Dreamf-1 少年は銀色の光と共に――(B)

      4



「かっ、はぁ……っ。なんで……どうして……ッ!?」

 身を屈めて膝に手を突き、肩で大きく呼吸をする友里。


 今自分の状況が頭で理解することが出来ない。円が死んだ日から幾度か墓地に来る事がある。どこに何があるのか、どこが出入口かも把握しているはずである。なのに、外に出ることが出来ない。出入口が無くなっているのだ。永遠にぐるぐると同じ場所を行き来しているのだ。墓地の構造が迷路の様であるとは思えない。墓地に少し深い森があるが大きく開けている道があるので、ある意味一本道なので、冒険でもしようと思わない限り迷うことはまずありえない。そして友里はそんな気持ちなど毛頭ない。


 なのになぜ、友里は墓地から出られないのか。友里が答えを求めたところで答えてくれる者は誰も周りにはいない。

「そうだ、携帯ッ。携帯で助けを――――」

 と言いながら携帯をスカートのポケットから取り出して画面を立ち上げる――も、


「圏外……。なんで……?」

 携帯は圏外。ある筈もないことが今ここでさも当然かのように起きてしまっている。


(――――――――――ッ!!)


「うぐっ!!」

 また頭の中で響いた。円の墓の前での感覚よりもさらに激しくさらに暴力的である。悲しみも怒りも憎しみも何も感じることが出来ない。友里の心を襲うのはただの黒い感情の塊。何であると表すことは到底できない、混沌とした感情。


「ぐっ――ッ!」

 思わず膝を地面に着き頭を抑える。精神的な苦痛で実際に身体的に痛みを発することなど、今まででは円が死んだその日以外ありえることは無かった。


 その瞬間、どこかから甲高い怪物のような咆哮が聞こえた。

 頭に直接響いていた悲鳴とは違う。自分の耳で聞きとり、自らが「音」ということとして認識できる、咆哮であった。

「なに? 今の鳴き声ッ」

 頭の痛みのせいで立ち上がる事も出来ないまま、周りの状況を把握できないまま、友里の胸中に恐怖心が大きく膨らんでいく。


 事態の状況が把握できない。今の自分が孤独であるという状態。それらがなおさら、友里の精神を追い詰める。


「あ、ぐっ……」

 気を失ってしまいそうだ。頭が痛い。恐怖心で胸中が満たされる。いっそのこと、この場で仰向けに倒れて一回休んでしまったほうが良い。そう、思ってしまう。


 だがそう思い始めた時、友里の胸中に一抹の不安がよぎる。

 今ここで休んでしまってはいけないという、勘。その先の未来がどうなるのかは分からないが、きっと取り返しのつかない事になる、と言う絶対的な確信。


 感じることが出来る、明確な恐怖より、それらおぼろげなものを信じなければならないと、何故かそう思える。

(立たなきゃ……っ。動かないと……ッ)

 頭を押さえていた手を離し、立ち上がろうと膝に力を入れ――。


「えっ――」

 友里の目に映るのは、獣とも、否(いな)、生物とも形容することが出来ないような、この世のものでは無い存在が放つ決定的な死――――――




      5




「あついなぁ、さすがに」

 うだるような暑さであった。

 一学期の終業式を終えたその翌日、円と友里はアレグリアランドに行く事になっていたのであった。


 交差点の横断歩道の信号は赤。早く青に変わってほしい物であった。平日なので、人通りも車通りも少ない。

「うん、そうだねぇ。年々この時期熱くなってきてるよね」

「やっぱり明日にすればよかったかなぁ」

「っ、それはダメ!」


 円にとってはほんのちょっとした冗談のつもりだったのだろう。その、噛みつくような友里の反応に円は動揺の表情を見せ、

「そ、そう……?」

 と、苦笑いを浮かべた。少し、友里が怖く感じてきてしまったようだ。


 だが、当の友里はそんな様子など気にしない。たまにあるのだ。円のふとした冗談が現実になってしまうという事が。友里にとってはそれだけは阻止しなければいけない案件だった。

