、お前さんとは初対面か」
「…………」
今初めて、自分が人間に解析される側であると実感できた。スピリットでもなく、ビーストでもなく、円に強い関係がある人物でもないくせに、こうも「普通」に接してくる。興味、関心。初めての物を目に触れる機会を与えられ、それを見に来た見物客の様だ。円は、動物園に期間限定でやってきた稀少動物と言う辺りだろう。
柔らかい微笑を浮かべながら、その老人は、
「その俺を見る目からして察してるんやと分かっとるけど、一応肩書やからな、これは。IA特殊行動部Soul Saver Clews司令、吉宗正嗣。よろしくな、一〇番目」
「あ、はい……」
一〇番目と呼ばれてなぜか答えてしまう円。
「で、俺の自己紹介はやった。次はお前やで」
「え、僕?」
「当然や。礼には礼で返せって、学校の先生にならわんかったんか」
「知らない人からは逃げろとは教えられました」
「あぁ……。そういうのやから、大人がどんどん住みづらくなるんや」
本気で落胆しているようだ。円の自己紹介が無かっただけで、現実でも突きつけられたのか。確かに、大人が住みづらい世界になってはいるが。
「……天ヶ瀬円」
「んん?」
「僕の名前です。天ヶ瀬円です」
「あまがせまどか。円は円形の円か?」
「はい」
「天ヶ瀬は、京都にあるダムと同じ文字か」
「……?」
「天ヶ瀬円……。女につけるみたいな名前やけど、ええ名前や」
「……?」
「よっしゃ覚えたで、天ヶ瀬円」
覚えられた。円はなぜか怖くなった。ヤクザや不良グループに名前と顔を覚えられたような感じを味わった。
そんな時、吉宗の服の襟に付けられている通信端末からピピッという電子音が聞こえた。
「ん、失礼」
吉宗は背を向けて向こうへと離れて、「吉宗や」と名乗る。
『チームイーグル、B50エリアのビースト、掃討成功しました』
「ん、ご苦労さん。ゆっくり帰還してこい」
『了解』
それからピッという通信切断の音が聞こえた。それから得意げな笑みを浮かべてこちらに振り向いてくる。
そんな事をされて嫌な顔を浮かべるのは恵里衣だ。
「何よ」
「いや? 何でもないで」
「…………」
「人間もやるもんやろ」
「別に」
恵里衣はふいっと吉宗からそっぽを向いた。
(露骨だよなぁ)
さすがに露骨すぎる。だが、そんな事を言えば恵里衣に止めを刺されかねないので心中に留めるだけにしておく。
「さて、俺は帰ってくる奴らを迎えなあかんからブリッジに戻るわ。スピリットはスピリット同士で仲良うしいな」
吉宗は円、恵里衣の順に目を配ったあと小さく笑みを浮かべながら頷き、そのまま部屋から出ようと背を向けた。
「……あれ……」
と、ここで円は一つ思い浮かぶ。
(ブリッジ?)
吉宗が言ったその単語が。
「あの!」
「んん? どないした」
と、円に呼び止められ、吉宗はこちらに振り向く。
「ここ、どこですか?」
「どこって、どう言うことや。SSCの司令官である俺がいるんやから、基地やろ」
「いや、さっきブリッジって」
「あぁ、それで気づいたか。その通りや。ここは空の上。成層圏の中や」
「…………」
円は黙り込んでしまった。吉宗の言っていたことを、冷静に思考しているからだ。
まずは、
(なにを言ってるんだ、この人は)
から始まり、
(成層圏、空の上?)
と続き、
(と言うことは、ここは飛行船の中か?)
と言う答えにたどり着いた。
「…………」
その結果からくる円の行動は、黙り込む事だった。
「…………」
思考が止まってしまったのだ。
「ま、信じられんのは確かやろうけど、ぼちぼち慣れていけや。恵里衣はスピリット同士、一緒にいてやれ」
吉宗はその言葉を言い残し、部屋から出ていく。
「あぁ……はい……」
「…………」
円は呆気な表情を浮かべながら吉宗が部屋を出ていった後に返事をし、恵里衣は小さくため息をはいた。
そうしてしばらく沈黙。
恵里衣もなにも話さない。話しかけてくれすらしてくれない。
お互い、二人っきりになったときなにを話せばいいのかわからないのだ、と、円は考えた。
(友里となら、お互い思い出話でも花が咲くんだけどなぁ……)
と、思いふけっていると、「ねぇ」と呼ぶ声が――。
「…………」
「ねぇ」
「…………」
「ねぇ!」
「……ッ!? なに?」
考え事をしていたせいで恵里衣が自分を呼んでいる声が聞こえなかった。大きな声で呼ばれてようやく気づいた円は、目を丸くして首を傾げた。
「呼んでるんだから、返事しなさいよ」
「あ、ごめん」
「全く……」
「で、何?」
「ん? あぁ……。アンタがいつまでも反応しないから忘れそうだったじゃない」
「…………」
言葉がない円。まさに、「おっしゃる通り」なのである。だが問題なく思い出したのか、恵里衣は話を続ける。
「私、アンタの戦いは近くで何回か見てるわ。覚えてるわよね」
「ん、あぁ……」
恵里衣と出会った三週間前。円がこの世にスピリットとして蘇った日である。スピリットとして蘇った早々、ビーストに襲われた。まず、状況がわからなかった。そもそもビーストの様相が恐ろしすぎて最初見たときは恐れで動けるまで時間がかかったはずだ。
だが、ビーストが放った攻撃を腕一本で弾けたとき、どうにか出来るとでも思ったのだろう。戦う事をその場で選択してしまった。
格闘術を身につけていた円が戦闘に慣れるのは早いものであった。だが敵は人間ではなくビースト。それも、円の格闘術はどちらかと言えば争いを避けるための術。もちろん、それを完全な攻撃に転換することも出来るのだが……。
