ボーナスステージ:お兄ちゃんの前にバスタオル一枚で立ってみた

 お父さんが単身赴任で外国へと飛び立った。

 なんでも出世コースらしい。

 これまでその手の話はあっても家族第一で断わっていたそうだ。どうして急に心変わりを起こしたのか、お母さんは不思議がっていたけれど、それでもお給金も上がるみたいで、素直に喜んでいた。

 おかげさまで私たちもお小遣いが上がったしね。うっしっし。

 

 で、お父さんが島流しにあった我が家は、今、お母さんと私の女ふたりと、お兄ちゃんの男ひとりだけ。となると、そう、言うまでもなく、母娘ど○ぶりのちゃーんす……って、そうじゃないっ!

 うーん、どうにも最近勉強しすぎて知識が増えすぎてるなぁ、マズイまずい。

 そうじゃなくて、男の人がお兄ちゃんだけとなった今なら、試してみたいことがある。

 そう、お風呂あがり、バスタオル一枚で家の中を歩き回ってみるのだ。

 その結果、お兄ちゃんに遭遇することもあるだろう。

 ドキドキするけど、はらりとバスタオルが床に落ちちゃうことだってあるかもしれない。

 お、お、おしりぐらいだったら見せてあげなくもないかもあるかもないかももももももももも……。

 

 って、落ち着け私。

 とにかく、前回のぱんつ作戦はお兄ちゃんを試すようで悪いことをしたなぁって反省した。

 今回は、まぁ、結果としてお兄ちゃんがエキサイティングしちゃうかもしれないけれど、それが目的じゃない。

 純粋にお兄ちゃんへのサービスだ。ボーナスステージだ。

 だって、前回のおわびにこれぐらいしてあげてもいいかなって。

 うん、決して実験ではないぞ。ホントだぞ。

 

 かくして私はいつもより丹念に体を磨き上げると、ほんのり桜色になった、つるつるの剥きたて卵みたいな肌にバスタオルを巻いて、お風呂場を後にした。


 お兄ちゃんは居間にいた。

 普段はあんまりテレビを見ないのに、今日は雑学王決定戦とかいうクイズ番組に夢中のようだ。テーブルに紙と鉛筆を用意して、実際に挑戦している。


 よ、よし、行くか!

 恥ずかしいけれど、見て、お兄ちゃん!


「こら、由佳! お兄ちゃんの前でなんて格好をしているの!?」

 お兄ちゃんと一緒にテレビを見ていたお母さんが、私の姿に驚いて軽く叱ってきた。

 にもかかわらず。


 TV『初期の遊○王カードでモデルになったカレー屋の名前は?』

 お兄ちゃん「簡単簡単、答えは欧風カレーの名店『もうやんカレー』、と」


 なのに、お兄ちゃんたら、私の姿なんか全く視野に入らず、クイズ番組の答えを書いているしっ!

 うー、お兄ちゃんの馬鹿! 妹とはいえ、現役JCがこんな格好をしているんだぞ、ちょっとは気にしてくれてもいいじゃん!

「由佳、早くちゃんと着替えてきなさい!」

「いいじゃん。お兄ちゃん、TVに夢中で全然私のことなんか目に入ってない感じだし」

 ちょっと怒っているお母さんに冷静なふりをして答えながら、私はよいしょとお兄ちゃんの横に座ってみた。

 ふふん、視覚がダメなら、嗅覚ならどう!?

 シャンプーのいい匂いが、そこなら十分に漂ってくるでしょ?


 TV『一流の調香師を意味するフランス語は?』

 お兄ちゃん「えーと……確か『ネ(鼻)』だったかな?」


 って、まだ無視ですかーっ!?

 それにクイズ番組、微妙に邪魔すんなー!

 えーい、だったら今度はこうだー!

「おにーちゃん、いつも勉強で肩凝ってるでしょー。私が肩たたきしてあげるよー」

 私はソファーから身を乗り出すようにテレビを見ているお兄ちゃんの背後に回ると、後ろから抱きついてみた。

 私のささやかな膨らみが、それでもお兄ちゃんの背中でむにゅっと押し潰される。

 どうよ? これなら絶対意識しちゃうよね?


