第33話一日目(二)
晴天にも恵まれた体育祭一日目の最初の競技は、軽めのものからスタートした。
全学年で競う100メートル走だ。とは言っても、全学年の全生徒が出場していては時間が足りないので、もちろん各学年で厳選された十五人の美少女(美少女は関係ないけれど)が走ることになっている。
私は鈍足スキルを母から継承しているので、この競技は応援に回るのだが、しかし、ただ単純に応援をするわけではない。この一瞬のきらめきを、美少女たちの真剣なまなざしを、溢れる活力をカメラで切り取らなければならないのだから。
というわけで、私はゴール手前に陣取っているわけです。
いきなり始まった感が強いとは思うが、それは私が開会式をぼけーっと過ごし、生徒会長である白鯨先輩の宣誓をシャッターに収めることが出来なかった無念で記憶から消去しているからである。無念過ぎてタイムマシン開発に乗り出すレベル。
「とは言っても、白鯨先輩はこの100メートル走に出るわけだし、それでチャラにしまっす」
「鼻息荒くカメラ構えてると思ったら、いきなり何言いだすのよ」
「ところでれいはどうしてここに? 100メートル走出場するんじゃなかったっけ」
学年でも有数のスポーツ出来る子であるれいはどの種目でも引っ張りだこの、いわば体育祭の顔のひとりでもあるのだから。出ないと各所からクレーム来るんじゃない?
「いや最初は出る予定だったんだけれど、私を酷使しすぎて午後に勢いが衰えるといけないからって、何種目か交代させられたんだよ」
「へぇー。でも、れいは一回の自慰で何回もイく子だし、体力的には問題ないんじゃない?」
「自慰で体力の有無をはかられても困る……」
「だって、あれは私でも正直最後まで付き合ってあげられる自信ないよ」
「付き合ってもらう予定はないから大丈夫」
とかなんとか言ってるれいだが、知ってるぞ。私の自慰をおかずに自慰をしているという事を。
普段はこうして普通に普通の子を演じてはいるが、れいも結構な変態っ子である。変態じゃなきゃ私となんて友達になってくれてなかったしね!
「そんなことはさておき。友梨佳はこの競技では誰目当てなの?」
「もちろん基本的には全員。だけど、強いてこの人って挙げるなら、二年の浅蔵さんかな」
体育会系と言ってしまうと、れいのようにちょっと中性的な女の子を想像するが、浅蔵先輩はどこか女の子らしい雰囲気も持ち合わせており、長い髪がなびく姿は天上の乙女を思わせる。これで運動得意とか夜の方も期待できるね!
「あの人かぁ。確か剣道部だったよね」
「うん。私も何度か部活を見学しに行って面識自体はあるんだけれど、ちょっと敬遠されてるっていうか、私の悪い噂とか聞いてるから、なるべく関わらないようにされてるって感じだから。あんまり写真撮れなかったのよね」
あふれ出る変態臭を隠しきれずに、うら若き乙女を怖がらせてしまった事には謝罪したいが、でも、私だってあそこまで露骨に引かれると傷つくって事は知っててほしいかな。ま、変態には近寄るべからずって態度は正しいけれど。
「友梨佳の日課は既に新聞部が特集組んだりして注意を呼び掛けてるくらいだし、まぁ敬遠されても仕方ないね」
え? 私いつの間に新聞デビューしてたの? 私それ知らない。せめて記事を載せていいかの確認くらいしてよね! じゃないと私の変態度が正しく認識されない可能性があるじゃないの。
「新聞部って言えば、友梨佳って新聞部の子とも面識あるよね」
「たまに私が撮った写真を使わせてほしいって尋ねてくる子はいるけれど。確か同じ学年の彩子ちゃんって子」
こう言ってはなんだが、とても新聞部とは思えないような感じの子だから、たまに君もこの先輩狙いなの? とか思ったりしちゃう。
「今回も頼まれたりとかしたの?」
「まぁ、何枚かいいの撮れたら提供って感じかな。新聞部の人たちも何人か撮影に回るらしいんだけれど、撮影の領分はメディア部とかだし、私のほうはついでのようなものだよ」
