第37話 一日目(六)



 どうして楽しい時間はこうも早く過ぎてしまうのだろうか。

 体育祭一日目も午前の部が終わり、お昼も穏やかに過ぎて行った。そして午後の部が始まろうとしている、というかもう既に始まっている。

 午後一の競技には私やれい、深桜ちゃんも参加した。内容は言わせないでください、酷いものでしたから。

 まぁそんなことはどうでもいい。問題なのはその間の撮影が出来なかったことだ。午後のスタートに出遅れてしまった以上、午前以上のペースで撮影をしなければいけない。

 しかし、次の競技は少しばかり撮影しづらいというか、美少女の困った表情を見られるが滴る汗や揺れるおっぱいが撮れない。

 そう、借り物競争である。

 なんというか、地味よね。「○○持ってる人いませんかー?」とか「○○貸してくださーい」とか言われても、私から貸せるものなんて貞操くらいしかないしね。

 そんなわけで、始まりました借り物競争。

 内容も地味なら始まりも地味。

 スタートから少し走った場所にあるテーブルには、小さな箱が複数置かれていて、その中に借りるものが書かれたメモが入ってるようで、みんな我先にと手を突っ込んでいる。

 さてはて、一体どんな借り物があるのだろうか。

「すみませーん! 今日くまさんパンツ穿いてる方いませんかー?」

「Dカップの子いませんかー?」

 …………この学校には頭のおかしい奴しかいないのか? その借り物がおかしいとなぜ疑問に思わない。どうしてそれが当たり前だと思ってしまう。やっぱりこの学校は変態養成学校なんじゃないだろうか。たぶんそうだきっとそうだ。

「まぁ、この学校ではよくあることらしいですけれどね」

「七未、友達がいないからってずっと私に付きまとわなくてもいいんだよ」

 正直言うとめっちゃ邪魔。作業に集中できない。

「三年の先輩とかはもう慣れてるから、こういうノリも楽しんでるらしいけれど、初めての一年生とかは結構戸惑うんだって」

「友達がいない七未がどうしてそんなことを知っているの?」

「私にはパソコンという友達がいるから」

 そうだったね。ネットワーク内にならお友達百人いるもんね。

「でも、少数派ではあるけれどそういうのに耐性が無い子とかもいるから、中退者もいるらしい」

 …………まぁ、そうだよね。そういう子ばかりを集めているわけでは無いわけだし、何も知らずにこんな変態の巣窟に足を踏み入れてしまった可哀想な女の子もいるよね。例えば私とか、私とか。

「……ここ数年はそういう子はいないとも言ってたけれどね」

 そうか……みんなどこかしらで噂を聞いたり、文化祭とかに行って雰囲気で察するんだろうな……。

 意外と変態って他の変態の事を見つけるの上手いし、隠しきれないオーラとかあるもんね。それを空気で理解できなかった私って、実は変態ではないのでは?

「あ、すみませーん。ちょっと一緒に来てもらってもいいですか?」

「え? 私?」

 七未と話しながらも、数少ないシャッターチャンスに目を光らせていると、突然話しかけられた。可愛らしいおさげがチャームポイントのメガネっ子である。おそらく借り物競争の出場者だろうが、私の持ち物が目的なのかな?

「で、何を貸せばいいの?」

「いや、あなた自身です」

 どゆこと?

「私が借り物として書かれてたって事?」

「うーん、正確には『お昼休憩の時に自慰をしていた人』だね」

 なんでそれを知っているの? 嗅覚が異常に発達しているの?

「あ、なんで知ってるのって表情ですねそれ。それくらい分かりますよ。だってあなたすごいいい匂いですもの」

 やだ、この子大人しそうな顔してすごい変態的なこと言ってる!

 ちょっと可愛いって思ったのはみんなには内緒にしておこうっと。

「で、ついて来てくれますか?」

 ……こんな可愛い子に、こんな可愛らしくお願いされたら私じゃなくてもほいほいついて行っちゃいますよね!

「いいよ! どこまでもついて行ってあげるよ!」

「いや、私純粋な女の子の方が好みなんで、変態な子はちょっと……」

 あれ? 私いつの間に告白して振られた女の子みたいになってる?

「それに、私もっと年下の女の子が好きなんで」

 もっと年下って、どれくらい年下なんですかね? 場合によってはちょっとやばい子に昇格しますよ?

「まぁ、そんなことは置いておくとして、早く行きましょう。他の人が借り物見つける前に」

「そうだね、せっかくなら一番になりたいもんね」

 というか、私たちがいるこの場所ってゴールの目の前だし、余裕で一番になれますよねって感じ。

「ちょっと待ったー!」

 ああ……ここまで来たらもう現れないだろうと思っていたのに、どうして来てしまったのか。

「リリィ、これは別に私が行きたくて行くとか、この子が私だから誘ったとかじゃないんだよ。だからそんなに慌てて割り込んでこなくてもいいんだよ」

「いや! その子は危険! だってロリコンだよ!? 小学生のランドセルに興奮する変態だよ!?リコーダーとか集めてるド変態だよ!? そんな子と一緒にいたら友梨佳ちゃんまでそうなっちゃうよ!?」

 どうやらリリィはこの子を知っているらしい。というか何となく分かってはいたけれど、この子ロリコンなんだね。

「厳密には『妹たちのランドセル姿に興奮する変態』ですよ」

「それもっとやばいからね。ただのロリコンよりやばいからね」

 なんでそんな他のロリコンと一緒にしないで欲しいみたいな態度で言ってるの? ある意味ではそこらのロリコンと一線を画しているけれど、むしろ危ない奴に格上げされてるからね。

「この間一番下の子に自慰を教えてあげたら「お姉ちゃんにしてもらう方がいい」って言ってくれたんですよ。もう可愛いですよね」

 おい、今非常に危ない発言が飛び出しませんでしたか? こいつ妹になんてこと教えてやがる。というかその子何歳だよ、小学生以下とかだったら確実にアウトですよ。いや小学生もアウトだけれど。

「あ、大丈夫ですよ。一番下と言っても小学四年生ですから」

「全然大丈夫じゃないね。私はそのことを君のご両親が知った時、家族の仲がどうなってしまうのか心配だよ」

 家族会議どころかこの子だけ隔離して一生妹たちに会わせないという措置を取られても致し方ないと言わざるを得ない。

 いやー、久々に凶悪な変態と出会ってしまった。やっぱり私には変態を引き寄せる不思議な力が備わっているのかもしれない。

 もっと普通の女の子と出会いたいなぁ。

「どうしても友梨佳ちゃんを連れていくっていうなら、私も行きます。あなたの借り物って『お昼に自慰した子』でしょ? 私もしたし、だったらついて行っても問題ないよね?」

「まぁ、一人で十分だとは思いますけれど、人数の指定はされていないので、いいんじゃないですか」

 どれだけ心配なのよリリィは。もしかしてロリコンって空気感染とかするの? なにそれ怖い。

「じゃあ、早く行きましょ。こうしている内にも、ライバルが借り物を見つけてしまうかも知れないでしょ」

「どうしてリリィが先導するんですかね」

「私が出場者なのに……」

 心配するか楽しむかどっちかにしてほしいです。


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