第2話 僕と彼女の関係



 桜とは幼少期からの縁で、彼女が母親の再婚を機に某市へと引っ越すまで、よく一緒に遊び回っていた。

 桜は元々僕の住むマンションの隣りにいた女の子で、物心付く前から早くに実父を亡くし、母親と二人暮らしで生活していた。

 僕の母と桜の母親とが懇意にしていたこともあって、僕らは家族ぐるみの付き合いをしていた。同い年の子どもがマンション内にいなかったせいもあって、何かと馬も合ったのだろう。

 僕達二人の関係がより深いものになったのは、同じ小学校に通い始めて四年生に進級した頃だった。

 その頃から僕はとても人見知りで、また気弱な性格が災いしてか、クラスでよくイジメられていた。上靴や教科書、体操着を隠されるのなんてしょっちゅうだった。

 桜とは別々のクラスになってしまったので、僕がイジメられていることを彼女は何も知らなかった。おおっぴらに暴力を振るわれるわけでなく、陰湿なイジメ方なせいもあって、先生すら気付いていない状態だった。僕も報復が怖くてだれにも明かせず、いつも腹痛を伴いながら僕は憂鬱げに小学校へと通っていた。

 そんな僕を見て、前々から不審に感じていたのかもしれない。とある日に教科書を校庭のどこかに隠されて、泣きながら辺りを探していた僕の所に、桜が不意に現れて、事情も聞かず一緒に探してくれたのだ。

 教科書は結局見つからなかったけども、後日桜が先生に相談してくれたおかげで、イジメは一気に縮小した。当時の担任教師がイジメにとても厳しく、また、僕の様子を度々注視してくれていたおかげで、おいそれと手が出せなくなったのだ。

 桜も協力的だった。別のクラスにも関わらず、僕の様子を見に何度も足しげなく来てくれて、すごく心強かったのを今でも覚えている。友達のいなかった僕のために、登校や下校まで一緒に付き合ってくれるようになって、いつしか僕は、桜に恋心を抱くようになっていた。


 しかし、別れは唐突にやって来た。六年生に上がろうという春先、桜の母親の再婚が決まり、ここから少し離れた某市へと引っ越すことになってしまったのだ。


 小学校の転校も決まり、最後の下校を共にした時、「明日から寂しくなるね」と桜は儚げに微笑んだ。胸が詰まるような思いだった。

 寂しいのは僕も同じだった。明日から桜と一緒に小学校へ通えなくなるのだと思うと、悲しくてならなかった。この頃にはイジメも完全に無くなっていたし、桜と一緒に歩くことも少なくなっていたけれど、彼女の笑った時にできるえくぼも、可愛らしい垂れ目もこれから見れないのかと思うと、思わず涙ぐみそうだった。

 桜が引っ越すとなった日、僕らは無言で荷物を運んでいた。桜と母親――そして新しい父親となる男の人だけでは大変だろうと、僕の両親も自ら手伝いに願い出たのだ。

 桜の義父は、優しそうで温和な感じの人だった。この人なら桜を大事にしてくれるだろうと、この時は本気で信じていた。

 すべての荷物を引っ越し業者のトラックに積み終えて、本当の別れとなった時、桜は「またね」と瞳を潤ませてそう告げた。僕も「またね」と涙声になりながら手を必死に振った。

 あの時の焼けるような夕陽を、僕は今も鮮明に覚えている。



 そんな桜と再会したのは、僕がとある高校に通うようになって、しばらく経ったある日のことだった。


 イジメられた経験もあって、すっかり人間不信となっていた僕は、購買で買ったパンを持って、ひとり校庭のどこかで昼食と洒落込もうと思っていたその時、なんとなく見覚えのある少女がふと視界に入ったのだ。


「桜……ちゃん?」


 おそるおそる訊ねてきた僕に、桜は幼少期とはまるで違う、ぎこちない笑みを浮かべて僕を見つめていた。

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