第3話 昔の彼女はもういない


 始めは本気で桜だとは思っていなかった。昔の桜はいつも天真爛漫としていて、友達も多く、人懐っこい笑みを浮かべる可愛らしい女の子だった。

 が、あの頃の桜とは似ても似つかないほど暗く、野暮ったい眼鏡に美容院に行ってはいないだろうのかと疑いたくなるようなボサボサの髪の毛を無造作に伸ばしており、いかにも陰鬱とした少女を体現していた。僕も大概暗いヤツだが、彼女には負けると思ったぐらいだ。

 それでも彼女を桜だと思ったのは、微かながらに面影があったことと、今でも初恋を引きずっている要因も重なって、どうにか気付くことができたのだ。

 話を聞くと、桜は隣りのクラスに在籍しており、何度かすれ違ったこともあったようだ。どうやら桜は以前から僕の存在に気付いていたらしい。

 なら、なぜもっと早く声をかけてくれなかったのかと言及すると、「本人かどうか自信がなかったから」ということだった。

 先の発言からしても、およそ僕の知っている桜とは思えなかった。


 昔の頃の桜だったら、迷いなく快活な調子で声をかけていたはずだろうから……。


 それから、僕らは互いに近況を語り合った。部活に入っているのか。勉強にはついていけているのか。昼はいつもここにいるのか等々。

 中でも気になったのは引っ越し後の話だったのだが、適当に話をはぐらかされて、詳細は聞けなかった。というより、どこか拒んでいる風だった。

 その後、僕達はお昼になると度々同じ場所で逢引きするようになった。桜も別段イヤというわけでもないのか、よく一緒に昼食を取っていた。互いに友達もいなかったらしく、先約なんかもいなかったので、困るようなことは何もなかった。

 それでも、結局桜から私生活といったプライベートな話はついぞ聞けなかった。


 そういった奇妙な関係が三ヶ月近く経った頃だった。僕は桜の不可解な点に気付き始めていた。 初夏もとっくに迎えている時節にも関わらず、桜だけは頑なに衣替えをしようとしなかったのだ。いつだって長袖にこだわり、スカートも今時の女子高生とは思えないほど長めだった。

 ぶしつけとは思いながらも、何度か理由を訊ねたこともあったのだが、「何でもない」と言い張って、絶対に口を割ろうとはしなかった。

 だけど僕はこの時から、なんとなくながら察しがついていた。


 昔と比べて鬱々とした彼女ではあるが、クラス内の特定のだれかにイジメられているわけでもなく、孤立はしあているようだが、高校生活に問題はなさそうだった。

 そうなると、もう一つの要因が浮き彫りとなってくる。


 ひょっとすると桜は、両親のどちらかから――もしくは両方から虐待を受けているのではないか、と。


 そんな予感は、折悪しくも最悪の結果として的中することとなる。


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