Dreamf-2 赤き髪の少女の紅い光(A)
1
墓地を出たすぐそこの休憩所のベンチにて、
「僕は人間じゃない。それは間違いない」
と始まった円の話。
「うん?」
「人間じゃないって言うけど、まぁ、さっきのビーストみたいにやたらむやみに人を襲うようなことは無いし、感情も人並みにあるから、厳密にいえば人に近い怪物と言ったほうがいいかな」
「はあ……」
全然わからなかった。
「僕はスピリットと呼ばれる超人的な存在なんだよ。これでさっきのこと全部まとめられるんだけど、大体わかったかな」
「うぅ……うぅん?」
まとめられていない上、余計ややこしくなった。
少し考えれば分かる事だろうと思って考えてみたが、やっぱり分からず友里は首を傾げてきょとんとした表情を見せる。
「あぁ……やっぱり理解できないかぁ」
「なんか、私のことバカにしてるような言い方……」
「そんなまさか。バカになんかしてないさ。口で説明するのが難しいんだよ、こう言うのって。うぅん……そうだ。どこか怪我したところとか、痛めたところとかある?部活とか、さっきの怪物におそわれたときとか」
「え? う、ううん……」
と、自分の体の痛みを探すというある意味珍しいことをしてみせる友里。
そして、あることを思い出す。それは、今日の練習の日であった。
「そういえば――――」
と、ソックスを脱いで円に足首を見せる。
円にみせられた足首は青い痣になっていて腫れ上がっている。
「今日部活の手合いで足踏み外しちゃって……」
今日の部活で最後に行った手合いの時、手合い敵の上段突きをかわそうと半歩下がろうとしたところ、気を抜いてしまったのか足を踏みはずしてしまった。そのとき一瞬で視界が上を向いて――
「うっわぁ……」
友里の足首の痣を見てそれらすべてを想像できたのか、顔をしかめた。
「よくこんな足で歩いたりできるよね」
「まあ、歩けないと帰れないし、さっきは本当に必死だったから」
「そっかぁ」
「で、円。これをどうするの?まさか、超能力みたいなのを使って治す、とか言わないよね」
「相変わらず鋭いな」
と、立ち上がって友里の前でしゃがみこみ、
「全くその通りだよ」
彼女の足首を持った。
「んぅっ……円?」
「ん?」
「え、うぅん、何でもない」
「そっか」
足首をもたれたので少し痛かった、など、言う必要はないだろう。
友里が「何でもない」といったその時にそれぐらいわかってくれたはずであるからだ。
「ふぅ」
と、あまり刺激を与えないように患部をなで、静かに息を吐いて友里にも手のひらが見えるように手をかざした。
バラエティで見るような超能力者のように力を込めるような仕草なんてしなかった。
「何、これ……」
思わず口が開いた。
開かずにはいられなかった。
円が自分にも見えるように見せた手のひらから銀色の光の粒子があふれ出し、患部を包み込んだ。
「んっ……」
光に包まれた足首が少しくすぐったい。そのくすぐったさを飲み込むように歯を食いしばって、円の手を払いのけないように自身を制する。
「ふぅ……」
と、息を抜いた円は手のひらを閉じ、友里の足首をゆっくりとおろした。
円が発していた光は今も尚彼女の足首に残留し、漂う。するとその内、光が友里の体の中に入り込むように消えゆくと、すぅーっと痣が治まっていった。
「あ……えっ?」
そんな、現代医学でもありえないことが起きて、思わず声を上げる友里。
おそるおそるその痣があった場所を触って、そして強く押してみても強い痛みはない。
「そんな……」
「嘘じゃないでしょ、僕の言ったこと。本当だったでしょ?」
「すごい……。ほんとに、怖いぐらい」
「僕も、最初自分がこんなことできるようになったことを知ってすごく怖くなった。でも、制御できるのなら、こうやって人の為になることだって出きるんだ。さっき、友里を守ったり、足の怪我を治し――――」
と、その時ちょうど、ドクンドクンという心音のような音と共に人間で言う心臓に当たる真ん中より少し左側の胸あたりを中心に、光が波紋の様になって幾重にも走り始めた。
「あっ……」
「円?」
