第29話 二人の変態



「うん。いいんじゃない、これで」

 は? 今なんと?

「でもあれだね、流石に公衆の面前で自慰はダメだね」

 そりゃそうですよ。当たり前ですよ。ていうかそれ以外もグレーゾーンまっしぐらですが、それはさておいて。

「自慰だけは去年と若干被るからあれだけれど、まぁ後は何とかなるでしょ」

 ……………あー、変態ってそういうの好きだからね。仕方ない。

 みなみちゃんかんらちゃんと共に変態企画会議をした翌日金曜日早朝。早速私は案をまとめた企画書をみの子先輩に提出したところ、衝撃的すぎる事実を突きつけられてしまったわけで。

 あれかな? まだ朝早い時間だから寝ぼけているのかな? 耳が寝ているのかな?

「しっかし毎年やりたがるから困るよね。みんなそんなに自分の羞恥的な姿を見てもらいたいのかな」

 ……駄目だこの学校。腐りきってやがる。

 でもどうしてだろう。これだけ周りに変態がいるって思うと、自分だけじゃなかったんだ、私は間違ってないんだ、って思えてきちゃうから怖い。何が怖いってこれ以上変態度が上がってしまわないか怖い。処女膜の確認どころか下の毛の処理とかもして、その毛でお守り作ってしまいたい衝動に駆られてしまったくらい怖い。

 でも! 変態には超えてはならない一線というものがあるのだ! それ以上行くと戻ってこられなくなるという危険な一線が。

 しかし、その境界線を何事もなく行ったり来たりする猛者が五万といると、もはや私一人が我慢していても意味が無いのではないだろうか。もう我慢しなくていっか! そうと決まれば明日から尿検査も追加しよう!

「それで、だ。この企画のプレゼン、もちろんやってくれるよね?」

「は?」

 私が変態の国へと顔パスで入ろうとしている時に、とんでもない爆弾投げつけてきましたよこの人。

「嫌ですよ。先輩がしてください。こういう時の会長職でしょ」

「だって私が考えたわけじゃないし。説明できないもん。それに私は去年その恥辱を味わったし、もう十分」

 恥辱って言ってるじゃん。めっちゃ恥ずかしいんじゃん。

「でも……」

「大丈夫、慣れればそれも快感に変わるさ」

 慣れたくないし、そんなことで快感を味わいたくはない。





「と、いうわけで、よろしく二人とも」

「というわけでって、なにがというわけなのさ」

「朝からどうしたのさリリィ。なんかご機嫌斜め?」

 ご機嫌斜めにもなりますわ。

 早朝の処女検査もしないで学校へ向かって、会長を見つけて変態の企画書を提出出来たはいいものの、プレゼン押し付けられ、果てはあの忌々しい結書深桜と私の愛しき恋人友梨佳ちゃんが、二人三脚に出場と聞いたら、誰だってご機嫌もピサも斜めになるわよ。

「でもまぁ、このまま行ったら私が単に恥辱を味わって終わりって感じになりそうだけれどね」

 差し当たっての障害はないし、反対意見を出されたとしても、既に会長の了承を得ていることを言ってしまえば済む話なのだから。

「私はリリィが新たなフェチズムに目覚めないことを祈るよ」

「それが一番の問題点なのだけれどね……」

 会長なんか面白がって色々質問とかしてきそうで怖い。ついでに九頭鞍先輩が何かしてきそうで怖い。

「生徒会で言えば、私も最近まで気付かなかったのだけれど、会計と書記の先輩いるじゃない。あれ、姉妹だったのね」

 この話は長くすればするほど私の気持ちが沈んでいくことを察したかんらちゃんが、少しだけ話題を逸らしてくれた。

「それは私も最近まで気付かなかったくらいだし、全校生徒の半分以上が未だ気付いてないんじゃない」

 実際二年生三年生の生徒や一部の教師も気付いていないらしいから、この学校に入ったばかりの一年生が知らなくても無理はない。

「姉妹? 双子じゃなくて?」

 かんらちゃんが生徒会の面々について知っていても驚きはしないけれど、まさかそういう事に疎いみなみちゃんですらその事実を知っていようとは。これは驚いた。

「姉妹でしょ? 学年も違うし」

「それは私も知らなかった……」

 多分生徒会と補佐並びに学年統括の顔合わせの時に自己紹介されたのだろうが、いかんせん会長や副会長のオーラが異常なくらい凄くて他の人の印象が薄くなってしまっている。

「まぁあれよね。あの姉妹は目立つことはしないし、普通に優等生だし、何より変態臭が薄いから、変態の権化であるリリィの琴線には触れなかったんでしょ」

「目立たないってことはないと思うけれど、近くに会長みたいな人がいると影が薄くなるのは確かね」

 見た目といい雰囲気といい、あの会長が近くにいるだけで、どれほどの人物がいようが霞んでしまう。

 しかし、それに対して姉妹が劣っているというわけでは決してないわけで。あれはあれで別の次元に存在していると言ってもいいくらいの美人さんですけれどね。

「変態の権化には突っ込まないのね……」

 かんらちゃん、それについてはもう諦めているのよ……。だからあまり触れないでくれるとありがたい。

「でもかんらちゃん、あの姉妹の変態臭が薄いってことには、ちょっと反論したいと思います」

「実際薄くない? これだけの変態に囲まれておきながら、あそこまで普通の生徒を演じられるのはあの姉妹の変態度があまり高くないという事じゃないの?」

「違うんだなそれが。本当のところ、私はあの姉妹がこの学校一の変態じゃないかと思ってるの」

「どうして?」

「確証という確証はないよ。けれど、一か月近く側で見ていると片鱗がちらほらとあったりするのよね。なんというか、必死に隠してるけれど、漏れ出てちゃってるみたいな、自分の意思とは関係なくあふれ出ちゃってるみたいな、そんな感じ」

