第44話 溝と谷



 人にとって大切なものとはいったい何だろうか。

 それは個人個人で価値観が異なるために、誰もが同じものを挙げるとは限らないが、私個人としては『尊厳』ではないだろうかと、最近思っている。

 高校に入学してからというもの、私は人形(恋人)や露出仲間(友達)だったり、セフレ(セフレ)や犬(バター大好き)になったりと、多種多様な扱いを受けてきた自覚がある。

 その中で私という『個人』の介入があったことはほとんどないといっても過言ではないはずだ。

 私は流されるままに生きてきてはいるが、誘導されるように生きていくつもりは毛頭ない。

 彼女たちは私という『個人』の『尊厳』をもうちょっとは尊重しても良いのではないだろうかと考えております今日この頃。

 おはようございます皆様。本日も晴天なり。

 しかしなぜだろう、全然清々しくないむしろ虚無感がはんぱない。これ以上私を虚無にしたら語彙力低下でまじやばばみたいな。

「あら、おはようございます」

「おはようリリィ」

 まずは冷静になるために簡潔に昨夜の説明をするとしよう。昨晩あれからいざ「貞操をいただきます」される直前に、リリィが乱入してきたのだ。

 颯爽とロリコン三人娘から私を奪い部屋を後にするリリィは、なんとなく王子様ってこういう子のこと言うのかなって思うほどには、かっこよかった。

 部屋に帰ってきた私とリリィはそそくさと部屋着に着替えて、処女検査(やる意味とは)をし、少しばかり胸をもまれて、眠りについた。

 昨晩は部屋に帰ってきてから今朝まで特にエロいことをされず、久々に安眠することができた、のはいいが、少し物足りなくなっている私はすでに変態の仲間入りを果たしているのではないでしょうか。

「もうすぐ朝食出来ますから、ちょっと待っててくださいね」

「あー……うん」

 まぁ昨日のことは忘れよう。

 それよりも、私がこんなにも虚無感を抱いている理由である。

「それはそうと、リリィさん」

「なんですか?」

「これは一体全体どういうことなのかしらん?」

 私の部屋にあった体育祭二日分の写真、動画のみならず、タオルや水筒、果ては私が一昨日昨日と着た体育着二着が、きれいさっぱり消えているどころか、昨日まで普通に使っていたカバンや筆記用具といった、つまりは昨日まで私の部屋にあったものほぼ全てがとんと行方をくらましてしまったのだ。

「ロリコンと関わったことは不問にします。しかしロリコンに毒されるのは許されざる原罪です。昨日まで使用していたありとあらゆるものはロリウイルスに侵されてしまっていましたので、私が焼却処分しておきました」

 焼却処分……私の宝物も全て焼却処分……これから使用するいろんなものも全て焼却処分……。

「そうか……この世界線は……いわゆるバッドエンドルートだったというのか……なるほど納得」

 最後の最後、これから最終局面ってところで全セーブデータリセットされた気分っていえば通じますかねこの気持ち。

「なに訳分からないこと言ってるんですか。ロリコンに関わる全てを抹消できたんですよ? むしろハッピーエンドまっしぐらじゃないですか」

 リリィさんはロリコンに親でも殺されたのかな? 恨み方が無間地獄なんですけど。

「あ、あと下の毛も処理しておいたので」

「は?」

 急いで確認。……ほほう、キレイに剃られとる。

「ついでに、お口の方もしっかり上書きしておいたから」

 それは上かな? それとも下かな? まぁどっちもだろう。

「はい、ご飯できたよ」

「はいはーい」

 もういっか。なくなってしまったものはしょうがない。また一から積み上げていけばいいのだ。

 とにかく、何はともあれ、体育祭最終日なのだから、ちゃんとご飯を食べて英気を養わなければ。



 いつも思っていたけれど、変態とは多少のベクトルの差異があれど、みな似通った精神性を宿していると感じる瞬間がある。

 ゆえに変態は変態を引き寄せながらも、その多少の差異を許せずにぶつかり合うのかもしれない。

 こう思った理由としては、最近もしかしたら深桜ちゃんとリリィって何気に仲良

くない? と感じたからであり、七未や桔梗ちゃんも衝突はあれど、基本的に仲が悪いわけではないと思うからだ。

 みんな私という趣味(あるいは遊び場)を同じとする同好の士であって、競争相手でもある。ライバルが友達! みたいなもんと考えると納得がいくはず。

 さて、そういった人たちが集まるとなにが問題かというと、必ず私が会話に入っていけない点である。だって私はただの趣味で、ただの遊び場だから、みんなとは立場が違う。

 だからいつもこういう流れになってしまうのよね。

「そういうわけで、今日の体育祭の結果で、友梨佳さんの本当の所有者、もとい恋人が決まります」

「そこに私の意見が反映されておりませんことは、すでにみなさま承知の上でってことですよね?」

「だって友梨佳ちゃんはみんなのこと大好きでしょ? だったら別に誰とくっついてもいいってことでしょ?」

 だとしても、だとしてもだよリリィ。私にも選ぶ権利ってものが欲しかったんだよ。

「じゃあ私もちょっとは本気出しちゃおっかな~」

「そうですね。せっかくの露出仲間が減ると思うと、ちょっともったいない気がしますからね」

「私だってせっかく手に入れた犬を易々手放すなんてごめんだから」

 張り切ってますね、みんな。いや、楽しそうで何よりですよ。私が楽しめないということを除けばですがね。

「友梨佳さん。私絶対何があっても、どんな手段を使ってでも勝ってみせますから。だから、その時は、私と……」

 すっごい本気の目で勝利の誓いを立ててくる深桜ちゃん。

 しまったなぁ……私は深桜ちゃんのこういうところが好きで、こんな風に変なところで頑張る深桜ちゃんに惹かれたんだっけなぁ。

 思わず、ちょっとだけ笑ってしまった。

 なんだかんだ思っていても、結局私もこのみんなといる時間が楽しくてしょうがないのかもしれない。

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