Dreamf-1 少年は銀色の光と共に――(A)
1
「はい、買ってきたよ、友里」
「うん、ありがと、円」
と、
園宮友里。仁舞東中学二年。日本人にしては珍しい茶色に限りなく近いストロベリー・ブロンドでセミロングの髪の毛、その髪型はハーフアップでありよく似合っている。中学二年にしてその体型は身長を除けばモデルにも見劣りしないほどにまで成長している。
天ヶ瀬円。仁舞東中学二年。茶色が少しかかった黒い短髪に、細身のスポーツ体系をしている少年。
両親も兄弟もいない友里にとって天ヶ瀬門と言う少年は、幼馴染であり、一番の理解者であり、家族とほとんど変わりのないものであった。
「ねぇ、円」
「ん?」
それは、中学二年ごろの、夏の中での会話。一学期の終業式が三日後と迫った日曜日。
友里は、幼馴染の円と公園のベンチに隣同士で座っていた。
小学校を卒業したころから、毎日友里は円に朝のランニングに付きあって貰っている。
夏が近くなった仁舞区全域は汗を掻けば永遠に止まらず、息をすれば肺に入ってくるのは湿りきった空気をしている、言う所のヒートアイランドであった。誰しも進んで外に出て走り回りたいなどと思うことは無いだろう。
「もし、今から七二時間後に世界が滅んでしまうって言うのが分かっているのだとしたら、円はどうしたい?」
「んん?なんでそんな事いきなり?」
「いいから答えて」
と、円の方に体を寄せて友里は答えを促す。
円はチラッとそんな友里の方をみやり、それからすぐに何も言わずに顔を背けた。何を見てしまったのか、円は顔を少し赤くして友里を直視しようとしない。
「それだったら出来るだけ、友里やほかのみんなと一緒に居ていたいかな。綺麗ごとじゃなくてさ。みんなと好きな事をして、最期の時間を過ごしたい……かも」
と、さも当然に答えを、円は口にする。そんな円の、円らしい答えに友里はほんの少しイタズラっぽい笑みを浮かべて、そして円の耳元まで口を近づける。
「じゃあ、重ねて……」
「な、なに……?」
その中学生とは思えないような口ぶりに、円は思わず声をひきつらせた。そのなまめかしさには、ある種の恐怖さえ覚えてしまう。
「もし、円にその世界を救う力があったら、円は救ってくれる?」
「あったらの話だけどね。残念だけど、友里の言うようにそんな力がこの世に存在しているなんて、信じてないし、ましてや、君の言うように七二時間後に世界が滅ぶなんて事態も起きることはないよ。最悪、人間がこの世に存在している限りはだと思うけど」
円は答え、「で……」と、続けた。
「もう一回聞くけど、なんでいきなりそんな事を聞いたんだ?」
「うん。なんとな――――あぁ……」
と、本来の答えから何気なく別の答えでも思いついたのだろう、少し間が空く。そして、
「でも、私は円とは違って明日世界が滅びてしまうかもしれないって考えちゃうから、せめてその前に円と楽しい場所に遊びに行きたいなって。つい最近、横須賀の方でアレグリアアイランドって、新しい遊園地できたじゃん。私、そこ行きたい」
「もうさっきの前置きいらないだろ。ややこしいこといわずに、遊園地行きたいって最初っから言えば良いのに」
「そんなストレートに言っても円、連れて行ってくれないでしょ?」
「そりゃあ……まぁ、ちょっとは考えるかも」
「でしょ?」
「でも、ストレートに聞かないってことはつまり、僕は友里には信用されていないって言うことなんだよね」
「えっ?」
友里にとっては思わぬ円のリアクションに、彼女自身呆気にとられてしまった。
「そんな信用できない人に遊園地連れて行ってなんて言ってもいいのかなぁ」
「ど、どういう意味?」
「さぁ?どういう意味だろうね。最悪、僕は遊園地に連れて行った君を楽しませることはないかもしれないよ?」
「最低……」
思わず友里の口からそんな言葉が漏れ出す。円と友里を若干険悪なムードが包む。だが、円はそんな険悪なムードをものともせず、
「ははは、まぁさすがにそこまで酷いことはしないよ」
と、少し愉快気に笑った。
「君に酷いことするってことは、僕も巻き添えなんだからさ」
「ホント?」
「ここで嘘を言ってメリットは無いだろ?」
