Dreamf-3 ファントム、胎動(A)

       1




 気づけば朝である。朝と言っても先ほど日が昇ったばかりであるので、本当にまだ薄暗く、人気も少ない。こんな朝早く外をであるくのは、ランニングやウォーキングをしていたり犬の散歩をしていたり、徹夜をして近くの自動販売機までコーヒーを買いに来る学生ぐらいである。


 そんな時間に小さな児童公園のベンチに座っている円と友里。

 円はうとうとしながらも一晩中起き、友里はそんな円に寄り添うような感じで眠っていた。円的には、一応恵里衣の帰りを待っていると言う建て前を持っている。


 そこはかつて友里と円のランニングコースのちょうど折り返し辺りであった。

 いつもならばここに座るときはお互い動きやすい服なのだが――否、服であったのだが、友里は制服の上に円のパーカーを羽織り、円は私服と言う、運動するには適する格好ではない。傍から見れば恋人かそれか兄妹――姉弟――に見えることだろう。


 もちろん、円もその事には気づいてはいる。

「ふあぁ……」

 と、そんな事も気にしている様子もない円は大きく欠伸を一つ。


「さすがの今の僕でも寝ないと体が怠いなぁ……」

「すぅ……」

「うぁ……っ」


 その時、柔らかい吐息が円の首元を撫でる。不意だったので、思わず円の口から引きつったような変な声が出てしまった。

「ん、んん……」

(え、起きる?)


 うめき声をあげ、顔をしかめる友里を見て、ふと、思った。

 その円の直感通り、友里は瞼を細く開け、辺りを見渡そうと身を円の体から離して眠そうな顔で辺りを見回した。

 そして自分の体を見やり、着せられている円のパーカーを見て……。


「ふぅ……」

 また寝た。

「うおアブなッ」


 前かがみに友里の体が倒れたものなので、とっさに手を差し伸ばして体を支えてやる。その時不意に触ってしまったようだが友里が気付いている様子は無いので大丈夫である。


「はぁ……」

 安堵の溜め息を吐いて友里をベンチにもたれかからせ、安定する態勢にする。


「寝相が悪くなってる……」

「んぅん……」

 友里が体を円の方に預けてきて、その時、円はある確信にいたる。


「寝てないだろ……」

「んふぅ……」

 友里の口から吐き出されたそんな細い息は溜め息のように聞こえた。その時、円の頭に案の定と言う言葉が思い浮かんだ。

 その時、友里は目を閉じたまま不機嫌そうに顔をかすかにしかめ、


「円のむっつりスケベ……」

「は?」

 そう言い放ちじと目で円を睨む。


「いきなりなんだよ、不機嫌になって」

「どさくさに紛れて私の体を触った癖に、「ごめんね」も言わないの」

「その前に、起きてたならわざわざ寝たふりなんかするなよ。僕だって寝相が悪くなったって思って受け止めたんだ」

「あ、ありがとう……。別に悪くなってないから」

「そっか」

「ふぅ……」

「…………」


 会話が止まり、お互い何を話せばいいのか分からなくなった。

 ずっと会っていないのだから、友里には詰まる話もあるはずだが、いまこの状況でそれを言うべきではないと考えているのか、それすらも話さない。


(これは……気まずいな)

 そんな事を心中で思っても何も出来ない円。

 そのとき、友里がふと気がついたようにあたりを見回す。


「ねぇ、円」

「ん?」

「恵里衣ちゃんは?」

「さぁ、帰ってきてないなぁ」

「じゃあ、もしかして――――」

「あるわけ無いだろ。よりにもよって」

 何を言い出すのか。

 友里が言葉を言い切る前に割って口をいれる。


(まさか……ねぇ……)

