銀リリィ

第21話 女の子しか好きじゃない



 女の子が好きだった。

 女の子だけが好きだった。

 それ以外いらないと言わんばかりに、ただ女の子が好きだった。

 その始まりは、今にして思えば、ひたすらに異常だったのかもしれない。

 それでも私は、出会えて良かったと思う。

 君のその、笑顔に。

 腐れ縁というには、まだまだ付き合いは短かったけれど、それでも私は彼女を好きだったし、何よりもずっとずっと関係をもっていたかった。

 友人。親友。言い方は違えど、指すものは同じ。

 だから、私は彼女をその枠に入れたくはなかったのかもしれない。

 特別だから、大事なものだから。

 なのに、それを壊すことでしか、私は彼女に答えてあげられなかった。

 特別だから、大事なものだから。

 一番心に残る形で、残しておきたかった。

 一生消えることのないだろう、深く大きな傷として。



 誰でも一度は恋をする。

 私はそれがたまたま女の子、同性であっただけで、何も特別な恋というわけではなかった。

 普通の女の子がするような、普通の恋。

 気づけば感情が芽生え、確信に至るころには私の心の多くを支配していた。

 そんな恋。

 不毛だとは思ってる。

 相手はごくごく普通の子なのだから、私が恋心を抱いているなんて知ったら、十中八九避けられてしまう。

 だから私は、ただそばにいて、ただその笑顔を見続けられたらと、そう願っていた。

 彼女が恋に落ちる、その瞬間までは。



「リリィ」

「はいはい、なんでしょうか」

 名前を呼ばれ、私は作業を中断して振り返る。

 学校の一角に建てられた、少し大きな小屋のような建物。その中に私の属する学年統括会が設けられていた。

 今はそこで放課後の作業中であった。

「これ、どうすればいいと思う?」

「それは各学年主任に確認をとらないとだから、後で私が行くよ」

「ありがと」

 学年統括という役職が、いったい何をしているものなのかというのは、実際に学年統括になった人にしか分からないと思う。

 いや、私もすべてを理解しているわけではないけれど。

 簡単に説明すると、生徒会が学年全体を見ているとしたら、学年統括は各学年をまとめるための組織と思っていただければありがたい。そしてクラス委員長はそれぞれのクラスの代表というわけだ。

 ミクロとマクロの違い。それ以上でもそれ以下でもない。

 けど、あんまり仕事内容は知られていない。悲しいかな、結構みんなのためにお仕事してるのに。

「はぁ」

 思わず、ため息が漏れてしまう。

 ここ最近は引き継ぎやら体育祭やらなにやらで普段の作業量の倍はある。と先輩が言っていた。

 この程度であればまだいいが、文化祭の時期は地獄らしい。なんでも生徒会やその補佐、クラス委員会では処理しきれない分の作業がこちらに回ってくるらしい。

 まったくもって迷惑な話である。

「なに溜息ついてるんだい?」

「あ、玖珂ちゃん」

 資料の物理的多さにうんざりしていた私の隣に、同じく一年の学年統括である玖珂くがちゃんが現れた。

 理由は不明だが私だけが目立ってしまっている一年の学年統括だが、しかし実はもう二人ほど学年統括は存在するのだ。一学年で三人の、合計九人が学年統括会の全メンバーである。

 それぞれが違う学年の統括なので、もちろん生徒会のような会長や、委員会のように委員長は存在しない。

 まぁ一応三年生の三人が会長みたいな役割をはたしていなくもない。

 ちなみに学年統括は基本的に年度で人が代わることはない。そんなこともあってか、その学年を代表するような生徒がなることが多い。

 しかし私たち一年の場合はこれに当てはまらなかったらしい。

 なんでも、そういった華やかな生徒が集まってしまっているせいで、少しだけ能力に偏りが出てしまったらしい。なので、私たちの学年からは実力重視で選ばれることになったというわけだ。

 でも、それだけではパッとしないというちょっとあれな理由から、私が選ばれたというわけだ。なんだかんだ言って人選適当だよね。

「いやぁ、さすがにこの作業量は面倒っていうか、目を通さないといけない資料が多すぎっていうか。とにかくお仕事したくない」

「あはは、確かに多いよね。毎年これくらいの量があるのかって思うと、ちょっと億劫かな」

「私の場合はさ、そんなに仕事できるってわけじゃなし、でも期待されている以上はそれに応えないとって思うじゃない」

 期待がなければ私だってこんなにも頑張らない。責任があるからこそ人は努力をするのだ。

 ……末端の人間である私とかには、その責任すら背負わせてもらえないことが多いけれど。

「いやいや、リリィは良くやってるよ。仕事は丁寧、対処は完璧、人望もある。おまけに成績も優秀だし」

 ほめても笑顔しか出せないのだけれど。

「それに、なんていうかさ。私たちの学年は実力重視で選ばれたじゃない? それって良いことだと思うけれど、やっぱり歴代の学年統括の人たちから見ればカリスマ性っていうの? そういうのが足りないって感じるんだ。実際一年の中で学年統括に選ばれているのはリリィだけって思ってる人もいるだろうし」

