第41話 二日目(三)



 前の組が終わり、いよいよ私たちの番が回ってきた。

 『玉つなぎ』は対して体力も足の速さも関係がなく、むしろ最も効率の良いつなぎ方をした組が勝てる仕組みになっている。

 だからか、体力や足の速さ、運動神経などに自信のない子は、ここで活躍しておかないと、ちょっとまずいことになってしまう。主に私みたいな子とか。

 ほら、よくいつも目立たない子が体育祭とかでは悪目立ちしちゃって、その後の学校生活がちょっと息苦しくなっちゃうみたいな感じ、あるじゃない? この学校ではあまりそういうのはないらしいけれど、しかし油断はできない。私みたいな普段でも悪目立ちしていたりする子は、こういったところで活躍しておかないと大変な目に遭ってしまうのだ。

 というわけで、私は本気でこの競技に挑みます。

 私と七未、深桜ちゃんは同じスタート位置について、それぞれ開始の合図を待つ。同じ班のれいも違う位置で開始の合図を待っていた。

「位置について」

 その一言で一気に緊張感が高まる。

「よーい」

 開始の合図のために、体育教師が高々と空砲のピストルを掲げる。

「ドン!」

 パン! と乾いた音が鳴り響き、スタートラインに立っていた同じ組の子たちが一斉に走り出す。

 私もそれを追いかけるように走るが、しかし隣に立っていたはずの七未が来ていないことに気付いた。

 ふと後ろを振り返ると、まぁ予想通り盛大にこけていた。素晴らしいくらい見事なまでに顔面から地面に突き刺さってた。

 私はため息一つつくと、土下座のような体勢を維持している七未のもとへと駆け寄る。

「ほら、寝てないでさっさと起きなさい」

 しゃがみこんで呼びかけるが、反応がない。もしかして気絶とかしてるんじゃないかと普通ならば心配になるが、相手が七未なので心配するだけ無駄というやつだ。

「もうちょっと心配するようなそぶりを見せてくれてもいいと思う」

「あんたは心配するだけ無駄じゃない」

「私を一回心配してくれたら、一回パンツ見せてあげる」

「あんたのパンツは別にあんまり見たくはないし、あんたのパンツは私の中ではレア度低いし」

 レア度っていうか、遭遇率が高いからか、あんまりありがたみがないんだよね。

「……レア度、そんなものがあったとは」

「ありますよー。というか今もばっちり見えてるし、マジでありがたみない」

 しかし、私たちこんだけのんきに話しているけれども、今現在競技中なんですよね。周りから見たら完全にさぼってるように見えてると思うし。

「そろそろ起き上がってくれないと、みんな見てるし」

「そうだね、そろそろ起き上がらないと私の可愛いパンツがみんなに見られてしまう」

 そうだな、私たちの年齢でくまやらぱんだがプリントされたパンツ穿いてるっていうのはすごい珍しいだろうしね。

「……ねぇ、あんたたちがそうやってのんきに話している間、私は一生懸命玉を運んでいるのだけれど、それについてはどう思ってるのかしら?」

 ご苦労、としか言いようがありません。とか言うと怒られるんだろうなぁ。まぁ私たちがこうしてさぼってるのが悪いんだけれど。

「私が地面ちゃんのこと大好きなばっかりに、ごめんね」

 その返しはいかがなものかと思われます。

「そうですか、そんなに地面が好きなら後でくっついて離れなくなるくらい踏みつけてあげますから、今は競技に集中しなさい」

 なんか普通に怒ってると思ったらあれか、開始前に言ってた「私を抱く」とかいうアレを気にしてるのか。いや勝っても抱かせないぞ別に。

「とりあえず、さっさと立ってください。これ以上悪目立ちしてもいいことなんてないですよ」

 そういって深桜ちゃんは七未に手を差し伸べる。

 が、七未はその手を取ろうとしない。よくよく見ると、その視線は私たちではなくどこか遠くを見ていた。遠くっていうか、他の班の子たちだけれど。

「どうした七未。頭でも強く打った?」

「いや、そうではないんですが……ひとつ確認してもいいですか?」

 妙にまじめな表情の七未に、私と深桜ちゃんは何事かと耳を傾ける。

「……これって玉を運びさえすればいいんですよね?」

 そんな当たり前のことを今更訊くなんて、やっぱり頭でも強く打ったんだろうか。まぁ七未にまともな意見を期待した私たちも私たちだが。

「その方法って、どんな方法でもいいんですよね?」

「……それは、まぁ、玉を入れるまでなら、運び方は自由なはずですよ」

 計量器まで運ぶのには、必ずかごを使用しないといけないという決まりはあるが、かごに玉を入れる部分までの運び方には、確か制限はなかった。

 しかし、袋などのものを使用するのはルール違反なので、各班最も効率の良い持ち運び方を練習するのだ。

 で、それがどうかしたん? まだ私には話が全然見えないのですが。

「じゃあ、体育着を使用してもいいの?」

「そういう持ち運び方をする人もいますが……」

「いや、そういう裾を使ったような運び方じゃなくてさ」

 と言って七未は突然体育着を脱いだ。

 私たちとしては慣れすぎて驚きもしなかったけれど、しかし応援席の子たちなどから見たら動かない班の子たちのひとりが突然脱ぎ始めたのだから、驚かずにはいられず、たちまち辺りが騒がしくなった。

「こうして袖と袖を無理やり結んで、袋状にしたら……」

 七未が脱いだ体育着の袖をきつく結ぶと、簡易的な袋が出来上がった。

「ほら、これで運べば一度に多くの玉を運べるよ。私天才か」

 いや、ただの露出魔です。

「まぁ、ある意味では天才ですね」

 鈍感の天才とか、露出の天才とか、そういった感じの天才って言いたいんですかね深桜ちゃんは。

「……なにか問題でも?」

 私たちのあきれたような表情を見て七未はちょっと戸惑っていたが、その戸惑いは私たちのものだ。

「……七未、別に私としてはどうでもいいし、七未が気付いていないのであれば気付かないままでいさせてあげたいけれど」

 と、しっかり前置きをしてはみたが、別にもったいぶることでもないし、すぱっとストレートに言っていいよね?

「あんた……どうしてブラジャーしてないの?」

「だって、ブラなんてしてたらすぐに揉めないじゃない」

 そうだろうなとは思っていたけれど、実際聞かされるとしょうもなさすぎてもうあきれ返るしかないわけで。

「それでなんですが、早く競技に復帰しないですか? これ以上もたついてたらさすがに目立ちます……」

 ……すでに目立ちすぎなくらい目立ってるんだよな。

 悪目立ちって意味でも、半裸って意味でも。

 というかそのセリフって、君には絶対言われたくないセリフなんですが。

 私は会場の目立つところに置いてあるタイマーを見る。

 競技が始まってすでに二分が過ぎているけれど、私たちの班がしたことと言えば一人が半裸になった程度だった。ここから再スタートは……さすがの私でもきついかも。


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