「まぁ、力使いすぎるとこうなっちゃうんだ。特に傷の治療とか、僕自身のを治す分には問題ないんだけど、ほかの人のを治すのは割と力使うから。でもきっと大丈夫。この後何かが起こる訳もないだろうし」
「治るの?」
「治らないと、ずっとこのままだろ。当然」
「そっか。そうだよね」
「で、僕が人間ではないということはさっきのでわかってもらえた?」
「うん……」
「よし……」
ようやく落ち着いた話しが出きると思って、息をもう一度「ふぅ」と息を抜く円。
いつの間にやら、円の体を走っていた光も消えていた。
「で、さっき君を襲ったもののことなんだけど……」
「うん、ビーストっていってた」
話が次に移り変わる。
「うん。さっき漏らしたよね。そう、あの怪物は、ビーストと呼ばれてて人によっては怪獣であったり化け物であったりいろいろ呼ばれてる。けど、正式名称はビースト。まぁ、ビーストにも色々名前あるんだけど」
「そのビーストって言うのが、円とは逆の存在なの?」
「逆っていう風には言い切れないけど、さっき言ったとおり、違うかな」
「どう違うの?見た目とかじゃなくて」
「人間と猿が一緒かといったら違うだろ?それと同じぐらいの違いだよスピリットとビーストの違いって言うのは人間と猿と同じぐらいの違いさ。限りなくお互いは同じだけど全然違う」
「でも、九八%一緒だって――」
「チンパンジーと間違えてないか? それぐらいの違いならビーストがやたら無闇に人を襲うようなことはしないだろ」
「ん?」
「ビーストに縄張り意識はない。目の前に生命体がいればそれを襲って最悪殺す」
「殺す……」
円の口から普段なら聞くことはない、聞くことがあるならドラマやアニメなど、創作の世界のみ。こうして現実に、そして真面目に言われたのは初めてだ。
そんな冗談と言いたいが、それすらも言わせない雰囲気を円自身から感じた。
「それは、僕自身だって例外じゃないんだ。僕だって、ビーストにそうされる対象なんだから」
「ん……?」
「いや、むしろ、スピリットと人間だと間違いなくスピリットが狙われるかな。理由は分からないけど」
「ねえ円」
「うん?」
「スピリットとビーストの違いは分かった。スピリットが人間よりもビーストよりも狙われるっていうのも分かった。じゃあ、そのスピリットって言うのは、円一人だけなの?」
「んんうぅ……っ」
その時、円は苦い表情を浮かべた。
「あれ、円?」
「いや、うん。いるよ? 一〇人。実際僕もう一人に会ってるし。確かその子は五人目だったかな」
「円は?」
「一〇人目」
「一番最後?」
「うん、三週間前だからね、僕がスピリットになって蘇ったのは」
「蘇ったって。じゃあ、死んだっていう事は覚えてるんだ」
「覚えてる……って言うより、思い出したのかな。僕が死んだって自覚したのはスピリットになってすぐだからね。その時だったかな、その五人目のあの子に会ったのは」
「ねぇ」
「ん?」
その時、きっと聞いては野暮だろうかと思いつつも気がかりになったことを聞きたかった。
「さっきから、その子、あの子とかいってるけどもしかして五人目って……」
「うん、友里のお察し――――」
と、その時友里ですら頭に来てしまいそうになるぐらいの満面の笑みで答えようとした円が視界から消えた。
「…………。え?」
それ以外のリアクションがとれなかった。それ以外の何をすればいいのかも、当然知らない。
「円……?」
と名前を呼んであたりを見渡し、前方の方で仰向けで伸びている円を見つけた。
「え……なに?」
いったい何が起こったのか。円は何に襲われたのか。何が襲来したのか、もちろん友里が想像できるわけがなかった。
「イテテ……」
と、本当に痛そうだ。
「ぐあっ?」
「……!?」
と、立ち上がろうとする円に不意打ちを仕掛けるが如く、何かが円に落下してきた。
「おほっ!」
その円に落下してきたものはまるで彼の体を踏んでいるようで――
「年下の女の子を想像して笑顔いっぱいって――」
「え……ええっ!?」
「このド変態!!!」