お昼に流す放送とか、毎年学校公式のHPに動画と画像を提供してるメディア部は今年粒ぞろいと聞いているから、私の写真が使われることはないと思うけれどね。
でもまぁ、私が写真や動画を撮るのは主に自分の為だし、学校運営とか部活に貢献とか考えていないわけで。そこまでのクオリティを期待されても困るっていうか、正直自由におかずが撮れないのは勘弁願いたいです。ほら、私の写真ローアングル多いし。
『それでは体育祭一日目の第一種目、100メートル走を開始いたします』
「お、そろそろ始まる」
校庭に設置されたスピーカーから可愛い声で競技開始が宣言されると、私はれいとの会話をやめてひたすらにレンズで美少女を捉える作業に没頭する。
「第一走者での目的は來未ちゃんかな。深桜ちゃんとかリリィがいるせいで存在感が薄れてる印象あるけど、あの子も意外と可愛いのよね」
「來未ちゃんってバレーボール部の子だっけ。一年の中で唯一レギュラー候補に入ってる」
「そう。しかも自他ともに認める汗っかきという魅力的な女の子です」
走った後は私が持ってきたタオルで是非とも汗を拭いてもらいたい。ついでに下半身の汗も拭いてもらいたい。そしてそのタオルは厳重に保管して、蒸れた匂いを堪能したい!
「位置について」
空砲のピストルを持った教師が校庭中に響く声で開始の合図を送る。
「よーい」
パン! という乾いた音が鳴り響くと、走者は一斉に全力疾走した。
いい! これはいい! 女の子が真面目な表情で私のもと(ではなくゴール)に向かってくる、この感じ最高!
刻一刻と迫るシャッターチャンス。これを逃せば私の名が廃るってもんですよ!
さぁ、さぁ、さぁ! もう少し、あとちょっと……ここだ!!
「そのレンズが私に向いていないのは、一体どういう事なんですか? 友梨佳さん」
絶好のシャッターチャンスで私はシャッターを押したと思ったのに、画面に映っているのは笑顔の深桜ちゃんでした。
「…………ちょっと、深桜ちゃん。私の撮影を邪魔するなんてどういう事なん?」
今の絶対に抜ける写真が出来上がったと思ったのに。輝く少女たちの肢体を収められたと思ったのに!
「今は私が質問をしているんです。そのカメラレンズが私に向けられていないのは、一体全体どういう了見なんですか、と」
「だって深桜ちゃん、この競技でないでそ?」
「そういう事を言っているわけでは無いのですいいですか友梨佳さんあなたがその両目に映して良いのは私で私の身体で私の表情で私だけなのですよなのに友梨佳さんは他の女の子を撮るって言うんですか? それはダメです絶対ダメですいけない事です浮気です不倫です友梨佳さんのおかずになっていいのは私だけなんですから友梨佳さんを興奮させていいのは私だけなんですから友梨佳さんを弄んでいいのは私だけなんですから」
怖いよ。どこが怖いってその長ったらしい文章を句読点付けずにしゃべっちゃうあたりとか、その目とかが怖いよ。
「まぁまぁ深桜さん。友梨佳は何も自分の為だけに写真撮ってるわけでは無いわけだし、そこは大目に見てあげたら」
「れいさんは黙っててください! これは私たちの問題です!」
「でもねぇ、あんまり友梨佳を束縛すると友梨佳も疲れちゃって、最後には深桜さんから逃げるようになったりするかもよ」
「そんなことはありえません。友梨佳さんは私の愛だけで生きてるようなものなのですから。私がいなくなったら友梨佳さんなんて三日で白骨化するくらい私を溺愛してくれているんですから。友梨佳さんは私の愛だけを食べて生きてるんですから!」
…………なんか今日の深桜ちゃんいつも以上に怖いな。普段はもっと理性的というか、変態的な行為をしてくるとは言ってもある程度の節度はあるのに、今日はそれが無い。体育祭で気分が高揚してるのかな?
