第34話 一日目(三)



 世界は美しい。それは真実であろう。

 ではなぜ世界は美しいか。

 それは決まっている。決まりきっている。

 女の子がいるからだ。

 可愛い女の子がいるだけで世界は輝く。可愛い子を見ているだけで心が洗われる。可愛い女の子が話すだけで場が華やかになる。

 とにかく、そこに女の子がいる、存在しているというだけでこの世は既に美しいのだ。他はいらない。蛇足とも言える。

「あそこ! あそこにいるのは三年の美北弐先輩ではないか! 写真に収めなければ。ああ! でもあっちには二年の咲先輩が! 私はどっちを撮ればいいのん」

 自分の席から頑として動かない山のごとくの七未を置いて、私は再びゴール付近で撮影を楽しんでいた。まぁ私が席を後にする時に悲しそうな目をしていたのはちょっとそそられたけれど。

「……楽しそうだね、友梨佳」

「そりゃそうですよ。同じ一年の子の運動する姿は今後撮る機会があるかもだけど、学年が違うとその機会が次いつ訪れるか分からないじゃないの。ちゃんと撮っておかないと後悔するかもだし」

「ああそう……」

「で、れいはいつまで私と一緒にいる気よ」

 スポーツに愛され系少女であるれいなら、もっといろんな競技に出てもいい気がするのだけれど。

「まぁ、ぶっちゃけ言っちゃえば午前の種目はほとんど出番ないんだよね。午後からは休みなしで出るけどさ」

「そうなん? だったら私に撮られてみない?」

 れいの写真なら一枚千円で買ってくれる人とかいそうだし。撮っていて損はない。まぁ売買するのが目的ではないんだけれどね。でもファンサービスは大切だし、是非ともオフショット写真をゲッチュしておきたい。

 というか、れいのファンには媚びを売っておかないと後が怖い。体育館裏に呼び出されてあれやこれやエロ同人みたいにされちゃうかもしれんし。

「エロ目的で使用しないなら」

「しないよー」

 私はね! あくまで私はね! 他は知らないけれど!

「じゃあまずは上半身から脱いでいこうか」

「脱ぐ必要性が皆無」

「だって、そうじゃないと使えないじゃない」

「やっぱりエロ目的で使用する前提の撮影じゃないか……」

「私は使用しないよ。だってもうおかずは十分に手に入ってると思うし」

 みんなは気付いていないだろう。ゴール付近に置かれているタオルや飲み物を用意したのは私だという事を。そしてそれをちゃんと回収ボックスへと入れておくように誘導している事を。これで体育祭が終わるころにはおかずがいっぱい! ふふ、完璧。さすが私。おかずを手に入れる事に関しては決して手を抜かない変態の鏡ですよ!

 しかし、それでは誰がタオルを使ったのか、誰が飲んだものかが分からないからちょっと不満が残るけれど。まぁそれは些末な事だ。

 私は、女の子の使用済みが手に入れば、それで満足なのだから。というか、多分匂いで誰が使ったか分かるし、間接キッス出来れば誰でもいいし。

「もうすっかり変態の仲間入りだね、友梨佳」

「元々変態だったでしょ、私は」

 まぁ最近はちょっと周りに感化され過ぎて変態的行為に抵抗なくなってきたけれど。

「…………まぁいいか。もう私も慣れてきたよ」

 そうだよね。こんな私ともう長い付き合いだもんね。いきなり裸見せろって言われても抵抗ないよね!

「じゃあ、脱いで。早速脱いで。早く脱いで。さっさと脱いで」

「言い方。言い方もっとあるだろ」

 取り繕う間柄でもなかろうに。それにこの程度で恥ずかしがる性格でもない。私たちはもう、自慰を見せ合った仲じゃないか。

「……じゃあ」

 観念したれいはゆっくりと、しかし確実に上の体育着を脱いでいく。いいよぉ。そのちらっと見えるおへそとか最高だよぉ。とか変態おじさんチックなことを思っていたら、ちょっとまずいことになってしまった。

「あ、やばいれい。他の生徒にばれた」

「え!? あ!!」

 れいのこの慌てようはきっとあの子達、れいのファンなのだろう。いつものメンバーってところか。

「れいさん! こんなところで何をしてるんですか?」

「れいさん! 今ちらっと、その…………おへそが見えたのですが……」

「私たちにも、その、もっと近くで見せてもらえませんか?」

「大丈夫です! 優しくしますから! 痛いのは最初だけですから!」

「みんなで経験すれば怖くないですよ! 私も未経験ですし!」

 おい、一人と言わず何人か変態混じってないか。

「……れいさん、人気だね」

「あ、リリィ。もうお仕事おわったの?」

 見ればいつの間にかリリィが私の後ろに立っていた。

「うん。いや、まぁ、終わっては無いけれど、まぁ持ち場を離れられるくらいは落ち着いたってところかな」

「そうなんだ。じゃあリリィも一緒にれいの撮影会参加する?」

「しないよ。それよりも……」

 すり寄ってくる変態は恐怖しか感じられないのでやめてもらえますかね。

「どう? 今から二人きりになれる場所で」

「レズセなんてしませんよ」

 この一世一代のおかず提供の場から離れるわけにはいかん。というか、その誘い方直接過ぎてもう隠す気ないですよね。変態と二人きりってもう襲われるフラグ立ちまくりじゃないですか。釣り針でかすぎです。

「でもさ、したくない? ムラムラしてない?」

「してるけれど、だからと言ってリリィとする理由にはなりません」

 私はね、リリィ。自慰を知っているの。自慰の気持ちよさを知ってしまっているの。今の私にはそれさえあれば生きていける。

「いいじゃんいいじゃん。別に減るもんじゃあるまいし」

「私の性欲が減ります」

「今の私、結構汗かいてるんだけどなぁ」

「…………」

 ちょっとぐらっときた。

「……匂いだけでも嗅いでおく?」

「…………」

 くそ。リリィごときに興奮している私が憎い! でも是非その匂いとか味とかは確認しておきたい。

 しかし! 今この欲情に流されてしまっては、他の女の子を裏切ってしまう事になる。

 でも……。でも……!

「……こ、これで、今はこれで我慢……」

 私は苦渋の決断で持っていた予備のタオルをリリィに手渡した。

「ははー、そう来ましたか。まぁ今はそれでいいかな。今はね」

 そう言って私のタオルをリリィは受け取り、汗を拭きとっていく。

「で、もう体育祭一日目の午前が終わるけれど、写真やら動画は撮れたの?」

「完璧ですよ。もうこれ以上ないってくらい大漁です」

 正直なんの種目をやってたのか、今何種目やったか記憶にないくらい撮影に夢中だったから、自分が朝からトランザムしたのかと思うくらいあっという間だった。

「あと一種目終わればお昼休憩だよ」

「そうなのか……」

 楽しい時間は早く過ぎてしまうな。もっと楽しみたかったのに。

 というか、本当に私体育祭に参加しきれてなくない? 私学校から公式でハブられてるのってくらい空気じゃなかった? まぁ私もれいと同じで午前の種目とか何も出ない子だったけれど。それでもクラスメイトと一緒に応援! とか、勝利の瞬間を一緒に喜んじゃう! とかあっても良かったのに。微塵も、欠片すらそんな気配無かったな。

 まぁそれは午後に取っておこうっと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る