円を踏みつけるのは、炎よりも赤くて長いツインテールの髪の毛が特徴的な、一三歳ぐらいの美少女である。真っ黒のトレンチコートを着込み、トレンチコートの下からのぞく白地のセーター。体つきもまだ幼く見えるが、何となく、円と同じ様な感じが伝わってきた。
(もしかして……)
そんな、友里がある一つの考えのたどり着いた時……でも、
「変態変態変態ド変態!! 消えろ!!」
「そこまで言うかっ!? ちょっと思い出し笑いしただけじゃないか――」
「やっぱ思い出してた!」
「それよりこんな事して置いてかれてる子がいるぞ!そっちほっとくな!」
「ん?」
と、円に言われて友里の存在に気づいたのか、もう一撃円に制裁を加えようとしたその手を止め、友里の方へと目を向ける。
向けられたその目は、髪の毛と同じ赤色で、それは円の優しさに満ちる目とは違って美しくも強い物を感じられる。
そんな少女は友里の顔をじと目でしばらく睨むように見つめた後、すっと円の方に視線を戻す。
「アンタ、あの女にどこまではなしたわけ? 私の事、話そうとしてるように見えたけど」
「えと……ビーストと、スピリットとかそういうのがいるんだよって言うことと、スピリットは一〇人いるって事……かな?」
苦笑いを浮かべながらそう言い放った。きっと今この場で口に出すべきではない言葉であったはずだ、と、友里は思った。円だって、思っているはずだ。苦笑いしているのだから。
「そっか……」
情状酌量か、執行猶予か。自分自身に危害が加えられてしまう可能性もあるので、油断できるような状況でもなかった。場合によっては、この場で皆殺しされる、かもしれない。
「そっかぁ」
「あ……ははは……」
「――――ッ!!」
「ヒィッ!?」
円が殺されかけた。
少女の手が突然刃物をかたどるように赤い光に包まれ、それが円の喉元に突き立てられそうになった。ほんの数ミリだろうか。少し手が滑ったら一撃である。
「デスカウント三回目」
「は……はい……」
冷たい視線を送りながら言い放った少女の言葉に本気でビビっている円。ここまでビビっていのを見るのはもしかすると初めてなのかもしれない。
「ったく……」
と手を円の喉元から離し、円への拘束を解き、そして「で……」と、友里の方へと顔を向ける。
「コイツが言ってること、ホントなわけ?」
「え……あ、うん」
「そっ……」
ぶっきらぼうにそう言い放ち、呆れたようなため息を一つ。
「あの、私知っちゃいけないことを――――」
「普通に生活する分には知って得することはないかもね。ま、知らないほうが本当は幸せだったって後悔する日はあるかもしれないけど」
「…………」
円自身には自覚はなかったのだろうが、むしろ何も知らない友里の事を思って教えてくれたのは間違えないのだろうが、やはりとんでもない事を聞いてしまっていたようだ。
「私、消されるとか……?」
「はぁ?」
「ほら、 知っちゃいけないことを知ったからお前は消えろとか、ドラマみたいに」
「あるわけないに決まってんでしょ。私優しいから、すっごく優しいから」
と、少女は二回もそう言った。さっきのを見せられた後で「自分優しい」と言われても信じようもないのだが、円とは違ってそんな事を言えば間違いなく話がややこしくなるという事ぐらいわかるので、友里は苦笑いを浮かべながら「そう……」と流し、
「もしかして、君が円が言ってた五人目の子、なの?」
「ん? そう言うアンタは、あそこで死にかけて腰抜かしてる奴の何なのよ」
「何なのって、別に円の浮気現場に直面した愛人同士じゃないんだから。私は円の幼なじみの園宮友里。よろしくね」
「そ……別に名前は聞いてなかったんだけど、私。まぁ、聞いたんだから私も名乗るのが筋よね。私は
「う、うん……」
恵里衣がキメ顔で言い放った言葉に頷き、恵里衣の後ろの方で未だ腰を抜かしている円の方を見やる。
「ってことは、恵里衣ちゃんは円の先輩って訳なんだ」
「ん、まあそうね」
「じゃあ、これからも円の事をよろしくお願いします」
友里はほんのり茶目っ気を込めたような物言いの仕方をして、上品っぽい仕草で頭を下げた。
「な、何よ……」
「ん?」
友里の行動に理解が追いつかないのか、それで少し恐怖しているのか、恵里衣はジリッと半歩後ずさって息を呑む。