TV『九十年代前半のCMで『ダ・ダーン! ぼよよん、ぼよよん!』の台詞と共に巨乳を揺らし、強烈な印象を残したアメリカ人プロレスラーの名前は?』

お兄ちゃん「うん、『レジー・ベネット』」


 ちくしょー、『ダ・ダーン! ぼよよん、ぼよよん』に全部持っていかれたーっ!

 なんだよ、その台詞だけでとんでもない巨乳を想像させるヤツはっ!?

 そもそも、お兄ちゃん、なんでそんな人の名前を当たり前のように知ってるのさ!?


 くそう、なんだよなんだよ、私が恥ずかしいのを我慢してこんな格好をしてあげてるのに、見てもくれないなんてヒドすぎる!

 もう、怒った、全部クイズ番組が悪いんだっ!

 そんなクイズ番組なんか、こうしてやるっ!

 私はひょいとおにいちゃんの後ろから飛び降りると、テーブルの上に乗っていたTVのリモコンを手に取ると、えいっと電源を落としてやった。

「あ、ちょっと、何するんだい、由佳」

「何するんだよ、じゃないよっ、お兄ちゃん! さっきから私を無視して!」

「無視なんかしてないって。それよりも早く着替えてきなよ。そんな格好してたら風邪ひくぞ」

「風邪って……それよりも別に言うことがあるでしょーっ!?」

「ちょ、何を怒っているのさ、由佳。それよりも早くテレビをつけて!」

「むきー! この期に及んでまだクイズ番組の方が大事なのーっ!?」

 もう怒った。絶対にリモコンは渡さないぞ!

 私はリモコンを片手に、その場から後ずさりして逃げようとする。

 そこにお兄ちゃんの右手が、正確にリモコンを狙って追いすがる。

 ちっちっちっ、甘いよっ、お兄ちゃん!

 それは残像だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 てことで、残像のリモコンを勿論手にすることなんて出来るわけもなく、お兄ちゃんの右手は空しく宙を切り、そのまま私のバスタオルへ。

 え?

 と驚く間もなく、しかもあろうことか、何故かバランスを崩したお兄ちゃんが私に覆いかぶさってくる!


 ぼすんっとソファーに倒れ込む私。

 はらりと床に落ちるバスタオル。

 むぎゅっと私の、トンデモナイ所に頭を突っ込んで覆いかぶさるお兄ちゃん。

 その時、バンザイする形で倒れた私の指が、リモコンのスイッチに触れた。


 TV『麻雀の『白牌』を意味する中国語は?』


 もちろん流れるのは、先ほどまでやっていたクイズ番組。

 お兄ちゃんが、がばっと頭をあげると答えを叫んだ。


 お兄ちゃん「パイパうべしっ!」


 ごめん、お兄ちゃん、さすがにコレ、私は殴ってもいいと思うんだ。


 かくして私が用意したボーナスステージは、お兄ちゃんの気絶という形で幕を閉じた。

 なんだろう、こんなにすごいサービスをしたのに、全然サービスになってないような気がするよ。


 やがて意識を取り戻した後のお兄ちゃんは、私が謝ると「全然気にしてないよ。僕こそテレビに夢中になって悪かった。でも、本当に風邪を引くから、お風呂からあがったらすぐにちゃんとした服に着替えないとダメだよ」と言ってくれた。

 ちなみにあまりに突然のことで、私の裸は全然見ていなかったらしい。

 例の言葉だって、クイズ番組の答え以外になにがあるんだって不思議そうな表情をしていた。

 うーん、純粋だ、純粋すぎるよ、お兄ちゃん。

 しかも、クイズで頭を鍛えた後は体を鍛えるんだって言って、さっさと自分の部屋に戻っていった。

 もしかしてと期待して覗いてみたけれど、すごい勢いで腕立て伏せをやっていてがっかり。


 お兄ちゃん、本当に女の子には興味がないのかもしれないなぁ。

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