第55話 妄虐の女王

 一つ断っておくが、私はこの世の誰とも婚約した覚えはないし、許嫁もいなければお付き合いをしたこともない普通の女の子である。

 普通かどうかはまぁ、見る人にもよるけれど。

 ただ、だからと言ってこの子が嘘をついているというわけでもなく、種明かしをしてしまえば、子供のころの約束を今でもずっと本気にしているのだ。

 私自身は全然全くそんなことを約束した記憶がないけれど、この星奈ちゃんが言うには、『ずっと約束してたこと』らしく、一昨年から私の家に居候の形で住んでいたりする。

 私の両親はこの事にあまり関心がなく「向こうさんのご両親が許可しているなら追い出さない」方針らしい。

 最近私が家から出て行ってしまったので、寂しくて私が使ってたベッドで毎晩寝てるって報告来たけれど、多分それ別の意味でベッド使いたかっただけだと思います。

 ともあれ、です。

 ここまでであれば別に私も「可愛い子だな」程度で済んだのだが、実を言えばこの子も私が最近出会った変態たちと肩を並べられるくらいには変人なのである。

 妄想。

 みんな少なからずしたことがあるだろうその行為を、彼女は時に現実として捉え、他人に押し付けるのだ。

 まぁ今のところ押し付けられてるのは私だけなので最小の被害で済んでいると言えば済んでいるが、この妄想プラス今年は変態たちの相手もしなくてはいけないとなると、今から気が重くて仕方がない。

 いや、今もうすでに気が重い。

「このクソガキの言うことは本当なんですか?」

「このクソガキには現実を見せてあげないといけないようですね」

 深桜ちゃんとリリィって実は相当仲いいでしょ。

「ま、学校での友梨佳を見てれば、この程度の変態は地元にも何人か抱えてるとは思っていたけれど、まさか迎えに来るまでとは思ってなかった」

 ななみん、それは私も思ってた。

「妄想癖が激しすぎること以外はいい子だから、許してあげて?」

 二人には即クソガキ認定されてしまったが、妄想を除けば基本いい子なのである。さらに言えば昔から面倒を見ている子が友達から嫌われるのは辛い部分もある。少しの身内擁護は許してほしいものだ。

「少し驚いたけれど、このくらいの年頃は常にお花畑なのは仕方のないことだから、私は気にしないよ」

 会長すごい偏見だなおい。

「ひとまずみんな落ち着いたら? ここどこだと思ってるの?」

 あまりの衝撃でみんな忘れてしまっていたが、ここは新幹線の中、無関係の人もいる中で割とやばいことバンバン口にしていた気がする。

 ロリコンのこの発言に関してはみんな同意なのか、ひとまず一息入れるために着席した。殺意の波動はいまだ止まずだが。

「あとでちゃんとした説明、お願いいたしますね?」

 この子の発言に関しては私も説明プリーズなのだがね。


 しばらく新幹線の中は平和そのものだった。

 変態という強烈な個性を除けば、皆年頃の女の子である。私以外の話で盛り上がることもあるだろう。意図して私の話題を出さないようにしていると言えば、そうなのかもしれないけれど。

 というか、私だけ絶妙に席が遠い(通路挟んでいるため)ので、会話に加わろうにも加われないのである。

 無念。

 考えようによっては、無駄な血を流さなくて済んだ。

 いや素直に残念だわ。

 こういう時間も旅行の醍醐味の一つでしょうに。出来ることなら私もその輪の中に入れてほしかった。

 まぁ、この状況でそれは無理というものだろうけれど。

「高校生活どうです? 私がいなくて寂しくない?」

「あ、うん。充実してるし寂しくはないよ」

「いいえ? それは違うよね。ちゃんと素直に寂しいって言っていいんだよ?」

「あ、うん。心配はしてたけど、寂しくはなかったよ」

「うん? まぁそれでもいっか」

 納得のいく回答まで同じ話題から永遠に抜け出せなくなるのって怖いですよね?

 少し深桜ちゃんに通じるところがないとは言い切れないが、あっちは反応に対して返してくれるから、別ベクトルの同性質みたいな感覚が近いのかもしれない。

 私が入学当初の深桜ちゃんのことをめちゃくちゃ気にしていたのは、この子を知っていたからというのも、少なからず関わっていると言えるかもしれない。知らんけど。

「そういえば星奈ちゃん最近予備校にも通い始めたって聞いたけど」

 星奈ちゃんは中学三年生の受験生だから、まぁ通ってもおかしくはないのだが、去年までは『これ以上勉強しても結果は変わりませんから』とか聞く人が聞けば思いっきり舐め腐った発言していたのに、どういう心境の変化だろうか。

「私、友梨佳ちゃんと同じ高校受けることにしたの」

「なるほど」

 私みたいなやばいやつがいるから誤解されてしまうけれど、あの学校そこそこ偏差値高いのよね。

 変態はスペックが高いのか、スペックが高いゆえに様々な情報にアクセスできてしまい、変態となるのか。

 論文出したら話題になりそう。

「友梨佳ちゃんと同じ高校に行けるのはうれしいんだけどね、ちょっと嫌なこともあってね……」

「言わないでも何となくわかるから、今は言わないで」

 もうこれ以上ややこしくしないでほしさ満点花丸。

「あのガキどもも一緒なんて、私としては虫唾が走るから全員落ちればいいって神社で毎日お願いしてる」

 自分が落ちるなんて微塵も思ってないところが、ある種彼女の強い部分だろう。

 出来る出来ないの次元で話をするのではなく、やるかやらないかの次元で常に話すので、聞いているこちらとしては少し心配ではある。

 この先も常に出来ることだけに直面するわけではないし、初めて出来ないに当たるのが遅ければ遅いほど取返しがつかないこともある。

 私が彼女を心配する理由の大半がこれである。

 常に出来て、常に期待以上をたたき出す。ある種非の打ち所がない彼女は、逆を言えば何が出来なくて、出来ないをどう処理するかの術を未だに身に付けられていないのだ。

 小さいころからの付き合いである、心配もするし、心配すぎて『結婚』の二文字を口走ったこともあるのかもしれない。

 昔の私に伝えたい、その先は地獄だったよって。

「友梨佳ちゃんが帰ってくるって聞いてね、実家にぞろぞろ集まってきてたよ」

 と、その時の写真を見せられた私は、ぼそりと呟かずにはいられなかった。

「今年は地獄だな」

 いろんな意味で。

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