「うん! 今日じゃないと、えと……私死んじゃう」

「言葉は言う前に考ろよ。と言うか大袈裟だな」

「いや、だって冗談でも現実になっちゃったら嫌だから……」

「どういう意味だよ、それ」


 ヒートアイランドと化している仁舞区ではあまりこのような問答はしたくなかったのか、円は溜め息を吐いて頭を抑えた。

 その時、二種類の鳥の鳴き声が東西と南北方向の横断歩道で交互に鳴りだす。歩車分離信号なので、人が通っている間に車が突っ込んでくることなどありえない。


「青だよ、友里」

「うん」

 もう少し歩けば目的地である。期待せずに、楽しみにしておこうかと友里は円の後ろをついて行き、横断歩道を渡る。


 円と友里が電車を乗り降りする東仁舞駅から横須賀駅までは約一時間半。それからアレグリアアイランドまで行くのにバスで三〇分。中学生になって、尚且つ修学旅行以外の外出では一番の遠出になることだろう。


 せっかく円が行こうと誘ってくれたのだ。なにか、円を退屈させないような話のネタがないのか、自分の記憶の中から掘り起こす。

 そうして横断歩道を渡りきったその時、


「あ、そういえば友里――――」

 円が友里に話しかけた時、交差点にスキール音が響き渡る。音に、友里も円も、交差点にいた人達も目を向ける。

 交差点に走り込んで来るのは一台の大型トラック。そして横断歩道にいるのは一〇歳から一二歳ぐらいの少女。


「ッ!!」

 その時、友里の背筋を悪寒が走る。嫌な予感がする、と。

その時、円の足が少女の方へと踏み出され、

「まずい――ッ!!」

「円、待――ッ」

 友里はとっさに円の方に手を伸ばす。


「って……」

 届かない。友里の手は、円の服の裾にすら触れることが出来なかった。




      6




(円……ッ!!)

 心の中で叫ぶ。

(助けてッ!!)

 天ヶ瀬円と言う、自分の一番近くにいた少年を欲する。

 友里は自身に襲いくる死に逆らう事が出来ない。また、抗う事もかなわない。


 怪物の姿をしっかりと認識出来ない。ただ、悪魔のような赤い眼と、いま自分の首を撥ね飛ばそうとしている大剣の形をした片腕だけは目に入った。それと、銀色の光――。

「えっ――?」

 その瞬間、怪物の顔面を直撃する銀色の光線と友里の耳を劈く爆音。

 そして光線に吹っ飛ばされ、怪物は甲高い悲鳴を上げる。


「なに……?」

 と、友里が思わずつぶやいた瞬間、背後から友里の横を通り過ぎ、怪物との間に割って入るかのように光が現れた。

 その光は大きく広がり中から人影を現す。

「……ッ!」

 光の中から現した人影は――


「なん、で……?」

 光の中から現れた人影の正体は静かに息を吐き、自らが吹っ飛ばした怪物をじっと見据える。

 その人は一六、七歳程の少年であった。

 茶色が少しかかった黒い短髪に、細身のスポーツ体系をしている。目の色は日系人らしく黒色で、顔立ちは子供の様とも、はたまた優しい兄の様とでもとれる。


 グレーのパーカーを着て下には白いシャツを、そしてジーパンをはいているという、高校生ぐらいの少年としては珍しくはない格好だ。

 だが、友里はその少年がそういう格好しているというものを見ているだけで、懐かしく感じた。


「円……?」

 友里はそう、少年を呼んだ。

「え……?」

 そして呼ばれて、少年は友里の方へと振り返る。振り返り、ほんの少し動揺の表情を見せた。

「なん――」

「どう――」


 二人の声が重なる。理由は違えど、同じことを考えている事をお互いが分かった。その瞬間、円が放ったであろう光線によって吹っ飛ばされた怪物が甲高い咆哮を上げ、円の方へと突進してきた。