「そりゃまぁ、確かにそうだけど。でも円、気まぐれな部分があるし、ちょっと怖いかもそういう所」
「あ、あぁ……悪い」
円は苦笑いを浮かべる。日頃の行いが悪いのだから、素直に謝ってやるしかない。
「じゃあさ……」
「ん?」
円は容器の中に入っていたスポーツドリンクを一気に飲み干して、少し向こうにあるごみ箱に投げ入れた。
「始業式終わったら遊びに行く? そこに」
「え……」
何気ない笑顔でそんな事を言う円。だが、言われた側の友里からすると、それはまさに逢引の誘いである。その他には聞こえない。
「あ……えと」
答えが分からない。と言うよりも、気恥ずかしくてすぐに「はい」が言えない。当の円本人は、
「…………?」
首を小さく傾げて、友里がなぜ言いよどんでいるのか分かっていない様子。円に言動の訂正をしてもらうというのは儚い夢の話だろう。
「う、うぅん……」
「…………??」
「じぁ、あ、よ、~~~~」
「ん、なんて?」
最後の最後で言葉が消えてしまっていたのだろう。もしくは喋ったのが日本語ではなかったか。円には聞き取れなかったらしい。
「う、うぅん……」
「いや、遊園地に行きたいっていう事自体が冗談だったんなら、別に「うん」とも「行きたい」なんて言わなくてもいいんだけど」
「い、いやっ! 行く、じゃあ!」
「じゃあってなんだよ、じゃあって」
「行きたい! 円と行ってみたい! あっ――――!」
「そっか。じゃあ、行くか」
「う、うん……」
後で自分の口から出た答えに赤面するも、円は気にしていない。と言うより、気付いてさえいない。そして友里も、その誘い自体が未来で何を引き起こすか、気付いてさえいない。
「さて」
と、円は立ち上がる。
「あんまり休みすぎると、体が動かなくなるだろ。あと半分走ってしまおう」
「うん――――って、それいうの私なんだけど」
円に手を差し伸べられ、まるで円が自分から走ろうといったみたいに感じ、少し悔しくなって不機嫌なった友里は、それでも円の手を掴み引っ張られ立ち上がった。
「んっと……」
友里が立ち上がったあと手を離し、軽くストレッチをして体の各所をほぐして友里に笑みを向ける。いつも乗り気ではなかった円が、何故か急に機嫌が良くなっている。
「さ、早く走り終わっちゃおう」
「うん、そうだね」
と、円の機嫌がよくなった理由を考えるのは辞めにしておいて、円の言う通り友里も速く走り終わってしまいたいので、うなずいた。
2
それは、ある冬の日。
仁舞区を東西真っ二つにするようにある仁舞中央通りではクリスマスのイベント間近になった。以前は新宿と渋谷の二つで分かれていたらしいが、それら二つが統合されたことにより生まれた仁舞区は、かつての繁栄の名残を残しているようである。イベントなどなくとも、特にイベントを毎年何度もやる仁舞中央通りでは当然のように人混みが出来る。
仁舞通りのところどころにはそこを横切る通りがある。その一つである
あの夏から二年後の冬。
友里は、その高校に入っていた。体型も友人には「女ならだれでも憧れるような体型」だの、また部活の後輩曰く、「男なんてイチコロですよ」と言うようになっているらしい。
年末年始前の最後の部活。正月では部活が休みになるので、また走り込みでもしなくてはならない。
女の肌には少し厳しい寒さだ。突き刺さるようで、触覚といったような感覚がなくなってしまう。
まともに息を吸うこともきついので友里は自分で編んだマフラーに顎をうずめて静かに息を吐いて、吸う。自分で吐いた息はマフラーで温められ、また温まった空気として友里の肺に取り込まれる。マスクはしない。見た目も悪くなる上、耳の裏が締め付けられているような感じがして、気持ち悪いのだ。それにつれてそこがすこし痛くなる。
雪が降る事を予感させる白みを帯びた厚い雲に覆われた空を見上げ、大きく息を吐く。
(ねぇ、円……。たった一つだけ、この世には存在しない不条理が叶うようなら――――)
友里のたどる道は明らかに帰路から外れている。その行く先は仁舞大路通を外れて人気の少ない閑散とした道。そこを歩いているといつの間にやら、森林に囲まれた情景へと変わっている。
(君は何をお願いするの?)