 ビーストを感知した方向を見ながら、一つ細い息を吐く。

「ごめん、ちょっと恵里衣ちゃん探してくる」

「あ、円」

 ベンチから立ち上がった円に手をのばして呼ぶ友里。円は「ん?」と友里の方に振り向いて、首を傾げる。


「友里?」

「あ、う、ううん」

 円に名前を呼ばれるも、その後の言葉はなく首を振る友里。

 呼び止めたのはきっと反射的だった。理由は考えても確信がないので口に出すことはないが、きっとこう言うのが正解なのだろう。


「一緒に探してくれない? 友里」

「ん、え?」

「スピリットがビーストを探すのは簡単なんだけど、スピリット探すのはちょっと難しいんだよ。理由はわかんないけど多分、力の構造が似ているからなんだと思う」

「…………ん?」

「僕が恵里衣ちゃんをさがすのに僕の力がじゃまなんだよ。恵里衣ちゃんが何か力を発してくれたらそこから場所を割り出して探せるかもしれないけど、それが無いもんだから」

「じゃあ、恵里衣ちゃんは――」

「だから……」

 同じ様なことを何度も言わせる気なのかと、円は頭を押さえて唸る。


「有るわけ無いだろ、そんなことがよりにもよって」

「でも、万が一――ッ!」

「無いッ。そんなに殺したいのか」

「そんなわけ無いでしょッ!」


 と、円がピシャリと言うと癪に障ったのか友里が睨んできた。どうやら障ってはいけないものに障ってしまったようだ。


「私だって心配してるのに、そんな風に言うのはやめて!」

「じゃあ、恵里衣ちゃんが倒されたかもなんて言うなよ。どっちにしろ、恵里衣ちゃんに「よけいなお節介」って言われるだけだぞ」

「じゃあ何で探そうなんて思うの」

「そりゃあ心配だからだよ」

「ほら、心配なんじゃん」

「でも、倒されちゃったかもしれない、っていう意味じゃないぞ。もしかしたら、警察につれていかれてるかもしれないからな」

「…………?」


 怪訝な表情で首を傾げられた。友里からすれば円が言ったことが理解できなかったのだろう。

 だが、一々説明する気にもなれない。長くなるからだ。


 円の言ったことのほうが、ビーストに倒されるという事よりも割と面倒な事になってしまうかもしれない。なぜなら、恵里衣に「家はどうした」だの「ご両親の名前は」だの警察に問い詰められた時、言い逃れができないからである。


「何で? 円」

「言うと長くなるからめんどくさい……」

「…………」


 そんな、ぶっきらぼうな円をじと目で睨む友里。理由を知って何のメリットがあるのか分からない。ただ単に円がその様な隠し事をすること自体がいやなのかもしれない。

 聞こえようによってはそのようにも聞こえるとも言えなくもない。


「分かったよ」

 後で説明すると言えばそれをさらに問いつめられて結局時間を食うことになるので、恵里衣を放置するとどうなるかを説明する。


「恵里衣ちゃん、僕に対してあんな態度してたけど見た目はどう見ても高校生じゃないだろ? そんな、高校生でもない子が、夜ほっつき歩いてたらどうなるかって言ったら、誰かに呼び止められるだろう。理由はいろいろあるだろうけど。相手がそこらにいる不良や一般人なら問題ないだろうけど、警察やそれに類する人だったら当然身分聞かれるだろう?「家は?」とか「親は?」とか。恵里衣ちゃんには親も家もないし、身分を証明する物もない。住民登録だってあやしいところさ」

「でも、円だって無いんじゃないの?」

「うん、無いよ」

「探してもおなじなんじゃない?」

「だから、そう言う人たちに声をかけられるまえに恵里衣ちゃんを見つけて連れ戻すんじゃないか」

「ん……んん……」

「……ん?」


 うまく伝わらなかったのか、目を伏せて考え込むような表情を浮かべる友里に、訝しい顔を浮かべ、円は首を傾げた。


「なんか、うまく伝わらなかった?」

「え、ううん。そんな事無いよ? でも、一緒に探すくらいなら手分けした方が、見つかりやすいよね?」

「あ、いや別にそれは――」

「じゃあ善は急げ、だよねっ、円」

「んん……」

 この友里の様子に困った円は、後頭部を押さえる仕草をする。


「感情やら表情やらがコロコロ変わるよなぁ……」

「ん?」

「いや、何でもない」

 いちいち自分のぼやきの反応に答えを返していてはキリが無いのでサラリと流す。


「じゃあ、友里は近くを頼むよ。もしかしたら、そこら辺りで力つきているかもしれないし。そうだったら起こしてあげて」

「円は?」

「僕は――」

 と、円は立ち上がって、


「ビーストが感知できた辺りを探し回ってみる」

「うん、分かった」

 円の顔を見上げ、柔らかい笑みを浮かべる友里が、ちょっと怖くも思ったり、だがその反面年相応の少女のかわいらしさを感じた。


「…………」

 そんな友里に魅入るのはほんの一瞬。友里は円の様子がおかしいという事に気づいたのか、

「……? 円どうしたの?」

 ときょとんとした表情を浮かべながら首を傾げた。


「ん、いや、ちょっとだけ友里が大人っぽくなったなって」

「……?」

「まぁ、とりあえずよろしく頼むよ」

 円はそう言い残して公園から出て行く。


(今、ちょっと一瞬だけ……)