「……ッ!」

「円!」

 ことは一瞬のうちで動く。

 怪物が足を一歩踏み入れるごとに地が揺れる。

 殺意と、憎悪。

 それらすべては怪物の目に映る円と友里にのみ向けられていた。


「ヤバイッ、こっちだ!」

「え――――っ?」

 すぐさま振り返った円は友里を抱きかかえ、強く地面を踏んで飛んだ。

「うわっ」

 人間どころかこの世の生物では不可能なほどの跳躍力である。高さこそ低いものの距離が長い。

 一瞬で自分がいた景色が変わり、怪物がいない道にいた。


「たぶんここまでなら来ないかな」

「ねぇ」

「ん?」

「君は円なの?天ヶ瀬、円なの?」

「……。ああ、もちろんだよ、友里」

 友里に言葉をかけられ少し唖然になりつつもまた笑顔を浮かべて答えてきた。


「君の知っている、天ヶ瀬円。間違いなく、そうだよ。……たぶん」

「たぶんって――」

「お話はちょっと待ってくれ。今はさっきのを何とかしないと」

「何とかって、説明して!」

「分かった、きっと説明する。でも、僕だって多くはしらないから!だから、ね?」


 そう、念押すように円は友里の肩をポンポンと叩いた後、また飛んだ。

 シュッと言う静かな音と共に円の体は一瞬にして消え、円がいた場所にはほんの少し銀色の光の粒子が残っていた。

「あ、はあ……」

 思わずその場にへなと腰を崩し座り込んでしまう。


「なに……? なんで……?」

 円が死んだ時の事はよく覚えている。

 円は二年半前、トラックに轢かれそうになっていた少女を庇って、頭を強く打った。それが原因で円の脳は死んだ。円はドナー登録をしていたので、心臓を含む使える臓器は全て摘出され、そうして円は命を落とした。