「あの時、私が戦いに割って入らなかったら、アンタ死んでたわよね」
「あぁ、そうだったね……」
「そうだったねって……。ったく……」
本当にわかっているのかと頭を抱え溜息をはく恵里衣。円自身でも分かっているつもりだ。まだスピリットとビーストの間に実力差があるものの、確かに、ビーストが強くなってきている。徐々に強くなってきていた。
(何で、あんな強くなった……)
ふと、円が退治したニ体のビーストを思い出す。どう考えても、強くなったのは突如飛来した光が原因だ。あの光はなんなのか、と――
「おいっ」
「ん、イテッ」
バシッと頭を叩かれた。ちょっと痛い。円は叩かれた頭をさすり苦い表情を浮かべ恵里衣をみる。
「イッタイなぁ」
「人と喋ってるときに別の事考えてるからでしょ。何言いたかったか忘れちゃうじゃない」
「いや、無理に思い出さなくても――」
「あぁ、思い出した」
恵里衣の状態が秒速で変わっている。
「アンタっていつもあんな戦い方をしてるわけ?ビースト相手にまともな攻撃を加えないような」
「手加減してるわけじゃないだろ。いや、でもしっかり止めを刺せてるじゃないか。なら別にいいんじゃないのかって――」
「ついに通用しなくなったの、今回負けて分かったでしょ」
「分かってる! 分かってはいるんだ」
「じゃあ、しなさいよ」
「でも……」
と、円は片手拳を握り、その拳をもう片方の手で握った。
「どうも、好きじゃないんだ……」
「……?」
「嫌いなんだ」
「…………」
円の放った言葉を考えているのだろう。恵里衣が何も言い返さないことから、円はそう察した。
2
SSC拠点基地、空中要塞スカイベース。
成層圏を滞空し、ビーストや境域を検知、ビーストの掃討を担当する特殊チームを派遣し、掃討を行う。
もう昼頃であろう。そろそろ腹の虫も鳴る頃だろうが、どうにもそうはならない。
吉宗はブリッジの窓から外をぼうと眺めたままであった。
(天ヶ瀬円に、桐谷恵里衣……)
吉宗には、どうにもこの二人がスピリット以外のつながりがあるように見えるのだ。
おそらく天ヶ瀬円は知らないはずで、吉宗も当然知らない。
だが、桐谷恵里衣はおそらく知っている。
証拠に――。
3
それは、突然現れた。
ブリッジには日系と欧州系のオペレーター二人と、吉宗。
「コマンダー!」
「んん?」
日が昇り初めて数時間も経っていなかった頃だろう。
境域が二つ発動した。
もう一方の境域には十人目のものと思われるスピリットの反応があった。そちらはもう心配はいらないだろう、と、吉宗はもう一方の境域の方に対ビーストの特殊チームを送り込んだ。
それから二分も経たなかった頃。
「どうした」
「スカイベースの八時の方向から、プラスの霊周波を探知。向かってきています」
「んん?」
霊周波とは、ビーストやスピリットが無意識的に体全体から発している特殊な周波数を持つ電波のようなもので、オペレーターが先ほど言ったプラスと言ったものはスピリットが放っていると言う事を意味している。プラスがあればマイナスもあるもので、当然、マイナスはビーストの霊周波である。
「どいつか、照合できるか」
「はい。やってみます」
と、オペレーターは再びモニターに向き合い、感知された霊周波と今まで確認されたスピリットの霊周波を照合している。
「一つは、「クリムゾン」……」
クリムゾンとは、スピリットに付けられるコードネームの一つ。そして、それは五人目のスピリット、恵里衣を意味していた。
「ん? 一つは、っちゅうことは、二人以上か」
「はい。二人です。もう一人は……なんだろ……。おそらく、新種です」
「新種? 十人目か」
「おそらく」
十人目のスピリットの存在が確認されたとされたのは三週間前であった。
だが、確認されてすぐに境域が発動してしまったもので、発する霊周波データを保存する暇さえ無かった。
なので、データに無いプラスの霊周波は、十人目のスピリットであると確定となる。
「何でこっちに。仲間になるつもりなんか、あいつ」
「コマンダー?」
「いや、何でもない。さて、俺はお二人をお迎えに行くわ」
「…………」
上機嫌そうにブリッジから出ていく吉宗の様は、どこか躍り出ているように見えた。吉宗もそんなつもりなのだろう。
「おお、ちょい寒いな」
成層圏の中なので、本来こんな「ちょっと寒いで」済むはずがない。
スカイベースを覆う特殊な防護フィールドのおかげである。
「八時……ん?」
八時の方に、スカイベースに向かって飛び来る影が、重なって二つ。
「あれか……」
と、そちらの空を目を凝らして見る。赤い光が尾を引いて、伸びていく。だが、感知したスピリットは二人のはず。もう一色、もう一本足りない。
「……ッ」
こちらに飛び来る赤い光。こちらを見つけたのか、光がこちらに飛び向かい、数分も経たたず、それがスカイベースに舞い降りた。
「――――ッ!」
「私のせいで――ッ!」
赤い光は恵里衣のものであった。
恵里衣は高校生ほどの少年に肩を貸すように飛んでいたようだ。その少年が十人目だろう。十人目はまるで死んでいるかのように見えた。
「私が――ッ!」
声をひきつらせ、今にも大泣きしてしまいそうな声色である。
「まさか」
おそらく、吉宗の想像しているとおりだろう。この少年、スピリットが、ビーストに負けた。ただ、それだけで吉宗の中に恐れが生まれた。
「また、円を殺す!!」
「またやと?」
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