 飛ぼうとしたとき、ふと公園の方を振り向く。公園を囲む木々が邪魔で友里の姿が見えない。

(暗かったよな……)




     2




「ちょっと君、ちょっと君」

「ん、んんぅ……」

 呼ばれて身を揺すられて恵里衣は目を覚ました。座り込んでいたはずだが、どうやら寝ている内に、横に倒れていたらしい。


「んん……?」

 目を開けてみると、警察官が眠っている恵里衣の顔をのぞき込むようにかがんでいるのが見えた。


「何……?」

「こんな所で何で寝ている」

「そんなの――――」

 と、恵里衣は身を起こし、


「眠たかったから……」

 目をこすり、小さなあくび混じりに答えた。

「お巡りさんこそ、こんな早朝に」

「このあたりをランニングしていた人から通報があったからね。とりあえず、何でこんな所で寝ている。家は?」

「家は……」

 と言い掛け寸での所で言葉が止まった。


(家は……無い……)

 それだけを言う事が出来ない。最悪、ここにいる警察官に言えば何が起こるか想像がつく。

 想像できなくても、恵里衣に何一つ利益になるような事は起こらない。


「…………」

 だからといって黙り込めばどうとなる訳でもないのだが――。

「何で黙る」

「だって……」

 こんな時に円ならばうまくくぐり抜けられるのだろうが、と言うよりそもそも円はちょっと恵里衣よりも大人な見た目をしているので、こういう時はあしらいやすいはずだ。

 自分が未だに子供体型である事がこういう時に恨めしくなる。


「…………」

「ちょっと、事情聴取をさせてもらおうか」

 この様に強行手段をとられると、もはや恵里衣一人ではどうしようもなくなる。


(燃やそうかしら)

 と、そんな危険な考えがよぎってしまう。もちろん、そんな手を使ったら自分もビーストと同じになるので実行に移すことはない。

 だが、困ったものだ……。

 と思ったとき、向こうからチャリンチャリンと自転車のベルの音が聞こえた。


「ん?」

 警察の男と恵里衣がそちらに振り向くと、ママチャリに乗っている齢七〇ぐらいの老眼鏡をかけた糸目の老人がこちらに向かってきていた。


「……っ」

 その人物は、恵里衣のよく見知った人物であった。

 そして、出来れば出会いたくはない人物でもあった。


「あぁ、すまんなぁ」

 と老人がこちらに歩み寄ってきて軽くあいさつする具合で手を掲げながら苦笑いを浮かべる。


「昨日の夜頃出かけてから一向に帰って来いひんさかい、探したらこんな所で寝てたんか」

「あなたは?」 

「そこにおる娘の祖父や。姓は違うんやけどな?」


 もちろん嘘である。それは恵里衣が一番よく知っている。

吉宗よしむね……正嗣まさつぐ……)

 恵里衣はそのママチャリに乗ってきた老人、吉宗の方をじっと、睨む。


「そうですか。でも、なぜ出かけたのか、貴方はご存じですか?」

「いや? 見当は付くんやけどな。あんまり確証性無いもんやから口には出しとうない」

「そうですか。まぁ、ここに保護者がいるというのであれば、この子を引渡しますが……」


 と、警察官が恵里衣に目くばせをする。

 恵里衣はその警察官の顔をチラリと見た後、細いため息を吐いた後、吉宗の方へと歩く。このままでは自分はおろか、吉宗の方も危ない。

 せっかくこの状況から脱せられるのだから、利用するべきである。


「……ん?」

 恵里衣が自分の方に歩み寄ってくるのは予想外だったのか、だが、吉宗の表情は変わらず微笑みを浮かべているような糸目である。


「ごめんなさい、おじいちゃん……」

 ぺこりと頭を下げられ、謝られ、それも本当に申し訳ないというように。


「うん、反省するんやったらええで」

 と、恵里衣の打つ一芝居に一芝居で返す吉宗。そのやり取りが思っている以上に自然すぎて恵里衣自身が笑ってしまいそうだった。もちろん、そんなものを表情にださず恵里衣は警察官から隠れるように吉宗の陰に隠れる。


「うちの孫が御迷惑かけました」

「あ、あぁ、はい。次から気を付けてください」


 自分の孫役である恵里衣を背に警察官の人に頭を下げ、その様子を見た警察官も少し困惑したような表情を浮かべつつも、最後はお決まりの言葉を言ってから自転車で交番へと戻っていった。