「そんな、我が子を幼稚園の先生に送り出すみたいな感じして」
「だって、恵里衣ちゃん円の先輩さんだし……じゃあ、私の先輩にも――――」
「あんまりふざけないで」
と、のんきなことを言い出す友里の言葉を遮り、先ほどとは打って変わってズイッと友里の方に大きく踏み込む恵里衣。
「今アンタがどういう状況なのか分かってる? 違うか、どういう状況の前に立ち会ってるのか分かってるの?幼馴染みってことは知ってるんでしょ、アイツは、天ヶ瀬円って言うのは本当はいるはずのない奴って、知ってるでしょ!」
「うん、そうだね」
「じゃあ――――」
「でも――」
と、友里の中で自分の中にある確信にもにたようなものが生まれ、それから生み出される言葉が、恵里衣の言葉を遮らせる。
「あれは、本物の円だもん。匂いとか言動とか、もちろん、そのほか色々。私の知ってる円だよ?そりゃ、ちょっと怖いけど、でもさっきの恵里衣ちゃんとのやりとりとか見ててそんなの、どっかに行っちゃった」
友里は自分でも後で何を言ってしまったのかと疑問に思ってしまいかねないようなことを言い、最後に悪戯っぽく「えへへ……」と笑って見せた。
「…………」
と、対する恵里衣は虚脱されたのか唖然とした表情を浮かべたまま固まっている。
「それに――」
と、そんな恵里衣の様子も顧みないまま、言葉を続ける。
「私もどこかで、円とこうして会うのを願ってたんだって……思うの」
「…………」
「まぁ、まさかホントに願い事が叶っちゃうなんて、思っても見なかったんだけどね?」
「何かあなたって――――」
と恵里衣が友里に何かを告げようとしたその時、その恵里衣が何かを感じ取り、一変してはっとした表情を浮かべた。
「今の気配は……」
「ん……?」
「恵里衣!」
恵里衣が感じたものと同じ物を感じ取ったのか先ほどまで腰を抜かしていた円も一変、こちらに走り寄ってくる。
「今のは」
「やっぱり。割と近いわね」
二人だけで話が進んでいるようで友里はその内側が分からず「何?」と首を傾げた。
そんな友里に、
「友里はとりあえずここから動かないで」
「何で?」
「ビーストが出たんだ。このすぐ近くに」
「……!?」
その時思い浮かぶ、自分自身がビーストに殺されかけたという記憶が。つい数時間前の事なのだ。鮮明すぎて、しかし現実感がなくて――――。
「でも円――――」
「行こう、恵里衣ちゃん!」
友里の後に続くであろう言葉を聞くまでもなく、円が先導するような形で駆けだし――――。
「こんのっ、指図すんなっ!!」
恵里衣はそんな円をとっつかまえ、すぐに引き寄せた。
「ぐあっ」
「アンタバカなの、消えたいの?見たところ、力が残ってないように見えるんだけど」
「でも――」
「そんな体でビーストと戦ってみなさい。間違いなくエネルギー切れで負けるか、いいとこで相討ちになるだけでしょうが」
「いや、でもさあ」
「ビーストなんて私一人で十分よ。アンタとは違ってやりすぎてスタミナ切れなんて起こさないから」
「あ……あぁ、う、んん……」
恵里衣の言っている事が矛盾しているが、友里も、おそらく円も敢えて言わないようにしていた。
「とりあえず、、エネルギー不足は邪魔だからどっか行って消えとけ!」
(すごいいい子だ……)
言葉が酷いの一言に尽きるが、とどのつまり「エネルギーが無いのだから休んでおけ」と言うことである事に間違いはない。
「ここに来てそれは酷い言いようだな」
「円……」
円の体に気を遣っての言葉であることは会話の内容から明らかであるというのに、円のデリカシーの無さはここに来て頂点に達してしまっている。
なので――
「えいっ」
「おわっ?」
膝カックンをしてやった。
突然であったのでまんまと体勢が崩された円は直後に知らないフリをし始める友里をじと目でにらみつけた後、小さくため息を吐いた。
「あれ」
とふと円が口から漏らし、円が気づいたであろう異変に、友里も気がついた。
「行っちゃった……」
恵里衣がいつの間にかいなくなっていた。
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