 確かに、私はそこを重視しての人選だったと言われているけれど。だからこそ、私は頑張らないといけないと思っているのだ。

 失望されないように。裏切らないように。

「とにかく、この資料の山どうにかしないとね」

 この話はこれで終わりとばかりに玖珂ちゃんはせっせと資料に目を通していく。

 私もそれに倣って再び作業に戻る。

 はぁ、早く終わらないかな、これ。



「どう思う? 友梨佳ちゃん」

 その夜、私は同室の女の子である若木友梨佳ちゃんと一緒にお風呂に入っているときに、放課後のお話しをぶつけてみる。

「というか、この状況をリリィはどう思っているか知りたいわ」

「裸の付き合い? いえ、踏み込んだスキンシップかな? とにかく、仲良くなるための一歩かしら」

 つい一週間前まで他人行儀だった友梨佳ちゃんとも、こうして仲良くなることができたわけで。でも、こうしていられるのは友梨佳ちゃんだからであって、それが多数になると、ちょっとね……。

「まぁそれはともかくとして。別に無理しなくてもいいんじゃない? リリィかわいいし、華があるし、まぁまぁ期待に応えられるって感じするけど」

 うれしい言葉だったが、私はその言葉を素直に受け取れなかった。

 だって、私は偽っているだけだから。自信がないのを、実力がないのを隠して無理をしているだけだから。他人から見たら十二分に期待に応えていると見えていても、それがずっと続けられる保証もない。いつか化けの皮が剥がれ落ちて、だれからも見向きもされない日が来ると思うと、耐えられない。

「というか、どうしてそんなに期待に応えたいわけ?」

「え? だって、そうしないと……」

 そうしないと、なんだというのだろうか。

 孤独になる。誰からも求められない。他人に侮蔑される。

 そのどれもが答えでありながら、どれすらも本心というには何かが足りていなかった気がする。

「勝手に期待してるのは向こうでしょ。それに応える義務は確かにあるかもしれないけれど、無理をしてまで相手に都合よく動くなんて、私はしたくないな。誰にだってできないことややりたくないことはあるし、それで相手が勝手に失望して、裏切りだって思うのは、身勝手過ぎない? 自分でできないことを、相手に押し付けてるだけじゃん。そんなの期待って言わない。それは責任の転嫁だよ」

「でも……」

「でもも何もない。自分の生き方は自分で決めるの。誰かに強制されて、何かに追い立てられるようにして、それしか選べなくなってしまうなんて、間違ってるよ」

 それはそうだけれど。

 そういう生き方しかできないから、しているだけで。

 誰かに強制されてるわけじゃないし、追い立てられてるわけじゃない。

 と、思うけれど。

 でも、人から見たらそう見えるのかもしれない。

「あとどうでもいいですがその胸をもむのやめてもらえませんか」

「え、だめ? 気持ちよくなかった?」

「いや気持ちいいからだめっていうか、むしろこれ以上すればなにしでかすか分からないのでやめてほしいというか」

 いったい友梨佳ちゃんが何を言っているのか理解できなけれど、気持ちいいという言葉をもらえたのでこのまま続けようと思います。

「いや乳首を重点的に攻めるのは反則というか、ほら私まだ乳とかでないっていうか敏感なので」

「良かった! 私で感じてくれてるんだね!」

「いやそういうことを言いたいわけじゃないんですが」

 胸の頂点に鎮座する可愛らしいお豆さんが、だんだんと膨らんでいくのが分かる。

 短期間であっても相手の敏感な場所を把握するのは容易い。仮にも同棲しているわけですし。

 ほれほれ、ここがええんやろ!

「あ、ちょっと! ほんと! やめないとやばいから!」

 身体をびくびく痙攣させている友梨佳ちゃん。これはこれは、私の手でイってしまいましたかね。

 というわけで、確認のために下半身へと腕を伸ばす。が、それを阻止される。

「何をするんですか?」

「それはこっちのセリフなのですが! そこはダメ! ほんと! 勘弁してくらさい!」

 そう、そんなに嫌ならここはアンダーヘアをさわさわするだけにしておこう。

「それも許可してねぇよ!!」

 という渾身の突っ込みをいただいてしまったので、今日はこれくらいにしておこう。

 じゃないと、嫌われちゃうしね。



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