「でも深桜さん、仕事放り出してまで友梨佳の撮影を邪魔しに来るのは、ちょっといただけないかな」
「大丈夫です。既に私の仕事は半分くらい終わってますから」
半分終わってないじゃないの。ちゃんと仕事はしよ? なまけ癖がくつと私みたいになるよ?
「……でも、分かりました、いいでしょう。そこまで言うのであれば、撮影は許可します。しかし、いくつか条件を付けさせてもらいます」
体育祭の写真撮影はちゃんと許可取ってるんですが、それではだめなんでしょうね。深桜ちゃん的には公的なルールよりも自分のルールが上だからね、仕方ない。
「…………生徒会役員だけは、撮影をしないでください。この体育祭での生徒会役員との接触も極力避けてください」
おろ? 意外と緩い条件だったな。私はてっきり女の子は撮らないとか無理難題を押し付けてくるのかとばかり思ってた。
しかし、なぜ生徒会限定で撮影をNGにするのか。そこら辺の説明は……ないですよね。
「まぁ、それくらいなら」
私的には白鯨先輩の輝きを撮れないのは悔しい限りだが、でもそれは特殊なルートから映像なり写真なりを流してもらえば済むこと。この条件、飲んだ!
「これは絶対の条件ですからね。破ったら三日はトイレが出来ないと思ってください」
地獄だなそれ。
しかし、たった五人程度の写真を撮らないでそれが回避できるのであれば、まぁ守るのは簡単ともいえなくはない。
「…………あんた、話してる時も写真を的確に撮れるって、どれだけ本気なのよ」
今回の私には、悠長にしている暇など無いのだよ、れい。
第一種目である100メートル走が終わり、第二種目、第三種目と消化されていくうちに、メモリの容量が足りなくなってきてしまった私は、一旦自分の席に戻ってきていた。幸か不幸か容量が足りなくなった次の種目は大玉ころがしという、なんとも写真が撮りづらい競技だったので、その隙に抜け出してきたわけだ。
こうして見ると意外とみんな自分のクラスの席にはいなくて、思い思いの場所で自分たちの学年を応援している。
「しかし、友達のいない、学校生活始まってからここ最近まで不登校を貫いてきた七未は、独り寂しく席に座っているのであった……」
「変なモノローグ付けないでくれる? 私、野外露出のためなら何でもするけど、積極的に運動はしないの」
「知ってる。というか、あんたが運動得意だったらみんな運動得意になっちゃうからね」
「それに、友達いないんじゃなくて、まだ作ってないだけ」
「それだといつでも作れるって思われちゃうよ。ちゃんと”友達うまく作れないの”って言った方がいいよ?」
「余計なお世話だし。それに、今は友梨佳が友達だし」
「え? 私たち友達だったの?」
「もう二人で野外露出を楽しんだ間じゃない。もう友達でしょ。変態友達」
嫌な友達の括りだな。普通の友達じゃダメだったの? それ。
「ま、別にいいか。友達少ない七未の友達になるくらい」
「少ないんじゃないの、いないの」
さっきと言ってる事違くないですか。それとも変態特有の発言二転三転させちゃうやつなのかな。これだから変態は。
「あ、あと記念として七未のこと撮って良い?」
「なんの記念よ」
「外に出てる記念……は引きこもりとは無縁の七未っぽくないし。じゃあ体育祭記念ってことで」
「じゃあってなによ、じゃあって…………。まぁいいけれど」
「はい、じゃあ撮るよー」
私は容量が既に少なく、あと一枚しか撮れないカメラで七未を撮ってあげたのだった。
…………それにしても、七未ってなんの競技に出るの?
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