第26話 愛の確認作業



 友梨佳ちゃんとの同棲生活も慣れてきたとはいえ、まだまだ私たちの間には溝があるように思う。多分肉体的接触が足りないのだ。お風呂もトイレも一緒にしているはずなのにそう感じているのだから、今後は就寝も食事もずっとくっ付いていなければ。

 それに最近友梨佳ちゃんが私の洗濯ものと自分の洗濯ものを分けているらしく、かごをあさっても下着が見つからないことが多い。これは由々しき事態である。私の夜のおかずが足りなくなってしまうではないか。今夜あたり抗議でもしてみよう。

「邪魔」

「あ、ごめん」

 かんらちゃんの家から帰ってきた数日、学校から帰ると友梨佳ちゃんが部屋を掃除していたので私は邪魔にならないようにベッドの上で座禅を組んでいたのだが、シーツなども新しいのに換えるらしくどかされてしまった。

 しかし、学校で出来る子を演じている私が部屋に戻ると邪魔者扱いとは。なんだか世のお父さんが休日にどんな思いをしているかが理解できてしまった。そうか、こんな気持ちなんだね。

 そんな無駄なことを考えていないで何か手伝おうと友梨佳ちゃんに声をかけようとして、学校から持ち帰ったお仕事が残っていることに気付き、そちらを片付けることにした。

「ああ、もうすぐ体育祭だっけか」

 私がワークデスクに向かうと友梨佳ちゃんは一旦掃除を止めて持ち帰っていた資料を手に取る。

「そうそう、だからちょっとお仕事多くなってきちゃって」

「そういえばこの前言ってたね。そんなに大変なの? 学年統括って」

「大変っていうか、面倒かな」

「面倒……」

 そう、面倒。下請けのお仕事とか下部組織への指示だしとか、ちょうど生徒会とクラス委員会や各種委員会との間に位置する組織なので、やることが多いのだ。しかしこれでも生徒会のお仕事よりはマシらしいので、もはや生徒会は学校運営も担っているのではないかと私は疑っている。

「私たち一年生は根幹的なお仕事じゃなくて末端的なお仕事だけ任されているけれど、それでもこんなに多いんだもの。面倒にもなるわ」

 実力重視で選ばれたといえど、私たちはまだ一年生。お仕事もすべてを覚えているわけではないし、出来ないことの方がまだ多い。だから多忙になってしまいがちなのだとか。二年三年と続けていけばそれなりに仕事の速度も速くなって比較的スムーズにこなせるようになるとか。でもそこまでになるにはまだまだ修行が必要らしい。

「どうでもいいけれど。文化祭とかならまだしも、体育祭でそんなに準備とか資料とかって必要なの?」

「まぁ何をするかにもよるけれど、前例があればそれに倣ってルールの見直しや改定、危険な種目に関しては対策をしっかりと練る必要もあるし、自治体とも協力も不可欠な場合もあるから、それなりに準備も資料も必要だよ」

「ああ、そうなの」

 まぁ学年統括のこの忙しさは何も体育祭が控えているからではなく、新学期や夏季休暇までに完了させておかないといけない案件が溜まってしまっていた結果と言えるが、まぁ体育祭の準備も意外と面倒なのには変わりない。