 死んだ人間が甦る。

 起こり得るはずもないことが今起こっている。

 そんな現実を呑み込むことが出来るようになるまで、友里はその場で座り込んでいた。




       7




 再び地面に降り立った円は、今前方にいる怪物、「ビースト」を見る。

 逆鱗のような赤い鱗に覆われた全身と、ゆらゆらと残光を残す赤い眼。大剣のような形をした片手。


 体長2m強程もある巨体で、地を踏む足が深く土に埋もれていることでそれを物語っている。

 ビーストのうめき声は円に向けられ、口の歯と歯の間から白い煙が出てきている。


 それで、円はビーストの殺意は今、自分にのみ向けられているということを認識した。

「ハッ!」

 静かに息を吐いた後構えを取り、ビーストと対峙する。間合いを取りやすいような構えであるので、いつ突進してこようとも、見切ることが出来る。


 そして、ビーストは甲高い咆哮を上げながら、円の思惑通り真っ直ぐに突進してきた。

 地を踏むごとに大地が揺れる。

 殺意と憎悪をより強く感じる。


「こんな程度――ッ!!」

 ビーストがすぐ目前に来たとき、腰を低く下ろして発頚の構えを取り、


「デアッ!!」

 骨を砕くような音と共に懐に円の発頚が叩き込まれる。

 悲鳴を上げることすらも出来ない。

 銀色の光がビーストの体を貫き、吹っ飛ばす。

 吹っ飛ばされ地面の上で転がりながら、震えるような悲鳴を上げるビースト。

 もちろん、攻撃を休めることはない。

 強く息を吐き、円は足に力を溜め強く踏み込んだ。


 その瞬間、立ち上がろうとしたビーストのすぐ懐に円の姿が現れた。

 円とビーストの間に空間など存在していなかったような、そんな事を思わせられるだろう。

 すぐさまビーストの首を鷲掴みにし、動きを封じ、その状態で再び発頚の態勢を取る。


「ッ、ハアッ!」

 そして、ためらいなど見せず叩き込む。

 今度は一撃目よりもさらに強力的に、強烈的に、音がその場で響いた。

 そしてまた、ビーストの体を銀色の光が貫く。

 再び響くビーストの悲鳴。

 先ほどのように吹っ飛ばされようにも、円が押さえているので吹っ飛ばされることはおろか、逃げることすら出来ない。


 同時に、

「グッ……」

 ビーストを掴む円の腕も、強く引っ張られる。

「まだ、ダッ!!」


 腕から引っ張られそうになり、

 踏ん張り、

ビーストの首根を掴んだままもう一度発頚を叩き込む。

今度は発頚を叩き込んだ瞬間に手を離し、ビーストを吹っ飛ばす。

円は自分の体が軽くなったことを感じ、ビーストが着地しつつある地点へと向かって、また飛ぶ。と、

「なっ――!?」

 ビーストがちょうど円を眼前に捉えた時、口からブレスの様な光線を吐き出してきた。


 すでに地から体が浮いている円にかわす術は無かった。

 地面に足をつけた瞬間に被弾するのは確実だからだ。

「クッ!」

 だが、空中で攻撃を受けるよりも地面で攻撃を受けたほうが態勢を整えやすい。

 それを分かっているので地面に足をつけ、


「グアッ」

 ビーストの攻撃を体で受ける。

 バヂンッと言う大きな火花が散る音と共に体が衝撃に吹っ飛ばされる。

 円はその場で仰向けに倒れ込み、

 ビーストは立ち上がって円に追撃を加えようと態勢を整える。


「グ……ッ」

 攻撃が思っている以上に深く入り込んでいたらしい。

鳩尾辺りに当たったからであろう、立ち上がろうにも息が出来ない。

「ゴホッ、クッソ……」

 腹部を抑えながら立ち上がり、呼吸を整える。

 腹部にパンチを食らうよりも数百倍も気持ち悪い。


「おえっ……」

 あいにく、円のお腹には何も入っていない。

 ただ、えずくだけである。

 だがその瞬間が、円がビーストに与えた隙であった。


「え――――っ」

 ふと、殺意を間近に感じた円。

 その瞬間、


「ガ――ッ!」

 いつの間にか目前に居るビーストに、わき腹を殴られた。

 そしてもう片方の腕で、

「――――ッ!!」

 斬られた。


 肩から斜め一閃に、綺麗に斬られた。

 並みの人間ならその一撃で死んでいる。

 だが、円の場合は――。


「クッソ、イッタイな!」

 斬られた肩を抑えながら追撃を加えようとするビーストに蹴りを入れて押し出す。

 無防備の状態で攻撃を受けて、ビーストがひるんで隙が生まれる。


「ダッ!」

 と、一歩踏み込んで回し蹴りを入れる。

 その瞬間、蹴撃を受けたビーストの体から一瞬だけ、溢れ出すように銀色の光が飛び散った。

(入ったッ)

 そう思い、


「デアッ」

 追撃の蹴撃をもう一撃加える。

 ほんの少し吹っ飛ばされたビーストは態勢を整えようと立ち上がり、そして息を切らしているかのようにうめき声を漏らす。


 円は、まだ両手の指の数ほどでしかこのようなビーストと戦ったことは無い。

 だがその中で戦闘中よく攻撃を加えた時にビーストの体から光が溢れ出すことがある。その後決まって、ビーストは息を切らせる。

 ダメージを与えると共に、相手のスタミナも奪う。

 円はこれを「攻撃が深く入った」と認識していた。


「くっ、はぁ……ッ」

 ビーストが疲労で動けなくなっているこの間に円は立ち上がって呼吸を整えながら、ビーストをしっかりと視界にとらえ、


「止めだ……ッ!」

 手首を小さく一回振って、そう呟く。

 そして右手を目いっぱいに前に伸ばした。

 すると、その円の右手に銀色の光が集約していく。円はその光が集まっていく中、左肩の方に右手を寄せていく。

 光はボヤのような尾になって、円の手の中に納まっていた。それでも、光は集約し続け、肥大していっている。


「ハアアアァァ…………」

 そして静かに息を吐きながら、体を右側に引きながら光を集約している右手をゆっくりと前方に半円を描くような形で右肩近くまで移動させる。


 その間、円からビーストに向かっての攻撃は一切ない。その隙を見たかと、ビーストは頭部に光を集約させ、光弾を打ち放ってきた。


 だが、その攻撃が通る事は無い。


 円が集約している光が、その攻撃を打ち消したからだ。

 正確には、ボヤのように引かれている尾が、シールドの役割をしているのだ。

だが、ビーストにはその現状の理解ができなかったようで、やけになったかのようにやたら滅多に光弾を打ち放ち続ける。


 だが、それら光弾は円の前で阻まれ、火花を散らせて消滅する。

 そんなビーストの攻撃が続く中、円の手の中に集約する光はみるみるうちに肥大し、いつの間にか夜闇を照らし出すほどにまでに輝きを発していた。

 そうして、


「ゼェァアアッ!!」

 力強く、太い気合の声を上げ、発頚を繰り出すような形で大きく一歩踏み込み、光を集めた手を勢いよく前に突き出した。

 その瞬間、手に集約されていた光が弾け、

 

