第2話
なんのとりえもない子供だった。それでも、適度に勉強だけできるような少年だった。
真面目。
そんな一言で片付けられるようなつまらない少年だった。
そんな僕は、気が付くと宙に浮くようになっていた。母から指摘されたのは五歳くらいの頃だったらしい。落ちると危ないので母は当時から気が気じゃなかったらしく、ちょっと目を離す時には犬のリードのごとく、僕の足にヒモを結んで遠くに行かないようにしていたようだ。「動物扱いだ!」と、今なら子供の人権百十番がしゃしゃり出てくるだろうけど、息子に本当に危険が及ぶような時にはおおよその親御さんは同じようなことをしたのでは無いかと感じるところがある。理想では語れない特殊な状況というのは個別に判断されるべきだ。
その後、小学生に上がるまでの時間、しっかりと人前では飛ばないようにしっかりと指導された。当然、意味は理解していないけれども。
そうして平凡すぎる、活発とは言いがたい僕は小学生に上がるわけだが、必要以上に目立たないような教育を受けたせいもあり、副作用として「浮かないこと」以外にも消極的で人目を避ける傾向があり、自然と一人で過ごすことに慣れてしまった。何人か体の大きないじめられっ子が僕に絡んできたりしたいたが、僕は全く非力では無く、そこそこ体を動かせるので、一筋縄で誂える相手ではないと相手も踏んだようだ。真面目に喧嘩して取っ組み合って勝負もつかず有耶無耶にしたらそれ以来ちょっかいは出さなくなってきた。
ただ、そのことにより余計に僕のクラスでの立場は気まずいものになって行った。思い返すと楽しい思い出とかないもんな。
空っぽの小学生を無事過ごし、中学生になる。もちろん母の居合上に寄って不自由なく暮らせたわけだが。
中学生というのは子供から大人に変化してしまった人種まで存在する多感な場所でもある。
僕は小学生の時と学区が一緒なので、代わり映えのしない面子が揃う学校に入り、小学生の時同様に相手にされない状態でありながらも静かに過ごしていた。
僕に転機が訪れてしまったのは、中学三年の春。本当にうかつだったんのだけれど、こんな僕にも初恋の人がいて、話しかけたい気持ちはいっぱいだった。ただ僕は妙に自分の立場を理解している賢いふりをして、大人の機嫌を取る子供だったから、おそらく彼女も僕から話しかけられてもどう対処してよいかわからないだろうし、変な噂がたっても可哀想と思い、ただ眺めるだけのアイドルみたいな人だった。
女性関係はどうしても失敗する、と多くの大人たちはいうけれど、少年でありながら僕も失敗した。
春の掃除は冬にたまった泥が窓枠にたまってしまうもので、取り除かないといけない。 当時はまだ時代がおおらかで、保護者がうるさくないとかそういう事情が許していたので、高いところの窓もちょっと身を乗り出して雑巾をかけることなども普通に生徒の仕事としてあった。僕もなんとも思ってなかったことだった。
そんな大掃除の日だった。
彼女が窓枠の外を拭いていた時、ふらっとバランスを崩して窓枠の外に滑り落ちようとしたのが見えた。
好きな人のことは気になるから、そんな瞬間を僕は逃さず見ていたところだった。僕は頭より体のほうが先に動いた。浮く事に比べて圧倒的に高いところから下りる方は苦手なのだが、僕は彼女より先に窓枠の外に飛び出して何とか高度を維持して彼女を抱きとめ、そのまま窓の中に押し戻し、安心した僕はそのまま三階の高さからゆっくり砂の斜面を滑る早さでゆっくり地面まで落ちた。普通だったら自由落下速度で地面にたたきつけられるのだろう。浮ける体質のお陰で物理の方程式よりゆっくり落下したようだ。
その後の騒ぎというのは大変なもので、たくさんの教師が僕がうっかり落ちたと思っていたから、走り寄って来ては僕を取りかもみアチコチと身体の傷を探し撫でまくっていた。
外傷が無いことがわかっても頭を打っていたら二十四時間は危ないからと、僕を救急車に乗せて病院まで運んだ。
僕はそのことを望んでなかった。病院の医師は三階から落下したという申告に対し、僕の怪我が余りに軽いので教師を疑う始末であった。そのことにより、隠している僕の力は学校中に次第にバレることとなる。
クラスの連中は急に旧知の友人が如く、僕にまとわりついてくるし、女子たちも何か僕の方をみてこそこそと話をしている。とても面倒くさい雰囲気だった。
意味もなくバスケットやバレーのチームに呼ばれたりもした。当然僕の力を当てにしての誘いだった。当然だけれども、僕はその機体を尽く裏切ってやった。噂を聞きつけたマスコミが校門近くでカメラマンを連れてウロウロするようにもなった。僕が無視を貫いているのに、どこで調べたかもわからない嘘だらけのエピソードで僕をおだてて祭り上げようとしているのが手に取るように分かった。
子供心には 「出演料」と言うのはとても魅力的な悪魔の囁きだった。試しに母にこの出来ことを伝えてみたが、うちはお金に困っているわけじゃないとけんもほろろに怒られてこの話は終わりにさせられた。この母の激怒は僕がかなり後になってからじゃないと知ることは無かったが。、母には母の信念と深い傷があったのだった。
確かに、物分かりが良いとは言うもののもし僕が飛ぶことに苦労しないのであれば、ここまで頑なに力を否定する態度は取らなかったかもしれない。
「飛ぶことはしんどい。」
その思いが僕をうんざりさせたし、その能力を伸ばすための効果的な方法など誰も知らなかった。だから僕は気まぐれに人目がない時、高いところから景色を楽しむ程度のことをしていただけだった。それでお金をもらったり、有名になることなんて思いもしてなかった。ただ、母の悲しい顔を見るのは嫌だな、と思ってこの力で何かの対価を得ようとは思わなくなった。とっても素直な子だった。
しかし、僕はもっと認識しておくべきだった。金になるならあらゆる手段を使う連中が大人の中には確実にいるということを。
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