 しばらくして警察官が見えなくなると恵里衣は吉宗の体から離れた。


「えらい芸達者なまねできるなぁ、お前さん」

「ふん……」

 ツンとした態度を取って吉宗とは視線を合わせないようにする。


「将来は女優さんか」

「ならないわよ、そんなの」

「そか」

「で……」

「んん?」

「一体今度は何の用なのまさか、また同じ要件じゃないでしょうね」

「おお、勘が鋭いなぁ」

 何がおもしろいのか、吉宗はハハッと笑って愉快そうであった。


「そうやそうや。で、入らんか、ウチに」

「今度はストレートに聞いてきたわね。回りくどいやり口なんてやらずに。何度も言われても同じよ、答えは。私は人間であるアンタたちに手は貸さない」

「それは、自分がビーストに真っ先に狙われる対象で、そんなやつと一緒におる俺らが危ないから、って言いたいんか」


 そこまで気遣っているはずがない、と、恵里衣は鼻で笑った後「まさか」と返す。


「人間じゃ、私の戦力の足しになんないの。むしろ流れ弾当たって誰か一人死んで、あーだこーだ言われる方が私にとったら迷惑なの」

「ほぉ……心配してくれるんか。思った以上に人間に近いみたいや」

「はぁっ!?」


 何故か恵里衣と違ったように解釈してしまう吉宗に恵里衣の理解力が追い付かない。


「違うんか。てっきりウチの隊員が死んでしまうんのを危惧しているも

んやって思ったんやけど」

「どこにそんな解釈を与える余地があったの、私の発言、言葉にッ!」

「ん、自覚無かったんか。そやったら尚更ウチ向きの人材や。いや、そう言う奴しか俺はSSCに引き入れてへんねんやけどな?」


 Soul Saver Clews。略称を頭文字からとってSSCと呼ぶ。

 ビーストの存在を認知しているのは何もスピリットだけではない。人間側もそのビーストの存在を認知している。もちろん、ごく一部限られた人間だけだが。実際人間たちの手によってビーストが倒されていると言う例も存在する。もちろん、ビーストに通常兵器は通用しないので、恵里衣や円たちスピリットが扱う力のデータから作られた兵器を所有し、使用している。


「私がいなくても、IAに協力者がいるでしょ。スピリットと同じ力を持てるヴァルティカムユニットがあるんだから、人間が持つ戦力としては充分なはずよ」

「けど、やっぱりスピリット一人が加わる方が、戦力は人間一〇〇人加わるよりも戦力の上がりは大きいからな」

「…………。でも……」


 吉宗が言うことも最もだと思ったその時、思い出したくない記憶と、いつまでもとどめておきたい記憶。それらがビシリッと電撃が走るような感じで同時によぎる。


「やっぱり協力したくない……」

 少しばかり考え込んだあとに出てきた言葉は、やはり吉宗たちとの関係を拒む言葉であった。

 記憶から思い起こされた言葉も振り払い、吉宗から目をそらす。


「したくない、言うんはやっぱり――ッ」

 吉宗の言葉は最後まで発せられなかった。スッと恵里衣の刀が吉宗の首筋に添えられたからだ。


「………」

 先程まで柔らかく笑みを浮かべていた吉宗も、この自分の状態とこの光景に険しい表情を浮かべる。


「私に……人を斬らせる気……? しつこいと斬るわよ」

 恵里衣が自分の表情がどんなものであるのか分かるはずもなかった。

 だが、その恵里衣の表情を見てこれ以上の勧誘は不可能だと察したのか、小さくため息をいてまた先程までの笑顔を浮かべながら両手をあげる。


「フンッ……」

 観念した吉宗の様子を見て、恵里衣は彼の首筋から刃を離して、刀を消す。


「いい、もう関わらないで。何度会いに来ても答えは同じだし、今度からはホントに斬る」


 それだけを言い捨て、恵里衣は吉宗に背を向け歩を進めていく。吉宗からみれば、それは逃げている様にもみえるだろう。

 しばらくしてから後ろを振り向くと吉宗の姿は見えなくなっていた。


「ふぅ……」

 このため息でいったい何を吐き出したのか、それは恵里衣にも分からない。ちょっと気が楽になったと言えば楽にはなった。


「ん?」

 ふと、今自分がいる場所に、自分以外の気配に気づいて辺りを見回した。


「あれは……」

 と、恵里衣の目がそこに止まる。

 なにを思っていたのか、裏道に入る角から園宮友里が出てきた。


「なにやってんの、あれ……」

 友里は誰かを捜しているように辺りを見回して困ったような表情を浮かべ、考え込むように顎に手を当てて小さくため息を吐いていた。


「……?」

 恵里衣は首を傾げる。

(円と一緒だったんじゃ……。逃げられた? もしかして)