 側で見ていればあれ? と思う言動がちらほら見え隠れしている。そしてそれがさも当たり前かのように過ごしている辺り、普段、というか本来の姉妹は相当に変態度が高いと思われる。

「でもさ、自分の周りには結構な変態が揃ってるわけじゃない? そんな特殊な空間で自分だけ変態性を隠す理由ってなに?」

 それが分からないから、あの姉妹はちょっと、いやだいぶ怖いのだ。

 隠さないといけないほどにやばい趣味なのか、はたまたもっと深刻な理由があって隠しているのかは、定かではないが、どちらにしたって隠すという行為自体が、そのものの変態度が異常に高いことを示してしまっている。

「今は獲物探しの最中なんじゃない? 人畜無害を装って近づいて、いざその時に初めて本性を現すとか、変態の常とう手段だし」

「まぁ、普通に考えたらそうよね」

 普通に考えたら、ねぇ……。この学校で、果たして普通や常識が通用するのかは疑問だが、まぁ全校生徒が変態というわけではない(と思いたい)ので、そういうことに、今はしておこう。

 と、ちょうど話に区切りがついたところで、呆けたような音が特徴的なチャイムが鳴り、私たちは朝一番の授業の準備をすることにした。




 さて問題です。

 ここに二人の変態と疑わしき生徒がいます。その近くには変態という変態を引き付ける特性を身に付けている一人の生徒がいました。

 この二人の潜在変態犯が、一人の変態吸引機に目を付けない確率は?

 答えは0パーセントです。

 その答えに至ったのはつい先ほど。正確に言えば午前の授業を終えてお昼休みに入った直後だった。

 どうしよう。このままでは友梨佳ちゃんを狙う新たな変態が二人も増えてしまう。現状私の一番の好敵手は結書深桜だが、あの姉妹が参戦するとなれば、私は全力をもってこれを阻止せねばならない。たとえ恋敵である結書深桜と手を組まなければならないとしても、どうしてもそれだけは阻止しないといけないのだ。

 対策としては、これ以上姉妹と友梨佳ちゃんを近づけさせない、ちかづけさせてしまったとしても話をさせないといったところだろうが、それが出来ればこんなに悩んでいない。

 どれだけ私や結書深桜が警戒をしたところで、あの姉妹は巧妙に友梨佳ちゃんへと近づいてくる。

 で、あれば、最善策はこれしかない。

「じゃじゃーん。再び登場手錠ちゃんでーす」

「いきなりなにさね」

 もはやご飯を一緒に食べるのは普通になったような私たち(と一匹)だが、これといって進展が無いのが寂しい限りである。

「いやね、今私たちは未曽有の危機にさらされているといっても過言ではないのですよ。だから、今またこの手錠ちゃんに活躍してもらおうと思いまして」

「嫌だよもう手錠なんて。あれでどれだけ苦労したと思ってるのさ」

「こうしないと友梨佳ちゃんが変態の毒牙に掛かってしまうのです!」

「既に牙が心臓まで達してるんだよなぁ」

「で、何の話なんですか? 私にはさっぱり何のことか分からないんですが」

 恋敵である結書深桜に話すのは抵抗があったが、しかしそんなことを言っている場合ではないだろう。ここは素直に話すことにした。

「また新たな変態が、友梨佳ちゃんに近づこうとしています」

「省略しすぎて逆に分からないのですが」

 と、友梨佳ちゃんは言うが、対して結書深桜はそれでおおよその察しがついたようで、「そうですか……」と呟いて神妙な表情を浮かべている。

「そうしたら銀さんのいう事も一理ありますね」

 でしょ? この子ったら放っておくとどこの馬の骨かも分からない変態を拾ってくるから、こうして側を離れないようにしておかないといけないのですよ。

「しかし、今回は銀さんと友梨佳さんを繋ぐのではなく、私と、この私と友梨佳さんを繋ぐのが良いかと」

「何言ってるの? まだ頭が寝てるの? それとも馬鹿なの? ここは経験がある私が繋がれた方が良いに決まっているじゃないですか」

「経験の有無ではなく、ここは対応力や対処力で決めた方が良いと思うんですが」

「本番も二人とも初めてより、片方が経験してるって方がスムーズに事が運ぶと思うんだよね」

「今はヴァージンかどうかは関係ないではないでしょうか。それに、二人とも経験が無くて、探り探りに、一歩一歩一緒に進んでいくのが至高だと私は考えます」

 こうして無駄な時間を過ごすのも、いつもの事。そして途中で友梨佳ちゃんが「私の意思とは……」と呟くのを無視するのも、いつもの事。

 このいつもを、私は守りたいと、ほんの少しだけ思ってしまった。



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