その道を歩いていると、友里の目的の場所へとたどり着く。静かで、暗くて、だが何故か落ち着く場所。ここならば、何が来てもきっと怖くない。
その落ち着く場所で、しゃがみ込む。友里のしゃがみ込んだ場所の前にあるのは、雲の間から差し込むほんの小さな陽光でも艶を見せる、墓石。その墓石に向けて目を閉じながら、手を合わして目を瞑り、静かに拝む。
(私はね……)
その、友里が拝む墓石に刻まれている名前は――――。
(君と一緒に歩きたい……)
歩いてきた長い道のりその中で短くとも、しかし間違いなく繋がっていく友里の心の言葉が残す、一つの願い。
「一緒に歩きたい」と言う、願いごとにしてはあまりにもささやかすぎる、友里の願い。そんな友里が今拝んでいる墓石には「天ヶ瀬家之墓」と刻まれていた。
3
自分を生んでくれた母親やその人を支えた父親よりも大切だった人が、眠っている。
合わせていた手を離し、
(ただ、もう一度。できたら、それから先ずっと……)
墓石をじっと見つめる。
「円、もう二年半だよ……」
園宮友里の幼馴染、二年前の夏の日、夏休みの初日。天ヶ瀬円は交通事故に巻き込まれて死んだ。その日、友里と円は遊園地へと遊びに行く約束をしていた。そう誘ったのは円自身だった。その時、友里の気持ちが揺らいだこと。そして、円が自分から遊ぼうと、初めて言ってくれて嬉しくなった事。その日の事を思い返そうとすればいつでも思い返せるそれほどにまで頭に残る瞬間だったのだ。
それだけに、仁舞駅に行く道中で目の前で円がトラックにひかれる様が悲惨な記憶として彫り込まれている。信号は青だったのに、トラックは横断歩道を横切っていた少女の方へと突っこんできていた。それをいち早く察知したのがたまたま円だったのだ。そしてその「円が察知した」と言うのを察知したのは友里自身だ。とっさに手を伸ばして引き止めようとしたのだ。今更それを思い出してみると、自分が嫌な女であるというように思ってしまう。それほどにまで円と一緒に遊びに行きたかったのか、と。だからなのだろうか。円はそんな自分を振り払って少女の方に走っていった。
全ては十秒にも満たないほんの一瞬の出来事。
たった一瞬、その瞬間だけ非日常に巻き込まれた。巻き込まれ、その非日常の中に円の命は消えた。
「君と一緒に過ごした時間と君がいなくなった後の時間。もう、どっちが長いか分からなくなってきちゃった。やっぱり、円がいないといっぱいになれないみたい、私」
聞いているはずもない。死人に口なしと言うことわざがあるように、死んだ円は感情も無いうえ、言葉も語らない。
ただ、円ならこう言う、と、自分の中で妄想することでしか自分の中を満たすことが出来ない。
円ならきっと、「その内大丈夫になる」と励ましてくれるのか、もしくは「そうか……」とうなだれるかもしれない。そんな「かもしれない」を自分の頭の中で作りながらじっと円の墓石を見つめる。
「また、会いに来るから……」
それをどれぐらいの時間をしていたのかは分からない。気づけば少し辺りが暗くなって肌寒さも増してきたそんなころに、友里は立ち上がって数秒程墓石を見つめる。
(ずっとそこに居てくれるなら、きっとまた……)
円の眠る墓石に背を向け、歩き去っていこうとする。
(――――ッ!!)
「……ッ!?」
突然頭の中で「何か」悲鳴が反響した。聴覚で聞いているわけではない。直接脳味噌を震わせるようなものであった。獣とも人間とも捉えることが出来ないような。もしくはその逆でどちらとも捉えることも出来るような、そんな悲鳴である。
「何……?」
友里には分からない。自分の感情を埋め尽くす、黒い感情。哀しみ、憎しみ、怒り。それら悪意と定義されるような感情が外側から流れ入ってくる。何を思うことも無いはずなのに、悪意の方に感情が流されていく。
「うっ……ぐっ……」
胸を抑えて理由の分からない嗚咽をこらえる。
(――――ッ!!)
「誰……。どこに、いるの……?」
嗚咽を抑えながら辺りを見渡す。答えは返ってこない。ただ、悲鳴だけが頭の中で響く。聞こえないのに聞いている。そんな未知の感覚に長い間耐えられるわけがない。
「嫌、もう……ッ」
いつまでも墓地にいるから、自分が変になっているのだ。そういういうことで自分の中で納得して、友里はその場から走り去って行った。
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