 ふと、そんな答えにたどり着き、友里の方へと歩み寄る。


「ねぇ、アンタ」

「ん? あ……」


 恵里衣に呼びかけられてその存在に気づいた友里がこちらに振り返ると、一瞬言葉を失ったのか、探し物を見つけた瞬間のような表情を浮かべ、


「恵里衣ちゃん!」

 と呼びかけて駆け寄ってきた。

「ん、え?」


 どうやら状況は恵里衣が考えていることとちょっと違っていたようである。


「良かった、恵里衣ちゃん無事だった……っ!」

「えと、なに? 私、探されてたの?」

「うん! 円も心配してたよ?」

「はぁ? 私がビーストなんかに倒されるわけ無いって、アイツが一番知ってたでしょ」

「それは円も分かってたかもしれないけど、なんか、警察がどうとかだからって言ってたよ?」

「…………」

「ん、どうしたの? 恵里衣ちゃん?」

「いや、別に……」


 おそらくドンピシャで当てられている。見つけてきたのが、円じゃなくて良かったと、恵里衣は心中で安堵した。


「で、その円はどうしたのよ。一緒じゃないみたいだけど」

「手分けして探してたんだよ。円はビーストが出現した付近を探すって言って、私は公園の近く辺りを探すことにしたの」

「ふぅん」

「まぁ、恵里衣ちゃんがここにいるって事は、入れ違いになっちゃったみたいだね」

「そうみたいね」


 小さな苦笑いを浮かべる友里につられ、苦笑いを浮かべる恵里衣。こうして面向かってしゃべる機会がこんなにも早く訪れる事になるとは思っても無かった。なのでネタが無い。


「そういえばさ、恵里衣ちゃん」

「ん、なに?」

 どうやら、ネタは友里が作ってくれるそうだ。


「私と恵里衣ちゃんってさ、どこかで顔合わせしたっけ」

「突然何言ってんの」

「いや、なんか、ずっと前に顔だけ見たんじゃないかなあって、ふっと思って」

「そう。でも、それは思い違いね。私、貴方のことは初めて見るから」

「そう。そうだよねっ」

「ええ」


 友里のにへらっとした照れ笑いは、恵里衣にはできなさそうだ。女の自分からしても、それは余りにもかわいすぎるからだ。円が気にする少女なだけはある。


「じゃあ、アイツを連れ戻さないとね」

「ん、どうやって連れ戻すの?」

「そんなの――ッ!?」


 と、そのとき恵里衣を掠めていった悪意。ズズッと一瞬侵食されるかと思えばそうなる前に通り過ぎていった。


「今のは……」

「どうしたの?」

「ん? いえ、どうもないわよ」

「ビースト?」

「違うわ。ビーストとはちょっと違う」

「ちょっと?」

「友里はもう家に帰ってても大丈夫よ。私が見つけとくから」

「恵里衣ちゃんは?」

「私はそのままバイバイ、ね。当分は会えないかもしれないけど、彼の事はあなたに任せる。その方が気分は楽だろうし」

「え、でも円がそもそも私のいる場所分からないんじゃ――」

「さあねっ」


 と、恵里衣は足に力をいれて跳ね、二〇メートルぐらい空中で滞空した。


「ま、家にいとけば分かるんじゃないかしら! 私からも「友里の家に行け」って言っとくし!」

「家って、私の家は――ッ」

「じゃ、私行ってくるから!またどこかで会いましょ、友里!」

 と、それを言い残して恵里衣は自分を掠めた悪意が飛んでいった方向へと飛んでいった。


「あの、恵里衣ちゃん!」

 と、まだ言いたいことでもあったのか、友里が自分の名前を呼んだようだが、恵里衣は振り向かずそのまま飛んでいった。


――私と恵里衣ちゃんってさ、どこかで顔合わせしたっけ


「……」

 友里が突然口にしたあの言葉には驚かされた。自分でもよく平常心を保って「そんな事無い」と言えたものだと、自分の演技力というべき物なのか、それに今さらながら驚く。吉宗の言っていたことも、あながち間違ってはいなかったようだ。


「とりあえず……」

 確かめなければ。

 恵里衣の心の隅に、一抹の恐怖感がよぎる。ビーストでもない、だからといってスピリットでもない。だが自分たちとおなじ類とする力を。

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