第4話 透明になれる薬

 先生の知らせを聞いた後、僕はすぐさまスマートフォンで事件の詳細を調べた。

 分かったのは、桜が日常的に義父から暴力を振るわれていたということ。母親も前々から知っていたが、義父に手を上げられるのが怖くて仲裁に入れず、世間体を気にして誰にも相談できずにいたこと。事件当日も暴力を振るわれ、とっさに逃げ込んだ台所から包丁を取り出して、義父の心臓を刺したということであった。

 さらに調べると、どうやら義父は二年前に信じていた友人に裏切られ、多額の借金を背負ってしまったらしく、運悪くリストラと被ってしまったようだった。

 その辺りから義父の酒癖が悪くなり、同時期に桜への暴力も始まったようなのだ。


 ありふれた話だ。今時どこでも聞ける、別段珍しくもない話。


 けれど僕は、改めて桜が苦境の只中にいたのだと今更ながらに知って、胸が張り裂けそうな思いに駆られた。 何とかしてあげたいと思った。

 だが平凡な男子高校生でしかない僕に、一体なにができると言うのか。桜が入院している病院はおおよそ見当は付くが、間違いなく面会謝絶となっているはずだ。関係者でもない僕が入れるわけもない。

 あれこれ悩みつつも妙案は浮かばず、結局下校時間になってしまった。


「なにかないか。桜に会える良い方法は……」


 同級生が逮捕されたというのに、まるで無関係とばかりに雑談へと興じる学校のみんなに嫌悪感を抱きつつ、僕はひとりブツブツ呟きながら、下駄箱へと向かう。

 しばらくして下駄箱へとたどり着き、ほとんど無意識下に下駄箱の戸を開けると、手のひらに収まる程度の木箱が、外履と共に置かれていた。

 ラブレターにしては木箱なんて奇妙だし、そもそもこういった形でプレゼントされる親しい人もいない。不気味さだけがいやに際立つ。

 怪訝に眉をひそめつつ、僕は何が飛び出すか分からないと警戒しながら、木箱を手に取って蓋を開けてみた。

 中には緩衝材と共に三つの小瓶が入っていた。美しい群青色の液体が手の震動で波打ち、水面に写った僕の顔を揺らした。

 そして小瓶の上には、白紙でこう説明書きがされていた。


『透明になれる薬です。飲んで服用ください。』


 あからさまに胡散臭過ぎる。普段の僕なら絶対悪戯だと思ってさっさと捨てていただろう。

 だがこの時の僕は、藁にも縋りたい心境だった。たとえそれが、オカルトじみたものだったとしても。



 小瓶は学校の離れにある、人気のない男子トイレまで移動して飲んでみた。

 躊躇いがなかったわけじゃない。でも先述した通り、桜の元に行けるのなら何だって試したかったのだ。

 味は柑橘系の酸っぱい味だった。特に不味くもなく、美味くもなかった。

 しばし鏡の前で待つ。が、一向に変化は見られない。


「何やってんだろ、僕……」


 苦笑を漏らして、僕は鏡から離れた。

 我ながらバカなことをしてしまった。いくら焦っていたとはいえ、さすがにこれは重症だ。

 くだらないことに時間を浪費してしまった。僕は頭を掻きつつ、ポケットを弄ってスマートフォンを取り出し、時間を確認する。 液晶画面を見て、僕は驚愕した。


 本来なら映るべき僕の顔が、どこにも映っていなかったのだ。


 慌てて、そばの鏡を見やる。

 そこにもやはり、全身どこを見ても僕の姿が映されていなかった。

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