 水流で金属を切断するような音が響き、

弾けた光が光線となって、ビーストにめがけて飛んでいった。

 その打ち放つ瞬間までビーストは攻撃を続けていたのだろう。


 光線を打ち放った後でも、円の視界には五、六程の光弾が捉えられていた。

 だがそれらすべては円の目前で阻まれた。

 理由は先と同じだ。


 だが、今度はため込んでいる時よりも広い範囲にまで、円が突き出す手を中心にボヤがいたっている。

 そうして円の打ち放った光線がビーストに直撃する。


 手を突き出してからビーストに円の光線が直撃するまでの時間は三秒もいたっていない。

 直撃した瞬間爆音が響き、

ビーストの体を中心に火花が飛び散り、

そしてビーストは悲鳴のような鳴き声を上げてその場で手をばたつかせる。


 だがすぐに、手をだらんと下げて動きを止めた。悲鳴も上げない。

 それは、ビーストがすでに生きてはいない事を現していた。

 円も打ち放っていた光線を止め、静かに息を吐きながら手を下ろし、ビーストの行く末を見る。

 瞬間、ビーストの体が幾度とも無く連続する爆発音と共に、


 砕けた。


 頭から足へ、上から下までと順番に砕け散ったのだ。

 その跡に残るのは、ビーストが爆発した痕跡と、円の静かで穏やかな息遣いのみ。


 戦いが終わったのだと、円はその時初めて実感する。

「はぁ……はぁ、ふぅ……」

 と一息つき、体全体に入っていた力を抜き、

「どっと疲れたぁ……」

 絞り出すようにそんな事を呟き、天を仰いだ。




       8




 円がどこかへと飛んで三分ほど経った頃だった。

「――――ッ!」

 一瞬世界が確かにぐらついた。

 そしてすぐに世界が元の姿を取り戻すと、ゴゥンゴウンと耳鳴りがする。


 その時友里は世界が先ほどまでおかしくなっていたのだと、直感した。

 死んだはずである幼馴染が何かを知っていると、友里は考える。

 だが考えた時、友里の胸を一抹の不安がよぎる


「円、帰ってくるよね……きっと」

 友里は不安を押し殺すように、自分の胸に手を当て力強く手を握る。

 するとそよ風がふき、髪をなびかせ、頬を撫でた。


「うん、約束は守って、帰ってきたよ」


「ひゃうっ!?」

 突然背後から答えが返ってきて、友里は思わず声を上げてビクッと体を震わせた。で、答えが返ってきた方を振り返る。


「円……?」

 そこには得意げさと柔らかい優しさがまじりあったような笑みを浮かべ、友里の顔を見つめる円がいた。

「ほらね、何とかできる――」

「――ッ!」

「で――――ッ!?」


 円の言葉など、友里の耳に入ってはいない。

 円の得意げな笑みを見た時、友里の中からこみあげてくる安心感のような物が、足を踏み出させ、円の体に抱き着く。


 突然抱き付くかれたせいか、円も不意を突かれたかのように言葉を切らせて、自分の体に抱き着く友里の顔を見下げ、黙り込む。

「…………」

「…………」

 お互い黙り込む。


(本物だ……この人……)

 円に抱き着いた時、その円の着る服からほんのりと沸き立つ匂い、円の体に抱き着いた時に感じる人ならではの、円ならではのぬくもり。

 その他の友里が今この少年から感じる全てが、天ヶ瀬円そのもの本人でしか発しない物であった。


「……っ……」

 その瞬間、友里の喉をせり上がってくる何かが、嗚咽させる。

「ぅ、あっ……」

「ゆ、友里……?」

 自分の胸元で突然むせびだすので、当の円本人は友里がなぜこのようになったのかは分かっていないようだ。だが友里はそれすらも気にもしない。


「あっ、あぁ、あああああ――ッ」


 円が自分から離れないように、彼の服を強く掴んでしがみつくように胸に顔をうずめ、嗚咽を漏らし続けた。


To be continued

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