「備品の劣化が激しいから新しいのを買うか、またはリースかって感じかね」

 私の持ち帰ってきた資料を流し見している友梨佳ちゃんが独り言のように意見を言う。

「それに関しては既に新しいのを購入する形で決定してるから、後は何をどれだけ買って、予算がどれだけ必要かを計算するだけだね」

「ほうほう、今後のことも考えれば全部買い替えでもいいと思うけれど、まだ使える備品もあるから、しっかりと精査した上でってことだね」

「そうだね、書類上である程度の予測を立てて、後で備品の精査をしてからもう一度計算するらしいよ」

 こういう話は学年統括の間では頻繁にするけれど、友達とするってなんだか新鮮だった。

「で、あんたは仕事をしないでどうして私の太ももを撫でてるのかな」

「そこに太ももがあったから」

「そこに山があるからみたいに言わないの。なに、あんたは目の前に女の子の太ももがあったら撫でるの? とんだ変態じゃない」

 友梨佳ちゃんの太ももだから撫でてるんだけれど。そこは言わないでおこう。私が変態なのは変わりないのだから。

 しかし、私も変態だが太ももいじられただけで頬を赤らめてしまう友梨佳ちゃんもとんだ変態である。

「ねぇ友梨佳ちゃん」

「なんだい変態」

「私、ちょっとムラムラしてきちゃったんだけれど、オナニー手伝ってくれない?」

「嫌だよ。どうして私がリリィの自慰手伝わないといけないのさ」

「だって友梨佳ちゃんの太ももがエロいから、私我慢できなくなっちゃったんだよ。友梨佳ちゃんにも責任はあると思うの」

「ないよ。私に責任なんてないよ」

 と言いつつも友梨佳ちゃんは私がベッドに誘導しても抵抗はしない。上の口では抗議しつつも、下のお口は正直に私を求めているらしい。

「大丈夫、友梨佳ちゃんはただそこで寝ているだけでいいんだから。後は全部私がしてあげる」

「あんたの自慰を手伝うだけなのにどうして私もそこに参加しないといけないのさ」

「だって友梨佳ちゃんも私をおかずにオナニーしたいでしょ?」

「自慰は独りでこっそりするから興奮するのであって、人様に見せるものじゃない気がするんですが」

「細かいことは気にしないの。大丈夫、私知ってるよ。友梨佳ちゃんが夜な夜な私の使用済み下着で致してること」

「だからって目の前でしろと言われても困るのだが」

 言い争っている間にも私は着ていた服を脱ぎ、友梨佳ちゃんの下着もはぎ取ることに成功した。しっとりと濡れたそれは私を求めているんだという証拠である。まだまだ夜とは言えない時間だけれど、日が出ている間はやっちゃいけないなんて決まりはないし、別にいいよね。

「友梨佳さん、一緒に明日の授業の予習しませんか?」

 そんな時である。私たちの部屋に邪魔者が現れた。

「あ、深桜ちゃん」

 我に返った友梨佳ちゃんが私に押し倒されている現在の状態をどう言い訳しようか迷っている。全裸も同然の私はむしろ開き直ってこう言った。

「今から私たち、愛を確かめ合おうとしていたところなんですよ。邪魔しないでください」

「事実を捻じ曲げるな」

 友梨佳ちゃんの抗議は聞かなかったことにしよう。

「そうなんですか」

 それを聞いた深桜さんは怒りで震えているようにも見えた。けれど次の言葉でそれは少しばかりの修正が施される。

「だったら次は私としましょうね、友梨佳さん」

「どうしてそうなる」

「だって、銀さんと愛を確かめ合った後は、真の恋人、もとい本妻である私のもとに帰ってくるのが道理でしょう。大丈夫、どれだけ汚されたとしても私が綺麗にしてあげますからね」

 笑顔が怖い子なのは分かった。しかし、こんな病んでそうな感じの子に付きまとわれて友梨佳ちゃんも大変なんだなぁと他人事のように思っていたら、矛先が私に向いた。

「それと銀さん。いい加減友梨佳さんを解放してあげてくださいね。この前言ってましたよ。銀さんは一日中付きまとってきて面倒くさいと」

「それは深桜さんのことじゃないんですか? 友梨佳ちゃんは入学当時から私一筋ですし」

「冗談がお上手なんですね。友梨佳さんは入学前から私のものですよ。あなたは単なるお遊びで、お情けで隣に置いてもらっているだけです」

「いやいや、深桜さんこそ冗談がうまいですね。見てくださいこの状態を。友梨佳さんは私に対してこれだけ心を許しているんですよ」

 全裸の私となぜか洋服を脱ぎ始めている深桜さんの言い争いの中、友梨佳ちゃんはぼそりと、私にもぎりぎり届くくらいの呟きでこう言った。

「私の意見は誰も聞かないのね……」

 友梨佳ちゃんも友梨佳ちゃんで大変らしい。


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